杉本寺を後にし、小学校の脇を通り抜けて向かった先は荏柄天神社。
昔は太宰府・北野に並ぶ三大天神を名乗っていたそうですが、
規模が小さいのでどうだろうとは思いました(大阪天満宮の方が明らかに大きいですし)。
特に試験を受ける予定もないので、普通にお詣りして終わりました。
ここまで歩きとおしということもあり、ランチの時間としました。
普通の御飯処で日替わりランチのポークソテー定食です。
とにかく水分が欲しかったので、オレンジジュースも一緒に頼んだのですが、
後からビールにすればよかったと思ったのも後の祭り。
Q 鎌倉幕府が滅亡してから最初の征夷大将軍は誰でしょうか?
A × 足利尊氏 〇 大塔宮護良親王
というのは、よくある引っかけ問題です。
そんな彼は建武の新政の混乱期に足利氏の下に幽閉され、
中先代の乱に乗じて鎌倉の地で足利直義の手により殺されました。
それから650年ほどして、後醍醐天皇を正当とする戦前の歴史観を反映し、
彼を祀る宮が建てられたのですが、それが鎌倉宮であり、写真のとおり立派な建物です。
拝殿の隣には、幽閉されていた彼を世話していた南の御方も祀られています。
大河ドラマの『太平記』だと、暗殺される直前に護良親王が「南か・・・」とつぶやく場面が印象的です。
最後の訪問地が、北条義時が建立したと伝えられている覚園寺です。
鎌倉のお寺の中でも自然が残る地でもあります。
手前の境内を進むと撮影禁止区間に入り、そこで本堂である藁葺の薬師堂があります。
薬師三尊と十二神将像は室町期のものではありますが、見事なものなので一見の価値あり。
他にも地蔵堂や千体堂、近世農家の旧内海家住居跡などの見どころがあります。
『鎌倉殿の13人』では義時のおかげで少し盛り上がったそうですが、
鎌倉の外れにある寺院なので今では参拝客も少なくなったようです。
ここで時間もいい塩梅でしたので、鎌倉宮まで戻り、バスに乗って鎌倉駅→自宅へと帰るのでした。




























