








こちらのサイトから
先生のコメントを引用
おおおーーーーー
先生自らキャスティングやら
デッサン監修されているのか
好きな漫画の実写化は
あんまり好きになれないけど
これは観たくなりました
※リストカット(自傷行為)の
話が出て来ます
読みたくない方はここまでにしてね
私は美大に行きたくて
その付属の高校に進学
武蔵美の短大出てる顧問の先生の
超厳しい指導の元
美術部でゴリゴリ作品描いて
数え切れないくらい
賞もたくさんもらった🏆
高3の時は
『1年でデッサン100枚』
の課題を出されて
3日で1枚仕上げるペース
ただ
途中から兄が国立落ちたことで
志望校を美大から教育学部の美術科へ変更
それでも
一応デッサンの試験はあったから
勉強も頑張りながら放課後毎日描いてた
その頃から
受験のストレス
人間関係のストレスで
生理が半年止まったり
何を食べてもお腹を下して
模試や定期テスト中に
1教科の中で4〜5回トイレに行くほどだった
そしてある日の放課後
デッサンで使う鉛筆は
カッターで削るんだけど
そのカッターで自分の腕を傷付けた
血は滲むけど
ものすごく痛いわけじゃない
むしろ
血を見てホッとする自分がいた
ストレス発散が
自分を傷付けることでしかできなかった
だから
何度も切ってしまうんだよね
自分でも
私は何をやってるんだろう…?
って思いながら
苦しくて泣きながら
部室前の水道で血を水で流しながら
100回切った日もあった
これは誰にも言えずに
卒業まで続いた
これは卒業式に美術部のみんなと撮った写真
笑ってはいるけど
心も体もボロボロだった
結局現役の時は不合格だったし
浪人するのは学校で1人だけだったし
不安だったな
でも
もっと努力して
合格しないとダメだ
この大学に受からないと
私には何の価値も無い
って本気で信じてたから
心にも体にもムチ打って頑張ってた
浪人中も何度もドロップアウトしそうになりながら
面接試験の時に必要な持参作品で
自画像を描いた
良い子の仮面を脱いで
本当の自分らしさを出して
生きて行きたいって思ってた
私は超過集中タイプなので
スイッチが入ると止められず
これは一晩で描き上げた
志望校の入試は
センター試験5教科7科目と
静物デッサン
面接(美術科の先生13人全員)で
持参作品2点と諸々のことを聞かれる
という内容だった
そして
何とか滑り込んで
無事に合格できたのでした
今考えたら
そこまで無理しなくてよかったのになー
とも思うけど
やりたいこと
全力で命懸けでやってみたかったんだよね
私の青春は美術と共にありました
その後
うつ病やパニック障害、摂食障害
というまた別の地獄を経験するんだけど
大学も
休学しながら
7年半かけて卒業できた
卒業制作も死ぬほどキツかったけど
日頃無口で厳しい彫塑の先生が
(うちの美術科の実技の先生は
全員東京芸大卒で自らも作家)
『今年の卒制の中で
一番いい作品だった』
って言ってくれたこと
どこがどう良かったとかは
詳しく言ってくれなかったんだけど
その一言が
ものすごく嬉しかった
姪っ子と私
タイトルは
『肯定のリズム』
姪っ子が産まれて来てくれて
うつ病でどん底にいた私は
生きる希望が湧いた
自分と血の繋がりのある人間が
この世に産まれて来るなんて
今まで味わったことのない感動だった
しかも
姪っ子は私の小さい頃にそっくりだった😂
姪っ子からもらった生きる希望や
生命力
いるだけでさ愛される存在
そんな肯定的なものをたくさんもらった
たくさんの○でそれを表現した
本当に嬉しくて感謝してて
私も姪っ子にあげられるものは
全部あげたいと思った
そんな循環を描きたくて
『肯定のリズム』
にした
卒展の会場に
兄に連れられて姪っ子も来てくれて嬉しかったなぁ
(当時2歳くらいかな)
一緒に展示した
このめっせいじも
姪っ子が字を覚えてすぐに読んでもらえるように全部ひらがなにしたんです
私にとって
絵も文章も自分の内面を
見える形にできるとても大切なツールだ
日記もブログも絵も
これからも自分を表現するために
コツコツ続けていきたいです
あの頃の自分に感謝されるような生き方を
未来の自分から応援されるような生き方をしたい