ドゥー・フイユ
見た目は既にある、レーズンサンドと実は同じです。
これは、ホワイトチョコがサンドしてあります。
ドゥーフイユは、2枚の葉っぱの意味、2つがあって一つになる、一対だったり、カップルだったり、夫婦だったりとかの事かどうかはわかりませんが、そういう意味にしました。
この前の池袋東武での物産展でアイスクリームにこのクッキー(サンドする前のもの)をさして販売していたんですよ。
すると、アイスも美味しいけど、このクッキーは販売していないんですか?
その質問はものすごく多かったです、この葉っぱのクッキーは小麦粉が少なく、バターが多く、アーモンドパウダーも入っていて、サックッとして、香ばしくとても人気でした。
今回ホワイトチョコをはさんでみたんですが、すごく美味しかったんで、製品化となりました。
もちろん一つずつ手作りです、と言うか、フラノデリスのお菓子達は全て手作りばかりで、何一つとして、仕入れているものや、 OEMのように外注に出しているものはありません。
チラシや、もちろん、ホームページなど全て、内部で行っています。
私が北海道へ来たのも、全ての理想がそこにあるような、美味しさが作れるのではないか、利益ばかりを追求しなくていいのではないか、美味しいものを作り、食べてもらいたい、喜んでもらいたい、そんなシンプルな思いから移住してきました。
本当の意味で、美味しいと思ってくれる人が一人でもいればそれでうれしい、ついて来ようと思ってくれるスタッフが一人でもいればうれしい、夢は自分がやりたいと思える事をやっていきたい、ただそれだけです。
ブラックデーって?
2月14日がバレンタインデー、3月14日がホワイトデー、4月14日はブラックデーとあるようですね。もっともブラックデーは韓国で盛んに?あるようです。
韓国では2月14日のも3月14日にも関係のなかった人達が黒い服を着て集まってじゃじゃ麺を食べるらしいです。
黒いお菓子をブラックデー用に用意してみようかなと思いましたが、おそらくはそれは自分用なので贈り物じゃ無いですよね、それにちょっと変かもと思いやめておきましたが、もし必要な方がおられてこのブログを見られていたら私宛にメールを下さい、ご用意します。
これも最も誰かが考えだした物でしょう、記念日とは言えないような気もしますがでも、前向きに考えれば、そこから何かが生まれるかもしれませんね。
私、藤田はどういう訳か、3月14日が誕生日でホワイトデーの日です。
その日は他にはアインシュタイン博士が誕生日のようです、実は、私は中学校、高校時代に理系がとても好きな子で、いつもそういうような本を読んでいたりしていました、しかし興味がある物と興味がない物の差が激しく興味があると馬鹿みたいに集中してのめり込み、成績も良いのですが、興味のない物は全然わかりません。
覚える気にもならないというか、覚えれません。その結果、毎回ギリギリの点数だった記憶があります。アインシュタインの本を読んで、誕生日が同じだった事でよけい好きになって、単純な私でした。
今もその傾向はあり、最も、覚えられないのが道(地図)です。名前は「みちお」って言うんですけどね
どうもだめです、毎回妻に、まだ覚えられないの、なんかい通ってるのって、毎回攻められます。将来は、運転手を募集しないとって...そんな身分じゃないです、すいません。
カーナビがないと全然運転が出来ない私は、例えば、旭川のレストラン「ハーベストロードハウス」もう何回、何回も行っているのにたぶん、カーナビがないと、行けないかも...
でもこんな事が書いてありました、どの本だったかは知りませんが、アインシュタインの逸話ですが、彼はエレベータの使い方?ボタンの押し方なのかその頃は複雑だったのか、私にはこれは複雑でわからないと妻にいつもいお願いしていたようです。
ちょっとほっとします。
まぁ人には向き不向きがあって、全てをパーフェクトには出来ないですよね、でもきっと、道が覚えられない分は他の事が覚えられるのではないか、そんな気がします。
重要なのは、前向きに考える事、人と違う事を考える事、現状にとらわれない事、ですかね。
悲別
富良野演劇工場で...
「悲別」を観てきました。
重~い感じのお芝居ですが、絶対に忘れてはいけない原点のようなもの
を感じました。
私は出身が岐阜県なので炭坑の事はわかりません、北海道の開拓つまりは
日本の始まりや世界の始まりのような、その頃はどうだったのか。
「生きる事」がもっと重要というか。ふ、とすると生きていけない時代
そんな思いをしました、今があるのはなぜなのか、その頃にその時代に
先人達が一生懸命生きてくれた、だから北海道があり日本があり、世界が
ある。文明や機械が発達した今だった簡単な事かもしれないが、過去がな
ければ今はありえない訳だし、忘れては行けない重要な過去、また始まり。
今は。いろんな物があって、便利になり、いろんな職業があり、働く人は
たとえ、仕事がなくなってもいろんな物に守られて、例えば、生活保護や
失業保険、などでしょう、それは当たり前に貰えるような、
そして人はどんどんと弱くなり、何かに頼らないと生きていけない。
何かが便利になると、何か重要な物を失うのでしょう、そしてそれはあた
りまえになり、そして今の便利さを、今が便利になったのではなく、過去
が不便だったように感じる、そして不便だった過去を忘れて、また便利な
未来へ続く、でも忘れては行けない始まり、なぜこうなったのかを。
「フラノデリス」が通販で有名になっていますが、なぜなのか、もちろん
そのコンセプトである出来立てを新鮮に、みたいな、それを実践した。
でもなぜこんなにも急激に伸びたか。
私はわかっています、それは、私なんかが来るもっとす~と前から
倉本先生の「北の国から」がありそれを、愛していた人たちが、富良野を
すばらしい町にしてくれてた、有名にしてくれていた、新鮮なイメージを
そのオーラを発信し続けてくれていた、そして、そういう文化的な香りの
する人たちもたくさん富良野にはいた。
不思議だった、富良野の名前をお店の名前に入れた、あっと
言う間にフラノデリスは有名になった、そうではなく、富良野は既に、
有名だった、コンセプトの向く方向が合っていたのでその勢いで伸びる
事が出来た。
2001年にフラノデリスがもし、別の場所だったら、いくら美味しくても
こんな風にはなっていないでしょう、美味しいと、小さなヒットはしてい
たかもしれませんが、それにもし「フラノデリス」ではなく「藤田菓子店」
だったらこれも違うかもしれません。
フラノデリスは富良野があって丁度のタイミングで出来たもの、偶然なの
か必然なのかまだわかりませんが。
話がずれたかな、言いたい事は、私たちが生活しているのも、フラノデリス
があるのも、過去の北海道や日本の歴史の先にあるという事、またそれを忘
れてはいけないと言う事。
私たちはそれをどうやって未来に続けるのかを大きく考える必要があるかもし
れません、でもそれは、よくある偽善的ポーズでもなく、何人かが集まって決
めるような事でもなく、自然発生的にみんながその方向へ向かうといのでしょう。