Dears~若年性乳がんと私~ -72ページ目

母親からの愛情って何ですか?

以前のエントリーでも書いたことがあるのですが、
私は母から愛情を貰ったという自覚がありません。

母は双極性障害(以前の病名は躁鬱病)です。
そのため子育て自体がほぼ不可能な状態でした。
本人はしていたつもりでしょう。
けれどそれは私には届いていません。

普通(という言葉が当てはまるかはわかりませんが)であれば、
母から愛情を貰えば娘はその愛情を理解し、受け止められるのかもしれない。
でも私は母からの歪んでいるとしか思えない愛情だけもらい、
結果として私はそれを理解出来ていない…
つまり「もらっていない」と判断せざるを得ません。

父からは沢山の愛情を貰っていると理解しています。
もう私も40を目の前にしている身ではありますが、
それでもほぼ毎日電話をしている仲です。
何かあれば面倒を見るつもりでもいますし、
きっと父が亡くなるような事態に陥ったら…
当分立ち直れないと予想出来ています。

逆に母がそうなったとしても、私はあまり感じないのかもしれません。
気持ちの中での母の位置付けは至ってシンプル。
「生物学上での母親」ってだけですから。

何故こんな事を書いているかと言うと。
人が成長していく過程において、親のウェイトは計り知れないものがあるそうです。
親からもらう無償の愛。
それが子供の人格形成に大きく影響する…
では今の私は何なんだ?
と思った次第です。

今の私を客観的に見ると、ほぼ母性はありません(苦笑)
特に人間の子供に対して。
犬や猫についてはかなり母性あります。何故だか解りませんが。
だからでしょう。
以前の結婚生活の時、どうしても母親になる勇気が持てませんでした。
元旦那さんには本当に申し訳なかったのですが(反省)

私には解りません。
母親からもらう愛情ってどんなモノなのでしょうか?
…きっと一生解らないんだろうなぁと思っていたのですが、
それに近い愛情を最近いただいています。
それは元上司。
赤の他人である私の体を気にかけてくださり、言葉をかけてくださる。
そんな元上司に対し、多分私は自分の母親を重ねているのかもしれません。
もし母親がいたらこんな感じなんだろうなぁ…って。

ある意味、その方が幸せなのかもしれませんね(笑)

さ、どうやら終わりかけの生理の影響でまだ生理痛が酷いです(涙)
そろそろ痛み止めやら安定剤やら睡眠薬やらが効いて来たので寝ます。

何故、生きたのだろう。

30才になった頃、私は乳ガンの再発を知った。

その頃の仕事は当然辞めざるを得なかったし、

まだその頃には借金が少しだけ残っていた。

それは保険金で全て返せる程度の少額だったけれど、

それでも貯蓄を出来る程ではなかった。

一瞬目の前が暗くなり、どうして良いのか不安にはなった。

何よりも左胸を全て失うという現実が信じられず、

リアルと受け止めるにはちょっとだけ時間が必要だった。

…とはいえ、本当にちょっとの時間だった。

私の中の選択肢は二つ。

手術をせず、そのまま死を迎えること。

そしてもう一つは手術をしてとことんまで生きること。

二択を迫られた私は、何も考えずに彼に話をした。

その結果、私は今生きている。

そのまま死を迎えるという選択は、治らない病気を患った人から見れば愚かだろう。

けれど女性として胸を失うということは、あまりにも切なく、悲しく、

女性の象徴でもある乳房を残したまま、焼かれて星になりたかった。

誰にも相談出来ず、ただ一人でソファに座り、膝をかかえた。

「さぁどうしよう?」と。

病院では「では何をすれば良いですか?」と医師には尋ねた。

その段階では治療をするつもりだった。

手術も受けるつもりだった。

それでも…心は引き裂かれる程、酷な選択を強いられている事に気が付いていた。

そんな私の目の前に自宅で飼っていた猫が静かに寄って来た。

普通と違う私を見て、猫も悲しそうな顔で私を見つめていた。

…そう、この子を残しては逝けない。

せめてこの子を看取らなければいけない。

ふと心の中に何かが降りて来た。

「生きなければ…」と。

それからの日々は確かに楽なことばかりではなかった。

痛みや苦しみ、そして悲観や怒りもあった。

それでも今、私は生きている。

多くの人の優しさをもらい、沢山の方の心遣いを受け、

小さな幸せをかみしめながら日々過ごせている。

何故、生きたのだろう?

そう、きっとそれは…

私を必要としてくれている人の笑顔や言葉を宝物として持っていたかったから。

そしてそれを糧にしたかったから。

なのだと今は思える。

今ちょっとだけ不安が強くて安定剤を飲みながら仕事をしているけれど、

きっとこれも段々と落ち着いて来る気がする。

だって私を必要としてくれている人がいるって事を私は知っているから。

それがある限り、多分私は這い上がれる。

いや、這い上がる。

癒される声。

いつも通り仕事をしていたら、彼から電話が入った。

ちょっと前仕事でトラブルがあり、その時も彼から電話があり、

その声に大分癒されていました。

今日はそんなに凹んではいなかったものの、

何となく自分の気持ちと言うか…

今自分が必要とされているのか?とか、

生きている意味って何なんだろう?とか…

そんな事を何気なく口にしたら、

彼も同じ事を言っていた。

だから仕事の合間を見て私に電話をくれていたと言ってくれた。

…何だか嬉しかった。

私の声だけで少しでも彼が癒されているのであれば何よりも嬉しいし、

そう言ってもらえる私は彼に必要とされているって事になる。

人って誰かに必要とされているって実感がないとダメな動物。

私は思いの外弱いらしく、そんな彼がいてくれるから生きていられている。

感謝…(^^)

明日からも頑張れそうな気がしてきた(笑)