現れた偉人たちは皆、口をそろえて現代の日本人に伝えたいことがあると言っています。
神々には日本の行く末が見えてはいますが、あくまでも人間の意志を尊重していると言います。
神々に救ってもらおうと考えるのではなく、人間が自分たちの手で社会をどう変えるかが大事なことのようです。
信じる、信じないはあなた次第。
一つの物語としてお楽しみください。
佐々木只三郎シリーズ 前回のお話はこちらから
前回、初めての登場からおよそ1か月後のこと、
再度佐々木只三郎さんが現れました。
前回の荒々しい雰囲気から一変、穏やかで丁寧な口調に。
そろそろ寝ようかなと思った時に、佐々木只三郎さんの匂いがした。
「佐々木只三郎さんですか?」と私が聞くと、
「そうです」と穏やかな口調で答えが返ってきた。
「あれから幕末の志士や武士たちの思いを伝えようと考えて、
現代のインターネットSNSに上げています。
最初は土方歳三さん、次に勝海舟さん、その次は永倉新八さん、
その後に佐々木只三郎さんということで、
私の元に現れてくれた順番で上げていこうと思っていますので、
只三郎さんも誤解を解きたいことや言い足りなかったことがあったら、
私に話してもらえれば、現代の人たちにも只三郎さんを知るきっかけになるのではと
思っています」と私が言うと、「それは嬉しいことです」と喜んでいた。
「清河八郎を只三郎さんが斬った時も上からの命令に忠実に仕事をこなしただけで、
見方を変えれば幕府の取り締まりに値することを清河八郎は企てたわけなので、
当時としては只三郎さんは当然のことをしたと思いますよ。
竜馬殺しの件については、只三郎さんに嫌疑がかかったが、
あれは長州の者が金を掴まされてやったことが分かっています。
ただここまで竜馬殺しが見廻組の仕業と思われていたことは、
見廻組の隊士の後年の証言によって流布されていますね。
明治三年に元見廻組の今井信郎という者の自供によると、
只三郎さんが指揮を執った可能性が高いということですが、
それが事実だという確証も現代までない、ということです。
ただ、狭い部屋の中での犯行という点では、小太刀日本一の使い手であり、
冷徹な暗殺者としての只三郎さんの姿が一番しっくりくると、
その後の歴史家たちが推測でものを言っています。
そういうことが出廻って、それを元に後年、
竜馬暗殺は見廻組の仕業と言われることになったようです。
その誤解のことも含めて、只三郎さんの胸中を話してくれると
現代人の誤解が少しで溶けるのではないかと思っています」と私が伝えると、
「それは有り難い」と只三郎さんの感謝の思いが平目を通して私に伝わって来た。
これから就寝するので、只三郎さんの資料も添えて、
次回改めてお呼びしますけど、それでよろしいですか」と私が言うと
「いやあ、遅くに申し訳なかったです」と恐縮していた。
今日の只三郎さんは、前回出られた時より私のことが分かっているようで、
幕臣時代の言葉使いではなく、受け答えは終始丁寧で穏やかな口調で話されたので、
これが只三郎さんの本来の姿ではないかと思っている。
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