本日は入梅。

 

 今年の梅雨はまだまだなようで関東の梅雨入りは土日か?などと朝のテレビで言っておりました。しかし、この節供はあくまで目安ですので、まだ梅雨入りしてないやないかーい!と言わないで(笑)
 

 これは二十四節気にはない雑節で、梅雨入りの漢語表現と言われます。毎年新暦6月11日頃で、この日から約30日間(一カ月)が梅雨とされます。

 

 梅雨はもともと「霉雨」と書かれていたものが、唐の文人・柳宗元によって「梅雨」という漢詩が詠まれて以後、「梅雨」と書くようになりました。これは霉雨の時期が梅の実の時期だからとも言われます。同じ音の別の漢字を宛てて、雰囲気を変える言葉遊びですね。

 

つまり、これでようやく「五月晴れ」という言葉がつかえるようになる訳です。

 

この時期困るのが何を着ようかというものですね。
 

 私はこの時期、大体洗える麻の着物にしています。暑がりなので雨コートを着ると、滝のような汗になってしまうからです。 もう少しで夏至。夏至を過ぎれば夏物に衣更えです。もうちょっとで、褝も秋まで仕舞いですね。

 この時期の御軸としては「雨滴声」が一番ですかね? 個人的には「一滴潤乾坤」でもいいとは思うんですが「一雨潤千山」の方が好きです♪

 本日は旧暦五月五日、甲辰年庚午月乙巳日。

 五節供の一つ、端午の節供です。


 端午は菖蒲の節供ともいい、菖蒲(しょうぶ)が勝負に通じることから武家でも特に男子の節供として祝われるようになったものです。
 
 もともとは、午の月(旧暦五月)の最初の午の日を祝う風習だったのですが、午が五に通じることから、五月五日と定まり、端午は「毎月五日」を意味するものでしたが、いつしか五月五日だけを指すようになりました。
 
 端午の節供に粽を食べるのは、戦国時代、楚の名臣屈原が身投げをしたことを知った国民が魚が屈原の体をついばまないようにと粽を投げ入れたことから食すようになったものだといわれます(本来無縁であったものが結びついたといわれる)。
 
 日本では、五月忌という男性が出払い、女性が家に閉じこもって田植えの前に穢れを祓い、身を清める儀式があり、これが支那からわたってきた端午の節供と結びついたといわれます。古代においては端午は女性の節供であったあったといわれます。
 
 鎌倉時代になり、菖蒲が尚武・勝負と通じることや菖蒲の葉が剣を連想させることから、端午は男子の節供とされ、男の子の成長を祝い、健康を祈るようになります。鎧・刀・兜を飾り、金太郎や武蔵坊弁慶などの人形を飾るようになります。鯉幟(こいのぼり)は江戸時代に入ってから、関東の風習として広まったもので、登竜門の故事に五色の吹き流しを組み合わせたものだといわれます。
 
 柏餅を食べる風習は日本独自のもので、柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「家系が絶えない」縁起物として広まっていったとされています。
 
 端午の掛軸としては「瀧 直下三千丈」や「白珪尚可磨」、「三級浪高魚化龍(さんきゅう なみたかうして うお りゅうと かす)」などがいいでしょうか♪

 本日は道薫忌。
 遠祖・荒木道薫の命日です。
 天正十四年五月四日に亡くなりました。

 流儀として特に何かをしていた記憶は一つもないのですが、ここはひとつ、道薫が所持していたという名物に因んだ物を使いたいところですよね。
 
 道薫が所持していたと伝わる名物は
 
・兵庫壺
・寅申壺
・荒木高麗
・牧渓画遠浦帰帆絵
・ももしり
・定家の色紙

 とされています。
 「ももしり」とは花入で、古銅花入の一種です。細口で無耳、下部が桃の形のように膨らみ、高台がなく、上下五段に区切られた文様帯があり、その文様帯の中に饕餮文の退化した文様(結び龍)のあるものをいうようです。桃尻は、明代のもので、室町末期に到来したものといわれます。
 
 荒木高麗は高麗の染付で、千利休から荒木村重に渡り、その後家康に渡り、尾張徳川家に伝来します。安南のような文でありながらも、釉がやわらかく枇杷色の肌をしており、見込みに井戸のような白釉流れがあり、高麗茶盌の特徴をしています。

 できればこの二つの写しでも手に入れて、点前をしたいものですねぇ。

 本日は旧暦五月朔日。甲辰年庚午月庚子日です。

 五月といえば梅雨。

「五月雨を集めて早し最上川(奥の細道)」が有名な時期ですね。

 では五月の別名といえば「皐月」。

 花の「サツキ」の由来ともなった「皐月」は、田植えの意味がある「さ」と「つき」が組み合わさった古くからある和語であるとも、「早苗月(さなえづき)」が略されたとも言われます。

 古くは「五月」と書いて「さつき」と読まれていましたが、後に「皐」が使われるようになりました。これは漢籍の『爾雅』にある「陬(一月)如(二月)寎(三月)余(四月)皋(五月)且(六月)相(七月)壯(八月)玄(九月)陽(十月)辜(十一月)涂(十二月)」の五月のことで、これに「月」を補って和風月名としたものです。

 では他にどんな別名があるでしょうか。

菖蒲月【あやめつき・あやめづき・しょうぶつき】
 現在、菖蒲は「あやめ(綾目)」または「しょうぶ(白菖)」と訓みますが、もともとは綾目は「はなあやめ」、白菖は「くさあやめ」と呼ばれていました。

 これは奈良時代に渡来した人々のうち、宮女となって機織りや裁縫などに従事した女性たちが「漢女(あやめ)」と呼ばれ、端午の節供に白菖を献じたことから、白菖を「くさあやめ」と呼ぶようになったといわれています。このことから、それ以前より「あやめ」と呼ばれていた綾目を「はなあやめ」と呼ぶようになったとも。

 綾目も白菖もどちらも旧暦五月の花なので、この異名があると言われます。

橘月【たちばなつき】
 白い橘の花がつく月であることから。

五色月【いついろづき】
 端午の節供に川へ投げ込む粽に巻く五色の紐にちなんだ名。

雨月【うづき】
 五月は梅雨の時期であり雨が多いことから。

狭雲月【さくもづき】
 小曇月とも。「さ」は古語の接頭辞で、語調を整えるもので、特に意味はない。雨や曇りの多い月であることから。

鶉月【じゅんげつ】
 十二次で五月は鶉首にあたることから。

早苗月【さなえづき】
 さつきの「さ」は耕作するという古代語。苗を植えることから。

五月雨月【さみだれつき】
 梅雨の長雨を五月雨(さみだれ)ということから。

梅夏【ばいか】
 梅雨のある夏または、梅の実がなる夏の意味。

多草月【たくさづき】
 雨が多く雑草が多くなることからか?

梅月【ばいげつ】
 梅の実のなる月であることから。

田草月【たぐさづき】
 田草とは田圃に生える雑草のこと。雨が多く雑草が生えることから。

稲苗月【いななえづき】
 五月は田植えの季節。稲の苗を田植えすることから。

建午月【けんごげつ】
 北斗七星の柄を「建」といい、建が旧暦で午の方位を向くことから。

月不見月【つきみずづき】
 長雨で月をみることが少ないことから。

写月【しゃげつ】

浴蘭月【よくらんげつ】
 蘭は蘭草(フジバカマ)のこと。『荊楚歳時記(梁・宗懍)』によれば、五月五日を浴蘭節といい、艾を門の上に懸け毒気を祓い、白菖を刻んだり粉にして酒に浮かべて飲んだり、蘭草を入れた湯に浸るなどして穢れや厄災を祓ったとされています。

 本日は、旧暦四月廿九日。二十四節気の第九、芒種(ぼうしゅ)です。

 芒種とは読んで字のごとく「芒(のぎ)の種」のことで、コメやムギなどのイネ科の植物の小穂を構成する鱗片(穎)の先端にある突起のこと。

 芒は禾とも書き、穀物のことを意味し、この頃に種まきをすることが多かったことから、二十四節気の一つに数えられています。

 日本においては、実のところ芒種よりも早く田植えなどが始まるため、実際の農暦とはずれが生じます。これは二十四節気が支那生まれであるので仕方ないことかもしれませんね。

 芒種を漢詩でひくと、「北固晩眺(竇常)」という漢詩にあるそうで、「水国芒種後、梅天風雨涼」という一説があります。「水郷地帯では芒種(陽暦6月6日頃)を過ぎ梅雨空だというのに風雨はまだ涼しい」という意味だそうです。「梅天風雨涼」だけ引いて、御軸になったらいいかも。

 芒種はだいたい新暦6月5〜6日頃で、雑節の入梅が6月11日ですので、ほとんど梅雨と重なります。

 着物は最後の褝(ひとえ)の時期で、夏至を過ぎると薄物に変わってしまいます。雨の日は褝でも過ごせますが、五月晴れの日などは褝だと大汗を掻いてしまうこともあります。

 着物では早取は御洒落とされますから、一足先に夏物というのもよいのではないでしょうか(天候によりますけれども)。

 この時期のお軸としては「耕雲種月」「牀脚下種菜(しょうきゃっかになをうう)」などでしょうか。もうすぐ入梅ですので「白雲流水清」と流れを感じさせるものもいいかもしれません。