他流さんではあまり仰らないそうですが、当流では茶筅通しのときに「『こ』の字でぽん」というフレーズが出てきます。

 

『こ』の字でぽん

検めて、ぽん

検めて、ぽん

しゃらしゃらしゃらしゃら

『の』の字で出す

 

 のが茶筅通し。

 

しゃらしゃらぽん

検めて、ぽん

検めて

しゃらしゃらしゃらしゃら

『の』の字で出す

 

 のが茶筅洗い。

 

 微妙に違うので、しっかり空で言えるようになるまで暗記してもらいます。

 

 この『こ』の字というのは、「茶筅の柄を9時に倒して、左から右へ上を通って、右から左へ下を通って茶筅の柄を動かす」動きで、決して穂先を動かそうとしてはいけません(多少は動きますが)。

 

 また、御茶を点てるときにも

 

『い』の字3回

しゃらしゃらしゃらしゃら

『の』の字で出す

 

 と教えますけれども、この『い』の時は「茶筅の柄を12時に倒して、左回りに下げて、再び12時に茶筅の柄を倒して右回りに下げる」という動きで、これを3回以上繰り返してから、御茶を点てるという動きになります。

 

 この「『い』の字」のあとの「しゃらしゃらしゃらしゃら」も、穂先を動かさないように柄を振って、御茶の薫りが変わる瞬間以後は泡を立てるために穂先を動かします。

 

 さらに「『の』の字」の動きも茶筅の柄の動きであり、穂先の動きではありません。

 

 これは「『の』の字を書かせることによって、茶筅の持ち方を変える」ための所作だからです。穂先を回しては持ち方を変えることができないのです。

 

 一つ一つの所作にはすべからく意味があり、無駄がないのが茶湯の点前です。

 

 今一度、所作を見直すというのは如何でしょうか?

 第三章のプロットを書き終えて、ついでに第四章のプロットを作っておくかー!と書き始めてはたと気付きました。

 

 武野紹鷗が帰郷する前、山科本願寺に武野紹鷗が手勢を十名ばかり連れて参じていたことを。

 

 これは本願寺の内乱「享徳の錯乱」の際のことで、享徳四年(1531)六月末に山科本願寺に入っています。八月には一度帰京し、廿四日には三条西実隆を訪問しました。

 

 しかも、本願寺は青蓮院門跡の末寺であり【珠光に伝手があった】ことになります(但し、作中では最初に茶道へ興味を持っていない設定でしたが)。

 

 享禄年間末当時、京都では法華宗による一向宗の僧狩りが行われていたため、改めて享禄五年二月に大徳寺の古嶽宗亘から受戒して紹鷗に、改めています(※紹鷗は堺で一度得度しています)。

 

 この頃は個人の帰依と家の帰依を別のものと考えており、家が一向宗でも個人的に禅宗から受戒することは出来ました。と言っても、家が改宗するわけではなく、家と宗門の付き合いは残ります。更に言えば、紹鷗の子である宗瓦は妻が本願寺坊官の娘です。

 

 その後、山科本願寺から持ち出された祖像が転々としたのち、天文二年《1533》七月廿五日に大坂本願寺に鎮座しています。

 

 武野家は本願寺と結びつきが強く、そのことで息子の宗瓦も信長から睨まれていたほどですから、これに関連して帰堺した……ということではないでしょうか。祖像受け入れのための、改築などの手配とか、寄付を募るとかの手伝いみたいな?(商人ですから、伝手を紹介することもできたでしょうし)

 

 京を離れたのは天文二年(1533)三月廿六日(『実隆公記』)。その翌年四月、自らが主催した連歌会の発句を実隆に依頼しています。

 

 このあたりの話も、ちゃんと織り交ぜて、作品を作っていきたいと思います。

 只今、第三章のプロットを詰めています。


 私の場合、小説のプロットというのは物語の骨子になる事象を、書いていく順番に従って箇条書き(多少は文になることもありますが)などで書く作業です。


 大事なのは「誰が・いつ・何処で・何をした」で、特に歴史小説では、史実で判明している【いつ】と【何処】と【誰】を複数の観点から検証しないといけません。


 第三章は、川勝寺の戦い(大永七年後半)、安宅の内乱(大永八年/享禄元年)、元長の帰国(享禄二年)、依藤城の戦い(享禄三年)、中嶋の戦い(享禄三年)、大物崩れ(享禄四年〜五年)、元長の死(享禄五年)、天文法華の乱とあります。


 結構、書く内容が多いので、分量が増えて、章を跨いで仕舞わないか不安です(笑)


 第四章はうって変わって利休中心の話に変わる予定です。今からプロット考えておかなきゃ……。

 昨日は端午の設えでの「お茶会へ行こう」でした。


 人数が少ないので、他流さんの音を鳴らす駅鈴の扱いを見せていただきました。


 面白い扱いですね!!


 たまにはやってみてもいいかも?

 武者扱いと表千家扱い?で二種類あるのもいいですね。


 あ! 濃茶は武家茶さんと同じ扱いで、薄茶は表千家さんと同じ扱いとすればいいかも! よしっ!

 メモメモ_〆(。_。


 来年は道具組みを一つ増やしたいです。


 今まで小四方棚で槍鞘と駅鈴を使って来ましたが、これを瓢棚に替えて、瓢尽くしを辞めようと思います。


 そうすると棗が足りなくなるので(え?)、井伊宗観好の白粉解が欲しいなー。


 今回の道具組みは以下の通り


|令和六年《西暦2024年》|五月十一日《6月16日》
甲辰年庚午月辛亥日 端午之節供


濃茶

床 軸  瀧 雪尾要道禅師筆


釜 平丸釜 川邉庄造作

 風炉 唐銅 鬼面 川邉庄造作

 敷板 真塗 小板小

棚 旅箪笥 金森宗和好 岐斎作

 水指  京高取 管耳 桶谷定一作 笠井宗裕寄贈

  茶器 緋襷 尻膨 木村陶峰作

   仕覆 十色間道 京仕立
 

  飾棗 真塗 河太郎棗 道安好 岡本陽斎作

  茶盌 主 黄瀬戸 鬼佛庵楽生作 銘『醍醐』

     次 黒楽 不二写 佐々木松楽作 印『赤人』

  茶杓 安住樂風作 金森宗和虹写 銘『天弓』

   蓋置 煤竹五徳 金森宗和好 宗喜作

    建水 赤膚山 内白釉焼締 古瀬堯三作

  菓子器 浅葱楽 箆皿 萬福堂 吉村楽入作

  菓子司 柏餅 武州板橋 梅花亭
  御 茶 神楽殿 城州宇治 山政小山園詰


薄茶
床 花入 大樋 鯰尾兜 掛 泉喜仙作

棚 小四方棚 表千家即中斎好

  水指 高麗写 狂言袴 原清和作

  飾棗 溜塗 糸目瓢中次

  茶盌  主 青磁 馬蝗絆写 今岡妙見作

      次 相馬駒 馬絵 田代法橋作

      替 乾山写 兜絵 田中渓峰作

      替 音羽山 綾目 森里陶楽

      替 黒仁清 紫陽花 宮地英香

      替 志野 左馬 成田作


  菓子器 黒爪紅 蛍蒔絵団扇盆 男庵寄贈

  菓子司 鴨川あゆ 洛中室町 俵屋吉富

      あんず琥珀 洛中室町 俵屋吉富

      和三盆 洛中烏丸 亀屋則克

  御 茶 四方の薫 城州宇治 山政小山園詰

以上

 現在、アルファポリスの「第10回 歴史・時代小説大賞」に参加中ですが、ようやく、第二章 苞蔵禍心が書き上がりました。

 

 昨年の惨敗に撤退しておりましたが、二章も終わりが見えたので、参加してみるか!と。

 

 

 

 


 現状は105位で、昨年より悪いですね。

 

 

 100位以内でしたら、継続して大賞に応募してみようかと思っておりますが、100位以下でしたら完全撤退でしょうかねぇ。

 

 これで桂川原の戦いが終わりました。この後は堺公方が立ち、ここまでの中心人物であった細川高国が大物崩れで亡くなります(第三章)。

 

 一ヶ月ほどお休みしたあと(プロットを組むので)、また執筆に勤しむといたしましょう。

 

 

 

 


 応援宜しくお願いいたします。