昭和四十年代の関西の放送界は、新しいお笑いの波が打ち寄せることから幕が開きました。

その中心となった顔ぶれが、笑福亭仁鶴、月亭可朝、桂三枝、桂小米(後枝雀)、桂春蝶、桂朝丸(現ざこば)笑福亭鶴光・・といった若手落語家達と、それまでのいとしこいし、蝶々雄二、ダイマルラケット、AスケBスケ、などのベテラン漫才に代わって登場した、やすしきよし、カウスボタン、コメディー№Ⅰ、レツゴー三匹、といった若手漫才の集団です。

前の章で述べたように、そういった若手落語家との仕事での付き合いの始まりは、ラジオ大阪のサテライトスタジオからの生放送「即席リレー小咄、ハイ本番」という番組だったように思います。

少なくとも、笑福亭仁鶴さんとの付き合いはこれから始まったといえます。

以来、四十年にわたっていろんな番組で一緒しました。

現在も、奇しくも四十年前に付き合いのはじまったラジオ大阪で「仁鶴・心の旅、歌の旅」という番組で彼のための台本作りをしています。

九月までは毎週火曜日に放送されていましたが、十月からは土曜日の午後七時からの「笑福亭大仁鶴」という番組の中でのメインのコーナーとして放送しています。