水の中。 -27ページ目

水の中。

海外小説のレビューと、創作を。



えーと、日本ではあまり馴染みがないことと思いますが、

「イルミナティ陰謀説」、
これはフリーメーソンだとかユダヤ陰謀説だとかと同ジャンルの陰謀仮説モノですね。


まあ、早い話がですね、
人類をつくったのは爬虫類型異星人であり、
彼らの子孫である「悪魔の13血流」が現在も世界を支配しているよ!


……というお話。ちなみに小説ではありません。



デーヴィッド・アイク, 安永 絹江
竜であり蛇であるわれらが神々 上 (1) (超知ライブラリー 27)

私はこのジャンルの本が大好きで、「月の中は空洞だった!」だとか「地底に巨大帝国があった!」とかいう、あらゆるものを読んではいるのですが(生涯どこにも役に立つことのない知識……)、
今回のこれは読み物として、いまひとつ。



超古代部分には「ほー! それだとイロイロ説明がつくなあ」と感心するような面白い説もあるのですが、検証を重ねて次の段階へ行くのではなく、どこを読んでもひたすら繰り返しばかりであるので、飽きてしまうのですよね……。



いや飽きるというよりも、「わけわかんなくなる」のですよね。



書いている本人も散漫になってきたことに気がついたのか、章の途中で

「この章で語っているテーマは①コレと②コレと③コレである」

などと突然テーマを並べだしたので、ちょっと笑ってしまいましたが。



さんざん読んだ挙句に、「で、なんだったんだっけ……?」とかえって混乱してしまうのです。
で、どれとどれが同じでどれとどれと繋がっているんだっけ? みたいな。
目次を見ると細かく章分けしていて、それなりの構成がありそうに見えるのですが、実際に読んでみると中味はぜんぜんまったく分かれていないのですね。



私としては、竜って結局は空とぶ蛇なんだとか、そーゆー象徴的な話を読みたかったような気がするのですが、結局そういう話にはなりませんでした。



「人類の大部分が搾取される家畜である」というのはまったく同感ですが、「イルミナティ」だけが悪者で敵であるのだとしたら、世界って単純でいいよなーという気がします。



これはある意味では、すっごい性善説なのかもしれないですね。



つまり「この世に戦争が絶えないのは、人間が悪いのでなく奴らが悪い」とゆーわけですから。



……本当にそんなんだったらいいのになあ。
と言ったら、人類に警告している著者は怒るかもしれませんが。




ところでこれ、下巻をまだ読んでいないのですが、この調子で続くのだとしたら読む意味なさそうだなあ……。
誰かこれを下地にして書き直して、もーちょっとドラマチックな構成に出来ないものでしょうか。むむむ。







母に疎まれ、父の理解も得られずに、コフリンという姓を捨てて伯父レイフの養子となったカーター。


「お母さんを許してくれる?」


ようやく和解した母とともに父は事故死、そして駆けつけた伯父までもが飛行機事故に巻き込まれてしまうのだった。



PALM30



冒頭がなんと小説! であったことにビックリしました!


こういう形式がアリかナシかは好みが分かれるところかと思いますが(ちなみに私は漫画は全編漫画で読みたいほうです)、それは置くとして、その小説の語り手がカーターの妹ジョイなのですよね。



彼女はもう40歳の作家であり、
夫ジェームスは死亡(まあ以前から分かってたことですが、28で死んだわけですね~)、
生まれた子供は誘拐され
(いまだ見つかっていないとのこと)、

アンディも謎の死を遂げたとか(自殺説も他殺説もあるそうですが、それは関係なさそうですね)。


うわー凄い人生だな……。



その彼女が、曽祖父の時代まで遡って自分たちのルーツを語っているのが冒頭の小説。
そこから「自分とカーターの共著である」として始まるのが本編「蜘蛛の紋様」であるわけですね。



(ここまで説明するのは長かった……)



というわけで本編ですが、すでに回想で語られていたエピソードがほとんどであるので、内容については特にこれという感想はないのです。


タイトルは伯父レイフのセリフから来ていまして、カーター自身はこのセリフに

「嘘だ。美しくなどない。人生は残酷で苦痛に満ちている」

と答えているのです。


これは冒頭で語られた彼らの現在と照らし合わせてみると、複雑ですね。
物語は人生のある一点で終わるので、ハッピー・エンドで結末を迎えることも可能ですが、実人生はそうはいかないわけですからね~。


私自身は、物語というものは、苦痛の多い人生に希望を与えるものであってほしいと願っているので、あまり現実寄りの「ハッピー・エンドでは終わらない」ような展開にはなって欲しくないのですが……。


ただ、「それでも人生は美しい」と言えるかどうかは、結局はその人自身の底力にかかっているのではないかと思うので、そういう「人間の強さ」のようなものを見てみたい、という気もします。




ところで今回、小説部分を読んでいて思ったことなのですが、この作家さんは、やはり漫画表現のほうが魅力があるのですね~。



上手下手の問題でなく(実際に文章もかなり巧みであると思います)、元々がかなり厳しい人生観の持主であるために、厳しくシリアスに、時に絶望的になってしまいがちな物語を、織り込まれるコメディ部分が救ってくれているのですね。
小説になるとそのあたりの軽妙さの大部分が消えてしまうので、やはり漫画で物語を読ませてほしい作家さんだなーと思いました。


まあ、おそらくご本人は「漫画は苦手」と思っているのではないかと思うのですが(物語のつくりかたが漫画っぽくないしな……)、描き続けていただきたいものです。



厳しい結末が待ち受けているこのシリーズ、エンドマークが付くのはまだまだ先のことのようですが、どのような形で終わるのか、楽しみにしています。






sweets


実家へ行くとですね、
私は犬の散歩係なわけですが (家族が言うには「そもそもアンタの犬なのよ!」だそうで……)、


散歩は楽しく駆けずりまわればいいわけで、特に面倒なことはありません。
手がかかるのは、帰って来てからのお手入れですね。



家の中で飼っている犬なので、散歩の後はきっちりキレイにしてあげないとダメなのです。
足だとか腹だとかお尻だとか、とにかく全身をキレーに拭いてあげて、
そしてブラッシング(何の間違いなのか、我が家では人間が体を洗う用の豚毛ブラシが使われている)。
その後コーミング(ブラシだけだと毛がもつれるので、櫛も入れるのですー!)。



この一連の作業、
長年やっていることなので、犬のほうも協力的で
「そっちの足あげてー」
と言えば馬のように足をあげて拭かせるし、
「ブラッシングするよー」
と言えば、おとなしくついてくるのです。


……そう思っていたのです、が。



久しぶりに、姉がこの役目をやっているのを見て、驚きました。


「ガルガルガル」
「もうっ、洗濯機の上に置いちゃうからね!」
「ガルル!」

「ほーら動けなくなった!」
「ウウウ、ワン!」



扉の向こうでは、すさまじい攻防が繰り広げられているようです。
いったい何事……?



「あー、大丈夫。あの子たち(←姉と犬をくくるのはよくないのでは……)は、いつもあんなだから」
と母は言うのですが。

いつも……?


私はですね、この家にすんごい負の遺産を遺してきてしまったのではないかと、あらためて戦慄したしだいです。






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ここアメブロのRSSドメインが……
10月22日から変更になっているそうで。



(現行) ameblo.jp ⇒ (変更後) rssblog.ameba.jp




今はまだ移行期なのでどちらも有効なようですが、11月1日からは完全に新ドメインに移行するとのこと。
転送に対応していないRSSリーダーをご利用の方は手動で変更してください、

ということのようですので、お手数ですがよろしくお願い致しますー!




それにしてもですね、

数ヶ月ぶりに「何か変化があったかしら~」と訪れたスタッフブログで、この知らせを読んで驚きました。



……べつにアレコレの不具合に対してはどうでもいい、
いいやもう、記事さえアップできれば。



という、すでに菩薩の領域に入っていたアメブロへの想い。
何の期待もしなくなって数年、倦怠期の夫婦のような関係であった私とアナタ(いやアメブロのことですが……)。



しかしここへ来てカッチーンと来ましたよ。


なんじゃそら!
「あなたのモテ期、占います」とかヘンなメッセージ送ってくる暇があったら、
そーゆーことを知らせろやー!!




私はですね、基本的に自分から何かをやめたりしない人間なのですが(これは我慢強いのではなく、面倒くさいからだと思われますが……)、
ちょっと本気でここを去ろうかと考えてしまいましたよ。むー。


ここ最近読んだ漫画が、どれも面白くなかった(言っちゃった……)ので、悲しいです。


オススメでなくても、語ってみたいテーマを持つ作品などはあるものですが、これらはレビューを書く気にもならなかったので、私にとっては相当どうでもいい作品であったのかと……。


ちなみに以下がそれら。



◎「トムソーヤ」高橋しん

トムソーヤ (ジェッツコミックス)


「永遠に心に刻まれる夏休み」というテーマのはずが、なんだか……。
巻末の作者の思い入れほどには、何のドラマも感じられなかった、ただ長いだけのまんが。正直なにが「トムソーヤ」なのかもワカラン。


でも表紙はきれい。カラーページもきれい。カバーをとった本のデザインまで凝っててイカス。

それだけに、非常に残念……。





◎「黒博物館スプリンガルド」藤田和日郎

黒博物館スプリンガルド (モーニングKC)


19世紀英国シュミのコンセプトはすてきなのですが、肝心の物語が「淡い恋心でした」とゆー、ワンエピソードのみなので、ひたすら薄い。話が薄い。

昔の漫画家さんなら16頁で描けそうな物語。




◎「ヴィリ」山岸涼子


ヴィリ (MFコミックス)



テーマ性はものすごくあると思います。「女の業」のいくつものパターンを描いたバレエ舞台裏物語。
ただ、漫画としてみると、もう絵が枯れすぎててですね、読むのが辛い。

「IT関連企業の社長」とかいう設定も古い。あの年齢の男性キャラなら、投資会社の社長のが自然かもな……。
あらゆる部分が古くて読みにくく、結果として物語に入り込めなかったのです。


流行には関係ない作風の作家さんでも、その時代なりの新鮮さが必要では。





以上です。

うーむ。ネガティブな感想ですみません。
たまには「これオススメです!」と書きたかったのですが、
みなさん大御所と言ってもいい漫画家さんなのですが、
大変残念な結果に……。




たまごクラブ 2007年 11月号 [雑誌]

たまたま「たまごクラブ」11月号を購入する機会があったのですが(いえ、私に子供が出来たとかそーゆーめでたい話ではないのですが!)、

これの付録に「愛情名づけBOOK」という冊子がついていたのですよ!



これがなにかと言えば、まあお子さんの命名に関する参考書なわけですが、
ここに最近の「名前人気ランキング」が掲載されていたのです。



◎女の子



1位 「さくら」 「陽菜(ひな)」 ←このふたつが同率一位みたいですね~
3位 「葵」




◎男の子 



1位 「翔太」
2位 「蓮」
3位 「優斗」



ここだけピックアップするとわりとフツーな感じですが、
TOP50すべてを見てみると、
「ははあ……」
という感じなのですよね。何が「ははあ」かと言うと、すんなり読めないわけです。



たとえばですね、女子45位の「和奏」は何と読むと思いますか?



答え「わかな」ちゃんです!
うーん、それは知らないと読めないな~。



男子11位の「蒼空」は何と読むと思いますか?


答え「そら」くんです! そうか……2字で「そら」か。

知人のお子さんに「宇宙」くん「宙」ちゃんはいるけど、そっちもアリか……。


いえ、この名づけぶりを非難しようというわけではないのです。
名前などは時代の変遷があって当たり前であるし、
どれもご両親が心をこめてつけた名前なので、よいと思うのです。



そこでこの記事のタイトルに戻るのですが、
私が何を憂えているかといいますと、物語界(特に小説界)のことなのです!



私自身の創作では、あまりそこだけ浮いたり説明が必要だったりするのもイヤなので、
登場人物に個性的な名前は用いないのです。
書庫で現在のろのろダラダラ続けている物語の主人公も「尚人」(ふつー)であるし、
その前は「正晴」(ていうか志村)だったし、
さらにその前は「永一」とか「貴子」とかだったし、
主人公以外の他の登場人物に関しても、ふつーというか平凡というか、きわめて地味な名前ばかりなのですよね。



ところが、ですよ。
これが「ふつー」でなくなる時が、もうそこまで来ているわけですよ!
今の中高生あたりで、もうすでにそうであるような気もするのですが、
いまの平成KIDSたちが成人するころには、私が現在「ふつー」と認識している日本名などは、ぜんぜんふつーでなくなるわけですよ!!



おおー、どうすんだ。
もし万が一すごい未来まで物語を書いていたとして(やっているかどうか謎ですが)、名前……どうしよう名前!!

いちいちルビふるの面倒だし、
やっぱカタカナでいけばいいんじゃねえかなとか、
すでに怠惰なことを考えている自分……。



時代の波にヘンなのりかたをしてしまいそうで、おそろしいです。



業界では手段を選ばないと評判の「本の探偵」コルソは、出版社の社主バルカンから依頼を受ける。
その依頼とは、彼が手に入れた世界で3冊しか存在しない稀覯本

「ナインスゲート(影の王国への九つの扉)」

の真贋を調べてほしいというものであった。


ところが、彼が訪れる本の所有者たちは次々と怪死してしまい、謎の美女までもが彼を追いかけてくるのだった。


パイオニアLDC
ナインスゲート デラックス版


ひたすら映像がうつくしいです。
冒頭のバルカンのオフィスの映像からして印象的。


ジョニー・デップ様のお姿が拝めるのですが、しかし彼のコルソという役、
ふつーはこういう悪人だらけ(いや悪魔崇拝者だらけ?)の場合、主人公には正義感のある人物を配したほうが感情移入しやすくていいものですが、この主人公コルソは違うのです。


本の所有者が死んでいるのを発見しても、フツーに逃げるし。
フツーに家宅侵入するし。
フツーに車を盗んで乗り捨てるし。
敵とみれば躊躇なくフツーに殴り倒すし。


なんだか当たり前のようにこれらをこなすので最初は気づかなかったのですが、
(こいつすごい悪人なのでは……?)
と思い始めて見ていたら、クライマックスでは敵の女性の命を救おうとしたりして、なんというか半端なキャラクター造形なのですね。



そして「ナインスゲート」の謎、

つきまとう美女の謎、

バルカンの葉書の意味や目的など、


おふらんす映画と知って、イヤな予感がしていたのですが、最後まで観てもやっぱり――
「えっ、今のラストなに?」
みたいに終わる、

説明ナッシングな、とてもおふらんすらしい雰囲気(だけ)映画。



もっと真相らしきものを期待していたのですが。

明かされない謎なんてさー、

意味がないではないですか。



この映画、BS朝日でやっていたのをついつい見てしまったのですが、
うーん……。
しかし原作小説は評判が良いようなので、機会があったら読んでみたいと思います。


八方


私はかつて「文章の上手下手などはたいした問題ではなく、何が書いてあるのかが大切なのです」ぽい主張をしていたものですが、
やはり文章というのは、物語にとって、すんごい大切な要素なのですよね……。



たとえば今メッセージボードに置いてある「アイス・ステーション」、
これは私の好きなタイプのSF冒険活劇なのですがー、
何故か退屈に感じられてしまうのは、内容のせいではなく、構成のせいでもなく、

「文章が退屈だから」ではないかと。



難解な言い回しをしているわけでもなく、私の好きな平易な文章なのですが、なんだろう、平板すぎるのでしょうか。緩急がないのでしょうか。

退屈で退屈で仕方がない……。



ああー、単純に「文章の上手下手」だけの問題でなく、リズムなのかもしれないですね。
文章はただの字のつながりでしかないのですが、のんびりダラダラ語るのか、さっさと言葉を切るのかによって、時間の経過を演出できたりするではないですか。


それが無いのかなあ……。


この作品の場合、訳がアレなのか原文がアレなのか、どっちもアレなのか悩むところですが。

最近の翻訳は非常にハイレベルなだけに、「読みやすさ」以上のものを求めてしまうのかもしれないですね。





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「ラブコメ論 みたいなのが読みたいです!」


リクエストの権利をいただいたのをよいことに、
ハードボイルド書きであるえいみすさんに、アタマの腐ったよーな要求をしてみたわたくしですが(記事ありがとうございます! 勉強になりました~)、さて自分自身にとってラブコメディー、いやそもそもの「ラブ」って何? と考えてみたのですが……。



ラブ・ストーリーであれラブ・コメディーであれ、
いえ、物語でなく現実世界の恋愛ごとであれ、
世間でいうところの「ラブ」はですね、私にとっては「アフェア」であることが多いので、

恋でもなんでもないじゃん! 

と思うことがしばしばなのですよね……。



ここらへん、自分が潔癖であるのかマゾヒスティックであるだけなのか追究したことはありませんが、なんだかなあ……。

そう考えると、私にとっての「恋愛」とは「片思い」になってしまうのですが、確かに物語的に感情移入できるのは「報われない恋」であることが多いですね。



そして自分でやっている創作についてはというと、
いつもいつも自分なりには「恋愛のようなもの」を書いているつもりなのですが、
誰がどう見ても絶対にそう見えないだろうなーという、そのあたりの自覚はありますね! ←いばるとこではない








元気を取り戻し、干物女らしい生活へと戻った蛍。
ひとつの恋を乗り越えて成長した証として、
お世話になった二人の恋を応援してみたりするのですが……。



ひうら さとる
ホタルノヒカリ 10―IT’S ONLY LITTLE LIGHT IN MY LIFE (10) (講談社コミックスキス)


ううーん……


「成長」って……成長って難しいですよね、むむむ。


物語では演出によってハッキリと「成長しました」的なエピソードを語ることができるのですが、
実人生においての「成長」なんて、本当にそれが「成長」なのか、
そもそも成長ってそんなにスバラシイことなのか、悩むことばかりではないですか。



この10巻でわたくしが読むかぎり、
主人公蛍ちゃんは恋愛前と恋愛後、本人が思うほどには――
「変わってないんじゃねえの?」
てカンジなのですよ。



物語自体が、マコトくんと高野部長との二択であった恋愛成長物語から、
干物女の恋愛ドタバタコメディーへと方向を変えてしまっているせいもあるのでしょうが、
この主人公の場合、恋愛においては短所でしかない部分が、本人にとっての長所であるような気も……。



この巻には番外編として「蛍ちゃん入社エピソード」が収録されているのですが、
これを読んでしまうと、なにも蛍ちゃんが別人のよーにならなくても、
おおらかでざっくばらんな良さを活かしてそのまんま生きていけばいいのではないかなーと思ってしまうのです。

というか、今の展開では、そう思うしかないのです。


あいかわらず面白い物語ではあるのですが、

どうやら当初のテーマを離れつつあるようで、


で、どのへんを目指していくのでしょうね……?