人吉鉄映会 -8ページ目

人吉鉄映会

熊本県人吉市・球磨郡を走る肥薩線・湯前線・くま川鉄道の今と昔を発信していきます。

人吉鉄映会です。

 

今回は前回の続きで「駅の風景 人吉駅」の第2回目です。

前回は駅の外見、駅裏の国史跡「大村横穴群」、人吉駅名物のからくり時計、駅弁当の記事を書かせて頂き、2回目からは駅舎をと、書いていましたが、まだ駅周辺に関してご案内することがありましたので、まずはそちらから・・

 

駅の向かって左側に「種田山頭火」の碑があります。種田山頭火(1882~1940)は自由律俳人。この方の波乱万丈な人生はとてもこのブログでは書ききれませんので、興味のある方は関連サイトをご確認されてください。

山頭火が人吉を訪れたのは昭和5年(1930年)9月のこと。山頭火が歩んだ行程には行乞(ぎょうこつ)の案内板もあります。顕彰碑が建立されたのは2014年12月。「人吉球磨 山頭火の会」の方が地域活性化の一助として建立されました。「焼き捨てて日記の灰のこれだけか」という有名な句が刻まれています。熊本から行乞に出た際の心境を昭和5年(1930年)9月16日に人吉で詠んだ句だそうです。深いですね。その隣には肥薩線建設運動に尽力された澁谷 禮氏と樅木義道氏の顕彰碑が建っています。

 

次は旅行に欠かせない物、お土産ですね。

お土産屋 天守閣

駅前には2件のお土産屋さんがあります。写真のお城みたいな建物は「天守閣」さん。ここにはビジネスホテルもあり、駅側の角には「Cafe 亜麻色」という喫茶店もあります。駅を眺めながらのコーヒーをどうぞ。ちなみにここには以前ご紹介した本、「球磨川の駅・ものがたり」も置いてありますので、まだお買い求めでない方は是非どうぞ。

この道向かいには「青柳」さんというお土産屋さんもあります。どちらで買ったら、という話になるかと思いますが、どちらもとりあえず覘いてみてください。置いてあるものも違いがあります。お土産選ぶのは楽しいですよね。お店の方もとてもいい方ですよ。

 

ちなみに昨年末に青柳さんの建物に掲げられていた看板

人吉出身のウッチャンナンチャンの内村光良さんは地元のスーパースター。おととしも第69回として同じ看板が掲げられてました(笑)今年も是非第71回として看板を掲げてもらいたいものです。

ちなみにくま川鉄道の永江社長と内村さんは人吉高校の同級生で大の仲良しです。

 

駅には観光案内の看板もあります。

人吉観光には、人吉周遊バス「じゅぐりっと号」というのもあります。人吉ICから市内を経由し人吉駅前を往復するバスです。8:00時台から17:00台まで45分間隔ぐらいで運行してます。(10往復)料金は150円から人吉ICまで行っても220円です。このボンネットバスは和歌山で使われていた観光循環バスを産交バスが購入し、改造したものです。ちなみに「じゅぐりっと」とはこちらの方言で「順番に1つづつゆっくり廻る」という意味です。皆さんも人吉観光をじゅぐりっと楽しんでください。

 

あと、駅周辺の施設では「鉄道ミュージアムMOZOCA868」という、ミニSLが運行している施設がありますが、これは別の機会に。

 

ここからようやく駅舎の紹介です。

人吉駅入り口から改札方向(奥の赤い車両はキハ220)

向かって右側には人吉出身の英雄、川上哲治氏のモニュメントが。

生誕100年の展示の案内もありますが、現在はコロナの影響で休館中です。

待合室。昔ながらの表示板です。待合室の中にkioskがあります。

 

 

あと、左側に案内所もありますので、ご利用ください。

 

・・・・と、駅舎に入ってホームに行くのですが、今回はここまで

 

第3回はホームの紹介から(多分・・・)

 

今回もお付き合いありがとうございました。それでは次号もご覧ください。

 

 

人吉鉄映会です。

 

当方熊本県も不要不急の外出禁止要請が発令されコロナの拡大も心配な状況ですが、3月29日もSL人吉の運行は予定通り行われ元気な様子を見てきました。

桜も見ごろになり、近所や通りがかった公園もこの状況下といえ、やはり多くの人がいました。さすがにこの陽気で巣ごもりってのは、って感じですか。感染しないように各自心がけて行動したいですね。

 

さて、人吉鉄映会では人吉・球磨の鉄道の面白さを発信しようということで、今まで懐かし鉄道写真や「SL人吉」情報などをお送りしてきました。今回は初の企画「駅の風景」をお送りしたいと思います。

 

最初はやはり人吉・球磨の鉄道の起点となる人吉駅からスタートしたいと思います。

お伝えしたい情報が多いので複数に分けてお送りします。

 

まずは外観から

人吉城の白壁をイメージしたような建屋。風情がありますね。でもどうしても名物のお城の形をしたからくり時計が目立っちゃいますね。

 

ちなみに昔の駅はこんな感じでした。

昭和50年1月撮影

いかにも昔の駅、って感じですね。駅正面に大きな時計塔が建ってました。

駅の裏のこんもりとした丘は村山台地という高台で、麓に国史跡の大村横穴群という古代人の「墓穴」があります。西南戦争時には丘の上に砲台も設置されていたようです。

大村横穴古墳群

駅正面から行くにはちょっと回り道にはなります。(SL館に行くその道すがらです。)時間があれば是非ご覧になってください。

西南の役 官軍砲台跡 大村横穴群の上にあります。この高台からなら一網打尽か。

 

ちなみに陽が落ちた後の駅の情景もきれいで好きですね。

 

そして今の人吉駅といえば何といってもからくり時計でしょう。

定時になると音楽が鳴り、ドン、ドン、ドンという太鼓の音が聞こえ、からくり時計が動きだします。

写真では表現しづらいので、是非現物ご覧ください。

 

人吉駅の名物といえば、もうひとつ(・・・というか、ふたつ) それは駅弁の栗弁当とあゆ寿司です。

くり弁当(熊本県公式観光サイトより) 🄫熊本県

栗の形をした弁当箱に栗ご飯、鮎寿司は緑の竹をイメージした容器に入ってます。

この容器はプラスチック製で人吉・球磨の家庭には食べ終わってきれいに洗って保管してあるところが多く、その出番は運動会やピクニックなどの食後のデザートに梨や柿を剥いたのを入れてありました。私個人的には栗弁当⇒容器再利用⇒運動会でのフルーツ入れで再登板のイメージがめちゃめちゃあります(笑)

それほど地元にも定着している名物です。

 

それを販売しているのが「駅弁やまぐち」さん。

駅正面から向かって右・・というか、すぐわかります。「汽車弁当」の看板がいいですね。昔から変わっていません。ちなみに弁当を売っているのは建物の右端に入り口があるのですが、左側の大きな建物には昔レストランがありました。子供の頃は鉄板で焼かれたハンバーグ定食を食べていました。ごちそうでした。何かご褒美など特別な時しか味わえませんでしたが・・・。でも残念ながら今はやってません。そういえば人吉駅周辺は喫茶店や居酒屋はありますが、ファミレスも含め食事を取れる所ってあんまりないですね。。普段はあまり賑わいもないからなんでしょうかね。

 

で、実は弁当もさることながら、それよりも有名なのは駅弁やお茶をホームで立ち売りされる菖蒲さん。鉄道関係のTV番組でも数多く取り上げられてる有名人です。

菖蒲豊實さん(熊本県公式観光サイトより) 🄫熊本県

 

「べ~んとう、べんとう~」という心地よい声は「あぁ、人吉だなぁ」という感じ。列車を降りて、もしくは窓を開けて菖蒲さんから弁当とお茶を買うと、鉄旅してる感満載です。列車で食べるお弁当は格別ですよね。これが楽しみという方も多いですね。

 

ただ、現在人吉駅を発着する列車は昔よりかなり激減して優等列車だった「くまがわ」「やたけ」「えびの」「おおよど」「九州横断特急」などが姿を消してしまいました。現在は「いさぶろう・しんぺい号」や「やませみ・かわせみ」が熊本からの急行を兼ねた観光列車になっています。それも今やホームで駅弁を買うのではなく、例えば、いさぶろう号では渡駅前後で客室乗務員さんが駅弁の予約を伺いに来られ、人吉駅到着時にやまぐちさんが持ってこられ、大畑へ向かうところで予約した方に持ってこられる、という形になり立ち売りで買うスタイルがなくなってしまいました。私も直近で菖蒲さんをお見かけしたのはホームでの立ち売りではなく、店から駅へ予約分(と思いますが)を運んでられる姿でした。列車も減り、こういった風情も見れなくなって、駅の賑わいがあった頃を知る者にとっては誠に淋しい限りです。

 

・・・といったところで今回はここまで。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、立ち売りの話は別として、まだ話の内容はまだ駅舎にすら入ってません。次回は駅舎の中の紹介からですね。

 

ではまた。

人吉鉄映会です。

 

新型コロナウィルスの猛威は止まるところを知らず、外出自粛も出ている非常事態ではありますが、そんな状況でもしっかり春はやってきました。

 

しんぺい2号@鬼木第4踏切 菜の花と

 

いい天気でしたね。汗ばむ陽気。もう少し菜の花が咲いているとこで撮影すればよかったのですが

 

 

日も天気がよかったのでふらりといさぶろう1号に乗って大畑へ。ここは桜が植えてあり絶好の撮影スポットです。熊本地方はまだ7分咲きみたいですが、それでもきれいでした。

いさぶろう1号@大畑駅

 

 

大畑駅舎横桜の木

 

 

そのまま吉松まで行って折り返し しんぺい2号で帰還

 

しんぺい2号@大畑駅

まぁ、いさぶろうと同じ列車ですから変わり映えはしませんが、いい景色には変わりありません。ちなみに下りのいさぶろう1号の時は乗客もまちまちで、まぁコロナ回避座席でいい感じかな、と思ってましたが、折り返したら子連れの親子・鉄っちゃんも含めまぁまぁの乗車率。そういえば、一番目に載せたしんぺい2号は乗車した前日の撮影でしたが、車窓を見たらぼちぼち乗っているなぁ、という感じでしたので、コロナの影響がひどくない様でよかったです。だた、感染にはくれぐれも注意ですね。

 

駅の周辺、線路沿いには撮り鉄の方もかなり多くいらっしゃって、大畑駅周辺はいい感じで賑わいがありました。

 

今から行楽の季節ですので、早くコロナが収束して楽しい列車旅ができるといいですね。

 

ではまた。

人吉鉄映会です。

 

今回の懐かしの人吉・球磨の懐かし鉄道は「きじ馬号」です。

キレイなラッピング列車ですね。

 

ちなみにきじ馬とは・・

 

人吉観光案内パンフレットより  🄫人吉市

 

きじ馬は花手箱と並んで人吉球磨の伝統工芸品です。人吉球磨の各家庭にも少なからず置いてあると思います。(うちの実家にもあります)様々な大きさのものがあり、お土産店に置いてあります。特にきじ馬に関しては小さなキーホルダータイプのやつもありますので、人吉・球磨にお越しの際は是非お土産としてお買い求め頂けたら・・と。

 

この列車が生まれたきっかけは、徐々に人々の足が鉄道から自家用車に変わっていき鉄道が衰退し始めようとしている中、人吉球磨の鉄道を盛り上げようと人吉鉄道事業部が「楽しい列車のデザイン展」を企画したことでした。

無地のディーゼルカーが書かれた応募用紙に各自思い思いのデザインを書いて応募するのですが、結果的に460点もの作品応募があり、当時人吉市内の小学3年生の女子児童が書いたきじ馬のデザインが見事金賞をとり、このデザインが採用されました。(なのできじ馬号です)

 

めでたくデザインが決まったところで、キハ58-225とキハ28-2195の2両のこのデザインが描かれ、平成7年(1995年)3月25日、人吉駅でお披露目会があり、デザインをした児童さんと同じ小学校の仲間100人を招待してトロッコ列車を連結して人吉から大畑まで運行しました。

 

お披露目翌日の平成7年(1995年)3月26日 人吉駅にて

 

この列車は平日は基本普通列車として運行され、臨時列車、トロッコ列車といった観光用にも運用されました。

平成9年(1997年)4月 水無第二トンネル(9251Dレ)

 

 

平成9年(1997年) 球磨川沿線を走行

 

 

平成9年(1997年) 4月20日 大畑の山越え 9250D

 

平成9年(1997年)10月 大畑-矢岳 1261D

 

すごくインパクトのある、かっこいい列車ですよね。各地でもラッピング列車というのは走っていますが、これも決して負けていないですよね。

 

ただ、この列車は今JR九州、人吉・球磨を走っている「いさぶろう・しんぺい号」、「やませみ・かわせみ号」などの同じキハ系のいわゆる水戸岡デザイン列車と大きく違うところは、単にキハ58-225とキハ28-2195の外装を変えただけの列車であるということです。すなわち、いざ乗車すれば中身は普通のディーゼルカーであり、残念ながら客寄せ車両とはならずランニングコストがかかるという理由で短命に終わってしまいます。

やはり内装の特別感、豪華感、そして「映える」感が必要なんですね。

 

平成9年11月24日 10:56人吉着「きじ馬号」からヘッドマークが外され、デザインされた児童に進呈さました。同時に車両に乗せてあった大きなきじ馬も贈られています。

贈呈されたヘッドマークときじ馬がデザインされた方のご自宅の玄関に飾られていました。

 

これがヘッドマークです。つばきときじ馬デザイン 人吉らしさが出ていていいヘッドマークですよね

 

そして同年11月28日がラストランとなり、きじ馬ラッピング列車は姿を消しました。。。。。。

わずか2年半の運用でした。

何かうまい運用でもっと長生きできたのではないかと、大変残念に思いますが、これが地方路線の現状でもあります。

 

その後この車両は塗装を通常の九州色(白地に青ライン)に戻され、鹿児島方面に転籍したそうです。

 

ちなみにきじ馬号のNゲージはデカールが発売されているみたいなので、キハ58をお持ちの方で興味ある方は変えてみてはいかがでしょうか。

 

それではまた

 

 

人吉鉄映会です。

 

今回の懐かしシリーズはこれを懐かしといっていいのか、平成時代の写真です。しかし、すでに無くなってしまった車両なので「懐かし」ということでお送りします。

 

紹介する車両はくま川鉄道(旧国鉄 湯前線 平成元年4月26日に第3セクターとして設立)で運行していたKT-100形とKT-200形です。この車両は開業時から導入された車両でKT-100形は4台(KT-101~104)、KT-200形は3台(KT201~203)運行していました。

 

まずはお姿から

 

先頭はKT-104 人吉温泉駅

 

KT-202 東免田 H11 9月 19日

 

え?KT-100形と200形の違いが分からない?

それはそうでしょう。 基本外見は同じで、違いは内装だけです。

 

KT-100内装 車両導入時 平成元年

 

KT-100形は通常仕様の座席です。トイレはついていません。

 

KT-200内装 導入時撮影 平成元年

 

ロングシートです。トイレ付

これらの2タイプの車両をうまく使いこなして運用されていました。

 

この車両はくま川鉄道営業当初の1989年からKUMA-1・KUMA-2に改造されたKT-103・KT-203を除き、2014年に運用を終了しました。現在くま川鉄道はKT-500形の田園シンフォニーという、水戸岡デザインの車両になっています。

 

ではKT-100・200の雄姿を

くま川鉄道開通後に開業したおかどめ幸福駅にて 平成18年 9月

 

人吉温泉駅にて  平成4年

 

人吉・球磨の冬の風物詩「朝霧」の中を走る  平成8年11月

 

雪の中を走る 平成11年2月

 

先頭は旧国鉄譲渡キハ31-20のKT-31形

黒の車両はKT-103・203改造のKUMA1、KUMA2

 

つい最近のような感じでしたが、すでに過去になっちゃっていたんですね。

 

人吉・球磨の大事な足、くま川鉄道、経営も厳しいかとは思いますが、頑張って運行し続けてね。

 

次回もお楽しみに

 

 

 

 人吉鉄映会です。

 

先週まではSL人吉三昧をお送りしましたが、本日は再び懐かしシリーズで「肥薩線大畑駅のスイッチバック」の風景をお送りします。

 

肥薩線は熊本県八代駅から球磨川沿いを通って人吉駅を経由、九州山脈を通過し鹿児島県隼人駅までの124kmの路線です。

そのうち、八代駅から人吉までの球磨川沿線を通称「川線」と呼び(SL人吉も八代駅以南はこの路線を運行)、対して人吉駅から吉松駅までの九州山脈を越える路線を通称「山線」と呼んでいます。

 

この「山線」は矢岳駅の最高標高536.9m(人吉駅との標高差約430m)を越える山岳路線で、それゆえにそのための工夫、「スイッチバック」・「ループ線」などの一般路線では見られない風景があり、古くから多くの鉄道マニアに親しまれています。

矢岳駅の標高を記した柱。劣化して字が読めなくなって来てます。 2019 11月撮影

 

 

さて、今回はそのうち大畑駅にあるスイッチバックの風景です。

熊本県球磨地域振興局発行のパンフレットより

 

人吉駅から下り方向(吉松方向)に進む列車は、まず大畑駅を目指します。一旦大畑駅に停車したあと、バックで転向線に入り、また方向を変え矢岳駅を目指してループ線へと進んでいきます(ループの風景はまた改めて)

ここでの風景はいさぶろう・しんぺい号やななつ星が通行している綺麗な写真が多くのメディアなどに掲載されているのでご覧になった方も多いでしょう。大畑駅近くの「賽神様の岩」と言われる鉄板中の鉄板の撮影ポイントから撮影されています。ここは私有地ですが、撮影のために開放されています。撮影者の方はマナーを守って、所有者の方や管理されている方にも敬意を払って撮影しましょう。

 

当方は懐かし写真で。スイッチバック風景 えびの1号と同2号

写真右側が大畑駅方向。写真上部にカーブしているのが矢岳を目指すループ線方向

 

そもそもこのスイッチバックが出来たのは、この場所に大畑駅を作らなければならなかったという、肥薩線(造成時は鹿児島線)を通した時の事情があります。ここに来られた方はわかると思いますが、この駅周辺には人家がなく、生活での人の乗り降りはほとんどありません。現在大畑駅に到着する列車は「いさぶろう・しんぺい号」が主で正に観光客のかたばかりです。駅の近くに大畑梅園があるため2月はそれを目的のお客さんもいます。囲炉裏キュイジーヌLOOPも有名ですね。降りる理由はそれぐらいです。

従ってこの駅が作られた目的の一つは人の乗り降りための駅でなく、蒸気機関車のための給水駅という位置付けで開設されました。

現在の給水塔跡。凝灰岩製の石台だけ残る。奥はレストランLOOP

S40 4月当時の大畑駅。ディーゼルカーの後ろに給水塔が見られるが、石台の上に現在は失われた鉄製水筒が見られる。

 

開業当時この路線を走っていた列車はアメリカ製の3100型という蒸気機関車で、大正時代になって国産の4110型の蒸気機関車が運行していました。山越え、下りのために大量の石炭・水を使用したのですが両車両ともタンク式の蒸気機関車のため、どうしてもこの位置に補給箇所を設定しなければならなかった事情がありました。そこで山登りの途中の給水のための平坦地という位置づけで大畑駅がこの位置にあります。ここからまた下りは山登りですがこの位置からループを目指すためには一旦バックして、改めて方向を変える必要があるので、スイッチバックが出来ました

人吉から大畑を目指す列車は写真左から手前に進行する。ここに62Kのキロポストがある。写真右は転向線。奥まで行ってまた方向転換してループを目指す。見つらいが、転向線の右端に1/2の乙号票があり、甲号票との直線距離では30mほどだが、路線距離では0.5Km進むことになる。

 

この給水塔は矢岳方向から流れてきた山水を鹿児島産の海岸砂でろ過して綺麗にして使用されていたそうです。大畑駅のもうひとつの歴史遺産、ホームにある蓮華水盤の水もここから採られていました。ただし、4110型からテンダー型のD51に変わると給水の必要はなくなったため、そのタイミングで使用されなくなったそうです。

 

結果的にタンク式の運行のためだけに作られたような駅になったため、山登りも何のそのの馬力がある急行ディーゼルカー(例えば昔は82系おおよど号等)も客の乗り降りがなくても、スイッチバック路線のため必ず停車しなければならない運命となりました。ただ単線の肥薩線ではこの駅は上り下りの入れ替え駅としての必要性は残していました。

 

現在では走行本数も少なくなって入れ替え自体もなくなってしまいましたが、観光遺産としての価値が残されました。大畑駅に着いて運転手さんがブレーキハンドルを持ったまま運転台を変える、そして転向線へ。その後また運転台を変えループに入っていく。ディーゼルカーならではの風景です。蒸気機関車、ディーゼル機関車時代は正にバック運転でした。

スイッチバックを過ぎ、一路矢岳を目指す車内から。奥が大畑駅

 

今回はスイッチバックの説明が長くなってしまったので懐かし写真は3枚で

 

転向線からループを目指すD51 545 手前の転向線とループに行く線路には高低差がある。(S44 9月

 

大畑駅に進むDD51と矢岳から山を下って転向線へ向かうDD51のすれ違い(S52 7月)

 

 

 

えびの1号と2号 (H6 10月)

今では上り・下りの列車が揃う姿も見られなくなりました。いい時代でしたね。

それでは次回もお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

新型コロナウイルスはとどまる気配がなく、次から次にイベントが延期・中止になり日本国内が沈み切っている状況の中、2020年のSL人吉は無事、本日3月14日始動し始めました。

 

9:45に熊本駅出発。試運転は問題なかったとはいえ、本番の営業運転初日でちゃんと走るかドキドキ!

出発してしばらく行った富合(熊本市南区)で待機

すると・・・・かぐわしき匂い(笑)+天高く上がる煙+フォーーーという心地よい汽笛   これは!

来た来た来た来た!!よし、よし まずは無難なスタート!

黒煙を上げSL人吉姿を現す。(熊本市南区 富合駅手前。高架は九州新幹線)

 

同 富合駅手前

お、初日でも補機なしでOKみたいです。

さぁ、人吉への旅路、いってらっしゃい!すぐに自分も安全運転で追っかけます

 

 

人吉駅にて

人吉駅に到着すると、すでにホームに。そして車両は車庫へ移動

 

 

給水中

 

ここからお馴染みの転車台移動ですが、今回車庫を出てからなかなか転車台に向かわないのでざわざわ ざわざわざわざわ

観光案内人  「おいおい!もう故障してんじゃないか?」

人吉駅長    「いえいえ、確認中です」

私         「それにしても来ないなぁ~」(風が強く、マジ寒かった)

 

バックで転車台に移動

 

転車台。いつも1回多く回っております(笑)。

 

転車終了後DC220がやってきて2ショット

 

客車との連結を見届けたあと、肥薩線川線を走る雄姿が見たいので、そのまま熊本方面に安全運転で移動

鎌瀬駅通過後球磨川沿いを走るSL人吉

 

いい風景だ!(実は手前に山桜が咲いている絶好の撮影ポイントがあけるけど、そこも満員でした(;^_^A)

その後とりあえずSLをもう1か所撮れないかな、と思い安全運転で後追いしたところ(基本追いつけはしないと分かってますけど)、球磨川第一橋梁手前でSL人吉と再遭遇。沿道には撮影者が・・・そりゃそうだね。ここも第二橋梁と並び絶好のポイントですからね。

仕方なくそのまま運転してるとそこから旧荒瀬ダム付近までなんとSL人吉と並走!!!!(荒瀬ダム付近から肥薩線はショートカットするから、そこから先はどうしても追いつけない)

 

ということで、基本土日祝の11月23日までSL人吉は運行します(今のところ)。

今日も9割ほどの乗車率だったそうです。お出迎えはコロナの影響で派手ではなかったですが、お客様には好評だったようです。

 

今週はSL人吉を中心に発信してきましたが、今後もSL人吉には触れつつ、また色々な情報を上げて行きますね。

いや~ やっぱ SLはいいですわ、かっこいい!!

 

 

人吉鉄映会です。

 

新型コロナウィルスの影響が深刻になっている中、SLやまぐちの運休のニュースも入ってきて鉄道ファンや旅行好きの方には辛い状況になってきましたね。

 

そんな中、ずっとお知らせしているSL人吉の2020運行は今のところ予定通りのようで、本日3月11日も昨日に続いて試運転がありました。

球磨川沿いを走行

 

今日は快晴だったので青空をバックに

 

3月14日、何事もなく運転再開されるのと、早いコロナの収束を願うばかりです。

 

それでは、また

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

前回で報告しましたように、本日3月10日からSL人吉の試運転が始まりました。

 

 

 

補機のDE10を引き連れての試運転です。

 

ちなみに坂本駅では熊本方向へ進むマヤ34との2ショット

 

3月14日からが正式運行ですが、今年は新型コロナウイルスの影響で人吉観光協会での人吉駅でのオープニングセレモニーは中止だそうです。残念ですが仕方ありませんね。ただ、鉄道観光案内人の方の「おもてなし」はしっかりあります。案内人も増員して皆さん張り切っていらっしゃったので、皆さん楽しみに来られてください。

 

それでは、また・・・・

 

 

 

 

人吉鉄映会です。

 

今回はSL人吉 2020年の再開を記念して、58654号静態保存からの復活の瞬間、ということで「SLあそBOY」としてカムバックするための肥薩線での試運転の様子をお届けします。

 

まずは現役時代の58654号を

S48/11/4 湯前線 川村-東人吉間

 

S48/11/23 湯前線 川村-東人吉間

 

引いているのは客車ではなく貨車ですね。現役最後は湯前線(現くま川鉄道)で頑張ってました。当然ながら、デフも煙突もSL人吉である現在とは違いますね。一生懸命働いた58654号もこの1年半後の1975年(S50年)3月31日に引退しました

そして幸いなことに解体されずに、そのまま矢岳駅のSL展示館で肥薩線ラストランを飾ったD51 170と共に静態保存で余生を過ごしていました。

 

ところがそんな隠居生活を送っていた「彼」にJR九州の1987年(S62年)、九州鉄道100年記念イベントの一環として再び走り出すことになりました。紆余曲折があって同12月に小倉工場で「大手術」を受けたあと、翌1988年(S63年)7月に再び命の火を灯すことになりました。

 

・・・・・・そして、試運転のために人吉機関区へ里帰り    おかえり!! むしゃんようなったね。(格好よくなったね、の熊本弁)

 

 

7月26日に初の試運転。で、その翌日の写真

肥薩線 小川橋梁(那良口-渡)

 

単機での運転ですね。状況分かってない沿線の方がいたら、たいそうたいそう驚いたことでしょうね。まさかまたSLが走るなんて・・・

 

そして7月28日から客車を引いてのテストになります。

 

 

S63年8月3日 人吉-西人吉間  客車はオハ25です。

ただオハ25以外の客車や保線の入替車も間に入って、色々試していたようですね。

 

 

そして最後は終の棲家となる予定だった矢岳駅へのお披露目運行のための試運転。肥薩線山線へ

S63/8/8/15 大畑にて

D51でもふうふう言って上った矢岳峠、8620型の「彼」にはかなりのきつい旅路だったでしょうね。

 

こうして58654は見事走行テストに合格し、8月20日からあそBOYとして第2の人生を送ることとなりました。

 

しかしその後の58654も常に元気で走り回ったわけではありません。大正11年生まれのおじいちゃんも老体ムチ打って満身創痍で我々鉄道ファンを楽しまさせてくれています。

 

あと2年で100才を迎える58654に今年も会えるなんて嬉しい限りです。 では、また