中学受験の代償【MY STORY②】
(左:おかっち, 右:弟)
まずはこちらをご覧ください^^
小学5年生までは平和でした。いや、むしろ学校でも人気者だったかもしれない。当時、湘南爆走族というマンガが流行っていて、学年の中でケンカが強い五人で暴走族(チャリ)を組んだりして、かなり目立つ存在でした。悪いやつがいたらクラスを超えて、学年を超えて成敗しにいきましたよ。正義のヒーロー気取りだったのでしょう。(小学校時代に、僕にいきなり飛び蹴りを食らわされたって訴えてきた後輩とバイト先で遭遇したことも)突然思いもしなかったことを言ったりやったりするもんだから、おもしろい存在だったのでしょう。そして、小5になって進学塾に通うようになると、さらにそれが加速されました。
空気を読まないヤツ認定
それだけではありません。まるでマリオがスターを取ったような無敵状態が、24時間発動していたので、びっくりするようなことをたくさんやりました。代表的な悪さはこんな感じ。
- 女子同士がやっていた交換日記をこっそり奪い、そこに書いていた好きな人をみんなの前でバラす
- 女子のスカートをめくって、履いていたパンツを男子に報告。そして、文句を言ってきた女子のお腹を蹴る(最悪)
- クラスでモジモジしている男子がいたら、「俺が根性を叩きのめしてやる」って、みんなの前で殴る蹴るの公開稽古(ひどすぎる)
人の注目を浴びたり、みんなを驚かすことが今も昔も大好きなので、とにかく誰もやっていないことをたくさん考えて、即実行!って感じで、かなり調子に乗っていました。そんなことをやっていると、少しずつ周りの見る目が変わっていきました。そして、そんな時に事件が起きました。
もし、過去に戻れるなら、あの日、あの時に、戻りたい。もし、あの時、ゴメンネって言えていたら、僕の人生はまったく別のものになっていたでしょう。今なら、心拍数正常でお話しすることができますが、僕にとっては誰にも見せたくない過去でした。めちゃくちゃハードルを上げてしまいましたが、所詮小学生の時に起きたこと。とっても些細なことです。
プラ板事件
ちょっと肌寒くなってきた秋の終わり。先生が出張かなんかでお休みで、5時間目の授業が、みんなが大好きな「プラ板づくり」になりました。透明のプラスチックに好きな絵を描いて、オーブンで加熱して、冷やして、キーホルダーを作るっていうそんな流れ。
まずはみんなでお絵描きタイムです。ずっと座っていられない僕は、絵を描くのが飽きてしまって、教室をグルグル徘徊するわけです。見回りです。みんなの絵にコメントして、いじって、バレないように絵に鼻毛を書いたり、そんなことをしていました。
そして、目の前には高木君(仮名)が。すごい集中力でに絵を描いているではないですか。僕の大好きな友達の一人。スポーツ万能で、顔立ちがよく明るい性格で女子からも男子からも人気者。そんな高木君の後ろからそっと覗き込むおかっち。彼が描いていたのは、僕も描こうとしていたドラゴンボールの悟空でした。めちゃくちゃうまかった。チラッと見ただけでもわかる。でもね、なんかその真面目に描いてる感じがちょっとおもしろくて、鼻について、僕はこんな感じで彼をいじりました。
「なにこれ、めっちゃ顔ちっちゃいやん。全然似てないわ~」
クラスに響き渡る美しい声。会心のでき。これ以上ないコメントができた、と誇らしい顔で仁王立ちしていたら、見えない角度からのカウンターで、
「おまえうるさいねん!!!」
って高木くんの怒号が返ってきました。えっなに言うてんの。そんな大真面目に言うことないやん。女子も見ているみんなの前で怒ることないやん。恥ずかしいやん。なんかムカつくわ。絶対に許せへんわ。と思いながら、静かに自分の机に戻りました。
いえいえ、悪いのは僕ですから。本気でやっている人を小馬鹿にしたのですから。でも、そんなんは当時の僕にはわかりません。わかっていても、怒られた屈辱感で正常に脳は機能していない状態。自分が正しいと言う情報を必死で集め、高木くんを頭の中で袋叩きにしました。その日は、結局一言も話しませんでした。
どちらが歩み寄る?
そして、次の日、下駄箱で自分の靴を履きかえていたら高木くんが向こうのほうからやってきました。気配は感じていましたが、気づかないようにしていたら、とってもさわやかな声で「おはよう!」って。まるでなにもなかったかのように。そのあと、僕はなにを言ったのか覚えていない。なにも言っていないのか、気のない返事をしたのか。とにかく、頭が真っ白になりました。ずっとひっかかっている自分の小ささに悲しくなりました。というか、みじめな気持ちになりました。そして、だんだん腹が立ってきたのです。僕はこんなに気にしてんのに、あいつはなんも気にしてへんのか。
昼休みがはじまります。当時、新聞紙を丸めてセロハンテープでガチガチにまいてボールを作って、手打ち野球を砂場でやるのが流行っていました。まぁやるのはスポーツ大好きなメンバーですが。その日は僕はどうしようか迷っていました。こんな気持ちでやっても楽しくないだろうって。そしたら、僕の横から「おっしゃ!いこっか!」って。高木くんです。とっさに僕は「あっちょっと塾の宿題あるから、きょうは。。。」って、断ったんです。邪悪な感情に支配されていた僕は、素直になれなかった。それが高木くんからの最後のお誘いでした。
時間は解決してくれない
ご飯を食べる時も一人。帰る時も一人。授業中も誰とも話さない。それでいい。それでいい。そっちの方が受験勉強に集中できる。そのように思っていました。そしたら、願いは叶いました。みんなから無視をされるようになったのです。クラスのオタク系男子と女子以外のほぼ全員からです。やったー!願いは叶ったぞ!とまでは思いませんでしたが、特に嫌な気はしませんでした。だって僕には塾という居場所があったから。でも、本当はさびしかった。苦しかった。もう一度みんなと仲良くしたかった。持ち前の天邪鬼な特性によって、自分の本音がかき消されていきました。そして、事態は最悪の方向へ動き出しました。陰口です。
いじめの始まり
クラスでも目立つ行動をひかえるようになりました。授業中も手をあげなくなった。「だから嫌われるねん」この言葉が返ってくるから。僕がやるすべての行動に、この言葉がつきまといました。恐怖でした。なにをやってもイヤがられる。ただここにいるだけでもみんなの迷惑になる。自分という人間をどんどん嫌いになっていきました。でも、これで終わりません。ますますエスカレートしていくのです。
机で勉強していたら教科書を外に投げられる。靴を履き替えていたら足を思いっきり踏まれる。机の引き出しに食べかけのパンをいれられる。昔いじめていた子から反撃をくらって、みんなの前で殴られる。蹴られる。
実は思考停止状態で考えないようにしていたので、何をされたか全部は思えていないんです。現実のものと受け止めていたら到底生きていくことができなかったので。こんなことを学校でされているなんて誰にも言えません。先生にも。塾の友達にも。もちろん親にも。自分が嫌われているということを人に知られることは、あってはならないこと。それが知られたら、ますます自分の居場所がなくなるって思っていました。自分がこの世の中の誰にも必要とされていない感覚。自分が死んでも誰も悲しまないやって。ひとりぼっちでした。そして、最後の事件が起きました。
いじめの終わり
先生が入ってきます。みんなは席に座る。みんなからいじめられていることを知られてはいけない。なんとか自分の席に戻ります。でも、感情は止められないこともあるんです。涙が止まりません。感情がなくなりません。泣き止まない僕に先生が気づきました。「大ちゃん、どうしたの?」家庭科の女の先生でした。誰もなにも言わない。もちろん、僕も。そしたらクラスの正義感の強い女子が、「男子が大ちゃんにひどいことをしたの」って言ってくれました。「男子が悪いことしたのね。そしたら授業が終わったら藤本先生に伝えるからね」と先生が言って、その後は、はっきりいって、覚えていません。
放課後に急遽、クラス会議が開かれました。そして、担任の体育会系の藤本先生が言います。「だれや大ちゃんにいじわるしたん。でてこい。出てくるまで帰さへんからな」って、そしたら、静かに席を立ついじめの中心人物の三人が席を立ちました。その三人の中には、大親友だった高木くんもいます。そうです。あの日以来、彼は僕をいじめるコアメンバーだったのです。そして、みんなが見ている前で思いっきり振りかぶったビンタを三人に浴びせました。かなり大きな音が鳴りました。「今度こんなことやったら、お前らはっ倒すからな」それから、いじめられることはなくなりました。無視は続きましたが。
いじめによって失ったもの
いじめる方が悪い?
いじめられる方が悪い?
人と違って頭が良かったり、スポーツができたり、ちょっと声が低かったり、逆に高かったり、正義感が強かったり、すごかったり。すごい人だからこそ、いじめられることはあるんです。みんなと違うからというただそれだけの理由で。だから、いじめられて苦しんでいる人がいたら、その人に伝えたい。いや、当時の小学5年生の自分に伝えたいんです。学校だけがすべてじゃない。そこの人間関係だけがすべてじゃないって。ほんま狭い世界や、そこは。一歩飛び出したら無限に広がる広い世界がある。そこに居場所がなくても、きっと君の居場所は見つかる。絶対にあるから。
世界のどこかに
君が輝ける場所は絶対にある
また、自分だけではどうにもできへんことは、これから先もたくさんあるだろう。そんな時は、近くの大人に助けを求めたらいいんや。僕には勇気がなくて、できへんかったけど、最後は大人が解決してくれたわ。辛い生活から抜け出せたわ。
そして、一番言いたいことは、自分が悪いと思ったら謝ろう。ごめんねって。ずっとずっと後悔してんねん。なんであの時、謝られへんかったんやろうって。向こうから話しかけてくれたのに、なんで気のない返事をしてしまったんやろうって。仲直りしていたら、こんなことにはならなかったのに。ごめんねという言葉。時間がたてばたつほど、言いにくくなる。自分が悪いと思ったことが少しでも見つかったら、その部分でも謝ることができたら、良いなって思うわ。全部自分が悪かったってスタンスじゃなくて、自分が悪いと認めている部分だけを誤ったらいいから。謝ることは、負けじゃないよ。許せるというのは、強さの証だから。
受験に合格することはできましたが、人間が生きていく上で一番大切な自己肯定感と人生を何倍にも充実させてくれる友だちを失いました。当時の自分の頭の中でずっと流れていた曲がこちらです。めっちゃ状況がぴったりなんです。謝ることができなかったこと以外は。
♫
友だちと 友だちと ケンカした
その次の日
なぜかとってもさびしくて
下ばかり見ていた
次の日も、次の日も
友だちは 知らんぷり
ボクはとってもかなしくて
涙がこぼれた
ケンカなんかしなけりゃ
いまごろキミと
みち草しながら
おしゃべりしているのに
6月の6月の雨上がり
まちかどで
あの子がかたをたたいて
ゴメンネと笑った
それからボクらは
どんな時でも
こころをつないだ
友だちになった
::::
当時の自分に動画メッセージを送りました。
もう戻りたくない小学生時代。でも、もう地獄は終わりだ。私立の中学に合格し、誰も僕のことを知らない新しい環境が始まります。今度は、絶対にうまくやるぞ。人気者になって、大好きなバスケで活躍して、自信を取り戻すぞ。新天地に夢と希望を膨らませ、中学生活を心待ちにしていました。しかし、人間はそう簡単に変わらない。さらに深い深い谷底へ突き落とされることになりました。
つづく
MY STORY③
大好き!だからもう続けられない!
ライフスキルライバー
ミスターおかっち
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あなたはエスカレーターに乗って生きるのよ!【MY STORY①】
誰もが自分のど真ん中で
輝ける世界をつくる
誰もが最高の自分を表現して生きる喜びに溢れた世界をつくる。これが、僕の人生のビジョンです。自分らしく幸せに生きるためには、自分の本音を選択し自分の最高を社会で発揮して生きることが大切だと信じています。それは、なぜか。この世にたった一つしかない僕の人生の物語を通じてお伝えしたいと思います。
6才のちっちゃいボクに、母が言いました。
「あなたはエスカレーターに乗って生きていくのよ」
「エスカレーター、なにそれ?」
そしたら、梅田の阪神百貨店に連れて行ってくれました。
「これが、エスカレーターよ、わかった?」
「これがエスカレーターなんだ、たのしいなぁ〜」
「たのしいでしょ。大ちゃんはね、エスカレーターに乗って、お父さんみたいなりっぱな大人になるのよ」
「うん、わかった!エスカレーターにのる!」
鬼ごっこが大好きな幼稚園児には、母が言っている本当の意味がよくわかっていませんでしたが、「エスカレーターがとっても楽しい」ということは身体中の全細胞に刻み込まれていました。
エスカレーターの意味
そして、小学校へ入学。
週末は、ジャスコに買い物に行って焼きそばを食べるというのが僕の家族のお決まりでした。ある時、その道中である建物を指差して母が言いました。
「だいちゃん、だいちゃん、ここにはね、エスカレーターがあるのよ」
「ここにエスカレーターがあるんや」
「ここにいったらね、自分の好きなことがたくさんできるよ。なにかやりたいことある?」
「お父さんと同じバスケットボールをやりたいよー、あとドッジボールも!」
「大ちゃんはいっぱいやりたいことがあるんだね。ここにはね、エスカレーターがあって、自分がやりたいことがたくさんできて、おとうさんみたいな立派な大人になれるのよ。で、ここにいかなかったら、受験戦争というのがあって、負けてしまったら大変なの。たくさん勉強しないといけなくて、好きなことができないのよ。13階に住んでいるたけし君みたいな、ガラの悪い子と同じ学校に行かないといけないの。そうなったら、タバコ吸ったり、不良になったり、ゲームセンターに行ったりして、悪い大人になってしまうわ」
その建物の看板には、同志社香里中学校と書いていました。エスカレーター、それは、「大学まで自動的に進学できる エスカレーター式中学校」のこと。大きくなってわかりました。
その日から、その建物を通り過ぎる時には、「ここ、エスカレーターがあるところだ」って指差して言うようになっていました。
小学4年生の2月。「おかあさん、ぼく、中学受験したい!」そのように、母に言ったそうです(実はあんまり覚えていない)。その日から、僕の受験戦争が始まりました。
ぼくの受験戦争
少し暖かくなってきた3月に、枚方市にある「阪神受験研究会」という進学塾へ通うことになりました。関西でトップクラスの進学塾です(今はもうありませんが)。
塾に通うようになってから、僕の人生は大きく変わりました。毎週4教科のテスト。そして、宿題の量がこんなくらい(机に積み上げると20cm位のテキストの束)。右側にテキストを置いて、できたのを左側へ移す。今までの遊ぶ時間のほとんどが、その流れ作業に奪われました。
戦いの代償
なんの疑問もなかったんですよ。これを全部やれば、僕はみんなとは違う有名な中学校へ行ける。エスカレーターに登れるんだ。ゴールへ向けてまっしぐらです。とはいっても、あそびたい気持ちもありましたよ。年頃の男の子ですから。マンションの下の広場では友だちが野球をしている。
「だいちゃん、あそぼうよ~~!」やりたかったですよ。でも、、、宿題が終わってない。「ごめんとしくん。今日は無理やわ。またさそって~」そのうち、誰にも誘ってもらえなくなりました。
何も気にしない、というか、自分に言い聞かせていました。「ぼくにはやるべきことがあるんだ。あいつらは、今は楽してるけど将来苦しむことになる。僕は楽しい中学校生活を送りたいし、立派な大人になりたいから、いま頑張るんだ」
そして、すべてを犠牲にして頑張った結果、なんとか第一志望の中学校に合格できました。あの時の瞬間は、今でも忘れられません(多分、これからも)。小学校のお昼休憩中、6年生だから4階の校舎かな。正門の方を見ると自転車を押している母がいました。そして、目が合うと、母は自転車を止めて、手を大きく振り上げて○ってやったんです。やったーって。大ジャンプ。
正直、学校では目立たない最下層の身分だったのですが、あの瞬間だけは、僕が王様でした。「ぼくはこれからお前たちと違って、成功者になるんだ。すごい人間になるんだよ。もうお前たちには会うことはない。これまで好き勝手いじめてきたお前ら。絶対見返してやるからな。あ〜〜ばよ〜〜」って。
(卒業写真 下段真ん中がぼく)
二年間の戦い。僕の受験戦争はハッピーエンドで幕を閉じました。受験戦争に勝つことはできましたが、僕はとっても大事なものを失っていたのです。その時はまだ、その大きさに気づいていませんでした。
つづく
MY STORY②
中学受験の代償
ライフスキルライバー
ミスターおかっち
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スタッフの源泉徴収を全部済まし、鍋があったけど、カレーライスを食べました。あっゆうがさんにローソンで買ってもらったボジョレーヌーボーもうまかったね。昨日は、一年間お仕事を頑張ったことを祝してBuuuでスペシャルディナー!!フォアグラやら、ぶり大根やらスペシャルすぎて大感動。練習していた「あわてんぼうのサンタクロース」もうまくいってよかった。
仕事も順調で、team3℃の活動もおもろくなってきて、2016年への希望にあふれ、幸せな気持ちでいっぱいな今でございまする。
1年後のあなたはどうですか?
大人へのセミナー講座がいい感じになって、和歌山における認知度は上がっているかな?バスケット教室も50人ぐらいになっているかな?和歌山教室が実現できそうかな?まだ場所見つかっていないかな?Project play plusこれは、どうやろう?あそびをつくる、楽しいは自分でつくる、これちゃんと進んでいるかな?学童のプロジェクトはどうだろう?まだそっちへ進む余裕はないかな?企業からのセミナー依頼とかも来ていたらいいのになって思う。レインボーヨガも30人ぐらいに増えているかな~
こども哲学も おもろいぐらいにハマってきていたらいいのにな。月一回ぐらいできていたらいいな~。
まあなんにせよ、大丈夫よ。そのままの自分であれ。自分らしくは世界を変える。
楽しい生活は、自分でつくるんやで。そして、横にいる人を大切にな。




















