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私たちが旅行をしている間に、前のお宅のお兄ちゃんが亡くなった。
突然死だったそうだ。
で、それまでは、お兄ちゃんは、家に篭りっきりで、独身で、夕方になると、たまにフラッとパチンコに行くと言っていた。
お兄ちゃんと言っても、若い頃からそう呼んでいるだけで、もう50に手が届くくらいの年齢だったと思う。
お兄ちゃんの生きている頃は、前のお宅のおばちゃんは、フラフラで、歩く事もままならなかった。
朝のゴミ出し、お買い物、郵便物の受け取りなど、全部お兄ちゃんがしていたようだった。とてもきれいな方だったが、かなり体重も増えて見えた。髪もいつもパーマをきれいにかけて手入れをされていたが、最近はそうではなかったようだ。
ここ数年、お兄ちゃんは日に日に老いていくように見えた。
アレルギーを患っているのか、顔も湿疹だらけで、髪も抜けてしまった。それでも、自転車をこいで、たまにお買い物に出かける。
帰りには、小さなバッグに少しのお惣菜が入っていた。
二人とも、淀んだ海で、泥の舟に乗っているかの様な顔でいつも誰とも会いたくなさそうに下を向いて歩いていた。
お兄ちゃんが亡くなった、と、おばちゃんがご挨拶に来てくださった時、私は、その場にへたり込んでしまった。
これからおばちゃん一人でどうされるんだろう…。
「何か困ったことがあったらいつでも言いに来てください。」
何度も何度もそう言った。
おばちゃん、一人になってしまった。
心配だったが、やたらと声をかけるのも憚られる様な気持ちだった。
ところが、お盆の前に、片付けをすると言って、リフォームの職人が入り、家の周りや、たくさんの不要なもの、そして庭まできれいになって、そうしてお兄ちゃんの自転車も、いつの間にか無くなっていた。
『きれいになりましたね。』
『なんだか、ケジメを付けたくて…。』
そう言ったおばちゃんは、少し痩せていたが、足取りもしっかりとして、元気そうに見えた。
そして、
ある時、ダダがこんなことを言った。
『前のお宅のおばちゃん、この前一人でゴミ出しに行っていたよ。足も調子が良いみたいで、しっかり歩いてたよ。』
『良かったね、一人の生活に慣れて来たのかな?』
『いや、なんだか、前よりも元気になったみたいだよ。』
ああ、ダダもそう思っていたのか…。
私も、昔の様にきれいにセットされた髪に、杖なしで歩くおばちゃんを見た時に、そう思ったのだ。

そうか…、多分、お兄ちゃんが心配で、心配で、生きている気力も奪われるほど苦しかったんだ…。
若い頃は、素敵なお兄ちゃんだった。彼女もいたそうだが、別れてしまってその時に会社もやめてしまった。それきり、職にはついていないという。
どんなことがあったのかは、私などには分からない。でも、そこからお兄ちゃんの人生が止まってしまったように私たちも感じていた。
お兄ちゃんの苦しみは、おばちゃんの苦しみだったのだ。いや、お兄ちゃんよりも母親であるおばちゃんは、どうすることもできずに、毎日お兄ちゃんを見ていて苦しかったのだろう。

庭には、おじさんの昔植えた芙蓉と、小菊だけが残されていた。
最近は朝におばちゃんが庭に出て、手入れをしている。
その手には杖はもうない。
新聞を片手に、菊の蕾を穏やかな目で慈しんでいる姿を見て、何十年も大きな苦しみに押しつぶされていた様なおばちゃんのことを想った。
<br>
お兄ちゃんは、すごく繊細だったものね…。
分かります。
誰も悪くないし、しっかりとした家族だったように思っています。
「菊…、もうすぐ、咲きますね。」
心の中で、そう言ってみた。
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