朝日に照らされ、美しくそびえ立つ大阪城の廊下にしたたる血が表すものは、先の戦いで受けた魔孤の傷跡の深さを物語っていた。千姫のいる天守へとふらつきながらも足を進める。


「まこっ・・・。その傷は・・・・。」


「ひ・・・・・姫・・・私では・・力が至らなかった模様・・・丸爺も討たれました・・・・。」


 魔狐の凄惨な姿を見て千姫は涙する。他の仲間は後ろに控え、二人のやり取りを静かに見つめた。


「姫・・・もうじき私めの命はつきまする・・・・。」


「いやじゃっ・・・まこ・・・・もっと・・・かるわざをみせてたも・・・・。」


 魔狐は跪きながら、ゆっくりと顔を上げる。その顔は満面の笑顔、全く怪我を感じさせないものであった。


「姫・・・『笑顔』・・・です・・・・姫の・・・・『笑顔』を・・・・そうすれば・・・・。」


 その言葉の続きは、永遠に彼の口から語られなかった。千姫は声を上げて泣き始め、白鷺はとっさに前に出て彼女をひしと抱きしめた。


「して・・・・丸爺と魔狐の死を無駄には出来ん・・・・。奴を限界まで疲弊させる必要がある・・・さすれば・・・奇襲が効果覿面だろう・・・・。顔が割れていない、乃亜か私がかかるべきだな。」


 抜け人七忍の内、軍師である獄がぶつぶつと呟きながら策を練り上げる。それは至ってシンプルなもので、奇襲をかけた後に大阪城へ誘い込み、連戦にて少しずつ敵を疲弊させてから討つと言うものだ。


「私がいくわ・・・・。顔もわれてないし・・・。」


「白鷺・・!しかし・・・うぬは姫の傍に居るべきじゃないのか?」


 泣き疲れて寝入った千姫をそっと寝かせ、白鷺はすくっと立ち上がる。その立ち姿から感じ取れる美しさは艶やかな普段のそれとは違い、気高く凛としたものであった。


「そうね・・・。姫様を抱きしめるのは私の役目・・・・だから・・・私はここに戻ってくれる気がするの・・・。『めんどくさい』って普段のように済ます訳にはいかないの・・・・。今の私には・・・・・・。」


「うぬがそういうのであれば・・・・。もしうぬが死した時は・・・・私が悪者となろう・・・。」


 ありがと、と短く呟いて白鷺は大阪城を離れていった。




「雨か・・・・宿に帰らねばな・・・。全く・・・・瑪瑙の奴、土産の量が多すぎる・・・・。俺は仕事で此処に来ているということをわかってないのか?」


 任務にて大阪へ発つと聞いて瑪瑙は夫である風雅に色々と買い物を頼んでいた。女房にだけは頭の上がらない風雅は重い身体を引きずりながら土産を調達する。


「もし・・・・そこの侍様・・・・。」


 傘をさして歩いていた風雅を色っぽい声が引き止めた。雨宿りをした遊女が顔を赤らめて彼の瞳を覗き込む。


「お侍様・・・一晩、如何でござんすか?今宵雨の下、帰る家も無くてね・・・。」


「悪いが・・・・妻子持ちだ・・・貴様のような女に構っている暇は無い・・・。」


 遊女はしゅんとして黙り込む。それに堪り兼ねた風雅は自分の傘に遊女を誘う。


「宿を・・・・貸すだけだ・・・。風邪でもひかれると後味が悪い・・・・。」


 苦虫を噛み潰すようにしぶしぶ遊女を自分の宿へと連れて行くことを決心した。かつての風雅であればこのような事は決してなかったであろう。しかしながら、『彼』とすごしたことによる変化が此処にも現れていた。


「樹、貴様のせいだぞ・・・。それで・・・女、うぬの名前は?」


「お沙良ともうします・・・。」


 遊女はえくぼを浮かべてにっこりと微笑む。この時に、沙良、いや、白鷺が放った笑みの意味を風雅は知る由も無かった。

「ずいぶんな挨拶だな・・・・。貴様らが真田殿を手引きしたのだな?」


 佳乃の放った苦無を指で挟んで余裕の表情で下を見つめる。三人の忍の動きを牽制しつつ、腰にささった刀を抜き放つ。


「覚えているか!?私は、お前の殺した由利 鎌之介の妹だ!」


 そういって再度苦無を投げる佳乃に向かって風雅は刀を振り下ろす。その一刀を割って入った丸爺の腕に巻かれていた紙の包帯が受け止める。一瞬動きが止まった風雅の耳に、謎の音が響いたかと思うと、彼は平衡感覚を失ってその場に片膝を付く。


「白鷺、佳乃、うぬらは城に戻って報告せよ・・・。」


 丸爺はそういうと解かれた両手の包帯を操って風雅を狙う。風雅は平衡感覚を失いながらも後ろに大きく跳び、その攻撃を避ける。しかし、間髪置かずに魔狐の口から豪炎が放たれる。風雅は自分の体に風をまとってそれを防ぐが、さすがに全ては防ぎきれず後方の茂みに逃れる。


「逃げても無駄じゃよ・・・・。」


 そういって丸爺が刃となった包帯を茂みに向かって放った瞬間、茂みから風の刃である『かまいたち』が放たれる。かまいたちが直撃した丸爺は体より血を吹き、その場に倒れこむ。


「・・・・丸爺・・・!」


 魔狐が短く叫ぶと狐の仮面を外して炎を放つ。茂みを丸々炎が包み、そこから出てきた風雅に対して再び炎を放つ。風雅はふらふらとしながらも攻撃を紙一重で避け、かまいたちを放つ。魔狐もそれを軽々と避けて巨大な一撃を放つために大きく息を吸い込む。


「・・・・させるか!」


 風雅はそういって魔孤に向かって体を進めようとするものの、何者かによって阻まれた。彼の両手両足には凄まじい強度の包帯により後方から雁字搦めにされていた。


「丸爺・・・・。」


 魔孤の左目から涙が流れ落ちる。そして彼の口から超巨大な炎の玉が放たれた。すると風雅は低く腰を落とし、静かに深く息を吐く。


「風双・・・裂掌っ!!」


 風雅の両手の周りに巨大な楯状の風が吹き渡る。体を縛っている包帯をちぎり、炎を受け止めかき消していく。攻撃を終えた魔狐の肩口に、刃物で切ったような傷が出現し、そこから血が噴き出す。その瞬間に魔狐が見せた一瞬の隙を風雅は見逃さなかった。数秒後、魔孤の腹には先程佳乃が投げた苦無が深々と突き刺さっていた。


「くそっ・・・!」


 魔狐は傷口を塞ぎながらその場を去る。風雅は深追いすることなく引き返していった。彼が前もってとっておいた宿への道で片膝を付いて吐血する。


「くっ・・・甲賀七忍・・・・。あの傷では奴もじき死ぬか・・・。後五人・・・・一人一人があの実力・・・・俺一人で倒せるであろうか・・・?なぁ・・・樹・・・・お前ならこんな時はどうするんだ・・・?」

「まことにまこのかるわざは・・・・・・あっぱれじゃ!」


「・・・・・恐悦至極にて・・・。」


 摩狐の軽業を見て千姫は手を叩いて喜んだ。


「して・・・・なにゆえ『めん』をつけておるのじゃ・・・?そちのかおをみたい・・・!」


「戦の世に生まれましかば・・・私の顔には大きな傷があり・・・・其れ故の醜面・・・・。」


 千姫は魔弧に近づき面に手をかける。それを外すと端正な顔が現れる。彼の顔の右半分には大きな裂傷があり、先述した端正な顔が台無しになっている。その傷跡に沿うように千姫は魔弧の顔に触れる。


「たしかに・・・・しこづらじゃ・・・・。でも・・・・それ・・・!」


 千姫は声を上げるとともに両手で魔弧の唇の端を引っ張り上げる。


「ほれっ、これでえがおじゃ・・・!わらっておればよいぞ・・・。」


「きょっ・・・・恐悦至極・・・・。」


 真っ赤になった魔狐は後ろに下がり、それから丸爺が千姫にせがまれ何時間も御伽話を続けた。そして彼女が寝付いた後に、権太、乃亜、獄を城に残して他の四人は城下へ偵察へ向かう。幸村の命により敵を迎撃できる体勢にしておけとの事である。


 夜が明ける頃、城下の町を偵察の終わった四人は、空き地のような場所に落ち合ってしみじみと会話をしていた。


「私達も変わっちゃったねぇ・・・。姫様への気持ち・・・・皆一緒でしょ?」


「・・・姫君・・・・。」


 四人は千姫について言葉を交わした。それが油断となって一人の男の接近を許してしまった。白髪で羽織を着た男を目にした瞬間、佳乃が静かに怒りを露わにした。


「御手洗・・・・風雅・・・・。許さない!」


 伊賀忍軍頭領の風雅と、甲賀抜け忍七人の戦いの火蓋が、今切って落とされた。