母が“恒例”の入院をしてしまいました。

まあ、これは慣れっこで年中行事みたいなものなのですが、見舞いに通っていた父が熱を出してしまい、寝込んでしまいました。


どうも病院をウロウロとしていて、風邪をもらってしまったようです。


もともと非常に丈夫な人なので、病気に弱い。

本人も廻りもビックリして、その後ショボンとしてしまい、明日にでもどうにかなってしまうかもという雰囲気。

医者に行こうと言っても、これまた病気に縁の無い人間に良くある「病院に言ったら大病が見つかるかもしれない」的な恐怖感の「医者嫌い」なので“頑”として行かないのです。

ついでに熱が有る(真っ赤な顔して、いかにも熱があるという顔)と本人も言うのに体温も測らないのです。



「寝てる!」

とおっしゃる。

「寝てれば治る」

とおっしゃる。



しょうがないなぁ~

私も仕事を休めないし。

昼間、1人でいて、何か有ったらどうしよう……



結局、叔母に来てもらうようにお願いして、仕事にでました。

でも、私が外出した後に叔母に電話をして「来なくて良いよ。大丈夫だから」と断ってしまった。



結局、3日間医者にも行かず、昼間は1人で“寝てる”を実行して、やっと今日、金曜日になりました。

明日からは私も休みなので…… ホッとしました。

仕事してても携帯ばかり気になるし、気がもめて疲れました。


今夜はダイブ良い様子で「夕飯にパンとヤクルト飲んだ」と元気な声で報告された。



まったく、もう…この強情めっむっ

私はいわゆる「赤毛もの」と呼ばれる舞台が非常に苦手。


何故か?

私の舞台好き、映画好きの理由のほぼ99%がこれなのですが……

「非日常」に浸りたい!


特に舞台は開演のベルが鳴り、劇場内が暗くなり、緞帳が上がる。

その瞬間から、その舞台の世界に自分の身を置きたい。

金髪のかつらを着け、彫りの深いメークを施して「チャーリー…」なんて呼んでも、呼ばれた人間も呼んだ人間もどこをどう見ても正真正銘の純然たる日本人なのだから…

浸れないし、どこか冷めて見ている自分が居る。

同様に邦画も殆どお金を払って見たことが無い。

特に題材がほぼ日常に直結するから、映画は特に……



そして何よりも赤毛ものミュージカル(こういう言い方は有るのだろうか?苦笑)は苦手。

せりふが歌なんて、それだけでも普通では無い世界なのに、プラス純然たる日本人がチャーリーだったりマイクだったりするのだから。

気恥ずかしくて見てられないというのが正直な気持ち。




そんな私が青山劇場の『ファントム』 に行って来ました。

私を良く知ってる友人は「へぇ???。。。。。。。」の反応でしたが、実はアーサー・コピットとモーリー・イエストンの作詞作曲コンビのファントム が見たかったのが最大の理由。


ロイドウェバー版のファントムは非常に有名で、今この時でも世界中の何処かで公演されているし、映画にもなりジェラルド・バトラーを一躍スターにもした。

劇的なストーリーと凝った舞台装置、何よりも楽曲が素晴らしい。

私はこのロイドウェバー版ファントムは大好きで映画も何度も見たし、ロンドンでは体調不良を押して劇場にも足を運んだ。

では、このコピット&イエストン版はどうなのだろう…

その興味と一度はソルドアウトで諦めたチケットが偶然にも手に入ったことも有り、劇場に足を運びました。



歌…

つまり歌声、歌唱法を含めて、音楽というのは非常に個人の好き嫌いがはっきりとでるものです。

個人差がとても有るということ。

それをふまえて、以下は私の個人的、極個人的な意見です。悪しからず



「感情を込めて強く激しく歌う」と言うことと「叫ぶ」ということは違う。



一幕最初から気になり、結局最後まで耳についてしまい、耳障りだった。

特にクリスティーン役の女優さん。

高音域が狭いのか、そろそろ辛そうだなぁ~と思うと歌が叫びになってしまう。

感情的に盛り上がって来た時も叫んで歌っている。

と、私には聞こえた。

ゆったりとしたバラード調の曲はとても丁寧に歌い、良い声で聞かせてくれる。

だから惜しいなぁ~と感じた。


しかし、どうも一幕、二幕と聞いているうちに、彼女だけでは無いのだと気が付いた。ほぼ全員がそんな感じで歌っている。

これは演出家か音楽監督の好みなのだろうか?


主演の男優さんもこう…なんと言うか搾り出す様な歌い方をする。のどから搾り出す様な歌声。

ファントムの辛く悲しい気持ちを表すとこういう歌い方になるのかも知れないけれど、これは長くやっているときっと喉と声に悪い。



そんな中、フィリップ役のパク・トンハは歌声に余裕があり、1曲しか歌わないもののとても存在感が有る。ルカス・ペルマンを聞きたかった私は配役を見て少しがっかりしたのだけれど…彼の歌はユッタリと気持ち良く聞けました。




さて、一幕最初の歌から引っかかってしまいましたが、このコピット&イエストン版ファントムはとてもナイーブで傷つきやすいファントム。悩み、苦しみとても人間味を感じる。

地下で世間から隔絶されて(自ら隔絶して)生きてきた彼がクリスティーンへの愛を通じて、明るい世界に出ようとするけれど、受け入れらず、また自ら受け入れず、悲劇的な死を迎えるのですが、父や母の愛、クリスティーンの愛に包まれた死でもありました。

愛を知り、愛に囲まれて穏やかな世界へ、無償の愛で守ってくれた無き母の元へ旅立って行くという…見ている側に救いのあるストーリーでした。

これはもう見る側の好みの問題でしょうが、私はやはりロイドウェパー版が一番と思う。劇的な舞台運びと救われないファントムの方が好きかな~



さて、私の赤毛ものミュージカル嫌いは。。。。。。。

少し年齢と共に改善されているのかも??? 以前より違和感は少し減ったような気もしますが。

歳かなぁ~ 丸くなったのかも★苦笑

今日は午後から雪の予報が出ていたので、雪が降り出す前に掃除、洗濯、買い物を済ませてしまおうと思っていたのですが、朝起きたら肩がカチンカチンで腰も痛い。

あれぇ??固まった…CMのようですが

お風呂を沸かし、入浴剤をタップリ入れてゆっくりと温まることにしました。


結果、だるくなってしまい、疲れがドッと出てしまいましたガーン


この頃、月末月初に集中する期日厳守の仕事がひと段落すると“ガクッ”と疲れが出てしまう。

ほっとするというのとちょっと違って、気が抜けてしまう感じ。

体力無いなぁ~



この3連休は嬉しいのか?嬉しくないのか微妙な感じ。

月曜が休みのために前倒し、若しくは後半に詰め込んで片付けなくてはならない仕事も出て忙しくなるから。。。。。

でも3日続けて休める楽しみもあるわけで…

ってことで、明日は「ファントム」を見に行って来ます。


楽しみ音譜楽しみ音譜


えっ?掃除、洗濯、買い物ですか?


はいビックリマーク

しっかり片付けました。

最後の買物の帰り道に雪がチラチラと落ちて来ました。

積もるのかなぁ?

せっかく花ひらいた我家の梅。

この雪で寒々と可愛そうです。

朝起きたら真っ白で景色が変わっていました雪雪の結晶雪雪の結晶

本格的な雪は今シーズン初めてですね。





アン・リー監督

キャスト:トニー・レオン タン・ウェイ ワン・リーホン 


“LUST, CAUTION/色・戒”


大胆な性描写で色々と話題の多い“問題作”?を見てきました。



1942年の日本の支配下にある上海が舞台。

抗日運動に身を投じ、女スパイとして特務機関トップのイー(トニー・レオン)暗殺に加わるワン(タン・ウェイ)。


暗殺の手引きという死と隣り合わせの極限の緊張感にさらされているワン。

特務機関のトップで戦争の汚い面を見尽くした虚無感と日本の手先として同胞に命を狙われている恐怖感をもつイー。

そんな精神的極限の状態にある2人。

イー暗殺の手段である“偽りの恋愛”が体を合わせているうちに、その境があいまいになってくる。



前半が非常に興味深い。

ワンは大学での演劇サークルで抗日運動を取り上げた演目のヒロインを演じたことがきっかけで抗日運動に身を投じることになる。

舞台に立てた興奮、観客にアピールできた興奮が打ち上げの飲み会、帰りのバスの中と冷めることなく続き、そのまま実際の抗日運動にと進んでしまう。

まるで舞台の続きを演じている様に抗日運動に身を投じることになってしまうワン。

それは演劇サークルの仲間も同様であり、次第に現実が大きく圧し掛かり身動きが取れないことになってしまう。

結局、彼らは無残な結末を迎えるのですが、彼らの興奮が収まり、現実に引き戻されたのは死の瞬間だったのかもしれません。



大胆なシーンが話題になりましたが、極限にある2人は何か通じる感覚があったのでしょう。体を合わせている時にその口に出せない、2人にだけ通じるものが何かあったのだと思う。

ワンがその感覚を抗日運動のトップに長々と説明するシーンが有るのですが…2人だけに解る感覚なのかもしれません。




トニー・レオンが素敵です。

彼を見たくて楽しみにしていた「ラスト、コーション」ですが、とても興味深く、考えさせられる映画でした。


本日より『Queen Candy's Parlor』として再出発致します。
自由に気ままに感じたことを書いて行きたいと思っております。

ただいま、他ブログからの引越し荷物の片付に終われおり、工事中です。

段々と整理していきますので宜しくお願い致します。


と言うことで…最初は映画

ジョルジオ・カピターニ監督
ルイザ・ラニエリ主演
「CALLAS E ONASSIS:マリア・カラス最後の恋」


ご存知マリア・カラスと海運王アリストテレス・オナシスの恋の物語。


実はカラスの歌声に思い切り囲まれたいと思い足を運んだのですが、聞けたのは3曲ほど…
タイトル通りに2人の恋のドラマでした。


カラスが歌えなくなったのはオナシスがカラスが舞台に立つのを嫌ったとか、長期の船でのバケーションで練習が出来なかった等々オナシスの責任だという話しもありますが、このストーリーはカラスの一途な恋、人生の全てをかけて愛した結果として描かれています。
歌よりも真実の愛を選んだカラスと自分が全ての中心であるオナシス。。。。。


あらゆる面で力の有る…仕事ができ、お金も名誉も手に入れた自信に溢れた男は魅力的なのだろう。

エネルギーに溢れているし……
でも、こういう男は決して1つところにジッと留まってはいられない。
そういう風にできている。
逆に女は全てを捨てても、愛する人の傍にいたいと思う…どんなに優れた才能を持っていたとしても“傍”を選ぶ。

自らの人生の全てを掛けて愛を選ぶ。

結果、誰もが知っている悲しい結末を迎えるのです。


まあ、自分をしっかりと持った、愛や恋よりも自分の人生を冷静に見極めて生きる女性も多いように思いますが… 

オナシスの最後の妻になった女性のように。。。。。。


どちらも“女”の生き方ですね。