ディア・ハンターのブログ-chari gaki

夕暮れのクレンショーにローチャリで来ていたアフロのガキ。2000年頃の写真。

こいつは今頃、どのローライダーに乗っているのだろう。。
ディア・ハンターのブログ-Broadway

日曜夕方、クレンショーから警察を避けてブロードウエイ X インペリアルに流れる。


ディア・ハンターのブログ-68conv

2002年9月、Valleyを地元としていたキャデラック・ダニエルの通夜にて。。。



L.A.では、車、バイクに限らず、乗り物のことをスラングで ”Ride(ライド)”と表現する。日本風に言うと「足」だ。 私はその”Ride”達と関わってゆきたくて、いまから21年前にロサンゼルスへ一人で来た。

誰も知ってる人もいなく、700ドルくらいしか持っていなかった。ダウンタウン・ロサンゼルスの場末のホテルに住み着き、ギリギリの生活をスタートさせた。違った意味でスリル満点の人生で、それはそれで楽しかった。湾岸戦争、LA暴動、LA大地震の前の話だ。


幼少期から、車とバイクが好きでたまらなかった。中でも、古い車に不思議と魅力を感じた。車を見るたびに、子供心にも「この自動車の持ち主は一体どんな人なんだろう?」と想像を膨らませるのが楽しかった。今の自分も子供の頃からずっと同じ。何も変わっていない。 この21年、インパラを中心に狩りをして日本に送った。ディア・ハンターという名前もここから来ている。因みに”インパラ”は鹿に似ているが、実は”ウシ科”の動物なのは重々承知の上だが、ここでそういった細かい指摘は無しという事で、ヨロシクお願いしたい。 ロサンゼルスに生息する、車やバイクなどの粋な乗り物たち。そしてそれを操る粋な奴ら。私の写真は俗に言う”ゲットー”の、ナマのロサンゼルスに生きる人間たちとその乗り物をテーマに撮り続けています。これから少しずつ、私の撮った写真とその背景の解説を織り交ぜて、ここでご紹介してゆきたいと思います。


ディア・ハンターのブログ-KIMO
ローマガJAPANに掲載したキモとR1 クレンショーのクリスバーガー前にて



キモと初めて会ったのは2005年の2月のとある日曜夕方だった。サウスセントラルのクレンショーブルバードにあるクリスバーガー(ローライダーが集まる場所)にいつもの様に出かけたら、まだ車も集まらない早目の時間にクラッチロケットが2台並んでいた。2台ともYAMAHAのR1。話しかけたら、深くて大きい、とても暖かい声で、2人のうちの兄貴分であるキモが答えてきた。自分もR1は、”次期マイマシン”として興味があったので、いろいろ彼に訪ねた。彼のは2002年式で、出会った当事は現行の一つ前のモデルで、このタイプは下のトルクが太くウイリーしやすいストリート向きだと彼は言っていた(実際にR1を乗り継いだ者は皆同じ事を言う)。「俺はバイク屋に”二輪”を買いに言ったのに、殆ど”一輪”しか使ってないよ!」と言ってニヤッと笑った彼の顔が印象的だった。

次に彼と会ったのは水曜のインペリアルというメキシカンが多い地域でのバイクナイト。そこからハリウッドまで約40マイルの道のりを、彼らCOCKEY RIDERSのメンバー数十台と一緒に710フリーウエーを走った。710は片側4車線だが、4台のメンバーが徐行して一般車両を減速させ、キモと他のメンバー約7から8台が一気にスタンディングウイリーを始めて、その後約3マイル(4.5キロくらい)の間、ずっとウイリー。立ち上がった車両の横から顔を出して車線変更やカーブも全てウイリーのままこなす。誰一人としてフロントを路面に落とさない。私は「二輪を買ったのに一輪しか使っていない」といった彼の笑う顔を思い出しながら横を走っていた。

その後、いつの日だったか彼の家を尋ねた時にガレージにびっしり詰まったクラッチロケットの数に驚いたことがある。メンバーのバイクを預かっては改造をまかされているようだった。そんな中でもキモ所有の赤と青の2台のR1は印象的だった。そして4-5台並んだダートバイクは彼と彼の小さい子供たちのものだと笑って話してくれた。

それ以降、私は彼と会うことは無く、そして彼は、向こうの世界に行ってしまった。その日もいつもの様に、クラブメンバーと走っていたキモは、105から110フリーウエーSOUTHのジャンクションのカーブで、車体コントロールを誤ったクラブメンバーのバイクを避け損ねて転倒、そのまま帰らぬ人となった。私がそれを聞いたのは葬式の翌日で、最後の別れも出来なかった。せめて私に出来たのは、このローライダーマガジンJAPANに掲載したキモとR1の写真を大きく引き伸ばして遺影として家族に渡すことくらいであった。写真を見た瞬間、気丈にしていた彼のワイフの瞳から涙がボロボロとこぼれ落ち、私の目にも彼女の顔が写らないくらいの涙が出てきて止まらなかった事が忘れられない。

とても華やかで、日本車の技術の粋を集めたクラッチ・ロケット。その性能、存在は男の心を揺さぶるに値するものだ。しかしその影には、やはり現実に起こりうる悲しい事故が、いつ誰の身にも降りかかる可能性がある事を忘れてはいけない事を、彼に確認させられた。「お前も気をつけろよ」と彼が言っている声が聞こえてくるようだ。
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710 X インペリアルの角のスタバに集まるバイクナイト。場所柄、メキシカンが多い



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初期のLSマガジンで紹介した”インナーサークルMC”のメンバー。クレンショーを地元とする集団で、”クレンショー・ロケット”として日本に紹介した。



ロサンゼルスには「バイクナイト」と言われるものがあり、クラッチロケットたちが平日夜に場所を決めて集まっている。駐車場にびっちりロケットたちがひしめく。水曜はハリウッドだったが場所は数ヶ月に一度変わる。なぜコロコロとスポットが変るかというと、あまりウイリーやストッピー(日本ではジャックナイフと言うはず)、バーンナウトが度を過ぎると警察が来て蹴散らされるのがその理由。ついでに見せしめに何人か連行される。この写真の水曜の夜は約1500台くらいはいたと思う。もしかしたら2000台くらいかもしれない。曜日によってスポットが違い、地域によってもいくつかある。
写真は何箇所かの違うバイクナイト。地域によっては黒人ばっかりやメキシカンばっかりの集まりもあるが、やはりバイクなので何処に行っても白人も多い。その点はクレンショーの日曜夕方のローライダー・クルーズと違うところ。