おつかれさまです
会うたびに言われるその言葉。
その言葉しか言わない。
他の元同僚は近くに来て話してくれるのに。
そして、夢にまで出てきてその言葉しか言わない。
間接的に話したくないって意思表示をされた。
かまわないよ、別に。
でもな、話したくないなら挨拶だってするなよ。
オレはあれ以来、あなたを避けてる。
いるのがわかっていても後ろを向いてる隙に回りこんで見つからないようにしたこともある。
中途半端なやさしさは人を傷つける。
もうわかっているだろう。
顔も見たくない。
声も聞きたくない。
だが、約束を破ることは人としてオレの信念が許さないから社交辞令としてその約束の話をふった。
断ってくると思っていた。
話したくないって意思表示をしたくせに、その話には乗ってきた。
どうすりゃいいんだって。
この呪縛から逃れたい。
頼むからもう夢に出てくるな。
忘れさせてくれ。
せめて寝てる間だけは。
死ぬということ
身体のあるところが痛い。
呼吸をすると痛い。
以前、自暴自棄になったときに身体の中に意図的に癌を作ろうとしたことがあった。
潰瘍は放っておくと癌になるらしい。それをやろうとした。
昔、胃潰瘍になりかけたことがあった。
それをわざとやって、潰瘍を作ろうとした。
昨日、胃が痛かった。
胃潰瘍になりかけたとき同じく呼吸すると痛かった。
だから今回も胃薬で治ると思った。
でも、まだ治らない。
もしこの痛みが自分の思っていることと違うなら。
そんなことを仕事中考えていた。
もし、死を宣告されたら。
オレは死にたくないと思うだろうか。
普段、死んでもいいと思っているのに、本当に死が間近に迫ったら死にたくないと思うのだろうか。
今、死を宣告されたら犯罪にならん程度にむちゃくちゃするだろうな。
いや、犯罪になって獄中死ってのも悪くないのかもしれない。
明日の朝もこの痛みが有るのなら、放っておこう。
死がやっと訪れるのだから。
社交辞令
また行きましょう。
そのまたが来たためしはない。
また誘うから。
いつになったら?
オレはいなかったんだろうか。
存在しているのだろうか。
過去の遺物なんだろうか。
表のSNSで日記を書いても元の職場の人は誰も気に掛けてくれない。
誰も見てくれない。
興味もなければ関わりたくもないんだろう。
それがオレの評価なんだろう。
あの20人以上来てくれた送別会は、
お前がいなくなって良かった。はよ出て行け。
ってことだったらしい。
愛想笑いの会釈はいらない。
嫌いだったら挨拶しなければいいじゃん。
なぜ微妙に無視するのに、徹底的にしてくれない?
それが人を傷つけていることをわからない?
そういうことをされるととことん追い込みたくなる。
苦しめてやろうか?
どんな手を使って苦しめようか…
考えると楽しくなるよ。
苦しんでる姿を想像するとイキそうになる。
昔、こんなことあったな。
そういうことでは前科がある。
そのとき追い込んだ人は、泣きながら「どうしたらいいの?」って電話してきたっけ。
オレの苦しみ、悲しみ、淋しさ。
理性が崩壊したときそれは始まる。
覚悟しろ。