小6の娘の夢がひとつかなった日

娘たちの地区予選は

金賞ー県大会出場と晴れて進むことができたので、

毎日練習終わりに一緒に遊ぶお友達ふたりと

打ち上げ会を母達含めてすることになり、

お疲れ様会に誘われた。


去年もみんなでこうして肩を並べて祝ったことを

今年もできるなんて嬉しかったおねがい

出場できることになったので

激励会も兼となった。


ご近所ということもあり、

娘とは異性だが本当にずっと仲良くしてくれていて

感謝しかないキラキラ

お母さんたちもほんとに心の清らかないい方でさ照れ


私達もできることはしたくて

自腹で子供たちになにかしてくれてる先生に

差し入れをしたり

朝仕事に行く前にこっそり聞きに行ったり、

私も一緒に青春の1ページに触れている気がして、

心の温かさを分けて貰っていたのかな。


私はあまりいい小学生時代を送ってこなかったから

娘が幸せにいい環境で居てくれることが

私が生き直しさせていただいてるような

浄化される気持ちでもあったから、

先生や周りの人に感謝しかないの。



そしてとうとう

県大会がやってきた。


やるだけはやった。


病気も怪我もしないように気をつけて

毎日を大切に生きやってきた今日と言う日。


娘は1度だけ語った。

「私……銅賞でもいいから、賞が取りたい」

目の奥の熱さは冷めやらぬ色をしていた。



ただ、こればっかりは

1人だけではダメなんだ。

みんなが同じ方向性でやって行かなくては

叶わないことだから。


今年の県大会の出場校は19。

金賞は2、関東甲信越大会へいく。

(去年は3だったが、、、)

銀も2.銅が3。

以下12校は奨励賞になる。


地区予選でも5/18だったものをさらに

県大会でも7/19なのだから、

しかも長野県の予選は

東信ブロック18校

南信Aブロック18校

南信Bブロック18校

中信ブロック9校

北信ブロック20校


この中で出場する19の学校が選出されている。

19/83校なのだ。

その中の県大会の賞は7/83ということになるんだよ。




入部した時から目指した地区予選の金。

翌年はそれを超え県大会へ。

そして今年はどんな物語が待っているのか

期待と不安を胸に、

目に宿る炎と共に

親たちは見守ることしかできない。


ただ私は今年は神にも縋りたかった。

朝から遠征し並ぶ前に

娘の氏神様の地元の神社へお参りに行ってから

早く会場にならびたくて、

夫を連れて

娘のけがと病気をしないように、

全力を娘たちが出せるように手を合わせ向かう。


今回はまさかの1番目を引き、

この大会のうまさの基準の采配を決める

重要な歌う順番となった。

少しでも上手くなければ

みんなの記憶から消えてしまう1番手。


袖口から出てくる子供たち


1番目と最後だけは声合わせがあるのだ。


先生が決めたフレーズを1度だけこえだしする。


手に汗握る。握りしめる。


はっと息を飲む。


声出しは驚くほど印象的で

目が離せない。


小学生時代の県大会という瞬間は

この9分間しかない。


忘れない。

絶対忘れたくない。


娘の顔を何度も見て、

それぞれの仲間たちも目に焼きつける。


ああ……終わってしまう

あと少しで

曲の終わりが近づいている。


今まで感じたことの無い、ピアノまで上手くいくようにと藁にもすがる思いで祈る。


県大会のホールは去年

全く響かなかった歌声。

今年は……

初めて響いた。

届いた。


クリアな声に相まって

1番手良かったね、と言える、忘れられない歌声を

娘たちは披露出来たと確信を得た。


他校に比べて男の子も多く

ソプラノの透明感、

音の余韻がとても洗練されて

重なるメゾとアルトの重複音。


胸が痛い

熱く苦しい。

感動でー。。


少ない練習量で

よくここまで仕上げた。

その力に脱帽し


それから込み上げる努力への労い。


目頭が熱くなった。



ー……結果までは5時間。


やりきった子供たちはもう

心置きなくできたらしく

清々しい美しい顔をして帰還。

家で各々が好きに待機していたが、

娘と切磋琢磨した近所のお友達は団長として

結果を聞きに行っていた。

私も仲良くしていたこともあり、

すぐ連絡がきた。


銅賞をいただいたよ!!!!


えーんえーんえーんえーんえーんえーんえーん

大泣き大泣き大泣き大泣き大泣き大泣き


まさか、、

まさか、、、、

うちの地区でただ1つ賞を貰えたのがうちだったなんて、

仲良しごっこの学校から突然

賞を頂ける代が娘たちなんて

信じられない大泣き


おめでとう!

すごいね!頑張ったね大泣き

願いがかなって良かったね大泣き

努力が身になってすごいよ!


娘と手を取りあった。


今の音楽の先生が赴任してきて

県大会も初めての事だった。


娘の4年の時の担任も

娘の思いを知っていてくれた。

実は大会前に児童会長の市のお仕事が娘にはあったが、

その担当だった4年の時の担任が

ほかの協力を仰いでくれて

合唱大会に送り出してくれていたし


今の担任も

学校の6年の補習のときに激励に来てくれて


校長先生も見に来てくれてて


娘たちは周りに支えられている。


思うだけで涙が出てしまうくらい

ありがたくて感謝で涙がでる。


本人たちの頑張りがここまで来たのだろうけれど


色んな支えられたことに感謝する、


娘の夢がひとつかなった歳となりました。



長くなりましたが、

この幸せな思いを忘れたくなくて

少し綴らせてもらいました。






ー後記ー


娘友人「ねえ お祝いに花火やろうよ!」

娘友人2「いいよ!じゃあ明後日!」

娘「台風くるじゃん😆」


娘友人「ここまで上手くいってきたから、できるかもしれないじゃん!🎶」

友人2「出来たらやろうぜ!」

娘「OK🎶」


台風が来ていましたが、

無事に花火も見届けることが出来ましたとさほんわか

その後我が家で全員でくつろいで

いい夏休みになりましたほんわか










小6の娘の夢がひとつかなった日


そんな2年間を過ごし、

晴れて6年生へと進級した娘たち。


上の学年に憧れてもおかしくないが、その年

学校始まって以来

4年生の新入部者がいなかった。


一つだけ思い当たるのは

県大会へ進むようになり、

夏休みが前半練習で長時間立ちっぱなしになり

体調を崩したり

練習日のためどこへも出かけられないという

事態になったからだ。

出席率は、コンクール選出評価に選ばれてしまう。


住む市の強豪校たちはやはり

県大会までの練習は

我が校より計り知れないほど

多い。

元々、県大会まで見据えた日を予定されていて

我が校とは違う。

それに比べたらミソッカスくらいの練習量で、

半分以下だということを私は知っている。


実は強豪校にママ友と娘の友達がいるから、

割と情報交換をしていて

その歴然の練習量に、

我が校なんかが勝てるわけが無いと

思わざるを得ない。



そして夏休みに入り、強化練習が始まる。



毎日みんなで歌を切磋琢磨し、

帰りは仲間の近所のお友達としこたま遊んで

ビッショビショになり昼に帰ってくるという

青春を謳歌してとても楽しそうな娘。

娘が幸せそうだと私も嬉しいおねがい


あまり自分たちが上手くないのではないかと

娘が言っていたので、

今年はどうなのかな……と思いながら

とうとうコンクール地区大会がやってきた。


娘たちの歌声を聞いた時ー

初めて鳥肌が立った。

去年もうまかったし音楽会もほかの発表会も上手かったが

今年はそれを上回っていて、

私の中では、地区予選の前半の部で

多分1番上手かった。

上手いなんてもんじゃない。

まず、声のまとまり方

響きが去年を遥かに超え、

ソプラノの上手さだけじゃなく

全体のまとまりが良いのは、メゾもアルトも上手いんだ、これは。

そして声がいい。

1人だけではない、これは声のいい子がかなり多い。

そして……全員の目の色が本気だった。

感じるとは、こういうことなのか。


地区予選は18校。

県大会へ行けるのは5校。

実は娘たちの学校の1つ前は強豪校だった。

そこもうまかった。

が、私の見立てなら

娘たちが超えた感じがあった。

信じられない気持ちでいっぱいだった。

ただそれが、我が子フィルターかもしれないから

はっきりとは言えないけど、

午後の部は聞くことができなかったため

前半だけで語ると……

これは……

もしかして……金を取れるかもしれないとはっきりわかる

レベルの差だった。


合唱を聞きに行き3年目になると

こうもはっきり一つ一つのレベルがわかるのか。

一つ一つの学校が終わる度に

娘たちの合唱の番が近づいて

母達の口数を減らしていく。

ただ ただ、

娘たちが上手くいくことだけを祈って

手に汗握る。


出だしで変わる空気感。


会場の空気が変わった。


上手い学校が終わったら

大抵の場合ー

次の学校の粗が目立つ。

比べられるのは必然だが、

まさか。


息を飲む。


両手を握りしめる。


目を離せない。


信じられないほどの成長がそこにあって、

会場の空気を飲み込んだ。


今回の、ワンワン(チョーさん)が作る歌詞は

奇抜かったが、

こんなにいい曲だったと思えるほど

キラキラして

羽ばたいて

太陽が輝いて

希望の虹がかかった。


娘たちの学校の合唱が終わると

安堵と

予想を大きく超え上手く行った

逞しい姿に

涙が出た。


そして

その日はクラスの仲のいい友達何人かで

娘の仲のいい団長の結果を聞きに行っているのを

急に応援に行くことにした。


友達みんなで手を握り合い

肩を寄せ合う子供たち。


可愛すぎるラブ


青春っていいなおねがい



そして

「𓏸𓏸小学校 金賞 ゴールド」


えーん笑い泣きおねがいえーん笑い泣きおねがいえーん

泣けた。


泣いた。


友達は応援に来てると思っていなくて、

みんなで手を振りお互いを確認しあった。

先生の嬉しそうにほころぶ笑顔がそこに。


母達も目が真っ赤だったー









娘の夢がかなった日



娘は小学4年生の頃、

合唱部に入部した。


小学3年生の時に薦めたら

少し渋い顔をしたが

友人が何人か入部しようかと思っていたため

すんなりみんなでやりたいと言い出した。


初めての合唱。

歌うことの楽しさを知った。


幸い、わたしが厳しめな母であった為、

厳しい音楽の先生は

本人は何も厳しくないと思っていたので

先生の指導が自分のためであるし

みんなをより良くするためだということも

しっかりわかっていた。


我が校は良くない言い方をすると

地区予選は突破出来ないくらいのレベルで、

みんなでワイワイ楽しめたらいいという

そういう仲良しグループのような立ち位置でした。


それが突然、6年生がとても上手く

しかも全員それが男の子で。

みんな上手い6年生に憧れ、

(恋では無い)

私たち母から見てもとても素敵だった。


メキメキ上手くなる6年生に引っ張られ

少なかった部員はあっという間に

コンクール定員を大幅にオーバーし


そして娘はクラスの合唱部員と一緒に

何故か音楽の先生に時間外の指導を申し出ていた。


提出の日記に書かれていたが、

今1番頑張ってることは合唱とかかれていた。

金賞を取ってみたいー

そんなことが書かれていた。


音楽の先生には

上手い6年生の足を引っ張りたくないという

強い思いが娘にはあった。

娘の友人も、よく付き合ってくれたなと思う。

先生も、授業の用意などで忙しいのに、

よく付き合ってくれたと思った。


5年になり、その夢は少し薄れたのかと思ったが、

娘の同学年が突然頭角を表してきたのだ。


クラス替えをして

合唱部の1番多いクラスとなったが、

その年のコンクール地区予選。

驚いた。

あの6年生たちと引け劣らない上手さだった。

これは、、、もしかしたら、、、


そんな気持ちと共に獲得できた金賞。

県大会出場をするのは

今の音楽の先生が両手くらいの年を受け持っても初めてのことだったそうだ。


娘はひとつ夢が叶った。

まさかこの学校から県大会に行ける代が出てくるなんて

思わなかったし、

異例中の異例で、

強豪校と比べて練習も少なく

県大会を見据える練習を予定してなかったので

先生たちも歓喜とともに

場所を抑えたり連絡したり

大変だったと思う。


その年の学校の音楽会ー。


終わってから上の学年の人達から

5年の方が上手かったじゃん……と

ほかの先生から聞いた。


合唱も、合奏も。


もしかしたらこの学年はピアノをやってる人も多ければ

合唱をしてる人も多いので

もしかしたらそういうこともあるのかもしれない。


私の我が子フィルターではなく

自他ともに

この学年がもしかしたら上手

(になった)

のかもしれないと

思わざるを得ないのは、

このクラスの合唱だけ桁が違い、


音楽会のトップバッターにして欲しいと

順番の編成すらあった。

ちなみに担任は

まだ20だいの若い体育教師なので

音楽には皆無でしたが、

指揮をした先生ですら驚いていたくらいでした。



続くー