
あなたがまちのヒーローだ!【アメリカ留学編②】
▼最初から読む(アメリカ留学編①)▼
地方における
新しい生き方
アメリカについて2週間が経ちました。学校の課題が終わり、リビングの暖炉でビールを飲みながらほっこりしている時に、ホストマザーのエイミーが言いました。「ダイスケは、BUY LOCALについてどう思う?」その後、エイミーは僕に新しいライフスタイルを教えてくれました。こんな生き方があるんですね。
一緒に住んでからずっと不思議に思っていたんですけどエイミーは、ウォルマートやAMAZONで買い物をしないんです。チェーン店はいつも素通りで、地元のファーマーズマーケットで買い物をしていました(僕はウォルマート行きたかったのですが)。それには、意味があったのです。町を守るために、環境を守るために、地域に住む人達を救うために。彼女の意志がそうさせていました。
近年、ウォルマートやショッピングモールが郊外に出来てから、住民はそちらで買い物をするようになり、地域の小さな店はどんどん潰れていったようです。人はより便利な物を求めて、非効率な物を切り捨てていく。このままではいけないということで、住民達が町全体で「BUY LOCAL」運動を行うことを決めました。
BUY LOCALとは?
これは、 “地元の農産から買い物をしよう”といった活動です。これにはたくさんの意味があります。まず、輸送コストの削減。アメリカはとても大きな国なので輸送するのにたくさんのエネルギーとコストがかかります。地元で買えばそれを大きく削減できます。
次に、町の活性化につながります。地域の人達同士で買い物をすることで仕事もそこから生まれ、人と人のつながりも深まり、地元愛も向上します。BUY LOCALが導入された背景とその意義についてまとめたのがこちらです。
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BUY LOCALが導入された背景
*若者達の地元離れによる人口減少
*大型郊外ショッピング店進出により
地元の店が相次いで倒産
*地元の農家の保護
*環境破壊
*コミュニティーのつながりが低下
BUY LOCALの意義
*ローカルで活動するかっこよさを向上させて
地元で活動する人を増やす。
*地元の店で買い物する人を増やす
*顔なじみの人が買い物に来ることで
地元の店の質が向上する
*人と人とのあたたかいつながりの中で地元愛を向上させる
*輸送コスト削減による環境保護
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自分の幸せと全体の幸せ
彼女は、本当に自然に囲まれた地元が大好きで、住民達と共にあたたかい一生を送りたいと願っています。もちろん環境への配慮も怠らない。「暗くなったら寝て、採れた野菜を食べる」そんな生活を送っています。
僕は和歌山が大好きです。でも、食べたい物を食べるし、やりたいことをやって、やりたくないことはやらない。太陽の流れに逆らって、自然からの警告を無視して、自分の胃袋と欲求にだけ耳を貸し、本当に自由に生きてきたように思います。
「自由」って難しいですね。テクノロジーは、快適で便利で楽しい世界を創造してくれる。でも注意しないと大切なモノが破壊されてしまうことがります。美しい自然であったり、人と人のあたたかいつながりであったり、人間としてあるべきモラルであったり。
たった一人を助けることを考えていては、全体のバランスがおかしくなるし、全体を眺めていては、目の前で苦しんでいる人が見えなくなる。自分だけが幸せで良いのか?みんなが幸せだったらそれで良いのか?自分が住むこのまちでどのように自分らしく生きていったらいいのか?
BE A LOCAL HERO
エイミーは言いました。「エイミーはね、このまちからたくさんのローカルヒーローを育てたいの。都会に憧れる気持ちもわかるよ。このまちは遊ぶところが少ないからね。若い人は特に、このまちで住むことに誇りを持っていない。自分のまちが好きじゃないみたいなの。それを変えたい。変えたいのよ。でっかいまちに住んで、大きな問題を解決して有名になる、そんな生き方もあるけど、自分が生まれたまちで周りの人とつながりながら、みんなでまちを良くして喜びを分け合い、力を合わせて生活する、そんな生き方もある。
地元に住むことはかっこ悪いことじゃない。みんなでまちのヒーローになろう!このまちでたくさん楽しいをつくって、幸せに生きていこう!わたしは、そんな生き方が好きなのよ!だからと言って、地元に引きこもって情報を遮断したりするのは違う。世界でどんなことが起こっているのか、自分が興味があることをまちを飛び出して学び、まちでできることを探して地元でアクションするということ。Think Global, Act Localよ!」
THINK GLOBAL
ACT LOCAL
めっちゃかっこいいやん。そんな生き方したい。僕が住む和歌山もエイミーが住むまちと同じ問題を抱えています(日本の地方都市すべてちゃうかな)。若者がどんどんまちからいなくなり、郊外の大型店によって店はどんどんつぶれていく。「わかやまにはなんもない」これが、和歌山人の口癖です(こっちにきた時に、なんで和歌山にきたん?なんもないのに!って、何度言われたことか)。
「なにもないから、あるところに行く」もちろんそれも選択肢の一つ。でも、なにもないからこそ、ここでなにかをつくりたい。ここでしか味わえない喜びや幸せを見つけていきたい。田舎だからできることを見つけて、世界に発信したい。地方でも世界を変えることができるということを証明したい。僕はそう思うの。
また、こどもにも自分が住んでいるまちに、もっと目を向けて欲しい。自分ごとにして欲しい。英語勉強したりプログラミング学んだり、そんなことも大切なのはわかります。自分の生活を一生懸命支えてくれている人が、すぐ近くにいるということを知知ってますか。何気なく食べているみかんも、あたりまえのように利用しているバスも、まちに住むプロフェッショナルによってつくられている、それを知っていますか。そんな大人達がまいにち一生懸命働いてくれているから、僕たちは不自由なく自分がやりたいことをできるんだよ。
大人の数だけ生き方があり、働き方があり。そんな大人から、将来の自分を見つけて欲しい。学校で学んでいることが、社会でどのように生かせるのかを体感して欲しい。和歌山にもたくさん面白い人がいる。楽しい場所がある。自分の足で自分の目でそれを見つけて、まちで生きることを楽しんで欲しい。そのように願っています。
エイミーと出会い、共に生活をして、生き方に触れ、その哲学に、惚れてしまいました。Be a Local Hero!ってめっちゃかっこいい!このメッセージをこどもに伝えていこう。実は、このエイミーさんが僕が主宰する放課後スクールPETERSOXのマスコットキャラクターになっています。
和子ゴンザレス
和歌山に帰ってきて一番最初にメディアに取り上げられたのは和子さんでした。(わかやま新報)
キャラクター設定もエイミーそのままです。
パソコンの操作は高速一本指タイピング
車のカギをよくなくす(後ろ姿がキュート)
チョコ大好き
仕事はバリバリ
夜はソファでテレビ見る
家族を愛する
エイミーのキャラをお分かりいただけましたでしょうか。とにかく愛すべきキャラなんです。ラブリーです(大好き❤️)。
今回はエイミーから学んだローカルヒーローの精神を紹介させていただきました。そして、いよいよアメリカの大学院が始まります。ここで人生の進路が大きく変わることに。やはり修正力が人生において大切ですね。
つづく
第二章
アメリカ留学編③
アメリカ大学院スタート!
▼第一章から読む▼
第一章
MY STORY①
あなたはエスカレーターに乗って生きるのよ!
*今回の記事は、以前に掲載されたこちらのコラムを参考にしています。
ライフスキルライバー
ミスターおかっち
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【関連リンク集】
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伝えたい!だから、伝わる!【アメリカ留学編①】
はじめに
第二章では、自分らしく生きることを決めたおかっちが、アメリカ大学院留学でどんなことを学び、現地での「言語の壁」「仕事の壁」「人間関係の壁」をどのように乗り越えて起業準備をしてきたのかをお伝えしたいと思います。
夢に見たアメリカへ
2011年7月4日アメリカに到着。ここから僕の人生第二章が始まる。あるがままの自分を表現して、自分らしく生きられる人を増やす。そのためにここでしっかり学んで、起業に向けてやるべきことを全部やる。そして、ライフスキルの専門家としての背骨を手に入れる。夢と希望に溢れ、新しい人生を祝福し、前しか見えていませんでした。しかし、そんな僕に初日から強烈な洗礼が。アフリカ人男性に駐車場で襲われたのです。
ルームメイトに襲われる
向かった先は、マサチューセッツ州西部に位置するアマースト。我が母校の同志社大学の創立者である新島襄が留学していた大学がある所。ホストファミリーは僕が通う語学学校でマネージャーをしているエイミーの家。旦那さんとの二人ぐらし。アメリカからの長旅で疲労困憊、そして、緊張していた僕を、やさしい英語であたたかく迎え入れてくれました。
ホストファミリーの家のまわりにはお店はなんもなく、自然に囲まれた静かな場所。とにかく空気が美味しかったです(でっかいハチがたくさんいたから外出るの怖かったけど)。
エイミーの娘さんが以前に住んでいた2階の部屋を案内してくれました。大きいフカフカのベッドでデスクまで用意されていて、勉強に集中できました。
リビングはこんな感じ。窓からは暖かい光が差し込み、心地良い空間。暖炉とフカフカなソファ〜。テレビで見ていた想像通りのアメリカ人のお家でした。
部屋でスーツケースの荷物を整理して、こんな感じでアメブロを書いていました。数時間経った頃でしょうか。ルームメイトのアフリカ人W君がお家に到着しました。2ヶ月間一緒に住むので、どんな人かドキドキですよね。「Hello!」すごい爽やかな青年!っていうか、めっちゃかしこそう。
僕が想像していたアフリカ人の感じとは全然違う。しかも、奨学金の中で最もランクの高いフルブライト奨学生。アフリカのことも聞きたいし、これからが楽しみだ。さっそくみんなで買い物に行きました。はじめての買い物です(るんるん)。
そして、みんなでご飯を食べて(とうもろこしが甘くて最高!)リビングでひと段落。「みんなでクラブに行かない?」ルームメイトのW君からお誘いを受けました。ナイス提案!本場アメリカのクラブで踊ることも僕のやりたいことリストの一つ。僕からもエイミーにお願いして、みんなでCLUBに行くことになりました。
車に乗り込みダウンタウンに向かいましたが、クラブはお休みだったのでBARで3杯ぐらいお酒を飲み、なぜアメリカに来たか、どんなことを学びたいかを、つたない英語で(僕だけ)語り合いました。
ほろ酔いでフワフワしながら家に帰ってきました。Good night!の挨拶をして自分の部屋に戻ります。最高の一日だった、今日はぐっすり寝れそうだ。電気を消して寝ようとしたら、ノックの音が。W君でした。
「ダイスのことを、もっと知りたいから話さないか」って言われました。寝るのはもったいないって。ちょっと疲れていたけど、W君とも仲良くしたいし、お酒飲むのも嫌いではないし、断る理由が見つかりません。ということで承諾。一階のリビングに行きました。ここからです、事件が起きたのは!
「アメリカに来てどんなことを感じてる?」「母国ではどんな仕事をしていた?」そんなことを話していたら、ここだとエイミーが起きてしまうから駐車場で話そう、ってことになり、外へ向かいました。そして、まさかあんなことになるなんて。誰にも言いたくなかった過去の一つです。
事件翌日に書いた記事が、こちら(最近まで非公開でした)。本当に興味がある方だけ、覗いてみてください。(R15)
こんなことがアメリカ到着初日に起こっていたのです。しばらく男性と話すのが怖くなりました(わかってもらえますよね)。この家に住むのもです。いつ襲われるかわからない。自分の部屋に鍵がかけられなかったからね。次の日は、お互い何もなかったかのように生活しました。終わった時に、そういう約束だったから。
どうやったら伝わったんだろう?なんて言えば、相手が納得してくれたんだろう?伝わらないのがはがゆい。言葉にできないのがもどかしい。この事件があってから、相手に伝わる英語力が欲しいと、強く望むようになりました。
語学学校
いよいよ語学学校へ入学。ホストファミリーの家から車で走って15分ぐらいの、ノースハンプトンに学校はありました。こじんまりしていてとってもキュートな町。初日はチェックテストです。このテストの結果でクラスが振り分けられます。話すのは苦手だけど筆記は得意。見事一番上のクラスに行くことになりました。そこは超上級でした。僕以外のみんながフルブライト奨学生。国を代表して派遣されている留学生です。英語ができるのはもちろんのこと、頭がいい。ビジョンが明確。そして、品がある(W君以外)。
僕はこのクラスにいていいんやっけ。早すぎる意見の応酬で、まったくついていけない。言ってることはなんとなくわかる。でも、それを頭で理解して、英語で表現するのに時間がかかってしまい、まったく発言できない。うなづきの達人になりました(笑)
おかしいな〜。筆記テストでは僕が一番上だったのに、その僕よりもみんなめちゃめちゃ話せてるやん。みんな文法はめちゃくちゃ。そんなん誰一人気にしてない。間違えてんの気付いてるんかな。言いたいことが伝わったらそれでいいって、そんな感じです。
クラスメートの英語はめっちゃ雑でした。でも、相手には伝わってる。僕にも理解できる。僕は何も言えてないから、相手に何も伝えられていない。頭の中で文章を作って文法をチェックした上で完璧な英語を話そうとしていました。馬鹿にされたくなかったからです。間違いたくなかったからです。でも、それでは瞬時に発言できません。僕だけ正しく話そうとしていました。それが正しくなかったのです。
最初の2週間、ディスカッションの場面では何も話せませんでした。ここで話せるようにならないと、大学院に入った時どうすんねん。授業についていけず、友達もできず、やりたいこと全然できへんやん。目標達成できへんやん。なんとかしてこの2ヶ月で英語力をあげなければ!文字通り、必死でした。
授業終わったらクラスメートはまちに遊びに行ったり、パーティーしたり夏休みをエンジョイしていたけど、僕はそれどころではありません。授業終了後に、講師に課題の確認をして、家に帰ってエイミーと日常会話の訓練と課題のチェックをしてもらう。テレビ見ながら相手してくれました(かわゆい)。
挽回のチャンス
上級クラスで孤立するおかっち。クラスのメンバーからもなんであいつがこのクラスにいるの的な感じで思われていました(察知する天才です)。そんな僕にも挽回のチャンスが。前半タームが終了ということで、プレゼンテーションの課題が与えられました。
1人15分。テーマは自由。何を話しても良いのです。プレゼンテーションは、ご存知の通り僕の得意分野です(自称)。フルブライトであろうが、誰であろうが、自分が得意なテーマでプレゼンをしたら絶対負けない。みんなを驚かして感動させられる。みんなを見返すことができるんだ。最後のチャンス。僕ができる人間だということをここでアピールしよう(過小評価されることが嫌いなんです)。
家に帰って速攻でテーマを決めて、原稿を作り、酒飲んでリラックスしているエイミーと新しいルームメイトにもプレゼンを聞いてもらう。50回は練習しました。いや、もっとかな。
朝も6時に起きて、プレゼンの最終チェック。車の中でもエイミーにチェックしてもらい、いよいよ、本番。予想以上の大成功でした。ほとんど原稿を見ずに15分プレゼンができました。この3週間、クラスで空気のような存在(銅像かな)だった人間が、堂々とメッセージを伝えているではありませんか。あの時のクラスメートの驚きの顔をみなさんに見せてあげたい。スタンディングオベーション(僕の目にはそう見えていた)。拍手喝采が鳴り止みません(僕の耳ではそう聞こえていました)。
伝えたい!だから、伝わる。
まだ歯がゆい細かい部分はあるけど、確実に上達している。やってきたことがちゃんと自分の力になっている。それは認めても良いんじゃないか。認めさせてよって。自分の成長をしっかり確認できたんですよ。別に文法なんか間違っていてもいい。大事なことは自分が本当に伝えたいことを見つけること。そして、それを相手に伝えたいという情熱を持って、相手に向かって、とにかく伝えるということ。言葉にするということ。表現するということ。正しくなくてもいい。伝えたい気持ちがあればそれは、絶対に伝わる。絶対にわかってもらえる。その日から、日本にいた頃から染みついていた「正しく話すべきだ症候群」から解放されました。
その時のプレゼンがこちらです。
なんとか自信を取り戻しました。気が楽になりました。別にかっこいいことを言わなくても良い。自分の実力は理解してもらえた。これからはそのまんま思ったことを素直にどんどん伝えていこう。クラスメートとの距離が一気に縮まっていきました(勉強量も一気に縮まる><)。
みんなで公園でランチ♩
ダンスパーティー♩
授業の一コマ♩
深夜のクラブ♩
パジャマパーティー♩
(女子の家で女子限定でパジャマで参加するというイベント。なぜか呼ばれました。男は僕だけ)
最後のフィールドトリップ♩
と、まぁこんな感じで後半の1ヶ月は勉強そっちのけで結構遊んでました。生徒は20カ国以上の様々な地域から学びに来ていて、語学を超えて様々なことを勉強させてもらいました。ゴリラを守るために人生を捧げているコンゴ人がいたり、アフリカの公衆衛生を向上させるために学びにきている医師がいたり、今まで出会ったことのないタイプの人達と深く関わることが出来て、本当に刺激的な毎日でした。
(番外編)
⭐️日本人留学生ヒロくんとのあっち向いてホイ
⭐️語学学校の様子を動画にしました。
(おかっち作)
慣れないことも多く苦しいこともありましたが、エイミーの絶え間なく注がれる愛が僕を支えてくれました。課題で苦しんでいる時も、銀行口座の開設で戸惑った時も、日本から送った荷物が届かなかった時も、いつもやさしく手を差し伸べ寄り添ってくれたのです。
実は、そのエイミーから教わった「Be a Lacal Hero(みんなで地元のヒーローになろう!)」の理念が、現在の事業の根幹の一つになっているのです。
つづく
第二章
アメリカ留学編②
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第一章
MY STORY①
あなたはエスカレーターに乗って生きるのよ!
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家族が敵になった日【MY STORY⑩】
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あなたが会社を辞めたら
家族全員が不幸になる
元旦の夜でした。岡崎家では恒例の年始のすき焼き。家族は僕の夢を応援してくれると思っていたのに、そうではなかった。どんな時でも僕の味方でいてくれた母までも。
自殺を止めた母の言葉
MY STORY②でお伝えしましたが、僕は小学校の時にいじめられていました。だれも僕の言うことに興味がない。聞いてくれない。無視される。馬鹿にされる。殴られる。大事なものが捨てられる。嫌われ者。キモい。どっかいけ。こっちくんな。呼んでないわ、お前のことなんて。どんどんエスカレートしていく、かつては友達だった悪魔達。
僕なんてこの世に必要ないんだ。いないほうがいいんだ。みんなの迷惑なんだ。邪魔なんだ。死んだほうがいい。このマンションの屋上から飛び降りよう。そうしたらもう楽になれる。すべてがリセットされる。生まれ変われるんだ。そうしよう。そうするべきなんだ。そしてあいつらに復讐するんだ。あいつらが僕にやってきたことを全部、遺書に書いて死んでやろう。あいつらの人生もめちゃくちゃにしてやる。本当に追い詰められていました。そんな時に、最後の最後で耐えることができたのはお母さんがいたからです。
「大ちゃんはほんと頭がいいね」
「やさしくてお母さんうれしいよ」
「すごい人になるから一緒にがんばろうね」
本当にどんなことがあっても自分の味方をしてくれた。友達を殴って怪我させて学校に呼び出された時も、スーパーで万引きをして補導された時も、親戚のおじさんから「ほんと馬鹿な子だ」って言われた時も、いつでも僕の気持ちに寄り添ってそばにいてくれた。それは嘘ではなくて、本当に愛してくれてるんだって感じた。僕を必要としてくれてるんだって。だから僕は最後の最後で耐えることができたんだ。
たぶん、母がいなかったらもうこの世にはいてなかったでしょう。生きることが、朝起きることが、ほんとに苦しかったのだから。辛かったのだから。でも、死ななくてよかったよ。いまこれだけ毎日が楽しいんだから。
そんな母なら僕の夢をわかってくれると思っていた。思っていたんです。
人生のプレゼンを家族に
2011年1月1日。和歌山から実家大阪に帰省。会社にも友人にも自分の思いを伝えることができた。あとは家族だけ。この日のためにプレゼンの資料を作成し、何度も何度も伝えたいことを練習してきた。このプランは僕を幸せるにするし、困っている人達にも感謝される。絶対、家族も僕のこの挑戦を応援してくれるし、誇らしく思ってくれるだろう。大ちゃんは本当にすごいねって。すごいこと思いついたねって。
一年に一回の家族の団欒。子供の時の思い出話やお父さんの仕事の話、社会人になった弟の話、そんなことを話したのでしょうか。どのタイミングで話を切り出そうかと、そればっかりで、何の話だったかは覚えていません。
いつもみんなが食べ終わったら父が席を立って洗い物をする。それを合図に、みんながそれぞれの部屋に戻るというのがパターン。父が立ち上がるタイミングで、ちょっと待ったコールをしよう。ドキドキ。ワクワク。早く話したい。伝えたい。絶対に喜んでもらえる。受け入れてもらえる。そして、父が席を立ちました。いよいよです。
「ちょっと話したいことがある」
一瞬にして空気が変わった。その時の僕の表情からただ事ではないことを察したのだろう。親だから、わかるんだろう。僕はパソコンを広げて、みんなが見える位置にセットした。「実は、この春に僕は会社を辞めます」。これがオープニング。みんなの注目を集めるにはじゅうぶん過ぎるつかみだった。その時のプレゼンを下記にて紹介します。30才の時に、一番最初に作った事業概要です(初公開)。
サラリーマンから
ライフスキルコンサルタントヘ
【両親へのプレゼン】
今からお話しすることは、僕の人生の話です。実は、僕はこの春に会社を辞めます。そして、留学して勉強して起業しようと考えています。その話をします。僕はライフスキルコンサルとになりたいと思っています。
つながりを失った多くの人は、生きる力を失い、生きがいを失い、急激な社会環境の変化に対応できず、うつ病になってしまう。だから、僕はこの課題を解決したい。人間が幸せに生きるためには、「つながり」をつくることが大切だと考えています。なぜなら、本当の幸せは「つながり」から生まれるからです。
家族とのつながり、友人とのつながり、世界を超えたコミュニティーとのつながり。そのようなつながりの中から喜びを感じ、楽しさを感じ、かけがえのない感動が生まれる。そして、そのつながりを作るために必要なのが「ライフスキル」なのです。ライフスキルとはなんでしょうか?こちらです。
みんなが幸せになるには「つながり」を作ることが必要で、そのつながりを作るためにはライフスキルが大事だと考えています。だから、僕はライフスキルコンサルタントになりたいんです。具体的なサービスの一つがスポーツを通じた人格教育プログラムです。
スポーツは社会の縮図で、スポーツを通じて社会で生きるために大切なことがたくさん学べると考えています。
それだけではなく、スポーツはプレーする人も見ている人も教える人もすべてをつなげる効果があり、活気に満ちたコミュニティをつくることにもつながります。
だから、僕はスポーツを通じた人間教育プログラムを勉強するためにアメリカの大学院に留学したいのです。
そして、帰国してからは勉強したことを生かして、ライフスキル教育プログラムを提供する学校を作りたい。
ライフスキル教育を提供する学校を通じて、一人一人がつながりをつくって幸せに生きて欲しい。そして、たった一度の人生だから、生きる喜びを全身で感じて、自分を表現して生きて欲しい。人生の主人公を自分の手に取り戻してほしい。そのように思っています。だから、会社を辞めるんです。
僕の話を聞いてくれてありがとうございました。
*上記を加工修正して、留学前にはこんな感じになりました↓
:::::::::::::::
プレゼンがもたらした結果
言いたいことは全部言えた。これでもう僕がやり残したことはない。あとは海外での生活に向けて準備するだけだ、って思ったのも束の間(ほんま一瞬)。「お前何を言うてんねや」父の言葉。しばらく間があく。そして、まだまだ続く。
「苦しい現実から逃げたいだけちゃうんか。みんな辛いけど苦しい思いして頑張って働いてんねん。お父さんもそうやった。勤めていた銀行が潰れそうなことが何回もあったけど、合併して嫌な思いもしてきたけど、ここまで働いてきたんや。自分だけそんな勝手なこと言うな。
そしてお前はなんのためにここまで頑張ってきたんや。せっかく中学受験して同志社大学入って、いい会社に就職して、そこで何回も表彰されて。みんながその道歩まれへんねんぞ。行きたくても行かれへんねんぞ。その道を自分から降りるなんて、もったいないって思わへんのか。嫌なことがあったらやめるってクセがついてしまうと、何をやっても成功せーへんぞ」
ケンカをするつもりはない。だから反論するのは辞めてしっかり意見を聞こうと思っていた僕も我慢できなくなりました。
「逃げたいわけちゃうよ。僕はただやりたいことを仕事にしたいの。自分が信じた道で全力で生きていきたいの。お父さんが頑張っていたのも知ってるよ。一生懸命働いてくれたから中学受験もできたし、私立中学〜大学まで通えたのはわかっている。それにはめちゃくちゃ感謝している。そこで学んだことが今の僕を作っているからね。
でも、学校で学んだことは会社を辞めたとしても無駄にならないよ。目標を立てて計画を立てて行動する力とか、仲間と一つの目標を目指してコミュニケーションすることとか、全部社会で生かされてる。たとえこれから先何があったとしても、これまで学んだことが無駄になるなんてことは絶対にない」父は眉を潜めて怒りの表情。弟は無言。母は、下を向いていた。
なんで、なんで、なんで、みんな僕が幸せになることを望んでたんちゃうん。僕の幸せは会社で働くことじゃなくて、このプランを実行した先にある。自分自身がそれを一番わかっているのに、何で反対するの。父は言いました。
「お父さんの友人も自分がやりたいことをやるっていうて会社を辞めた人もたくさんおった。でもな、みんなうまくいかんかったわ。お金が足らんくなって借金で苦しんだり、また会社に戻ってきた人もいるわ。お前もそうなる。絶対うまくいかへんよ。
お父さんは知ってる。銀行の支店長だったからな。個人事業の難しさや苦しさを、大輔よりもわかってんねん。みんな苦しい思いしているよ。今の会社でいいやないか。自分の力発揮できてるし、安定しているし、何が問題あんねや」
すぐさま言い返す。
「お父さんの友人は失敗したかも知れへんけど、僕は絶対に成功するよ。成功しなかったとしても、MRの資格があるからいつでも会社に戻れるし。とにかく、今の会社では僕は幸せになられへんって言ってるやん。僕が幸せになることが、そんなに嫌なん。いい会社に入ってる息子がいるという、そんな世間体が大事なんやろ。僕の幸せなんかどうでもいいんやろ。ブランドが欲しいんやろ。大企業に勤めている息子がいるっていう。そんなことのために生きていきたくない。自分がやりたいことやりたいねん」
だんだんムカついてきて、言いたいこと言いまくった。理解してもらえなかったら、キレちゃうんですね。
「もういい。お前に何を言ってもわからん。いつかお父さんが言ってることがわかると思うわ。もうこの話はやめよう。せっかくの正月やから楽しく過ごしたいねん。お前のせいで台無しや」
なんで逃げんねん、向き合って話そうや。いつかわかるっていうのが一番嫌や。今わかるように話してくれよ。
さっきまでの家族団欒が嘘のよう。真っ暗な不幸が僕たちを覆いました。
自分の人生を自分で決めて
なにが悪い?
なんでわかってもらえなかったんだろう。僕の幸せを祝福してくれると思っていたのに。頭を冷やしに一階の洗面所に向かいました。鏡を見たらもう一人の自分がそこに。自分の人生を自分がやりたいように生きてなにが悪い?何で伝わらなかったんだろう?この問題をどうやって解決したらいい?教えてよ!!!!!答えは返ってきませんでした。気づいいたら、もう一人の人間が鏡に。母でした。
母の本音
「さっき言ってたこと本気なの。どんなつもりでここまで育ててきたと思っているの。一緒に中学受験も頑張ってきたじゃない。遊びたいことも我慢してやりたいことも我慢して、そしてこのレールに乗っかることができたんじゃない。成功したんじゃない。なんで、自分から降りるのよ。あなたの人生はこのままこの会社で頑張ることが幸せなのよ。それが間違いない。あなたが苦労するのがわかるから、幸せになって欲しいのよ」
「いや、だからさっきも言うたやん。この会社で生きることが僕の幸せじゃない。そして、いろんな生き方があるねん。僕には僕の生き方があるねん。僕の人生や。僕が責任を取る。だから僕が決めて何が悪いん」
「あなたがそんな自分勝手にするんだったら、私もそうするわ。離婚する。もうお父さんと別れるわ。好き勝手したいんやったらやったらいい。その代わり、お母さんも好き勝手生きるから。みんなが好き勝手生きたら、みんなダメになるのよ。家族全員が不幸になるのよ。それがわからないの?」
はっきり言ってわからない。そんな話じゃないのに。怒り心頭、混乱状態の母。今ここで何を言ってもダメやと、ようやく気づいた僕は、話すのをやめました。しばらく両者の間に沈黙が続く。そして、母は2階に上がっていきました。弟が入れ違いに降りてきました。「ちょっと飲みにいこっか?」弟を誘って夜の街へ。
目的を見失った
独りよがりのプレゼン
(あの夜に撮りました)
「なにがあかんかったやろう?」って聞きました。「全部や」と。なるほど。全部あかんかったや。その時に、目が覚めました。そもそもこのプレゼンの目的は、両親に僕の夢を理解してもらって応援してもらうことでした。しかし、自分の人生ビジョンに過信していたあまり、両親の気持ちを考えていなかった。このプランはみんなを幸せにする最強の計画で、僕はプレゼンがめちゃくちゃうまい。だから納得して当然だ。おごりです。聞く相手を無視したプレゼンだったのです。
オープニングの、「僕は会社を辞めます」。あれは、最悪ですね。会社を辞めて欲しくない両親からしたらその瞬間から反論モードに切り替わります。僕が敵を作ってしまったのです。両親は何も悪くない。親の気持ちをちゃんと理解することが必要だ。僕の伝え方とその背景にある自分勝手な姿勢が問題だった。理解されなくて当然だ。こっちが知ろうとしていなかったのだから。
とりあえず落ち着いてから、ゆっくり話してはどう?弟が提案してくれました。そうやな。それがいいな。合格発表まであと2ヶ月。その間に、ちゃんと両親と話をしよう。そして理解してもらおう。そのように誓いました。その夜の様子がこちら。
その後の葛藤。
母はやっぱり僕の味方
そして、1ヶ月後、母と二人で飲みに行くことに。ちゃんと話を聞こう。言いたいことがあってもグッと抑えて、母のことを理解するんだ。2時間。母の気持ちを聞きました。僕の幸せを本当に願っていることが強く伝わりました。よく分かりました。ちゃんと考えてくれていたんだって。ありがとう。その上で、僕の気持ちを伝えました。その時伝えた内容がこちら。(留学前に母に送付したメールが残っていたので、公開します。大体このようなことをその席で伝えました)
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【メール】
おはようございます。
いつも僕の将来のことを心配してくれてありがとう。今の会社は人がうらやむような会社であり、本当にこの会社を選択して良かったと心から思っています。
今は、景気が悪いし今後回復する見通しも立っていないです。お母さんが言う通りアメリカから帰国した時に、雇用がある保証もありません。だからこそ、お金のことと家族が出来たことのことをしっかりと考えて決断しなければならないと思います。
考える質問としては、3つのことだと思います。
1.20年後、僕が50歳になった時にGSKが日本に存在するのか?
日本医薬品市場は、高齢化の好影響もありますが全体的に見ればますます縮小していきます。加えて政府からの圧力もかかります。ジェネリック促進です。今後は、今まで以上に新薬を多く開発できる会社が勝ち残っていくでしょう。
しかしながら、外資系製薬会社でさえも、多くの薬剤をすでに日本に上市しているので、本当に求められている新薬は少ないんです。少しだけしか違わない新薬やったら、なん10年も使い慣れている薬剤を使う、とほとんどの日本の医師が考えています。
もう一つ考えなければならないことがあります。過去10年、新薬を日本で販売するために、外資系メーカーは新卒・中途 共に大量に採用してきました。しかし、今後新薬が少なくなってきたら、その人達はどうなるのか?
製薬会社において大量解雇の時代が、間違いないくここ10年以内にやってきます。すでにファイザー、アストラなどの一部の会社では始まっています。GSKは、解雇をしないのか?
残念ながら、GSKにおいても市場が縮小してきている国で大量解雇が始まっています。外資系会社なので、新卒で入社した生え抜きを大事にする風潮は全くありません。事実、部長クラスの人間の8割は、他業界や他の製薬会社から転職してきた人です。だからこそ、社内での競争だけではなく、社外からやってくる人達とも戦える力をつけていくことが重要だと考えてます。
それは、この会社で働いているだけで本当に身に付くのか?
GSKは、人を育てる文化の無い会社です。人を丁寧に育てるための教育費用は少なく、能力があって結果を出した人のボーナスに使われます。また、今の会社で働いているだけでは、努力をしても身につけられない能力があります。
それが、次の質問につながることです。
2. 10年後、20年後 社会から求められている能力はどのようなものか?今のGSKにいたとしても求められる能力は?
これは、この前メールでしました。今後、今以上に求められてくる能力は、
1 英語の実用能力
2 異文化コミュニケーション能力
3 異文化チームビルディング能力
だと考えてます。変化の激しい時代。毎日めまぐるしく情報が行き交う世の中です。変化に素早く対応していくために、周りにいる人達としっかりコミュニケーションを取って、どんな危機にも対応できる強いチームを作っていける人間がどの会社にも求められてきます。そして、日本人は圧倒的にその能力が欠けている。
同じ文化の人としかコミュニケーションを取ろうとしない。本当に危機が目の前に迫らないと、動かない。そのような状況では世界から取り残され、気付いた時にはもう手遅れになっています。上記に書いた能力は、GSKで働いているだけでは身につけることができません。
そして、その能力を身につけている人がどんどんこの会社にやってきます。会社は、そういう人を雇います。そういう能力を身につけている若い人がどんどん入社してきます。50歳になった時に、そういう人達と戦っていかなければならない。だからこそその危機に備えて、事前に自分が成長できる環境を選択してくことが必要です。
3. 留学して何を勉強するのか?
*使える英語をマスターする
*異文化コミュニケーション
*チームビルディング
です。アメリカには、世界中から優秀で勉強熱心な人が集まっています。日本の大学生とはまったく違います。そのような文化も人種も宗教も違う人達と、しっかりコミュニケーションをとり、スポーツを通して一つのチームを作り上げていく経験は僕の将来に取って本当に重要だと考えています。
スポーツは、社会の縮図です。社会で似たような状況がたくさんあります。自分の限界とも向き合い、世代を超えたコミュニケーションをして、目標を達成するためにチーム一丸となって活動していくことが重要です。
50歳になった時に、どの会社からも求められるであろう能力を身に付けるために、アメリカの留学を考えていました。でも、現実問題。お金はとても大事です。
留学している2年間の年金、住民税、生命保険、未曾有の自然災害、そのようなことも考えた上で決断する必要があります。
上に書いていることを再度しっかりと考えて見たいと思います。
いつも気にかけてくれて本当にありがとう。
だいすけ
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このようなことを伝えました。そしたら、なんと母は理解してくれたのです。なぜなら、母も僕と同じで、僕の将来のことを考えて「中学受験」を勧めてくれて、大学時代にパソコンを買ってくれたのです。未来に備える大切さをわかっている母には、僕が未来のために決断をしているその気持ちがよくわかるはず。
その当時、僕がNHKに出演する機会がありました。「夢に向かって留学する息子のことをどう思いますか?」という質問を母がアナウンサーから受けて、「大輔くんが決めた道だから、後悔がないように、頑張ってきてほしい!」と答えてくれてました。うれしかったです。
父に言われましたよ。「絶対、反対するつもりで大輔と話してくるって言ってたのに、「大輔くんが言ってることは間違い無いわ」って帰ってきた。お前はどんな魔法をかけたんや」魔法なんかありゃしません。ちゃんと話せば理解してもらえる。それが家族だから。(父も最後は応援してくれましたよん^^)
そして、3月16日。東北大震災で日本全体が混乱している中、一通のメールが届きました。第一志望のスプリングフィールド大学からの合格通知でした。
CONGRATULATIONS!!
You have been accepted into the Athletic Counseling Graduate Program at Springfield College! You will receive an official letter in the mail soon, however we wanted to let you know the good news right away.
もう思い残すことはない。留学までの壁は全て突破できた。でもまだこれは始まり。自分と言う人間を前面に出して社会を歩むスタート地点に立っただけ。こっからです。いよいよこっから。あるがままの自分を表現して、自由に生きていくぞ!
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[ 第一章 終わりのことば ]
小学校時代から社会人時代までの僕の大切なストーリーを、全10話でお届けしました。なぜ僕が本音で生きられなかったのか、どのようにして本音で生きる大切さに気づき、自分らしい人生に向けて一歩踏み出すことができたのかを、少しでもお分かり頂けたのならうれしいです。第一章はこれで完結。
第二章では、自分らしく生きることを決めたおかっちが、アメリカ大学院留学でどんなことを学んだのか、そして、現地での「言語の壁」「仕事の壁」「人間関係の壁」をどのように乗り越えて起業準備をしてきたのかをお伝えしたいと思います。
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第二章
MY STORY11
伝えたい!だから、伝わる!
▼第一章から読む▼
第一章
MY STORY①
あなたはエスカレーターに乗って生きるのよ!
ライフスキルライバー
ミスターおかっち
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【関連リンク集】
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あるがままの自分を表現したい!【MY STORY⑨】
▼最初から読む(MY STORY①)▼
夢に近づくことが
うれしかった
30歳の時に自分が進みたい道に進めるように、この5年間は4つのミッションを全力で取り組む、そう25歳の時に決めました。そして、5年間、「TOEFL77」「貯金1500万円「営業成績TOP」「和歌山で人脈を作る」この4つのミッションのすべてを、自分の持てるだけの力を使って、取り組んできました。
その結果、「TOEFL78」「貯金1700万円」「3年連続優秀課表彰&個人MVP表彰」「和歌山でたくさん人脈ができる」とすべてにおいて満足できる成果を残せました。簡単に達成できることではありませんが、5年という時間を最大限に活用して、大きな目標をめっちゃ小さく(多分1000個以上)に小分けして、毎月やることを決めて、一歩一歩進みました。
最初のうちはゴールはなんて見えないですよ。遠すぎて。だから、目の前のやるべきことに集中し、そしてここまで進んできた道のりを祝福してやってきた。そうすることで頑張れた。目標に近づいてるんだって。毎日前進しているんだって。
人生を振り返ってみるとこの五年間が一番苦しく、一番頑張ったといえるでしょう(ほんとに、よく頑張った)。それまでは、僕は一つのことしかできない人間だと思い込んでいました。学生時代はスポーツにのめり込み、それ以外のこと(勉強や社会経験)は一切やらない。それが気持ち良くて、結果を残すにはフォーカスすることが大事だと思っていました。もちろんその考え方もある面では必要ですが、時と場合によって使い分けても良いのかなって。
これまでの自分と
これからの自分は
違ってもいい
社会人になって、人生を一つに決められなくなった僕は、強制的に3つの選択肢を持つことになりました。それはそれで案外うまくできたように思います。手帳を上手に活用し、たくさんあるタスクに優先順位をつけて、着実に期日までにこなしていく作業。to doリストにチェックするのが気持ちよかったなぁ。
ほんとに思い込みは怖いですね。自分はこういう人間だと思い込めば思い込むほど迷いがなくなり全ての力が一点に集中される。が、視野が狭くなります。それ以外の世界が見えなくなるのです。自分がどういう人間かなんて、これから決めたらいいやって思いました。これまでの自分に縛られず、ありたい自分に向かって行動していったらいいやって。可能性は無限大。過去は過去、これからの未来とは関係がない。もう自分にレッテルを貼るのはやめました。
決断の時
そして、いよいよ決断の時。その時は、突然訪れました。2010年6月15日 ロイヤルホストでの上司面談(丸田さんではないです)。7月から組織が大きく変わります。岡崎は転勤するのではないか、と周囲がざわついていました。僕もそのような気がする、って周りの人以上にザワザワしていました。今年で30歳。決断の年だからです。今までとは違う、特別な年だから。
転勤を承諾するということは、会社で出世することが人生のゴールになるということです。転勤を受け渡される時には、自分の答えをはっきりさせておかないといけない。会社で出世を目指すか、転職するか、それとも、留学して起業するか。
幸いどの道にでも進めるように準備は固めていました。あとは、決めるだけなんです。そして、上司から電話が。仕事終わりにロイヤルホストに来て欲しいとのこと。そろそろだと思っていました。予想通り。この五年間何度も考えてきた。でも、考えるのと決めるのでは大きく違うし、決めるのと行動するのでは大きく違う。
どちらに転んでも自分が責任を持つんだ。僕の人生だから。僕が自分で選ぶ。決めましたよ。一つの答えに。僕はあるがままの自分を表現して、世界を変えます。留学してしっかり学んで、この和歌山で起業する。「来年、会社を辞める予定です。」上司にそう伝えました。言えた。ようやく言えたよ。もう後戻りはできない。前を向いて、進むだけだ。
その時の上司面談の様子はこちら^^
決断の理由
いま、思うコト。
自分を表現する。
相手の心に響く。
そんな仕事がしたいなぁ。
一つの作品を作る。
人生をかけて。
僕はアメリカの大学院に留学して、スポーツを通じたライフスキル教育を学び、和歌山で起業するということを選択しました。その理由は大きく二つです。
理由①
あるがままの自分を表現して
自分らしく生きたい
ここまで僕の物語にお付き合いいただいたあなたなら、この理由はおわかりいただけると思います。僕は30年間自分の本音を出して生きることができませんでした。
小学校時代はみんなから無視されていじめられ、中学高校時代は大好きなバスケットボールで結果が出せずチームからも孤立して自信をなくし、大学時代では結果は出たけど、逆に結果を出さないと自分の本音を出してはいけないというマインドが固まってしまいました。そして、社会人時代。自分を表現することよりも周りに合わせて生きることを求められ、自分が本当に売りたいものを売ることができず絶望の末、うつ病になりました。
その経験から気づきました。僕はあるがままの自分を表現してそれを世界に受け入れて欲しい。認めて欲しい。自由に表現できるそんな居場所が欲しい。すごいことをしなくても結果を出さなくても、あるがままの自分のままでいさせて欲しい。自分の全ての力を使って社会をもっと豊かにしたい。本音が奪われていたからこそ、強く強く願うようになりました。自分らしく生きたいと。
だから僕は決めました。これからの人生を自分らしくあるがままの自分を表現して生きていく。一つの作品を作って、それを世界に表現する。世界を変える。そして、自由で最高に楽しい人生を手に入れる。
好きな人と
好きな場所で
好きな時に
好きなことをやって
生きていく
理由②
自分らしく生きる人を
増やしたい
サラリーマン時代は中枢神経領域専門MRとしてうつ病の薬の情報提供をしていました。精神病院やメンタルクリニックの専門医の先生方に、安全で効果的な薬の使い方や最新の治療指針を紹介するお仕事です。その仕事の中で、ドクターを通じてたくさんのうつ病患者さんの話を伺ってきました。
朝早く目が覚める、でも、起きるのが怖い。起きてもなんも楽しいことがないから。会議で発表するための結果を出さないといけないんだ。やりたいことなのかわからないけど、とにかくやらないといけないんだ。でも、やる気が出ない。しんどい。眠れない。やりたいことができないのが苦しい。誰も助けてくれる人がいない。なにもしたくない。体が重く、思考がとまりました。まるで自分の体ではないように。もう無理だ。死にたい。そうして、僕はうつになりました。
これは、以前に紹介した僕の声です。うつ病の時の声。まさに絶望です。希望と喜びがゼロの世界。楽しみも嬉しさも、ナイ。死んだ方がマシだと思える本当に苦しい病です。日本における自殺者の数は年々増加していますが、その自殺の背景にはうつ病が潜んでいると言われています。
うつ病になって生きていくのが苦しくで自殺する。うつ病を治すことは大切です。苦しんでいる人がたくさんいるのだから、その苦しさから一刻も早く解放してあげてほしい。でも、その治療と同じくらい、むしろそれ以上に、予防することが大事なんじゃないかって思うようになりました。
うつ病を予防したい
うつ病にならないようにするということ。生きる喜びと人間としての尊厳を奪うこんな病気にはならない方がいいんです。多くの人が社会の中で自分の力を発揮できずに、自分の居場所をなくして、自分らしさを奪われて、不自由に、生きづらさを抱えながら毎日生きてきます。その状態が、ずっと続けばうつ病になってしまうんです。
だから、そうならないように、社会で自分の力を発揮して、自分の居場所を作り、自分らしく自由に生きるための力を育んでいきたい。そう考えるようになりました。じゃーどうやったら「社会で自分らしく生きる力」が育めるのか。そこで思いついたのが、以前にもお伝えした「スポーツ」です。
スポーツは社会の縮図
スポーツで得たことは、スポーツを超えて、コミュニティーでも、社会でも、どこでも活かすことができる。八年間の社会人経験によって、それが確信に変わりました。
たとえば、、、
-
チームの目指す方向を理解してその中での自分の役割を考える力
-
問題を見つけてそれを解決する方法を見出す力
-
失敗しても挫けずにやり抜く力
-
相手が求めていることを理解してそれを誰よりも早く提供する力
-
複数のタスクを同時に管理して漏れなく着実に実行する力
-
相手の行動に結びつくように伝えたいことを伝える力
このようなスキルです。
どれも社会で自己発揮するために重要ですよね。スポーツという教材をうまく活用すれば、そこで得たことを社会で活かし、自分らしく生きることができるのではないか。絶対そうだ。僕はスポーツを通じて、子供たちに、いつでもどこでも自分らしく生きられる、そんな力を育んでいこう。僕がやるのは教育だ。スポーツだよ。そして、知識と経験と実績を積み、ライフスキルの分野では誰にも負けない。
留学前に書いた決意表明がこちら^^
夢が現実に
「自分が自分らしく生きたい」「自分らしく生きる人を増やしたい」この2つが決断の決め手でした。
道は決まった。ただ一番大きな「アメリカの大学院に合格する」という壁が残っている。英語のスコアも基準に達したし、お金も貯めたし、推薦状を依頼し、全ての書類を提出した。人事は尽くした。天命を待つだけだ。やるべきことはやった。めちゃくちゃ遠かった描いていた夢の扉が、もうすぐここにある。手を伸ばせば届くところに。あと一歩だ。しかし、そんな僕を、一瞬にして現実に引き戻す事件がありました。合格発表の直前でした。
「あなたが留学するなら、お母さんは離婚するわ」
一番の味方だった家族からの大反対でした。
家族を選ぶか、夢を選ぶか?
そんなの、決められないよ。
つづく
MY STORY⑩
家族が敵になった日。
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ミスターおかっち
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3年連続全国TOP!チームが一つに!【MY STORY⑧】
▼最初から読む(MY STORY①)▼
仕事を本気でするという決断
30歳の時に自分が進みたい道に進めるように、この5年間は4つのミッションを全力で取り組む。やるべきことがはっきりしました。気持ちいいぐらいにね。昔から突破する力では自信があります。僕、イノシシというか、サイなんです。
4つのミッションの1番の鍵は、「会社で実績を残す」ということです。ここを怠ると、伝説の上司から目をつけられプライベートの時間も無くなり、会社でのポジションもなくなります(つまりクビ)。そうなれば貯金どころの話ではありません。
だから、覚悟が決まりました。自分ができることを全部やって会社で実績を残す。自分だけの数字を考えるのではなく、チーム全体で日本一を目指す。そう決めると、それまでは鬼にしか見えなかった伝説の上司 丸田さんが、信頼できる名監督に変わりました。
営業成績が悪い数々のチームを、全国一位にしてきた丸田さん。めちゃくちゃ厳しかったです。ただ、そのリーダーシップは、本物でした。結果として、丸田さんが配属したその年から3年連続 全国優秀課表彰(全国3位以内)をチームとして受賞し、3年連続メンバー全員でハワイ報奨旅行に行ってきました^^
営業されている方ならお分かりいただけると思いますが、これは本当に凄いことです。1年ならラッキーで1番になることもありますが、次の年は前の年の実績に対して営業計画が割り振られるので、最初の年で無理をしてしまうと(次年度の分まで購入してもらう)、当然次の年は順位が下がります。
そんな厳しい条件の中、3年連続優秀チームとして表彰されたのです。会社としても異例中の異例ということで、本社の方から何度もチーム運営についてインタビューを受けました。少しだけ丸田さんがチームを運営する上で大切にしていたことを、紹介したいと思います(僕の主観)。
丸田さんのリーダーシップ論
(右: 丸田さん)
1. 目標は全製品 全国TOP
毎週の会議で、「全国TOP」という目標を宣言し、商品戦略の全てで全国TOPを取るためのアクションを、みんなで考え実行していた。
2. プロモーター制度
メンバー全員が、なにかしら製品のプロモーター(リーダー)を担当し、全国TOPを取るための具体的アクションプランを考え、遅れている人がいたら支援をする体制が整っていました。
これがとてもチームの絆を育む上で機能していて、たとえば僕がAという製品のリーダーで、「お一人様五軒製品を納入する」ということを全員に依頼し、先輩社員がそれをやってくれたら一つ借りができた形になります。で、先輩社員も同様に、違う製品のプロモーターをしているわけで、「製品説明会を1軒予約する」ということを依頼してくると、僕はそれをやるという選択肢以外ないのです。
丸田さんが戦略を管理するのではなく、プロモーターが製品の責任者として戦略を管理をする。そして戦略がちゃんとなされていなかったら、丸田さんがそのプロモーターを物凄く詰める。だから、プロモーターはみんなに依頼せざるを得ないんです。
3. アメとムチのギャップ
アメとムチの使い分けが天才的でした。期待以上の成果を出すと、すぐに直接褒めてくれるし、みんなの前でも褒めてくれるし、支店長にもそのアクションをちゃんと報告してくれる。あと、飲み会では毎回それぞれのいい所をみんなの前で心を込めて褒めてくれました。それが、うれしかったなぁ。
そして、ムチが相当怖い(これポイント)。死んだ方がマシじゃないかと思うぐらい強烈です。一度目をつけられたら、「全国トップ」の意識になるまで許してくれません。言葉だけではダメなんですよ。行動を見せるだけでもダメなんです。ちゃんと、「全国で一番を取ることを本気でコミットするという意識に変わらないと、会社に居場所がなくなります。
最初のターゲットは、僕でしたからよく理解しています。言葉だけではごまかせません。ちゃんとやるべきことを宣言し、行動で見せて、結果を出さないと、怖いことになります。会議でみんなが見ている前でボコボコにされます(言葉で)。あと、グレーは存在しないんです。全国トップを目指すか、会社の居場所を奪われるか。その2択なら、もうやるしかないのですよ。
4. 優先順位をつけない
「優先順位をつけるな」ある会議で丸田さんが吠えました。営業マンは慣れてくると会社から求められているトップ商品に力を入れて、やっても評価をされない商品は後回しにしたり全くやらなかったりします。丸田さんは、その姿勢に怒りました。
「和歌山は、すべての商品で全国トップを目指す。これが和歌山営業所の方針や」選択と集中をするなということです。トップ商品をやっていたから、この商品ができなかったなんて、言い訳は通用しません。だから、手を抜けないんです。
5 . 全員昇給させることに本気
どうやったら全員の給料が上がるか、昇給できるかを真剣に考えて、昇給を決める支店長にメンバーの良いところをことあるごとにアピールしてくれました。全国トップを取るという目標も、自分のためではなく、メンバー全員の昇給のためなんです。実績が出ていないと活動面だけでは昇給できないんです。
だから、ちゃんと実績を出して、実績が出るその過程をちゃんと物語にして伝えてくれたんです。実績が出せたのは、運ではなくて岡崎がしっかり頑張ってくれたからって。そうやって丸田さんは、頑張ったら頑張った分だけ評価される環境をつくってくれました。僕たちのために。おかげさまで、めちゃくちゃ給料上がりました。ボーナスも月収8ヶ月分の時も。
本気でやらないと何も学べない
(欧州研修)
丸田さんが和歌山に配属された当初は、僕の人生終わりやって本気で思っていたけど、丸田さんと一緒に働けたことで、学生時代のようなみんなで一つの目標に向かって全力で取り組む喜びと、それを達成した時の感動を味わうことができました。
丸田さんのもとで、「行動計画の立て方」「リーダーシップのあり方」「営業トーク」「人間関係における根回しの大切さ」等、社会で生きる上でとても大切なことを学ばせていただきました。そして、実は僕もこっそり若手のエース(自称)としてチームの中で大活躍して、「個人優秀賞グアム旅行」と「欧州研修メンバー表彰」を受賞しました。
【2007年 年間を通した僕が書いた要約コメント】
2007年は、紀和として2年連続全国1位 個人として全国TOP10入りを目標において活動してきました。その目標を本気で目指してる中で様々な力が必要になってきました。特に、この一年で勉強になったことは、「 実行力 」 と 「 チームワーク力 」です。
2007年は、会議で決まったこと、目標を達成するためにやらなければいけないことを行動に移してきました。 その行動の中で、様々な問題点、成功例が出てきました。自分ひとりでは、解決できない問題、他のエリアでも応用できる成功例、その情報をみんなで本音で話し合えた紀和のメンバーとして過ごした2007年は、本当に勉強になりました。
そして、紀和一丸となって行動したことにより、紀和CNS課としては、全国2位 個人としては、グロスで全国3位という結果を残せました。
2008年も、紀和CNS課が全員参加の元で盛り上がっていけるように、頑張っていきたいと思います。
(2007年 年間レビュー表から抜粋)
「スピード」と「発信」がおかっちの役割。誰よりも早く仕事をして、そこで得た得意先の反応をいち早くみんなに発信する。そして、会社の戦略を自分のやり方とミックスさせて成功例を作り、和歌山から本社に報告する。そのようなポジションでチームに貢献していました。とにかく最高のチームでした。丸田さんと当時のメンバーには感謝しかありません。
改めて思います。本気でやらないと、何も学べない。そして、なんといってもおもしろくない。本気でやるのは「楽」ではないです。ただ、そのプロセスは人生に喜びを与えてくれる。真の楽しさも。だからやめられません。
そんな僕も、30歳になりました。決断の時です。この五年間の本気の営業活動によって、自分が歩む道が決まりました。
つづく
MY STORY⑨
あるがままの自分を表現したい!
ライフスキルライバー
ミスターおかっち
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
【関連リンク集】
IDENTARY DRIVEN
自己統合 × 天才性発掘
- ど真ん中を生き、ど真ん中を活かそう -
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こどもの天才性を解き放ちたい! 北米の大学院で習得した10,000人のこどもを夢中にさせた『コーチングメソッド』を、期間限定で、無料で、公開中❗️ 子育てやこどもの教育を見つめ直したい方は、オススメです⭐️





























































































































