「アカペラで歌いました : ウイラニ : 修正版」
「『マカラプア ~ プア カーネーション』日本語歌詞の訂正、そして語られな・・・」
「アカペラで歌いました : ウイラニ、私の愛の歌声、ドゥザフラ」
「ウイラニ私のレイ : ウイラニ (U`ilani Kuʻu Lei)」
「ポリネシアの歌」
【はじめに】
「ウイラニ」は アカペラで歌った ポリネシアンの中でも一番最初に歌った三つの中の一つです。この曲は サンライト カーニバル「KĀMAU!~笑顔のirodori~」 の 5曲目で、大きな舞台の「オンザビーチ アット ワイキキ」を除けば、ウアケアさんのその日のご様子を探れる最初の演目でした。お張り切りになっている日、自信のお有りでない日、等が感じ取れるので、この素人カメラマンにとってはとても大事な踊りでした。それで、サンライト カーニバルのこの シリーズの始まった当初から 日本語歌詞を検討してきて、踊りに合わせて歌える日本語歌詞ができたと自負しておりました。それで、最初に アカペラを歌う曲のなかの一つとしたわけです。
その頃の時間の流れを振り返ってみますと、ハワイアンズの舞台をお引き下がりになられた後、この方がどの様な形で踊りをお続けになれるかと考えていたのでした。当時の私の知る範囲では、時間帯で踊る契約をレストラン等と行い、契約先の数をある程度以上にすれば事業として存在し得るのではないかと思われたのです。その時に、この方が踊られる「愛の歌声」がイメージとして浮かんできました。しかし、ネットで調べた範囲では、踊りの伴奏歌として使える日本語歌詞はなかったので、踊れる日本語歌詞を作ろうと始めたのが、この アカペラで歌う ポリネシアンの最初のきっかけです。ただ日本語にするだけではありません。メロディーに乗せることができなければなりませんし、一般的に踊られている踊りの振り付けとも整合していなければなりません。そのうえで、曲の アロハを伝えなければならないのです。そうすると、ハワイ語の歌詞の解析はかなり厳密に行わなければならないのは、拙項「私の愛の歌声 (Ku'u Leo Aloha) :解析の試み」に書かせていただいた通りです。日本語歌詞がそれなりにできました時、実際に歌える曲がもう少し必要であると考え、次に「ドゥ ザ フラ」を とりあえず歌える形 にした後で、「ウイラニ」を合わせて アカペラで歌うこと にさせていただいたた次第です。そのことは、その反省も含めて、まとめの項「アカペラで歌いました : ウイラニ、私の愛の歌声、ドゥザフラ」に書かせていただきました。
まとめにも書かせていただいたように、このウィラ二のアカペラ には二つほど直さなければならない点があり、その上で、歌が下手過ぎました。一つは「我が」と「私の」の混在で、もう一つが「kō kino (貴方の体) 」を単に「貴方」にしてしまったことです。前者は言葉遣いだけの問題ですが、後者は踊りと関係する問題です。後で「体」のハンドモーションが「美しさ」のそれと似ているらしいことを YouTube の動画で知り、踊り手さん達が舞台の中央でなされる特徴的な動作が「体」を表していることを知るに至っては、「ウイラニ」を歌い直さなければならないのは明らかでした。これは修正後のものの ワン シーンです。
この素人カメラマンには、ウアケアさんが 6月 23日に踊られた演目を大切にしなければならない理由があります。ウアケアさんがいずれかに去ってしまわれることを予想していた段階では、この方を思い起こさせるものは、然るべき後に、全て削除してしまおうと考えていました。しかし、この日のこの方の踊りは全てを変えるのに十分でした。全てが美しかったのです。しかも、その美しい全てが、この素人カメラマンに贈られたのです。いい加減なことを申し上げているわけではありません。撮影をしている中、どうして、この方の気持ちが素人カメラマンに集まっていたのか不思議で仕方がなかったのです。ぜひ観客に向けてほしいと願ってきた アロハが私に集まって来ていたからです。 以前申し上げた 様に、この方は、この日、「感謝」と「決心」そして「別離」を踊られたように思います。「ウイラニ」では、この日の踊りの嚆矢として「感謝」を表わしておられます。それが、オーバーアクション気味の所作に現れています。この様な動画を撮ることの出来たカメラマンは、そうは、居られないと思います。ですから彼の宝なのです。ですから、そこに贈るアカペラには最善の気持ちを込めなければならないのです。上手い下手ではありません。
それで、「ウイラニ」の歌い直しを行いました。
【アカペラで歌う「ウイラニ」: 再録】
歌詞は、「アカペラで歌いました : ウイラニ、私の愛の歌声、ドゥザフラ」より、以下の通りです。
Uʻilani
by Lena Machado
1
Uʻilani kuʻu lei ウイラニ わが レイ
Kuʻu milimili ē わが いと 愛(いと)しき子
He pōkē pua mae ʻole ʻoe 褪せることない花束 あなた
No nā kūpuna 祖父母への ために
2
Kou uʻi ua ʻike ʻia その たおやかさ 知られ
Kō aloha ua hiʻipoi ʻia あなたの 心 守られん
Ke ʻala onaona kō kino その香り芳(かぐわ)しき体 あなた
Kaʻu e liʻa mau ai われ つねに求めん
3
Uʻilani e ō mai ʻoe ウイラニ とわに居られん
ʻ O ʻoe nō koʻu puni あなたこそ わが愛
4
Uʻilani my own ウイラニ わが子
You were sent from heaven above あなたは天からの贈り物
In my bosom I’ll caress you わが胸にあやす あなた
With a lullaby 子守唄で
結果は以下の通りです。
( 12/3 以前の項 で、「ウイラニ」には隠された思いがあるに違いない、それは ハワイ語で書かれた節だけをみればわかる、と書かせていただきました。こうして日本語にしますと、その様な手がかりはなくなります。それでも、第一節から第三節までが ウイラニの内面的な所に踏み込んで詠っているのに対し、第四節は表面的な観点から書かれているように見えます。勿論、これらは原歌詞の書き方から出てくるものです。そこには、ハワイ語も日本語と同じく情緒的な言語であることも関わっているのでしょう。それを考えても、しかし、第一節から第三節までの格調の高さと緊張感とは第四節にはありません。第四節は、感覚的に言えば、日向の詩です。「ウイラニ」の本当に言いたいことは第一節から第三節にあると、この素人カメラマンは主張させていただきます。)
【少し余計なこと】
少し余計なことを申し上げます。ウアケアさんのお顔が白抜けしているのは、撮影において昼間らしさを出すために逆光補正かけているためです。それから、プアメリアさんの ハンド モーションが、ソリストになりたての頃と比較して、格段に素敵になっていることを改めて思いました。以前であれば、掌が掌と何時もはっきりと分かったのですが、このサムネイルでは全く違います。サンライト カーニバル「ククナ (太陽の光) 」の「サンゴ礁の彼方」と比較するとよくお分かりになるかと思います。皆さんが踊りに対して持つ価値観が変わってきているのでしょう。中でも、プアメリアさんの変化は大きいように思います。これは ウアケアさんの踊りが影響しているのでしょう。
歌詞についてご説明するなら、第一節二行目の「わが いと 愛(いと)しき子 (Kuʻu milimili ē) 」においての最初の「いと」は「大変に」という意味の古い言葉です。もちろん、これは「milimili (最愛の) 」にあわせて「いと いとしき (とても愛しい) 」と歌っているのです。最後に、日本語歌詞の高雅な調子です。この歌は、正に、「愛」そのものを歌っています。それを平文調で書くと、とてもしつこい気がするように思えたので、明治・大正を伺わせるような調子にしました。これは、踊り手さん達のお召しになっている衣装の調子にもあっていると思います。明治時代の「文明開化」の風俗画ではこの様な服装の女性たちが多く描かれています。
どのような方が衣装のデザインをお選びになるのでしょう。衣装デザインの方が居られるかと思っていたのですが、或いは、皆さんでお決めになっているのかも知れません。というのも、髪飾りは皆さんでお作りになっていることを ウアケアさんが サンライト カーニバルで言われていたと思うからです。ひょっとすると、演目における踊りの振り付けも皆さんでおやりになっているのかも知れませんね。これは「サンゴ礁の彼方」における ウアケアさんの立ち位置についてとても不思議な印象を持っていたからです。ベテランの踊り手さん達は舞台中央から踊り始められることが多いのに、ウアケアさんだけは頑なに両脇から踊り始められるのです。今思えば、この演目の振り付けに関しては ウアケアさんが力を注がれていたのかも知れません。「ハワイの子守唄」でも似た思いを持ちました。ウアケアさんは中央付近から踊り始めてから、後を向いて後方に下がり、結局、フィナーレでは、脇の方に居られるのでした。ウアケアさんが髪飾りについて言われたのも、この演目でした。特に、後から見て美しく見えるように作りましたと言われていたのですが、これは、下の動画で、後を向かれた時の ウアケアさんの後ろ姿の美しさからよく分かりました。
ウアケアさん程、背中の美しい方は居られない気がします。このことは何時も書かせていただいていますが、「プア ミキノリアを歌い直した理由」のところでも触れました。
振り付けの話をさせていただいたので、更に憶測を重ねますと、グランド ステージ「Emau~100年へ、つなぐ笑顔~」の最後にある 「倒れ込みのある タネ イ ムア」も ウアケアさんが強く主張されたのかも知れませんね。と、申しますのも、この倒れ込みの危険性を述べ、これを導入した (おそらく居られるであろう) 舞台監督に対して強く批判を書かせていただいた時、ウアケアさんの反応が尋常ではなかったからです。その時は不思議に思いましたが、この憶測であれば、その様な反応をお示しになられたのはうなずけます。
【歌詞と拍】
楽譜の読めない、そして音程の取れない素人カメラマンとしては、アカペラで歌う時に助けになるのは、歌詞の上への拍の置き方です。
Uʻilani
by Lena Machado
こうしてみると、第三節も四行の歌詞からなるように思えますが、実際には、1行目と 2行目で一つの歌詞、3行目と 4行目でもう一つの歌詞となるので、やはり二行で書くのが正しいように思います。ここでは、拍との関係を示すために四行で書いています。拍の実際の位置は アクセントとの関係で決められます。
ウアケアさんの踊りには、とても柔らかく、そして安定した動きがあります。この 6月 23日の踊りには特にそれを強く感じました。と同時に、他の方々の踊りも柔和でとても美しいのです。この日は心を込めて踊りますと、この方は示されていたのですが、そのことは一緒に踊られる方々にもお伝えしてあったのでしょう、ハーモニーがとても素敵に思われます。もっとも、当人は撮影のときには ウアケアさんばかりを追っていたので、そのときにはあまり気が付きませんでした。アカペラのために繰り返し動画を拝見していて、分かってきたのです。幾度となく繰り返し拝見しても、良くないところが見当たらないのです。全てに渡って集中することの大切さが分かります。それはアカペラでも思い知らされました。
【アカペラを歌う上で気の付いたこと】
ウアケアさんがソロで踊られるのは、ちょうど第二節です。でも、素人カメラマンはこの節をうまく歌えないのです。その原因は三行目「その香りかぐわ(芳)しき体 あなた」にあります。採録で緊張すると、どうしても音程が狂います。その理由をつらつら考えていたところ、どうも「からだ (体) 」の発声の難しさにあるようです。これは「ka-ra-da」で、「ra」も「da」も、同じ様に、舌を上口蓋に強く付ける発声になります。これを滑らかに、しかも軽やかに発声するのが難しいのです。要は、舌が軽やかに回らないということです。それに引きずられて、音程が不安定になります。特に、ハワイ語と日本語とでは発声もリズムも異なるので、同じメロディで歌うにしても、それぞれの ローカルな箇所では同じメロディになりません。そのため、「体」の付近で音源のメロディに囚われてしまうと、「体」の音程の推移が大変に不安定になるのです。対策は、舌の運動を十分に行っておくことと、音源には引きずられないようにすることでしょうか。とても繊細な曲ですので、アカペラで歌うのがとても難しい曲に思います。兎に角、各行の始まりから終わりまで発声に集中しないと、とてもうまく行きません。
もう一つとして、繊細なこの様な曲では、自分の声をしっかりと聞きながら歌わないといけないことです。始めの頃は、音源のリズムを ヘッドフォンで聴きながら歌っていたので、自分の声の音程を把握するのが難しく、まともな歌になりませんでした。音源と同時に、マイクで拾った自分の声を ミキサーで合わせて ヘッドフォンで聴くべきなのでしょう。ミキサーは発注したのですが、届くのはずっと先なので、今回は、ヘッドフォンの片耳を外し、片耳で音源を聴き、別の耳で自分の声を聴きながら収録しました。
( 12/3 試みに、マイクで拾った声を マイク ミキサー アンプの ヘッドフォン出力から聴いてみました。そうすると、自分の耳に入る音声とマイクで拾った音声もかなり違うことが分かりました。そのマイクで捉えた音が記録されるのですから、はやり、ヘッドフォンで聴きながら歌う形にする必要がありそうです。)
兎に角、始まりから終わりまで、一瞬でも気を抜けば、失敗します。ハワイアンズのボーカルの方々の凄さが分かってきました。ハワイアンズを訪問していた頃は、声が突出する、もっとハーモニーを大切にしろなどと、好き勝手に意見を書き込んでいたのですが、自分でやれば、その難しさはすぐに分かります。
【おわりに】
この素人カメラマンにとって、とても大切な演目動画の「ウイラニ」に対して、アカペラをやり直しました。ウアケアさんがはっきりと別の世界で踊ることを選ばれた以上、今までのような形でこの方の踊りを拝見することはこの素人カメラマンには出来ません。ですから、この動画は彼の宝物なのです。それでも、今まで書いてきたように、もし ウアケアさんが本当の踊りを追求されお続けなら、その時こそ、この世界にお戻りくださって、踊られることになるでしょう。それは何時になるか分かりません。でも、時は過ぎ続けていきます。願わくは、ウアケアさんと同じ様に奇跡的な素質を備えた後継者を残していかれんことを。されば、私たちの社会が愛を取り戻すための物語は語り継がれていきます。そのためには、ポリネシアンを日本語で楽しむのが当たり前の世の中にしなければなりません。そのために努力することは彼にも出来ます。
【付録 01 : 歌詞と拍】
テキストベースです。
1
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Uʻilani kuʻu lei ウイラニ わが レイ
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Kuʻu milimili ē わが いと いと(愛)しき子
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He pōkē pua mae ʻole ʻoe 褪せることない花束 あなた
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No nā kūpuna 祖父母への ために
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Kou uʻi ua ʻike ʻia その たおやかさ 知られ
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Kō aloha ua hiʻipoi ʻia あなたの 心 守られん
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Ke ʻala onaona kō kino その香りかぐわ(芳)しき体 あなた
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Kaʻu e liʻa mau ai われ つねに求めん
3
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Uʻ-ilani ウ-イラニ
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e ō mai ʻoe とわに居られん
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ʻO ʻo-e あなたこそ
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nō koʻu puni わが 愛
4
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Uʻilani my own ウイラニ わが子
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You were sent from heaven above あなたは天からの贈り物
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In my bosom I’ll caress you わが胸にあやす あなた
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With a lullaby 子守唄で




