生きるのがラクになったり
自分の人生が好転すると...
自分の周りの大切な人に
どうしても教えたくなったり
自分とおんなじように
実践して欲しくなりませんか?
「しあわせに
なって欲しい大切な人」
が、それをすんなり
受けとってくれたら
なんの問題もない
し、自分もますますハッピー!
ですよね?
ところが
同じ日本語を話している
はず......なのにぃ!!!
まっっったく話が
噛み合わなかったりすると
私はワタシの
一番大切な人には
伝えられないんだ...
って、自分のことが
とても無力に感じます。
自分の大切な人には
”安心して楽しんで
思い通りに過ごす人生”
を、送って欲しいもの。
きっとこれを読んでいる、
あなたもそう思ってますよね?
だから伝えようとして
受け取ってもらえないと
「どうしてわかってくれない?!」
「これが絶対絶対いいのに~!」
押しつけたくなっちゃう。
だって、大切な人だから。
でも”ほんとう”は、
大切な人が現実に振り回されていても
本人がそれを望むなら、そっと見守ること。
なんですよね
ちょっと(だいぶ)しんどいですけど
あとは
なに食わぬ顔して
自分の暮らしを楽しむこと。
現実に振り回され続けている
大切な人を見ながらなので...
これもちょっと(だいぶ)
気にはなりますけど(笑)
わたしが
一番変わって欲しかった人
ラクに生きて欲しかった人
それは母なんですが
今までま~ったく!
話が通じませんでした。
お気に入りのケアをすすめても
「ちょっと~宗教じゃないよね?」
「変なクスリじゃないよね~?!」
とかとか...
膝から崩れ落ちるような
反応をされ続けてました(涙)
少し前
父の体が不自由になったときも
母はさんざんワチャワチャしてて
やっぱり口出し
したくなっちゃうんですけどね?
そこは、じぃっと堪え
時に夫に制止してもらい(笑)
父を病人扱いせず
最低限できるサポートだけして
「わたしはワタシ」の暮らしを
楽しんでいました。
そしたらいつの間にか
□一人では
スーパーにもいけない母が
□一人では
ガソリンも入れられない母が
□「いつもの道」以外は
運転できないような母が
□友達が一人もいなくて
ろくに親戚づきあいできない母が
□人に言われたことも
自分が言ったことも
明日には忘れてしまうような母が
□「傷つけられた」「踏みにじられた」
と受け取ったことは都合よく覚えてて
何年もグチグチネチネチ言う母が
自分の居場所を
二つも見つけて
(自宅以外に)
めちゃめちゃ
めちゃめちゃ
めちゃめちゃ
楽しそうなんです。
それに対して
わたしがしたことと言えば
「こういう場合、
あなたってどうしてる?」
と、訊かれたときに
さらっと答えただけ。
大切な人を変える
いちばん説得力のある方法は
何かを言葉で伝えることより
思いっきり楽しそうにしてる
その「あり方」を見せることと
余計なことは言わないこと
が、ベストのようです💪✨
そしてたまに
大切な人たちのしあわせを
願ったらいいのですよね
だって
どうせしあわせで豊かにしか
ならないんだから、わたしたち。