ちょいよしNO.3007
人数が足りない、足りないって言うけど、足りないのは頭数じゃない。一人ひとりの能力だ
今日の〝ちょっといい〟本
目次
プロローグ
第1章 躍進する若者たち
第2章 「強小カンパニー」への道程
第3章 ドリームファクトリーの建設
第4章 「ガリガリ君」大ブレーク!
第5章 「言える化」こそ競争力
第6章 自分のために働け
第7章 躍動する若者たち、再び
エピローグ
ガリガリ君、安いし美味しいよね~
かき氷風なのがとてもいい。
ガリガリ君を作っているのは赤城乳業という会社。
「乳業」とはつくけど、アイスクリーム以外の乳製品の製造はしていない。
アイスクリーム大手の「〇〇乳業」というライバル企業に早く近づきたい、追いつきたいという願いから名づけたのだそう。
本書はこの会社のことを「ワンダーランド(不思議の国)」だと表現する。
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▷日本企業はいつしか同質化し、個性を失ってしまった。情報化社会の罠にはまり、他社の真似事ばかりを繰り返し、いつの間にかアイデンティティを喪失してしまう。しかし、赤城乳業という会社は違った(P.21)
日本企業が個性を失う中にあって、赤城乳業のスローガンは「あそびましょ。」。
何より仕事には「あそび心」が必要だという。
「あそび心」があると
▷一見マイナスに思えることでもプラスに変えることができる。何気ない小さなことでも豊かさや楽しさにすることができる(P.25)
この精神がワクワク感につながり、社員を元気にし、良い商品を生み出し、顧客を喜ばせ、業績につながっていく。
ホームページの会社案内も面白い。
▷「ひとりひとりが〝あそび心〟いっぱいの人生を送りましょ。(そんな人たちが集まれば、小さくても強い会社にきっとなれるはずだから」(P.27)
アイスを製造している企業の中にあっては決して大きな会社ではない。
小さいけど強い「強小カンパニー」だそう。
「強小カンパニー」を実現するキーワードが「言える化」。
社員が自由闊達に何でも言える会社ということ。
▷何でも自由に言えるというのは、一見当たり前のことのように思えるが、実はそれが難しい。何か言いたいことがあっても、言える場がない。言えるような雰囲気ではないという状況に陥っている会社は多い(P.29)
これはとてもよく理解できる。
トップが「何でも言える会社にしよう」と発信しても、すぐにはそうはならない。
今までの雰囲気(風土)があるのだから。
・理不尽な処分を受けた社員
・不可解な処遇にいる社員
・根も葉もないうわさで貶められた社員
・妬み嫉みを受けた社員
・えこひいきされる社員
などなど
このような社員同士の関係があり、それを日常茶飯事に目の当たりにし、そのイメージ(記憶)が社員の頭(意識)にこびり付いている。
「下手なことを言うと一発アウトだ」と、何も言わないほうが賢いとなる。
アイデアを出しても馬鹿にされるのがオチだとも思う。
この状況を変えるには、頭の中のイメージ(記憶)を〝上書き〟しなければならない。
それには多くの時間がかかる。
▷赤城乳業では(中略)、こうした仕事の進め方が当たり前になっている。若いうちから、大きな責任を与え、思い切り任せる。社内では「放置プレイ」と呼ばれるほど、任せたら余計な口出しはしない(P.55)
こんなことを中間管理職が自身の部下に行ったらおそらくアウトだ。
赤城乳業では、このことに理解あるエライさんがいるから成り立っている。
中間管理職がひとり奮闘してこれを始めると、まわりには文字通りの「放置」と見えるから、「あいつはマネジメント(管理)ができない」とレッテルを貼られ、出世ができなくなる。
出世したいならやらない方がいい。
本書はつぎのようにも言う。
▷無論、これは無責任に「放置」しているわけではない。ギリギリまで泳がせてみる。本人がアップアップするまで、追い込んでみる。これが赤城乳業の人づくりの極意なのだ(P.55)
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この「ギリギリまで泳がせてみる」が、理解のない人には「放置」に見える。
そして、マネジメント能力がないというレッテルをバンバン貼って、吹聴しまくる。
でも、本書の言いたいことはとてもよく理解できる。
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▷〝責任〟で人の成長は加速する。責任を持たせるには、自分の仕事を持たせることが必要だ。責任を持たせて教育をしていくことは、厳しいが人間に磨きがかかる(P.59)
▷しかし、「ゆるさ」はけっして「甘さ」ではない。挑戦や失敗には寛容だが、手抜きや物真似はゆるさない。ゆるいけれど、ぬるくないのが赤城流である(P.192)
赤城乳業では、1987年に社長に就任した井上秀樹氏が「どんどん失敗しろ。失敗を恐れるな!」と言い続けた。
このことが、常に新しことに挑戦する雰囲気(風土)を赤城乳業にもたらした。
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▷社員たちが立場や役割を越えて、自由に何でも「言える」ことが組織の活性化につながり、一人ひとりの持っている能力を最大限に引き出す道である(P.143)
▷役職が上の人でも普通に話せる。若手社員が役員に平気でダメ出しをしている。社長でも意見が違えば反論する。とにかく言いたいことは言うのはうちの社風(P.143)
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▷「言える化」の実現は容易いことではない。何もしなけば「言えない化」に陥るのが普通である(P.145)
▷経験や知識に富む人は、とかく若い人たちの意見を排除し、耳を傾けるという努力を怠りがちである(P.145)
▷相手の意見に耳を傾ける「聞ける化」があってこそ、「言える化」は成立する。「言える化」と「聞ける化」は表裏一体のものである(P.145)
▷「放置プレイ」も、上の人間の寛容さ、器の大きさがなければできることではない。干渉は容易いが、放置には忍耐が必要だ(P.146)
▷「言える化」の実現のためには、中堅や若手社員の「発信する意欲」に対して、
役員や管理職層の「受け止める度量」が不可欠である(P.147)
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▷ある社員の失敗を評価していたら、結果は失敗だったが、他の面での貢献につながっているということがわかった。〝ペナルティ〟どころか、加点評価になった(P.162)
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▷フラットな組織というのは〝組織図〟の話ではない。お互いの気持ちがフラットな状態となり、自由に何でも言い合えるという心のありようのことだ(P.159)
▷心に「壁」があるのに「何でも言え」といっても本音で話すはずもない(P.177)
ジョブローテーション
ジョブローテーションについて面白いエピソードが紹介されている。
ある時、若手にもっと色々な経験を積ませたほうがいいのではと、ジョブローテーションを積極的に行おうという話になった。
それに対して当時の専務が「お前たち、大企業病か?」と反論した。
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▷色々な経験を積ませることによって、確かにバランスの取れた〝平均点人間〟は育つかもしれない。(中略)赤城ならではの〝尖った人間〟を育てようと思ったら、普通のジョブローテーションの仕組みをそのまま導入したのでは、かえって競争力を弱めることになりかねない、(中略)組織は硬直的になりがちで、常識に縛られ、その常識を超えることができない。官僚的な風土が蔓延し、管理一辺倒になりがちだ(P.185)
なんだか見慣れた光景かも…(笑)
今日のちょいよし
人数が足りない、足りないって言うけど、足りないのは頭数じゃない。一人ひとりの能力だ(P.59)
「人が足りない」と人を増やすと、足りなかった分を補ってくれて余裕が生まれると思うけどそうはならない。
人を増やした分だけまた仕事が増えて、再び「人が足りない」と口にする羽目になる。
「人が足りない、時間が足りない」という人の仕事ぶりを見ると、無駄なことをいっぱいしている。
能力を上げると仕事量を増やすことができる、と多くの人は考える。
多くのタスクをこなせるスキルは確かに必要だが、要はそこではない。
重要なのは「削減できる能力」
削減できる能力とは「重要なもの、優先的なもの」を見分け、そうでないものを捨てたり、後送りできる能力だ。
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篤さん、勝手にリンク貼っちゃいました~
拙著もよろしくです