オープン準備中!
高橋修一、以前にもブログで登場した、フラノデリスのマネージャをしていた、私の友人である。
マネージャをしていたと言うのは、つまり現在はしていないという事で、
今は自分の店舗のオープンの準備中である。場所は富良野の町の中で、
私がいつも出没している「韓国料理のソウルテラス」の隣、
以前は北の国からのロケにも使われた、名店「郁乃」の場所にオープンする。
オープンは3月の上旬予定だそうです。
昨日、いつものように、私たちが「韓国家庭料理ソウルテラス」へ行った時、
ソウルテラスの店主のマイククック氏がなんか忙しそうに準備しているのが
ガラス越しに見えていたよって。
なので顔を出したんですが、丁度、ハンバーグの試作中で、ちょっと食べる!
といわれ、高橋がまだ、試作中やからなぁ~って、私はいいよいいよって、
食べたんですが、肉汁がじゅわ~って、ものすごく美味しかったです、
ここまでのハンバーグはなかなか食べれないですよ。
本人曰く、まだ肉汁がたらんなぁ~って、これはまだ未完成の味?
そうなんだ、早く完成品を食べたい。
ハンバーグやオムライス、カレーといった洋食系をメインにするようです
さすがに、元々はフランス料理出身なのでベースはしっかりとしていますね。
彼は、 辻調理師専門学校時代からの友人で、学生時代、彼は卒業作品展で優秀賞を取って、
テレビに出てたりしていましたね、それの何が凄いかって、つまりは優秀賞ではなく、
その集中力が凄い、バイクでもその当時に大型のバイクを一発で合格したりとかしていましたしね。
その頃、お互いの大阪時代、彼は CB750だったんだろうか、750ccのバイクで私は中古で買った、
赤のRX-7でよく遊びにいったもんです。
何かをやろうとした時に重要なのはどこまで集中して、どこまで極めれるかという事、
その辺は彼はまさに天才的。
私としても、彼は、部下でいるよりも、その天才ぶりを発揮した、経営者の仲間として、
美味しいお酒が飲みたい、その方が楽しい。
お店の名前は、「フラノ・デリ・カフェ」っていうんですね、私は、
彼のように自分に実力があれば、「高橋食堂」がドンとした感じをかんられるような気がして
いいのではといったんですが、どうも彼にはその名前はベタすぎるらしく、
「フラノ・デリ・カフェ」になったようです。
デリ・カフェ のデリはデリカテッセンを意味していて、今後、テイクアウト的な料理や、
総菜的なものですかね、考えているようです。
フラノデリスが街の中に7年前にオープンした時のように、あまり資金が無く、
でも誰からも資金援助などもちろん無い、あるのは、頑張ろうとする気持ちと
前向きにやろうとする事で得られる自分の知恵だけ。
あるものは全て使おう、自分で出来る事は全てやろう、7年前、何回も通った、
百円均一のお店、自分を見ているようで、うれしいです。
ほんと、独立するのも、自分との戦いですよね、誰にもいわれない分、
自分に甘えてしまえば、それで負け、常に前向きに、
ポジティブ!、ポジティブ! ポジティブ!ですね。
また、富良野に、一つ楽しみが増えましたね。
(写真はその時のものではなく、ネット上にあったものです、使って、ごめんなさい!)
韓国へ行ってきました。
4日程、韓国へ行ってきました、旭川から出発するアシアナ航空があるんですよ。
便利なもので、旭川からちゃんと乗れば数時間後には韓国へ、旭川空港にもちっちゃいけど、
DUTY FREEがありました。
韓国へ行ったのはいつもの飲み仲間達5人です。
ついた早々からいろんなものを食べまくりましたね、不思議なのは5年前にも行ったときも
あったんですけど、フラノデリスのドゥーブルフロマージュのような仕上げ、
つまりケーキクラムを表面にまぶしたような感じのケーキ、
それはどこへ行ってもサツマイモのケーキでしたね。
自然とどこでもその仕上げになっていったんでしょうね。
5年前に行った時と今回行ったときの感想は、5年前に行ったときは何となくですが、
ソウルは東京を目指している町のような感じを受け、あ、ここは東京のどこかの感じがするとか、
ここはどことか、でもまだそこには随分と差があるように感じて、
東京を目指している途中なんだろうなと感じました。
でも今回行ったときの印象は、もう既に並んでいるか、超えているかもとそう感じ、
その急激な進化に驚きまた、真っ直ぐな印象を受けるその進化はすばらしく感じました。
最もどの部分がどうなのと聞かれると、わかりませんが、私自身が漠然と感じた感覚です。
もしかしてと思ったのが、韓国にはまだ徴兵制度がありますよね、
誰でもみんな軍隊に入らなければいけない、数年間。
しっかり人間として出来ていない人でも、その規律の中で、
しっかりとした強い人間になって出てくるのではないだろうか。
すくなくとも、そのままだらだらと年齢を重ねるよりはいいのではないか。そんな気がします。
私たち日本人で今徴兵制度があったら、どれくらいがついていけるのだろう、
きっと全然だめなのではないか、今の私たちは、その昔の栄光にあぐらをかき、
全然駄目になろうとしているんじゃないのか、そんな気がしました。
ドゥーブルフロマージュ
最初、このお菓子を作ろうとしたきっかけは、東京の世田谷に「ROY’S TOKYO」を出すって言う記事が月川産業(現、ソーホーズホスピタリティー)から出ており興味があったので電話して、面接をしてもらった、しばらくハワイへ行き研修を行った。
6人位で日本から研修へ行き、私はワイキキのロイズで研修をしていた時に、ニューヨークチーズケーキを作っていたんですよ、フラノデリスのお菓子は、その頃のハワイのロイズの時にヒントになった事がたくさんあります。
通常、私たちは、ヨーロッパの方ばかり意識して、お菓子はヨーロッパかなって感じになってしまいがちですが、以外にアメリカもいいものです。
もちろんヨーロッパにしても、アメリカにしても、ヒントって考えですが、ヒントは以外と違う所にあるような気がします。
ヒントではないですが、研修初日、温度も、計りも、なんや全部単位が違うのみびっくり、オーブンは華氏って言うんですかね°Fのやつで全然違うし、液体をはかるのも、カップ、パイン、ガロンみたいな単位で、重さもオンスで計りも、もちろんそれ、それを考えていなかったので、そうだよって、何となくアメリカは世界の標準みたいな感じがしていたので驚きでも違う国って感じでたのしかったですね。
そうそう、話がずれますが、そのニューヨークスタイルチーズケーキをいつも焼いていて、生地の中に何か入れたものとか、チーズケーキにラズベリーとかをのせたものとかありましたね。
その後日本へ戻り、働いているときに、このチーズケーキにチーズのムースをのせたら美味しいのではないかと思い、2層に、案の定、うまい。
ドゥーブルフロマージュ、最初に出したのは、今はありませんが、ロイズレストラン東京でした。その次は、これももうありませんね、今はスターバックスになっていたような、ソーホーズの店舗で名前が思い出せないんですが、渋谷の東急ハンズの坂をのぼったあたりだったろうか、その店が2番目に出した店でしたね。
次に、店舗を変わって、三宿にあるケーキ屋「ラテール洋菓子店」で出した時ですね。あの時は確か名前は「ドゥーブル」だけにしたんだと思います、今でもドゥーブルがでているかどうかはわかりません。
その後、独立してフラノデリスのメインのお菓子となり、ルタオに伝わり
フラノデリスでは、メインの座はプリンになり。
でもいつ食べてもやっぱりドゥーブルは美味しいですね。
傑作だと思います、でも難しいのが、その作るときの状態、例えば生クリームをどうやってたてるか、空気の入り方や、あわせ方までもあります。ちょっと状態が変だと美味しいけど、全然感動しません。
似ているけど、全く違うものなってしまいます。
冷凍もだめですね、組織が変わってしまい、これもやはり似て非なるものになってしまいます。
食べて美味しいのは、下のベークドチーズが空気が入りながらもしっかりとしていて、ムースの部分は空気が入りすぎず、つるっとしながらも、ふわっとして、口の中で、ベークドチーズはムースを、ムースはベークドチーズをとひきたてる、そんな役割です、つまり人と同じです。