このブログは、私(鯛)の元に現れてくれた様々な偉人・神々との会話を記していくものです。
現れた偉人たちは皆、口をそろえて現代の日本人に伝えたいことがあると言っています。
神々には日本の行く末が見えてはいますが、あくまでも人間の意志を尊重していると言います。神々に救ってもらおうと考えるのではなく、人間が自分たちの手で社会をどう変えるかが大事なことのようです。信じる、信じないはあなた次第。一つの物語としてお楽しみください。
吉田松陰シリーズ 前回のお話はこちらから
吉田松陰先生は
現代人に足りないものは
事に当たっての“覚悟”だと言われた。
5月のブログは偉人デーとなった。
最初に現れて下さった天璋院篤姫様も
高市早苗総理大臣の話題で
“女の覚悟”について語られた。
その次に現れた新撰組の土方歳三さんは
死ぬことを厭わずに函館の地で散った
“武士の覚悟”、精神性について
日本人に迫った。
次に現れて下さった勝海舟さんは、
日本の地が外国人に穢されている現状について
どうするのか、日本人に“覚悟”を突きつけた。
そして今回の松陰先生は、
“覚悟”の意味が
今の日本人には腹に落ちていないと言われた。
奇しくも5月に現れて下さった
4人の幕末の偉人の方々が
日本人の“覚悟”について語られたのは
偶然とはとても思えない。
2026(令和8)年5月31日
現在の鯛の状況について、松陰先生にご報告した。
「私の元にどのような理由で
神々が現れて下さったのか、
未だに分からないところだらけなんです。
一人の人間に独りの神が現れただけでも
大変有り難いことなのですが、
いろんな神々が次から次に現れて来られた時は、
この現実をどのように受け止めて良いのか
混乱しました。
そこから神々の指導が始まりましたが、
その内容は私と平目の魂修行の学びとして
世に公表することなんて考えてもいませんでした。
しかし勝海舟さんの「日本人に伝いことがある」との熱意に負けて
ブログとして公開することになりました。
三次元に生きていると
多くの仲間を集めて事を勧めたくなります。
しかし、次元が違う者が集まっても、
その組織はいずれ紛糾して分解するよ。
だからお前はいつも独りでやるんだ、
と大日如来様に言われました」と鯛が報告すると、
「こっち(天上界)へ来ちゃうと、
なおさら三次元の人間が
何を思っているか分かっちゃうからね。
良い者か、悪い者かね。
もう、より敏感になってしまったね」
と松陰先生は言われた。
そして、
「だから今の人たちに言いたいのは、
“覚悟”がみな足らんということですよ。
あなたにはその“覚悟”がある。
だから最初に呼ばれたとき
あなたとは話そうと思ったんだよ。
覚悟を持たない人間とは話すことはないよ」
と言われた。
「覚悟を持たせるには
三次元の人をどのように導いて行けば
よいのでしょうか?」とお聞きすると、
少し考えられた末に、
「現代の人は、“覚悟”の意味が分かっていないようだね。
“覚悟”という言葉を、
身を持って使わないからだろうね。
現代人の“覚悟”は言葉だけで腑に落ちてない。
“覚悟”と言って分からなければ
“決意”といったほうが良いかのも知れない。
今ならそういう言葉になるんでしょうな」
と言われた。
松陰先生は話の途中で、
「私を恐がって誰も寄ってこない」
と笑いながら言われたので、
「自分に厳しい松陰先生のことだから
寄っていくほうにもそれ相当の覚悟が要ります。
私が初めてお会いしたときは
松陰先生から
“もうあなたとは話したくない”と言われることを
覚悟した上でお呼びしました。
そこでも、“私は聞くだけの人とは話したくない”
と言われましたので、改めてお話しを伺うときは、
私なりに下調べをして
松陰先生のお話を伺いました。
天上界の人たちは松陰先生を
“別格”だと言っていまたが、
私もそのように感じています。
しかし三次元の人たちにとっては、
吉田松陰という歴史上の人物程度にしか
捉えていないのかもしれません」
と鯛が続けた。
そして
松陰先生から“覚悟”という言葉が出たところで、
数年前に購入した『覚悟の磨き方』
(池田貴将著 サンクチュアリ出版 2026年現在80万部)
という吉田松陰現代訳を引っ張り出して、
松陰先生に紹介するために
何ページかお読みした。
黒船が来た時の項目とか、覚悟の項目とか、
いろいろ抜粋して鯛が読み上げると
往事を思い出したように
目を瞑ってしばし感慨に耽られていた。
そして、
「そういう本が出たのであれば、
もう私の出る幕はないよ」と言われたので、
「現代でも80万人も
この本を購入して読んでいる方々がいるということは、
松陰先生の覚悟に
少しでも近づきたいと思う人がいるということです。
そして現代訳になった松陰先生の言葉を
真に理解して実践することこそが
最も大事なことだと思っています」
と鯛が慌てて付け加えた。
「生前、私のしたことが
このように後世に伝わっているのは有り難いな。
分からんもんですなあ。
いや人生は分からないから面白いところがありますな」
とご自身に言い聞かせるように松陰先生は呟かれた。
そして、幕末の当時に思いを馳せられた松陰先生は、
自身が“死”ということに対して、
全く恐れを持たなかったということを振り返られた。

















