いよいよ4年目に突入するか、もしくは停戦するかと報道されているロシアのウクライナ侵攻ですが、
そもそも何故この戦争が起きたのか? を改めて考えるキッカケがありました。
意外なことに、そこから導かれた結論は「マクロン(仏大統領)の読解力不足が原因」というのも。
順を追って説明しましょう。
再考のキッカケは本書。
そこにはマクロンの言葉が紹介されており、その内容が以下。
「ロシアはヨーロッパだ。(中略)
ロシアの偉大な小説家ドストエフスキーは『未成年』の中でこう述べている。(以下略)」
マクロンの言うように、たしかに『未成年』の登場人物がそう語る場面はあります。
しかしドストエフスキーが『未成年』で描きたかった内容は真逆と言ってもよいものです。
にも拘わらず、マクロンはウクライナ侵攻直前までロシアに寛容的であり、
ロシアだってNATOに入れば地域の集団安全保障は完成する、
くらいの楽観論まで考えていた可能性があります。
本ブログでも何度か言及していますが、ドストエフスキーにしろトルストイにしろ、
19世紀のロシアで活躍した作家が直面したのが「アイデンティティーの危機」です。
それは「ロシアはヨーロッパの一部なのか、それとも独立したロシアという地域なのか」というもの。
『文明の衝突』で有名なS・ハンチントンは、明確にロシアはヨーロッパと異なると明言しますが、
当時のロシアとしては大変に重要な問題でした。
ここからが肝心なのですが、『未成年』では先に紹介した台詞の意図がどうであれ、
分裂したアイデンティティーが遂に相克されず崩壊を迎える悲劇を描いています。
ようするにマクロンは『未成年』に込められたメッセージを理解できず、
表層的な一面のみをとりあげた稚拙な感想を発表してしまいました。
彼の読書理解が本当にそのレベル(≒浅はか)であったことを示したのが、
ウクライナ侵攻直前のロシア訪問とプーチン説得の一連の流れでした。
そして目論見が達成できず、撃沈してしまったことは皆の知るとおりです。
さて、ドストエフスキーが『未成年』で込めた思想の話は置いといて、
彼が現在に生きていたらウクライナ侵攻に対して
どういう反応をしたのかというシミュレーションしても損は無いでしょう。
これも割と簡単に結論が出る話でして、「おそらく“大喜び”する」一択です。
というのも彼が生きた時代におきた露土戦争では、自身の日記で
「スラブ同胞を開放するための聖戦」とまで言い切るほどに、
ロシアの偉大さを示すための戦争を賛美するような人だからです。
ロシア文学に多少詳しい程度であれば皆が知る事実なのですが、
誰もマクロンに指摘する人がいなかったことが、現在の悲劇につながるとすれば
日々の読書もマンザラ無駄とも思えないような気がしますが如何でしょうか。
(最近読んだ本)




































