コラム:枠にとらわれずに
「ひと」素敵な方との出会い
ある研究会で、児童養護施設で生活している子どもたちが、通っている学校の先生と出会う機会がありました。子どもにとって大きな存在である職業の児童養護施設の職員と学校の教員ではありますが、私は、あまり、職員と先生との関係性について考えたことがありませんでした。
研究会で、その二人の方の実践を聴き、二人の方が真剣に子どもたちと関わっている様子が伝わってきました。多くの支援者が子どもたちにその都度関わってくれることの大切さ、また、「つながってくれる」おとながいることの重要性を感じました。
若年者就労支援問題との出会い
「ビッグイシュー 」というホームレスの方を支援することを目的に発行されている雑誌がありますが、みなさんはご存知でしょうか? 私は、創刊号から読んでいますが、なんと、この雑誌の第85号(2007.12.15 )に児童養護施設での生活を経験し、その後就職をしたが、現在ホームレスになっているという若者のインタビューが載っていました。
これまでに聞いた施設の先輩や後輩が社会に出た後のことを思い出し、「若者がホームレスになる」ということをすごく身近なことであると感じました。と同時に、現在社会問題と言われている「ニート」「フリーター」といった若年者就労支援問題と児童養護施設におけるアフターケアの問題は似ているなと感じました。
特に、この一年仕事の関係上、JOBカフェや若者自立塾といった支援機関や社会的排除についてのお話を聴いたり、様々な角度から話を聴き、学ぶことが多くありました。その中で、「ニート」「フリーター」の現状が低所得層や中卒、高校中退など、教育の網からこぼれていってしまった若者が多いという現実を知ることができ、一層、施設で生活をしている子どもや若者が抱えている「しんどさ」とつながっているように感じました。
大阪には多くの支援機関があります。施設卒園者の支援を考えるとき、ソーシャルスキルに必要なのは、もちろん、料理や健康について、知ることも必要ですが、「こんなところにあるねんで」と支援機関の情報を伝えることも必要ではないかと思いました。(一緒について行けたりしたらもっといいのですが・・・。)
児童養護施設で生活している子どもたちのことを考えると、児童福祉の枠組みにとらわれるのではなく、様々な「社会問題」に目を向けていくことが必要なのだと、自分自身発見しました。多くの社会問題とそれに関係する支援の枠組みを知ることで、多様な「居場所」のあり方を模索することができるのでは、と思い、「自分になにができるのだろう」と考えています。
(まどか、CVVニュースレター第6号 2008年2月より)
CVV的おすすめ本:上川あや『変えていく勇気』
mixiで友達がブックレビューに書いていた1冊。仕事柄児童福祉関係の本を読むことが多いが、最近の私は、分野以外の本からも多くを学んでいる。そのうちの一冊が、上川あや
さんの本である。性同一性障害の当事者である上川さんが、自分が政治家になるまでの過程、幼い頃の自分をふりかえって、そして、社会に対するしなやかなメッセージがぎっしりと入った本だ。
彼女が、自らの存在を発信する上でまず必要になることとして、自己肯定感をもつことをあげている。(第6章沈黙から発言へ)そして、自分を認める上でのファースト・ステップとして、当事者同士の出会いをあげている。上川さん自身、自分以外の当事者と出会うことで、価値観のとらえ方の多様性、対処方法がさまざまにあることを知り、自分を「発見」した。そして、セカンド・ステップとして社会の中で自分たちはどういった位置に置かれているのかということをいろんな観点から確かめること、とある。自分たちだけでは解決できない問題、つまり社会の側が変わらないといけない問題に働きかけるために、自分たちを客観的にとらえ、見つめなおす作業が欠かせないと語る。
この箇所を読みながら、自分自身に重なるなぁと思った。“自分が自分のままではいけない”というメッセージを受けて(私にとってそれは学校という場所だったが)、自己肯定感なんてものは、木っ端微塵になって10年間。自分にとって当事者であった「ひきこもり」の人たちやさまざまな市民活動で出逢った人たちの力を借りて、私は自分の生き難さがどこにあるのか学習した。学びながら、同じ生き難さをもつ同士、あるいは生き難さと折り合いながら発信しているおとなたちとの出逢いがあった。私は私なりに社会に発信していこうと思うようになり、その過程にCVVの仲間との出逢いがある。
CVVの活動にスタッフとして関わるなかで、当事者の発するメッセージが、誰よりも施設で生活している子どもに届くのだということを実感している。なかなか当事者の声が、届かないからこそ届けられたらと思っている。しかし、自らの存在を発信し続けることは、時に自己肯定感をすり減らすことにもなる。自分のことを語るのは、他者のことを語るよりも、ずっとエネルギーが要る。だからこそ、居場所が重要なのではないかと思う。休息し、回復する場所としての居場所。サポートし合う関係がある居場所。上川さんの本を読んで、社会のなかでの位置づけを自覚化する作業も大事なのだなぁと感じた。他の当事者運動から学ぶことも多い。
「ちいさな声、社会にとどけ!」
上川さんの語る「寛容な社会」。児童養護施設で生活している子どもや卒業した人たちにとってもまだまだこの社会は「寛容な社会」だとはとても思えないので、私たちのできることを少しずつ、と改めて思う。
(ぴぴこ、CVVニュースレター第5号 2007年10月発行より)
- 変えてゆく勇気―「性同一性障害」の私から (岩波新書 新赤版 1064)/上川 あや
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2008年11月のよりみち堂
11月17日(月)のよりみち堂はお客さん3名、eトコスタッフ2名、スタッフ&メンバー3名の8名でした。
メニューは、寒い日にピッタリのお鍋、きゅうりと白菜のキムチ、ご飯、蛸の刺身で、お座敷で丸い机をみんなで囲んで食べました。(写真参照)
お鍋の用意をeトコの大家さんとお客さんがしてくださっていました。大感謝です。ありがとうございますm(__)m
みんなで、いろいろな話で盛り上がりました。特に、社会的な話で盛り上がりました。笑いあり、賢い話ありの大人な時間になりました。デザートはみかん(大家さんのお友達から頂いた和歌山産)、団子、ミスタードーナツでした。
鍋は体も温め、場の雰囲気も和やかにしてくれました。初参加の方も、2名いらっしゃいましたがすぐに馴染んでいました。また、次回も色々な方が参加して頂けたらなと思いました。
この日の様子は、大家さんのブログ にも載っています。
次回は、12月末忘年会です。
CVV的おすすめ本:『反貧困 ―すべり台社会からの脱出』
舫<もやい>:NPO法人 自立生活サポートセンター という活動を知ったのは、昨年、日向ぼっこ に訪問した際に市川太郎さんがサロンにあるパンフレットをくださって「面白い活動をしているんだよ」と教えてくださったことが最初だ。その後、『ビッグイシュー 』やNHKの福祉ネットワークなどさまざまなメディアで詳しく<もやい>の活動を知ることになった。「舫(もやい)」という言葉のもともとの意味は、嵐が来た時に小さな漁船同士を結び合わせて転覆しないようつながりをもつことを指す。そんなふうに現代日本において支えあう仕組みをつくろうとしているのだ。
今回のおすすめ本である『反貧困』は、この<もやい>の代表である湯浅誠さんがすべり台のように一度失敗したらすべり落ちてしまう社会になりつつある日本社会の現状を、これまでの実践で出会った貧困状態にある人を紹介するなかで自己責任論に対して丁寧に応答し(第1部貧困問題の現場から)、貧困問題にチャレンジする<もやい>の実践および反貧困の社会をつくるために重要なこと(第2部「反貧困」の現場から)という構成でまとめたものだ。
第1部の貧困状態に陥ることは、「五重の排除」であるという整理が頭に残った(pp.59-62)。教育課程からの排除、企業福祉からの排除(雇用のネットからはじき出されること)、家族福祉からの排除(親や子どもに頼れないこと)、公的福祉からの排除、そして五番目が自分自身からの排除(上記の四つの排除により、自暴自棄になり自分を否定し、最終的には自殺にまで追い込んでしまう、自己責任の内面化)である。
<もやい>の活動は、住所不定状態にある人たちに対するアパート入居時の連帯保証人提供と生活困窮者に対する生活相談を二本柱としている。湯浅さんが伝えてくれる概念のなかで「溜め」というものがある。“溜め”とは溜池の「溜め」であり、「大きな溜池を持っている地域は、多少雨が少なくても慌てることない。その水は田畑を潤し作物を育てることができる。逆に溜池が小さければ、少々日照りが続くだけで田畑が干上がり深刻なダメージを受ける。このように“溜め”は外界からの衝撃を吸収してくれるクッションの役割を果たすとともに、そこからエネルギーを汲み出す能力の源泉となる」(p.79)湯浅さんは、この有形無形の“溜め”をつくることが貧困やホームレス状態にある人達にとって重要だと考えている。頼れる家族・友人・親族がいることは人間関係の“溜め”があること、また自分に自信があること、自分を大切にできることは精神的な“溜め”があることだという。
<もやい>の活動の二本柱のひとつ、生活相談で重要な意味をもっているのが、居場所作りであるという。そして、<もやい>では当事者間の相互交流や居場所作りに力を入れている(pp.136-141)。居場所そのものが、人間関係の“溜め”をつくる場でもあるからだ。自分自身の排除状態になっている人が、「たとえ生活保護を受けて最低限の生活基盤を確保したからといって、翌日から『二四時間戦えます』と変貌することはあり得ない。人間は機械ではない」のである。
本書のp.140にある図は、「反貧困」の活動を支える両輪の図である。図における当事者のエンパワーメントのなかに書かれている言葉を見て驚いた。「居場所」の確保、自信を持つ、受け入れられる場、技能を活用できる場、自分が尊重される、友人ができる、情報を増やす…。これらの言葉は、これまでCVVメンバー&スタッフが、みんなの会等のイベントを企画する際に、その目的や方法を話し合いながら決めていく過程で繰り返し出てきた言葉だったからだ。この図を見て、現代の日本において確かに必要な新しいチャレンジをされている湯浅さんから励ましをいただいた気持ちになった。貧困がなくなる社会に!と闘うときにも居場所は必要だという。「闘うためには、闘わなくていい場所が必要だ」という言葉は、もっともだと思う。
児童養護施設で生活する子どもたち、退所した若者たちは、“溜め”を持ちづらい状況で生きている。居場所というのは、“溜め”を回復する場所なのだと自分たちの活動をふりかえり、思いをはせる機会となった。
(ぴぴこ、CVVニュースレター第7号 2008年6月発行より)
反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書 新赤版 1124)/湯浅 誠
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CVVお泊まり会 1日目
1泊2日のCVVお泊まり会 第2回目です。
せっかく奈良までいくのだから、今年は、明日香村でサイクリングをみんなで楽しもう☆をテーマに(そんなテーマだったか!?)いざ出発![]()
天気は良好。すごく清々しい、まさにサイクリング日和でした。
飛鳥駅で下車、電車で1時間の旅。(電車に乗っている間もみんなで近況報告をしあったりとコレも大切な時間)1度明日香村に行ったことがあるというスタッフを頼りに、みんなで自転車を借りサイクリングへ。
先導は、久しぶりに休みをとって参加してくれた卒業生でした。
途中、小さな売店に立ち寄り、古代米おにぎりや草もち、みかんを食べ、橘寺でのんびり。鐘をたたいたり、鯉をみたり、特別展示をみたり、昼寝したりとゆっくりのんびり過ごしました。(道々で出会うみかんは無人販売だったのですが、私ははじめての体験でした。)
その後、石舞台で、写真撮影。「すごいなぁ。」「これがお墓やったんかー」と話しながら見学。&昼食。古代米のカレーライスでした。(ランチが売り切れ、カレーしか食べるメニューがなく
晩御飯もカレーなのに・・・)飛鳥寺では、日本で最初に作られたお寺!という事に大興奮
(私だけ?)。スタッフ等2名は飛鳥寺をみず、そのまま首塚へ。(すごく気になったらしい)
帰り際、急遽、猿石が見たいという事で、自転車で疾走。少しだけ猿石をみて、駅に向かって帰りました。
本当に自然の美しさと癒しを感じた明日香村サイクリングでした。![]()
忙しいみんなに必要なのはサイクリングだー!と参加しているみんなで話しながらサイクリングしたのが心に残っています。
「うわっ!空めっちゃきれいやなぁ」と参加してくれた高校生の声。
青い空と自然に触れて、みんな元気がよみがえりました。笑いの絶えないサイクリングでした。


