サークルさんのブログ -387ページ目

USAのメーカー様への試作レンズを製作しました

今月は3月というアレもございまして、

 

事務員さん合わせてたった五人の零細町工場ですが、

 

すでに大台(100万じゃない)の受注が確定しております。

 

さらに、見積もりマシーンと化す姿に拍車が掛かる私でございます。

 

 

さて、

 

先日、お問い合わせいただきました試作屋さま。

 

一人あたり1000万/年とか、一人あたり100万/月言われる厳しいこの業界なのですが、

 

一人あたり2000万円をはるかに超えるスーパー町工場です。

  

実は以前から凄い凄いとウワサには聞いていた企業さまなのですが、

 

やっぱ、凄いところは凄い!  

 

企業規模から総売上から何から何まで凄すぎる。

 

上には上がいるという事を知っておく事は大事なことなのです。

 

ウチが勝てるのは一人当たりの売上高くらいのものでしょう。

 

 

まあ、勝ち負けではなく凄い人や事業所を知っている事はとても大切な事。

 

上の存在を知らなければ、

 

「俺たちスゲーんだぜ!」

 

と、お山の大将か?裸の王様か?裸の大将?(←違うやろ!)状態。

   

それじゃいつまでもレベルアップなど望めません。

 

 

レベルアップと言えば、

 

先月、サンフランシスコでの展示会で商談がございました一社様から、

 

レンズのご注文をいただきましてやっと製作を終えました。

 

実際の発送とマネージメントは、

 

あのアメリカで苦楽を共にした光学商社の盟友にお願いするのですが、

 

とにかく当社のアメリカ進出は、

 

15歳当時の倉木麻衣の上げ底全米デビューとか、

 

仕込みのアポロシアターデビューの清水翔太よりは現実的でございますよ。

   

ああ、感謝♪感謝♪(←その音符はやめい!)

 

 

 

 

町工場は人と人の繋がりがすべて

 

 

 

 

 

 

ツイてる教とありがとう教の取り扱いについて

多分ですが私は「ありがとう」という言葉をより多く使う方だと思います。

 

「ツイている!」という言葉そのものをあまり使いませんが、

 

類似語はよく使いますし意識しています。

 

ただ、それだけで商売が何とかなるなどとは思っていません。

 

まだまだな満足出来ないレベルですが

 

ここ数年の売上は順調に推移しているのだから、

 

これらの習慣は続けてゆこうと思っています。

 

 

ツイてるとかありがとうを”過剰に意識”している人がたまにいます。

 

そう、宗教に入信するがのごとく”過剰に意識”です。

 

「ツイてる教」と「ありがとう教」の信者と呼ばれてもおかしくない狂信的な人種です。

 

出処であるそう言った啓蒙(出版や講演)をされている主の本質は、

 

盲目的な信者を作った方がお得な教祖的な人です。

 

そういった主催者が儲かるビジネスモデルを構築されているのだから、

 

その出処の主たちはそれで良いのでしょう。

 

 

でも、私らは違います。

 

ツイてる教とありがとう教は信じなくとも、

 

まずそれらの言葉が自然に身についてないといけない。

 

言うな!ではなく、どんどん言え!です。

 

ツイてるとかありがとうは常識以前、潜在意識内に必須の最低条件。

 

その上でもっと重要なのが、

 

「本業のサービス及び品質の向上を絶えず必死で考えていないといけない」

 

ってことです。

 

妄信ばかりしてそこを疎かにしていないか?

  

ツイてるとかありがとうという言葉”だけ”で、

 

世の中を上手に渡れるほど人生は甘くは無い。

   

 

 

 

 

 

 

「もっと、脳内に汗をかけ!」

 

いつも自分にそう言い聞かせています。

 

 

 

一宿一飯の恩を忘れない

私はお金持ちではないけれど、

 

多分稼いでいる方だと思います。

 

200~300人いればだいたいTOPのアレだと思います。

 

でも、この数年に限って毎年稼いでいるだけです。

 

冒頭のとおりお金持ちではありません。

 

もちろん、来年および将来の保証などどこにもありません。

 

たまたま毎年稼げているだけで、

 

年末に残ったお金が集積しているだけです。

 

資産運用も何もしていません。

 

風光明媚な場所に別荘を所有している訳でもありません。

 

他人様よりはそこそこ金遣いは荒い方だとは思いますが、

 

女性のいるお店に行くこともこの数年はありません。

 

アカの他人の(お店の)女性にお金を使うのなら、

 

その分、知人との飲食や宿泊に使いたいなどと思っています。

 

 

そんな私ですが、

 

「一宿一飯の恩」

 

というものだけは忘れないようにと絶えず気持ちを引き締めています。

 

別に泊めてもらうとかメシを食わしてもらうとかだけではありません。

 

恩を忘れる事を”忘恩”と言いますが、

 

この”忘恩”ほど怖いものはありません。

 

お世話になった後、どれだけ反対側に回ろうが恩は忘れません。

 

それはそれとして感謝しています。

 

その気持ちを忘れてしまうとどうなるのかと言うと、

 

必ず運命に復讐されます。

 

 

私は、何かのマニュアルどおり、

 

①その場でお礼

 

②次の日もしくは次に会った時にお礼

 

③忘れた頃のお礼(会話のなかで「アレおいしかったです」とか)

 

を心掛けています。(ただし、泥酔時を除く)

 

 

さすがにもう年齢的に滅多に奢っていただくこともありませんが、

 

運を良くすることは、恩(恩恵)を浴することだと思っております。 

 

 

町工場は人と人の繋がりがすべて