本日は旧暦四月一日、卯月朔日、庚辰辛巳丁卯です。

 

 とうとう卯月になりました。

 卯月とは卯の花の月が転じたともいわれ、卯の花が咲き誇ります★彡が、月桑庵は姫空木(ヒメウツギ)しかないので、少し早めに咲き始めてます。

 

 卯の花とは空木(ウツギ)の花の別名で「ウツギのう」から卯の花と言われます。

 志野の名盌「卯花墻」もこれに由来しますよ!

 

 さぁ、四月の別名のコーナーです。
建巳月【けんしげつ】

 北斗七星が巳の方角を向くことから


孟夏【もうか】
 孟は最初の意。


卯花月【うのはなづき】
 卯の花が咲くことから。

 

得鳥羽月【えとりはづき】

 鳥の羽が生え変わる時期から


木葉採月【このはとりづき】

 「蚕にやる桑の葉を摘み取る月」の意


夏初月【なつはづき】
 夏端月とも。夏の初めの月


花残月【はなのこりづき】

 はなのこしづきとも。


維夏【 いか】

 維ははじめの意。

 

陰月【 いんげつ】

 旧暦十月の陽月に対して。


槐夏【かいか】

 槐(えんじゅ)の花が咲きはじめるのは7月ごろで早咲きなので該当せず。

 ただし、大臣位のことを槐位というなどといい「出世の木」であるため、「はじめ」の意味にも通じる。

 出典は宋の欧陽修の『六一詩話』で「麦天晨気潤、槐夏午陰清」とある。


乾月【けんげつ】

 陽の卦が極まる月であることから。


乾梅【けんばい】

 梅の実が収穫される時期で、台湾にある梅乾や支那の話梅という食べ物があるのですが、これのことですかねぇ?

圉余【ごよ】

 「月が丁にあるから圉余という」(爾雅・釈天)という記述を発見。

 圉はひとや、まきば、うまかい、か-う、ふせ-ぐの意味。

 

始夏【しか】

 夏が始まる月から


首夏【しゅか】

 首は最初の意味。


純乾【じゅんけん】

 陽の卦で「乾」のことを純陽といい、乾を方角などとは違う卦としての意味を強調する言葉。
 

純陽【じゅんよう】

 陽の卦で「乾」のこと。陽の卦だけで構成される卦で、『易経疏-乾卦』に「四月は純陽の月で乾卦にあたる月ぞ」とある。

 

初夏【しょか】
  初めの夏。

 

新夏【しんか】

 新しい夏。
 

正陽【せいよう】

 あらゆるものが清く陽気になる時期であることから、正陽月(せいようげつ)、正月(せいげつ)とも。
 

清和【せいわ】
 四月朔日のこと。気候が清らかにして温和な時節の意味。古代支那で四月朔日を清和節と呼んだことから、四月の異名となったそうです。

 

清和月【せいわづき】

 清和を含む月の意味。
 

跡踵【せきしょう】
 不明

 

仲呂【ちゅうりょ】
 中国の律音の一、六番目の音で、干支では卯月が六番目(巳)に当たるため。

 

鎮月【ちんげつ】
 

麦秋【ばくしゅう】

 麦が実りの季節を迎えることから。
 

乏月【ぼうげつ】
 前年にとれた穀物が尽きて、その年の穀物がまだ実らない時節。

 

余月【よげつ】

 圉余からか。
 

六気【りくき】
 干支で六番目の月に由来?

 

六陽【りくよう】

 干支で六番目の月に由来?

 

 世界が広がりましたでしょうか?

 

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「お茶は食事とお酒とお茶が揃ってこそ!」
 

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 お茶事に抱くイメージってどんなものがありますか?
 

 お茶事ってどんなもの?
 

 茶道ってどんなことしてるの?
 

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 茶道の醍醐味といえば「茶事」。
 

 茶事というのは、まず懐石があり、お酒があり、そして最後に濃茶と薄茶をいただくというもの。
 

 そう、本来のお茶とは食事とお酒とお茶がセットになったもてなしのことなんです。
 

 月桑庵の「お茶事へ行こう」は、本格的なお茶事とは違い、炭点前がありません。あくまでお稽古です。
 

 懐石に慣れることを目的としておりますので、少々ゆっくり目に時間を取らせていただいております。
 

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。
 

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。
 

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 

 5月25日は旧暦四月廿八日。お節料理を召し上がり、初風炉を愉しみませんか?

 

 濃茶 
 薄茶 
 

 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和7年5月25日(日)
 懐石:12:00~14:00
 八寸:14:00~15:00
 濃茶:15:30~16:30
 薄茶:17:00~18:00


 開始15分前までにお越しください。
 

 時間はあくまで目安です(席が分かれていて途中参加できるわけではございません)。また、予定時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 

 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。お凌ぎがございます。

 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。

 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 

大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 

 

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■会費
 9000円(懐石・八寸・濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

STORES 予約 から予約する

応募期間終了後は

darkpent@gmail.com

まで


■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください

 茶とは長らく「濃茶」のことで、薄茶は振る舞いや施しに用いられていた物でした。


 鎌倉期には詰茶一袋(二匁)が半袋(一匁)となり、茶箱は十袋詰から二十袋詰になっています。


  これを茶壺に詰直し、熟成させた訳ですが、このときに一緒に詰める葉が「薄茶」となります。


 これを挽家に入れて振舞茶としたのです。


 これが「茶桶」と呼ばれた最初の木製茶器で、西大寺茶器であることは昨日の記事に書きました。


 鎌倉末〜室町初には、後醍醐天皇によって「金輪寺」が作られるまでは、木製の茶器は挽家であったとするならば、現在薄茶で用いられる略式捌きは実は挽家捌き――つまり、水屋捌きなのではないか?と思い至ったのです。


 ここから、薄茶が点前化して茶事に組み込まれるようになるときに、薄茶の捌きとして採用されたと考えるのは如何でしょうか。


 それまでは、「濃茶=四方捌き、薄茶=挽家捌き」ではなく、「陶磁器=四方捌き、漆器木製=挽家捌き」だったのではないか?という推論です。


 皆様は如何お考えですか?

 薄茶器の歴史は後醍醐天皇が好んだという蔦の木の「金輪寺(摺漆)」から始まります。

 

 ただし、この「金輪寺」は、現在の「金輪寺大」であり、濃茶で用いられた金輪寺です。

 

 それと西大寺茶器と呼ばれる茶桶【さつう】も登場します。※別名「臨器」

 

 

 吹雪ににていますが、面取が唐戸面(面取部分が丸みを帯びて両端に決まりがつく)になっています。

 唐戸面というのは

 こういう形をしています。

 

 また、吹雪とことなるのは、高台があることです。

 西大寺茶器は茶桶の最初であるとされます。別名で「臨器」とも言います。

 

 君台観左右帳記にある「棗」は茶入の写として登場します。

 

 ここから、更に珠光の昔棗(珠光好・珠光棗とも)が登場し、武野紹鴎の寸切(頭切)、臨器【のぞき】、帽子、飯器、薬器、薬籠(中次)、棗(紹鴎大棗・紹鴎小棗/甲が平ら)が生まれます。

 

 利休好は小棗・中棗・大棗・平棗・鷲棗・中次・面中次・吹雪大・吹雪小・尻張が知られ、さらに如心斎がさだめた利休形十二器が小棗・中棗・大棗・如心斎好寸切・薬器・茶桶・白粉解・尻張・一服入・面中次・吹雪小・吹雪大が現在の茶器の基準になっています。

 

 この他に、平棗・真中次・香次・黒柿■・朱中次(細長い瓢形の中次で、蓋が面取になっている)も定めています。

 

 他には藤村庸軒好みの茶桶棗や遠州好の茶桶棗、仏器、根来薬器、如心斎好阿古陀や常叟好甲赤、覚々斎好老松、碁笥棗や八角中次、石州好次郎棗なども生み出されています。

 

 これらの形に蒔絵を入れた派生も含めると、数え切れない種類の薄茶器が作られている訳です。

 

 遠州の好み物では「瓢中次」もあります。

 

 利休頃までは盛蒔絵が主流ですが、江戸期からは平蒔絵中心になっていきます。

 

https://yujiro-onuki.com/db/wp-content/uploads/2017/02/66a6a0e5681ea4b914412c6288d1be0b.pdf

 

こんな一覧表もあるので、是非見てみてほしいです。

 

 

 以前、四方捌きの意味を考えたあと、実際に検めながらやるようにしています。

 

 そういたしましたら、オープンチャットで「濃茶の四方捌き」の話題になり、改めて考えてみたのです。

 

 現在の薄茶の帛紗捌きに名前がないと不便なので、仮に「略式捌き」とします。

 

 どうして、濃茶と薄茶で捌きが違うのか?ということを考えてみた訳です。

 

 これは、おそらく、江戸時代に略されていったのではないかと。

 

 そもそも利休頃までは濃茶と薄茶に茶器の区別がなく、漆器の茶器というと、
 

・金輪寺
・茶桶

 

 が存在しています。

 棗が登場するのは君台観左右帳記の「小壺棗を茶桶の合口で漆器に写した」物が最初で、次いで珠光の「昔棗」が出てきます。ただし、これは現在の棗形ではありません。


 

 その後、武野紹鴎が好んだという臨器棗(のぞき)・飯器棗・薬籠(中次)・帽子棗・薬器というものがあります。

 

■臨器(西大寺茶器と同型)

 

飯器棗はずんぐりとした背の高い大平棗のような形をしたかぶせ蓋の茶器です(写真なかったので知り合いに撮らしてもらおう)。


 中次は樽井藤重が作ったとも言われている茶器です。

 

 ちなみに、臨器棗も飯器棗も当時は「棗」と呼ばれず臨器、飯器と呼ばれています。紹鷗の好んだ棗は甲が平で蟻腰が生まれる前であったことが分かります。

 

 これらはすべて濃茶に用いられています。

 

 実は、薄茶を茶事で出すようになったのは江戸中期で、戦国時代は、茶事が終わったあとに所望があったときなどに振る舞われたり点出しをしたりしています。

 

 この頃「茶」といえば「濃茶」だったのです。

 

 ただし、薄茶は存在しており、珠光の頃にもすでに茶売りが町中で茶を売っていたことが分かっています。

 

 この薄茶が茶事に取り入れられ、盛蒔絵のものが少なくなり、略式捌きで振る舞われるようになっていくと考えると得心できます。

 

 この薄茶専用の棗が生まれたことが略式捌きを生み出した訳ですが、では何故略式捌きでよいとされたのでしょうか。

 

 おそらく、棗は陶器の茶入れのようにほつれや釉溜まりのような凹凸が少なく、表面は滑らかであり、さっと拭いただけで清められるということと、濃茶のような厳格さを嫌ったからではないかと思います。

 

 ただし、元々、戦国時代にその点前が存在していた(人前でするしないにかかわらず)可能性は否定できません。

 

 この辺りのことは騎座とともにもっと深く掘り下げていきたいと思います。