Threadsの着物論争もそろそろ落ち着きましたかね。

 

 土日すごい数のスレが乱立していました。

 

 この中で気づいたのは呉服屋さんのよく言うセリフで「訪問着はフォーマルになる」という言葉。

 

 これが問題だったのではないかと感じました。

 

 これは「紋を付ければ」という言葉が省かれていますが、間違いではありません。

 

 しかし、「紋を付けなくてもそのままなる」と自分の都合のいいように勘違いした人たちが大量発生しました。

 

 これが「訪問着は無紋でもフォーマル」の大間違いの原因だと思われますね。

 

 そもそも、これは呉服屋さんの言葉が間違いです。

 

 というのは、一つ紋を付けてもなれるのは「平服」で、洋装の「インフォーマル(=略礼装)」に当たります。

 

 これについては前に書きましたこちらの記事を御覧ください。

 

 

 

  結論からいえば、インフォーマルは「礼装(フォーマル)ではありません」。インフォーマルの「イン」は「否定」の接頭辞だからです。

 

 フォーマルではないがカジュアルでもないからこその「平服」なんです。

 

 つまり、呉服屋さんは売るときに「訪問着は紋を付ければ、インフォーマルにも、フォーマルにもなる格の高い着物です。そのままでも洒落着としては最上格ですよ」と言わなければいけなかった。

 

 それだけのこと。

 

 先の記事とこの記事でいいたいのは、「紋付きが礼装・平服と普段着・洒落着の区分け」であるということであって、全員がこれを絶対に守れ!ではないです。

 

 そもそも、ドレスコードを指定するのは主催者。参加者ではないんですね。参加者は、主催者のドレスコードに従えば良い。

 

 それと、礼装は自己主張不要なので、何の目的で着るのかを今一度考えて欲しいです。

 

 それと、式典のグレードや主催者の意図によっては礼装が不要なこともあります。

 

 ただし、どんな場面でも、式典とつけば、一つ紋は場違いじゃないです(場違いだと思う人がいたらその人の感覚が変)。

 

 三つ紋だと礼装になりますが、一つ紋は平服ですから、かしこまりすぎてはいない。

 

 デートだとちょっとかしこまって高級レストランにでもエスコートしてくれるの?案件ですがw

 現在、お茶券の募集をしておりますのは以下の通りです。

 

【都民の茶会(護国寺)】

令和8年4月25日(土)・26日(日)

 こちらは、各日、別の団体(各市区の茶道団体)が席を持ちますので、お茶券が別になります。

こちらは25日(土)のお茶券見本です。

 6000円(点心なし)になります。

 

 darkpent@gmail.com まで。

※26日の券は売り切れました

※25日の券はまだ余裕がございます。

 

 

【稲毛茶道会館・月釜】

令和8年6月14日(日)

 こちらは、私と北見宗綾先生の二人で席を持つことになっております。点心付きで4000円。

 

 こちらも募集開始しておりますので、darkpent@gmail.com または、X(Twitter)のDMInstagramのDMThreadsのDMまで

 

 その他、手配可能な茶会がありましたら、告知いたします。

 旧暦十二月十三日は織田有楽斎の命日です。

 織田有楽斎というのは、織田長益といい、織田信長の弟です。亡くなったのは元和七年十二月十三日。


 有楽流・貞置流の流祖であり、利休十哲の一人でもあり、台子伝授の一人でもあります。

 洒落者の信長の弟らしく、最初は南蛮数寄だったようですが、秀吉の禁教令以後は南蛮数寄をピタリと辞め、侘びすぎず、華美すぎず、中庸の茶を進んだと言われます。ただし、織部と似た感性を持っていたのか、有名な有楽の茶杓は、奇抜な形をしています (茶杓「玉ぶりぶり」は節裏が段差になっています)。削った茶杓は下がり節が多いとのこと。

 有楽が受けた台子伝授は古い方の台子だったようで、有楽流・貞置流の奥秘は四段といわれています(極真三段に乱れ一段)。これはそもそもの有楽の茶の湯の師である平手政秀が東山流の茶の湯を嗜んでいたからであるようです。

 有楽で挙げるとすれば、如庵と有楽井戸(大井戸茶盌)でしょうか。棚物では台目構えの自在棚。


 ちなみに如庵は有楽斎の庵号でもあります。庵号が庵名として残ったという方がただしいでしょうか。

 
 それと東京の有楽町(ゆうらくちょう)は有楽斎の名前から新しく生まれた地名です。

 有楽の残した言葉で有名なのは「それ茶の湯は客をもてなす道理を本意とする也(茶道織有伝)」でしょうか。

 有楽忌には是非、有楽井戸で一服如何?

 大島紬を卒園式に着ていきたい!というスレから発展してThreadsの着物クラスタが盛り上がってます。

 

 多種多様な意見がある中で、私はいつもの「礼装は本来法令で定めたもの。勝手に変えていいものじゃないんです。紋付き以外は礼装じゃありません」というスタンス。

 

 私のブログをいつもご覧の方は「ああ、曲斎さんまたやってる」と思われるでしょうが、はい。またやってますw

 

 そもそも、五つ紋の黒付羽織袴が正装となったのは、御前会議に五つ紋の黒紋付羽織袴で出ることが許されたからです。

 

 それまでは、五つ紋の黒紋付羽織袴は「武士のブラックスーツ」で、町を歩くものでしたし、登城して裃に着替えるまでの平服です。

 

 女性もこれに準じて黒紋付(現在喪服とされているもの)が正装とされ、後に同格であった留袖も正装となりますが、留袖が霽(は)れの着物であるのに対し、黒紋付が霽れと褻(け)どちらでも着られるため、留袖が霽れ、黒紋付が褻として定着してしまいました。

 

 別に霽れの場に女性が黒紋付着てもいいんですけどね。

 

 女性の羽織は明治に入って幕府が倒れたことから、幕府の禁令を無視して流行したもので、これは元々、花街の花魁が旦那(特定の方)の羽織を貰って手付きであることを示すという風習から起こったものであるため、礼装としてはふさわしくないのですが、奢侈禁止令が発布された際に出兵している旦那の羽織をはおって礼装代わりにしたものが定着したと言われます。

 

 大学の卒業式などで定番の女性の袴も、大河ドラマ「八重の桜」で有名になった「鵺スタイル」が定着したもので、跡見学園が制服として指定したことから学生の場合、礼装に準じるものとして受け入れられました(学生は制服が礼装になるので)。

 

 さて、式典というものは「紋付き」が最低ラインです。

 

 何故?

 

 着物というのは、「家紋によって身分と身許を明らかにすることで相手に対して敬意を示す」というものであるからです。

 

 この数によって、その重みが変わるとされています。

 

 このあたり、フォーマルの意味を考えれば分かりますが、紋は先に準備しておかないといけないもので、「相手にとっては紋がついていればきちんと調えて来た」ことが分かるものです。

 

 こうしたものを取り揃えることが、「きちんとした家である証」になるからこその、紋付きな訳です。

 

 こういうことを言っていると「時代が違う」とか「今どきねー」なんて言う人も居ますが、最初に言った通り、「礼装は本来法令で定めるべきものであり、それが改められていない以上、それに基づくもの」と考えます。

 

 勿論、地域的な約束事(町方で三つ紋を正装とするとか、奄美大島で大島紬を正装とするとか)は別の話です。ローカルルールはローカルルールに任せましょう。

 

 ですが、基準となるものは法令に基づかなければならない。

 

 大日本帝国では洋装についてきちんと法令で定めています。また、宮中の儀式については、伝統衣裳を用いることとなっています。

 

 定めがないのは、和装だけなんです。

 

 そこで、明治の最初に御前会議で許された(天皇陛下の前ですから、神前と同じです)和装を正装と考えた訳です。

 

 江戸時代だと、身分等々で色々違ってしまうので、全国統一で基準と出来たのがここだったわけです。

 

 それ以後、新しい和装の服飾令はでていません。

 

 つまり、そこを基にするしかないんです。

 

 礼装を簡略化したい!という熱意があるなら、政府に法令を定めてもらうよう運動を起こしたら良いと思いますよ。勝手に崩して論争を起こすより。

 

 また、私は礼装を崩すような人は、式典に着物を着ていかない方が良いと思ってます。

 

 普段着だけでいいじゃないですか。

 普段着は自由ですよ。何やっても好き嫌いでしか物は言われません。

 

 礼装でそれをやると「表立っては何も言われなくても裏で『あの人見た? ねぇ~?』なんて言われる」んですよ。

 

 表立って言われなければいい?

 

 それ、自己満足のためですよね?

 

 そもそも、そこから違います。礼装というのは、「主役を祝福するため」「主催者に敬意を表すため」の召し物です。そうした心を他人に見せるための装いです。

 

 自分のためにするのはお洒落着までにしといてください。

 

基礎工事少し進みました。
型を作った所にコンクリートの流し込みが行われまして、これから乾かして、基礎を固めます。
 

近くに寄るとコンクリートが入っているのが分かりますね。
 
これは、床と地面の高さを調整するための基礎であり、水が入ってきたり虫が入ってきたりすることを防ぐ目的もあります。
 
少しずつ、進んでいくの愉しいですね♪
 
1/31まではコンクリートが固まるのを待つそうなので、次の進展は週明け2月に入ってからですね^^