「ちょっと嫁さんと喧嘩して家出してきましたんや。しばらく居候させとくなはれ」と高座で必要な着物だけを持って一週間ちかく我が家へ転げ込んできたこともありました。
ぜいたくな居候で、「奥さん、今晩あたりは鍋物なんかがよろしいな。てっちりなんかどないです」とかいって家内にねだったりして、そのくせ折角用意した鍋でもほんの少々口つけるだけで「久しぶりに旨いてっちりご馳走になりました。あとは久しぶりに旨い漬物がたべたいですな」といいだす、若い頃から小食、というよりものを食べない体質で、しかも酒だけは留まるところを知らずの生活が彼の命を縮めたのは間違いないと思います。
居候の間に、当時まだ小学生だった息子に「落語教えたろ。将来の上方落語の名人に口移しで落語教えてもらえるというのは幸せなことやぞ」といって息子を座らせて「初天神」なんてネタを教え込んだりもしていました。
息子はその「初天神」を学校で演じて好評を博したそうですが、息子にはじめて芸界への興味を抱かせたのは桂春蝶だといえるようです。