サークルさんのブログ -93ページ目

地歩を固める大事さと無双状態の怖さ

今日はレクサスISCの定期点検でレクサス店にいます。
 

 
個人所有と合計で3台ありますので、
 
年に数回は必ずお世話になっています憩いの空間です。
 
待っている時間は、
 
You Tubeの音声を聞いたり、
 
スマホゲームをしたり、
 
ちょっとお昼寝などをいたします。
 
 
さて、この前の日曜日に近所(?)の飯盛山を歩いたときの話を。
 
 
 
どうやら脱水症状のようでペースが上がらない。 
 
飯盛山なんて低い山だとナメてましたが、
 
山道に階段が続くコースの恐ろしさを実感しました。
 
 
 
やっと頂上付近ですがすでに10回以上は休憩してます。
 
 
四條畷駅スタートで飯盛山縦断コースで野崎駅ゴール。
 
消費カロリー以上に消耗した気がいたします。
 
まだまだ先に続く山道を登っている時に、
 
やはり人は目の前を見て一歩一歩歩いて行くしかない。
 
「地歩を固める」
 
そして、位置エネルギーという「パワー」を蓄えてゆく。
 
今更ではございますが、
 
そんな事なんかを考えておりました。
 
 
そうそう、レクサス店で思った事。
 
「電話は通路に出てしろ!」
 
もう誰からも何も言われない立場に栄達なさったんでしょうか?
  
珍しくも大声でマイペースな方々が4組も続きました。 
 
もう誰も注意してくれなくなったらある意味で”無双状態”です。
  
 
…自分も気を付けます!
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【個人の意見の無責任】吐いた言葉には責任を持つ事!「しれーっ」と無かった事にしてはいけませんね

”安倍”姓という立派な漢字の苗字があるのに、

 

わざわざ”アベ”と言い換える一部マスコミがあります。

 

かなり不快です。

  

しかも、間違った報道をしてもなかなか謝罪しない。

  

嘘つき君とその仲間たちか?

   

とか思います。

 

世間をミスリードして己を認めさせたいのかな?

 

とも思うのですが、

 

その人達や社説を掲げる企業の正義がある訳ですから、

 

そこは自由なのだと思います。

  

ただ、今回の暗殺(テロ行為)に関して言えば、

  

動機が明らかで無い時点では、

  

その一部マスコミも含めての報道機関が「動機は不明」と報道していました。

  

でも、SNS上ではすでに、

  

「一部マスコミのミスリードとアベ憎しの空気の醸成の結果の犯行」と、

  

勝手に動機を断言(でっち上げ)している意見が見られました。

 

マスコミとそのミスリードに関しての謝罪が無いとおっしゃるのでしたら、

 

まずSNS上での誤った発信に対しては謝罪すべきだと思います。

 

「それはそれ、これはこれ」です。

  

でも、謝罪する事無く「しれーっ」と無かった事にする事でしょう。

 

 

私はいつも自由でいたい。

 

勝手な空気の醸成はもう要らん!

 

 

それよか、

 

あの凶器の解説って必要なのか?

  

模倣犯が多数出現するのでは??とは思わんのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アベノミクスのお陰で無借金経営になりました。ありがとうございました。

アベノミクスの効果で大手企業様の景気が良かった時期。

  

ウチは大手企業様との直接取引が多いという恵みのお陰様で、

  

業績もずーっと良く乗り切る事が出来ました。

 

先日惜しくもお亡くなりになられた安倍総理には心より感謝いたしております。

 

 

 

さて、私が幼稚園児の頃、

  

参観日の帰りはいつもの幼稚園バスではなく

 

母と二人で歩いて帰宅していました。

 

途中、町工場の前を通るのですが、

 

規則的に「ガッチャコン!ガッチャコン!」と子供の私の耳にはかなりうるさく、

 

大げさに耳を塞いで通っていました。

 

うっすらとした記憶の中で、

 

焼きの入った木の板の外壁と六角形の金網と、

 

敷地の周りの道路が錆で赤茶色だったように思います。

 

今となっては何の工場だったのか?

 

もう何十年も前に住宅に変わっていますので不明です。

 

 

(画像は借り物です。イメージとして)

 

 

もし、大阪市内にそんな工場が残っていたらかなり珍しい存在ですので、

 

それはそれで名所になっていたのかもしれません。

 

私的にはノリが大嫌いなのですが、

 

世の中には『廃墟ブーム』なんてのありますし、

   

また、工場の風景が豪華写真集になったりって流れもございます。

 

ホンマに何がウケるのやら予測のつかない時代です。

 

  

さて、自分が町工場を経営するようになりましていつも言うのが、

  

「他人様からの憐れみを受けて生き延びようとするな!」

 

と言うものがございます。

 

 

 

 

 

いつも例に挙げておりますこういった健気さ基準で取り上げられる方。

  

「ああ、サラリーマンやってて良かった」

 

悲しいかな他人様から憐れみからこう思われる一種の心の安心材料とされる訳です。

 

「あなたはそれで良いのか?」

 

なんていつも私は真面目に思っているのです。

 

いや、ずーっと憤っています。

 

もし前述の木造の町工場がまだ健在で観光名所だったとして、

 

それが突然、

 

ピカピカの外装と最新の設備とに変貌を遂げたとしたら?

   

たぶん誰も関心を示さなくなるだろう。

  

つまり、他人様の感性が引き寄せられるのは、

  

ノスタルジックさとレトロ感って事です。

 

町工場は時代から遅れている、

 

それに憐れさまでのイメージをプラスされたとしたら、

 

そんな将来性を感じない業種に若い人が集まる道理が無い。

  

「町工場に将来性を感じてもらう!」

 

取り組まなければいけないのはこの部分だと真剣に私は考えています。

 

 

 

…さて、どうしようか?(笑)