deluxeの徒然雑草紀行

deluxeの徒然雑草紀行

ブログのテーマによる振れ幅が大きすぎるので、自分の読みたい記事テーマを決めておいた方がいいかも。
シリアスな社会批評の直後に「ガンダムLOVE」な記事を平気で載せたりしますから(w

 

現在の日本において、1年間に発表されるマンガ作品は10,000点ほどあるそうです。

なのでマンガ魔でもない筆者にとって知らない作品があっても、

それは当たり前のことであって恥じることでは無いわけですが、

今回ばかりは恥じる、というより悔しい感情を抱いてしまいました。

 

『天幕のジャードゥーガル』はチンギス=ハンの晩年期のペルシア内陸部~中央アジアの

歴史を描いた作品。

当時のイスラム世界とモンゴル帝国の「文明の衝突」を赤裸々に描いています。

シタラ(=ヒロイン)は奴隷身分ではありますが、買い手が良い人だったので運よく教育も与えられて

当時としてはまぁまぁ良い暮らしができるはずでしたが~

という感じで始まります。

誤解されていますが奴隷は「モノ言う道具」扱いされた人間なので、

道具の使い手が良い人なら道具も大切に扱われますから、

シタラの扱われ方についての描写は特に問題ないと思いました。

そしてモンゴル軍が攻めてきたとき、捕虜扱いされた人々を“気に食わない”という理由で、

平然と斬り殺す描写も当時の常識としてはまぁ普通。

それを現代において普通に放映することは、普通ではないので、割と驚いたわけです。

 

作品中盤以後のモンゴル後宮の描き方も、『元朝秘史』をどれだけ研究したのか!

と感嘆してしまうくらいに素晴らしいの一言。

文献で読む知識ではなく、動きのある映像作品として届けられると、

感覚的な理解も深まってなおさらその時代に興味を持って~

という良い循環が生まれますので、こういう作品はドンドン世に出してほしいと思いました。

 

なお、本作の制作会社・スタッフは『平家物語』とほぼ同じ。

いっそのこと大河ドラマも、この会社が作ったものを放映しても良いかもしれません。

というか、第2期の発表をはよ。

 

 

『太平記』の知識があると、思わずニヤリとさせられる場面が色々と多い『逃げ上手の若君』の第2期。

ただし大河ドラマの『太平記』では、北条時行の名前は出てこない程度には無名の存在。

中先代の乱以後は、鎌倉幕府を滅ぼした元凶である後醍醐天皇との連携を図るなど、

もはや何でもありの中世日本を代表するような人物ですが、

少年誌でどの程度まで描いたかは全く不知なので、(第三期があれば)その後の展開も楽しみ。

 

 

タイトルだけ見たら、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の類似作品か?と思ったのですが、

実際に観てみたら、若き日の世阿弥が同朋衆として室町時代を活躍するまでを描いた大作。

踊りの表現なんてシュールレアリズム作品の一つと言われても気づかないくらいの斬新さ。

芸能が持つ力をわかり易い映像として放映した作品は、唯一無二ではないでしょうか。

 

ちなみに同時代を扱った有名作品は『一休さん』。

本作で描かれていない場所で、新右衛門さんが一休さんに軽くあしらわていたり、

義満に向かって「屏風から虎を出してください」とか言われてると想像するなどの愉しみ方も可能。

 

・・・というわけで、本来なら題材になりにくい中世を描く作品について豊作だったと思った

2026年の夏。

雨ばかりで外に出る機会も少なかったので、こういう作品をジックリ楽しめたことは幸運でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界史の授業で「列強による中国大陸分割」の時に、ややこしいと思う地名が

フランスの租借地である広州湾とドイツの租借地である膠州湾です(どちらも「こうしゅうわん」)。

今回訪れた山東省の玄関口にあたる青島は、それまではただの漁港でしたが

ドイツによる膠州湾開発に伴い山東省有数の大都市となりました。

 

わかりにくくて恐縮ですが、湾をぐるりと囲む形で地面が広がっているので、

波も比較的穏やかな天然の良港となっており、

現在に至るまで中国における重要な軍港及び商業港の一つとなっています。

 

前述のとおり中国においては、比較的新しい都市であるため観光地は少ない印象です。

そんな数少ない見どころは、青島ビールと膠州湾に延びる古い桟橋です。

別のツアーだとビール工場見学もできるようですので、興味のある方はそちらへどうぞ。

 

ドイツにより開発がすすめられたので、当時のドイツ建築様式である赤い屋根の建物が

桟橋先端から臨むことができました。

市街地もレンガ造りのモダン建築の独特の雰囲気が楽しめるようになっています。

 

なお、第一次瀬愛大戦で対独宣戦布告した日本は、

東アジアにおけるドイツ拠点であった山東半島を占領します。

その際にドイツ人捕虜を徳島県に収容したところ、

色々あって捕虜たちによってベートーヴェンの第九が日本初演されました。

その"色々"を描いた作品が『バルトの楽園』です。

 

 

さて、日中関係が微妙になった現在でも青島へ向かう飛行機は毎日飛んでいますが、

その理由は日本との経済的なつながりが強いためです。

青島港は中国最大規模の農産物輸出港であり、日本にも多くの農産物を輸出しています。

また、ハイアールなどの家電メーカーの本社が置かれるなど、

現在に至るまで日本との経済的な結びつきが太い関係が結ばれています。

 

だからこそ日本としては、いいお客様であるビジネス客を逃さないために青島便を残しますが、

観光メインで利用する中国系の飛行機は飛ばない、ということになります。

しかしながら、当時の客構成の印象は中国人:日本人=7:3程度。

明らかに団体客っぽい方々もいましたので、中国も本音では今の関係を修復したいのでしょう。

そんなことを思いながら、青島空港を飛び立った飛行機は、

途中で仁川空港やアクアラインの「風の塔」を経由して、羽田空港に降り立つのでした。

 

 

泰山麓の街・泰安からバスで15分程度だったでしょうか。

世界遺産・泰山へ向かうシャトルバス乗り場「天外村」に到着しました。

写真に写っている山が泰山、というわけではないのですが

この時点で気分が高揚してきます。

心配な点は天気だけなのですが・・・結論を先に書けば嫌な方向で当たってしまうのでした。

 

山腹の中天門バス停で降りて、その隣にある階段が南天門→頂上へ向かう登山路です。

ここから約3時間を徒歩で向かい・・・ません。

黄山に登った時もそうですが、中国の多くの観光地はロープウェイなどで

簡単に頂上までアクセスできるようになっていますので、当然ながらそちらを利用します。

嫌な予感・・・と書きましたが、ロープウェイから頂上方向を見上げると雲に覆われた様子が。

まぁそれはそれで味わいがある、と自分を納得させるしかありませんね。

山の天気は相当運が良くなければ期待通りに行かない点は、万国共通の悩みかと。

 

頂上駅からしばらく歩けば、泰山散策の拠点にあたる天街に到着です。

ここから数十分で頂上に到着します。

 

さて泰山が何故中国で重要な地となったかと言えば、複数の理由があるようです。

孔子様の繋がりでいえば、

泰山のある街で一人の老女が泣いていた。

その理由を孔子の弟子が聞くと、「親も旦那も子供も虎に食われて死んだからだ」と答えた。

では何故そんな危ない土地に今も住んでいるのか、と続けて聞くと

「麓の街には苛政があるから」と答えた。

孔子はそれを聞いて言った「苛政は虎よりも猛し(=恐ろしい)」 出典『礼記』

の舞台となったと言われています。

 

また歴代中国王朝の首都(首府)が置かれた、咸陽や洛陽、長安から東にあたり、

太陽が昇る地として重要であり、歴代皇帝が封禅の儀

(天と地に王権の正統性と天下泰平を報告する国家的祭礼by wikipedia)を行う場所であったこと。

道教の聖地であり、特に碧霞元君信仰の拠点とされたこと、などが挙げられます。

 

それらの中国思想・歴史・宗教の重要な地として、世界文化遺産に、

また泰山が見せる美しい自然美のために世界自然遺産に登録されました。

中国でも数少ない複合遺産としても知られています。

 

碧霞元君を祀った廟が上写真です。

女性を守る女神とされていますので、中国の女性の多くが泰山に限らずお詣りに来るそうです。

ちなみに左の写真は下山中に撮った写真なので、靄がありません。

登山中は上に行けば行くほど靄との闘いになっていきました。

そんな中、靄が一瞬晴れたときに観られたのが唐摩崖です。

開元の治でも有名な玄宗皇帝が、泰山で封禅の儀を執り行ったときに岩に刻んだ碑文です。

そして頂上である天皇頂に到着しましたが、やはり靄がすごいことになっていました。

本当は凄く良い景色が周囲に広がっているはずでしたが、そんな光景は望むべくもなく。

というわけで、しばらく滞在した後で減下山します。

先ほど書いたように、下山の際は靄が薄くなりましたので、

素晴らしい景色の一端を感じられはしました。

大晦日に頂上のホテルで泊まって初日の出を見るツアーもあるそうなので、

いつかリベンジできればよいなと思いました。

 

(最近読んだ本)