学校では教職員が強制的にお盆に休まされる制度がありまして、
具体的に今年度は8月8日~8月16日の9日間が休みとなります。
とはいえ先日の千葉豪雨のために、まる一日職場にこもり切る羽目になりましたが、
そういう仕事なので半ばアキラメが肝心です。
そういうわけで8日から5日間の予定で、中国に行ってまいりました。
千葉県民としては成田空港を使いたいところですが、便数が大幅に削減された影響もあり、
羽田空港からの出発となりました。
自宅最寄駅を始発で出発し、空港到着は06時30分ごろ。
出国手続きと朝ごはんをいただいたあと、第3ターミナルからバスで駐機場まで向かいます。
使用機材はANAの767型。
かなり古い機材で引退したものだと思い込んでいましたが、久しぶりの再会となりました。
なお、よほど人材に苦労していたのか、非常扉近くの席に座らされてしまいました。
足が伸ばせるので結果オーライなのですけれども。
ちなみに中国人・日本人比率は7:3くらいの印象。
一般の人民は日本に来たがっている(逆はそうでもなさそう)のですから、
さっさと自粛なんてやめてしまってほしいですね。
今回の目的地は山東省の世界遺産です。
日本からはビールで有名な青島(チンタオ)に直行便が就航しています。
以前は行先も便数も多かったのですが、昨今の事情がありますので不便な思いをしています。
最初に向かった先は臨沂市です。
初日は移動時間で終了し、翌日から本格観光に入ります。
最初の観光地は銀雀山漢墓竹簡博物館です。
文字通り竹簡が発見された遺跡を保存している博物館ですが、その竹簡が有名な『孫子』です。
孫子=春秋時代に活躍した兵法家・孫武の兵法書のことですが、
過去の記録を丁寧に読み込むと、戦国時代の孫臏(そんびん)という兵法家の書があるらしい、
ということが分かっていました。
しかし肝心の孫臏の著作が伝わっていないため、
「孫臏は孫子と間違えられて記録されていた」などの説がでてくるなど実在が疑われていました。
それが1972年に銀雀山漢墓から『孫子』『孫臏兵法』の竹簡が別々に出土したため、
それまで疑問視されていた孫臏兵法の実在が裏付けられました。
その発見が大事件ともいうべき出来事だったので、立派な博物館ができたという次第です。
ちなみに写真の銅像は孫武さん(想像図)です。
銀雀山漢墓は上写真のように1号墓・2号墓があり、前漢時代の将校を葬ったと考えられています。
竹簡の幅は1cmあるかないか大きさで、当然ながら文字はそれよりも小さいので、
後世に残すための埋葬者の執念を肌で感じとることができました。
展示品には文句はありませんでしたが、
ミュージアムショップのテキトーすぎるお土産品には閉口です。
もう少しまともな物を置いてほしい・・・
なお『孫子』の解説なんて、このブログでは不可能に近い代物なので、
初心者向けの下の本をお勧めしておきます。
昼ご飯をいただいた後、曲阜の街に向かいます。
第二の目的地は世界遺産の『三孔』です。




































