十三夜から満月にかけての森は 

樹葉が月光に輝きキラキラとして

白い月の肌の世界が広がる。





 


そんな夜に広葉樹の森をさまようと 

満月の夜にだけ、特別なにおいが

漂うことを知っているだろうか。

 

 


何とも甘く芳純な緑の森の香りがする



深く息を吸い込むと 

肺の隅まで新鮮な満月の香りが

ゆき渡るようだ。

 


血が満月に反応し「ウォー」と声がわく。

不思議な解放感と心地よさを感じる。 






満月の夜だけに木々が騒ぎ 

多分、葉や樹皮から

木の体臭を醸し始めるようだ。




それは毎晩のように20時から21時頃 

緑濃い森を さまよって 

初めてその特別なにおいに気づくのだ。


 


その道をそのまま登り 

瀬の本高原辺りまで行くと 


草原が紫の冷たい空気の中に

し〜んと 静まり月光が

すべての音を吸い込みつつ

天上を渡ってゆく。

 





 


その草原の中心で

時々ライトを消し 

誰も来ない真っすぐの一本道に

伏せると


地球の生きているぬくもりを

感じることがある。






しばらく時の流れが止まり 

無音の世界があることに気づく。


胸の中心に 紫色のエネルギーが

たまるのを感じ始める。

 

 


そんな時

人を許して 生きてゆこう

という思いがわいてくる。









師匠・北川八郎先生の「光る足」より 

 

http://manganjigama.jp/






樋口一葉の「十三夜」には


自分さえ我慢すれば

周囲が幸せになるのだから


どんな不条理も甘受すべき

という考え方がある。





とりわけ

一昔前の人たちには

そういう習慣が根付いていた。


 


こんばんわ。じゅん先生です。






満月になぞって

僕も クリスプチョコ を食べます😆







驚きました😱



どこの街かわからないけれど
父と出逢いました。



スレ違いざまに

 「お父さん?」と呼ぶと

振り返りました。

その差 5メートル?




オヤジは45歳くらい…かな?




「僕は 、じゅんじと言います」
と、云うと 


少し驚いたように 

「私は、ここから遠い
炭鉱町にいるんだよ…」

父は 不思議そうに 云った



僕は、すぐ

「沖の山ですか、 山口県ですね?」




なぜか知らないけれど驚いた様子で

僕は続けざまに言い放ちました

「あなたの名前は さだお。
かわねさだおです。
お母さんは、いや、奥さまは みどり…」





なんだか…  
そこから長く話す予感がしました…



そこで 目が覚めた…

5月26日午前5時…



生まれ変わりでしょうか…




茶の間に行って
手を合わせて来ようと思います🙏



せめて、それから
一緒に お酒が飲みたかった…





そして 

夢でも良いから
どうしても生前
 云えなかった言葉を聞きたかった。





あなたは なぜ お酒を飲むと
母を虐めていたのか

暴力振るったり 暴言を吐いてたのか!




本音で 話したかった…




おとうさん
安らかにお眠りください





かわね さだお  昭和3年生まれ 
68歳で天国へ召された

合掌🙏

 
 



火曜日にエベレストでお亡くなりになった
北海道 登山家 栗城史多さんは
遺体のまま東京で火葬をして

6月17日 日曜日 14時から
栗城史多 お別れ会 をやるそうです。

札幌のホテル

札幌ポールスターホテルで行うそうです。







どうぞ安らかにお眠りください🙏



喫茶店に行けば

今日もまた


見出し人間の群れが

押し合いへし合い 

突きあってるよ



恋の都合が うまくいくのは 

お互いの話じゃ なくて

見知らぬ他人の 噂話





お笑い草だ  お笑い草だ

ああ 誰もかれも チンドン屋



おいらもひらひら  お前もひらひら

あいつもひらひら  日本中ひらひら




ちょいとマッチを擦りゃあ 

火傷をしそうな

そんな頼りない つき合いさ


https://youtu.be/IDMmozJZ-us



ラッシュ・アワーをごらんよ

今朝もまた

見出し人間の群れが

押し合い へし合い

でかけて行くよ



商売・取引うまく行くのは 

ほんとの話じゃなくて

どこかで仕入れた 噂話





用心しろよ  用心しろよ

ああ そのうち 君も狙われる



おいらもひらひら お前もひらひら

あいつもひらひら 日本中ひらひら



ちょいとマッチを擦りゃあ 

燃えてしまいそうな

そんな頼りない世の中さ



おいらもひらひら お前もひらひら

あいつもひらひら 日本中ひらひら




ひらひら 1973年

作詞:岡本おさみ

作曲:吉田拓郎 歌:吉田拓郎

LOVE&LOVE。

正義は振りかざすんじゃなくて
心に収めておくのが丁度いい








昔から話すのが得意じゃなかった…
というよりも
話しが できなくて
いつも話す場面が来ると
逃げていた昔

だからかな

話さず、書いたりするのは得意




だが
SNS.ネットの記事では
嘘は書かないし
まして
誹謗中傷したことがない



言葉の暴力
文字の暴力




あまり
話したり、言葉にするのは
好きじゃない。

というか 苦手である。

なぜなら
昔、父が酒乱で
大きな声で怒鳴ったり
暴力で 僕は ドモるようになったから。


言い訳とか
弁解とかするのはキライだ。


誰かが 言ってたから
とか
みんながそう言ってるとか
もっとも ダメなパターン。



なぜなら 


人の言葉を
自分の都合の良い方へ
置き換えている。






昨日 こんな記事を読んだ ↓

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

LOVE&LOVE

正義は振りかざすんじゃなくて
心に収めておくのが丁度いい



メディアから
何を受けとればよいのか。



とても大事な感覚。
四角の世界から
真実を読み解くのは大変だな。

多面的にモノを見る目。
瞬時にジャッジを急がない。
何を言わんとしているのか
しっかりと耳を傾ける。
それでも真意はわかんない。



誰かがインタビューを受けている
誰かが意見を言う

それは駆け巡る
何かが走り出す
一人歩きする

見えて聞こえる事に 反応が起きる


では

見えて聞こえるものだけが全て?


私達は自分の人生において
自分と関わる人、地域、自然
それらを
大切に思いやりながら
生きていくような

端から見ると、小さな営みで
何の影響も起きなさそうな
そんな静かで穏やかで
温かな行為の連続が
とてもとても大事に思える。



切り取られ貼り付けられた情報に
右往左往することなく、
自分の世界をちゃんと生きるんだ。

正義は
心におさめておくのがちょうどいい。



前は正義を掲げて生きていました。

正義は時に凶暴化しますね。

それは、違うんだな。



心に太陽を、くちびるに歌を


いいフレーズだなあ…


(友達の記事より抜粋しました)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


なんだか

ジーーーーーンときた…



札幌じゅん先生





死んでは生き返って 
を繰り返し
100万回もの 生を受けた猫がいました。




ある時は 王様に飼われている猫だったり
船乗りに飼われていたり サーカス用だったり
泥棒だったり お婆さんに飼育されていたり

猫にはいつも飼い主がいました。
その数100万人
 

飼い主になった人は 
全員 自分のことが好きで
彼が亡くなる度に みんな悲しくて
泣いてくれました。
  

 
しかし 猫は ただの一度も
飼い主を 
好きになることは ありませんでした



そしてある時 彼は初めて
誰にも飼育されていないノラ猫になりました

立派なトラ猫に 生まれ変わったため
たくさんのメスの猫たちが 
彼の元にやってきて
仲良くしようとしましたが



でも    彼が好きになったのは
自分のことを 見向きもしなかった 白い猫。



そして毎日毎日  白猫に

「俺はすごいんだぜ
なんてったって
100万回も生きたんだから」

と 自慢話をしに行きました。




彼女は 気のない相づちを打つばかりでした。

今日も彼は「俺はすごいんだぜ」と
言いかけて 途中でやめました・・・
 
 

そして「そばにいてもいいかい?
と尋ねました。
 

彼女は 「ええ」 とだけ 答えました。




いつのまにか 彼等は相思相愛になり 
それからかわいい子猫がたくさん生まれ

彼はもう得意の台詞
「俺はすごいんだぜ」を
言わなくなりました。
 
 

いつのまにか自分よりも
彼女や子猫たちのことを
大切に思うようになっていました。



 

やがて子猫達は 巣立って行き
彼女も お婆さんになりました。

彼は、彼女と一緒に いつまでも
生きていたいと思いました。
 

でも ある日
彼女は 静かに 命を引き取りました。
 

亡くなった彼女の隣で
初めて 哀しい涙を流し
大切な彼女の隣で
100万回泣きました。
 

そして 彼は
もう 生まれかわることは 
ありませんでした・・・

「100万回 生きたねこ」





999999回も現世でさまよい
やっと、やっと辛い現世に
生まれ変わらなくとも
良くなったんですね。\(^o^)/🙏


成仏できた👏 
っていうことでしょうか?



たくさん 生まれ変われるから良い
というものではない

一度でいい
誰かを愛すること 愛おしく思えること

そんな大切なことを教えてくれます。

愛を込めて…札幌じゅん先生


無事に標高7300mまでの
順応終えて下山してきました。





もう少し上まで上がる予定でしたが
悪天候でキリの良い場所でやめました。

7300m地点から
今回トライするルートも確認できました。
(ルートに関してはアタック直前に発表します。
それだけ慎重にやってます。)




やはり7000mを越えると、違う世界です。
何度もこの標高は経験していても
やはり緊張する標高でした。

ちなみに下山後に
動画をアップする予定でしたが
中継班の電力などの問題があって
更新できませんでした。すいません!

ベースキャンプからは山頂は見えないため
プモリというエベレストから
反対側の山に中継班が移動して
最後のアタックの中継を行います。

登頂日は21日を予定してます





今は本当に心静かにして
全てを注ぐ準備してます。

皆さん、応援ありがとうございます。

(栗城史多さんのブログより)

身体が動かなくても
息をして回復を待ち続けた




翌19日夕方。
C4(7500m)でシェルパと
ようやく合流し
夜通しC2(6400m)に向けて下山した。




西稜は、再び宇宙に包まれていた。




日本に帰国後、すぐに入院となった。



足の凍傷は軽傷だったが
右手親指以外の手の指は重傷で
第二関節より先は切断と宣告された。



激痛と高熱が続く中
僕は父に電話した。




父にあまり心配を掛けたくないと思い
しばらく電話するのをためらっていた。



父との約束は、
何があっても無事に帰って来ること。

頂いたこの身体を
傷つけてしまったことに
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



父に電話すると
意外な言葉が返ってきた。

おめでとう

下山して、「おめでとう」と
言われたのは初めてだった。

「お前はそれだけの苦しみを背負って
これからも登る。
それはすごいことだよ。」




標高8000m地点での下山。
4度の挑戦。そして、重度の凍傷。


人はそれを
「失敗だ」と言うかもしれない。



しかし
僕はあの場所までたどり着き
あの龍のような地球の息吹
宇宙を感じることができたことに
後悔はなかった



「登頂成功」は
一つの山の終わりであり
始まりに過ぎない。



僕が求めている頂は
成功しそうだから挑戦する
または失敗しそうだから
止めておこうという壁はなく
本当に自分が心からやりたいと
思っていることに挑戦していくこと。


そこには成功も失敗もなく
挑戦する喜びがあり続ける世界


そこに僕は向かい、共有し
世界に広げていきたい



勝っても負けても、生き続けること。

成功しても失敗しても、生き続けること。

終わらない旅は、まだこれからだ。







ヨウヘイ君が作り
栗城事務所の方がアップしてくれました