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今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

いつからだろう…「家族」という言葉にこれまでにない拒否感を持つようになったのは。

 

結構前に「サザエさん」にものすごく息苦しさを感じるという記事を書いたと思う、その時以上に私は「家族」という言葉に対して自ら口にするのもはばかられる程の拒否感を感じるようになった。

 

パートナーがいなくなって暫く経つが、私は「誰かと常に一緒に過ごす」という状況がとてつもなく苦手であることが今更判明した。

 

私が子供をいらないと思う理由は「子供が嫌い」「親と確執がある」という理由の以外にも「自分の人生はもちろん、時間すら無くなる」という恐怖感もあるのかもしれない。

 

今回書きたいのはこの話ではない…タイトルにも書いた話だ。

 

先日市役所に行き「姻族関係終了届」を提出してきました、簡単に説明すると「パートナーの親兄弟と絶縁してきた」ということです。

 

特段、仲が悪いとかそういう理由は無かったのですが…まぁ、いわゆる「価値感の違い」とか特に「関係が続いていても私にはメリットがない」などが理由でしょうか?元々「あの人達は他人(名字の字も表記が違う)」という認識が強かったのでこれで良かったのかもしれません。

 

将来的に介護を押し付けられる心配も無かったのですが、なんか「関わっていることに違和感」がありました。

 

今まではパートナーが橋渡し役を担っていましたが、そのパートナーがいない今は無理に関わる必要も無いのかな?と思うように…パートナーの弟には「散骨後は周忌法要などは私の主催で行う予定は一切ない」と告げてあります。

 

そのかわり、パートナーの誕生日に一人で散骨ポイントが見えるところまで行って帰りにケーキを食べるのを年間行事に加える予定。

 

私は「家族」という重苦しくて窮屈なものから開放されたのだ、これからは私は私を生きるのだ…後は第3の姓に「改姓」できればベストなんだけどな。

ダメダメ家庭の目次録というサイトに「信頼につながる名前」というタイトルのページがある。

 

このページ(元々はメルマガだったそう)ではいわゆる「キラキラネーム」の何がダメなのかを、銀行の名前に例えて説明しているという非常にわかりやすい内容なのだけれど…昨年初夏、その金融業界からついに「キラキラネームの銀行」が爆誕してしまった。

 

誕生時には告知CMなどは一切打っていなかったそうだけど…話題性からかTwitterではトレンド入りしてツイートはまとめられ、mixiニュースのつぶやきではボロクソにコメントされ(あまりにボロクソに言われてるのでリンクなし)名前だけは一躍、全国区になりました。

 

山形県に似たような名前の銀行が存在するようですが、どうやら関係が無いことは無くつながりがあるとか?

 

キラキラネームになる数年前にそれぞれシナモロールとポチャッコが失脚して、その後にリトルツインスターズが就任→キラキラネームに変更という流れがあったそうで、一部では「名称決定は出来レース」という噂もあったとか?

 

新名称については社内公募も行ったそうですが、どうしてこの名前になったのかは中の人にも不明。

 

ただひとつ確実なことは…2018年時点で「東京」の名称は、ちょっと前に「東京」の名称を外した銀行が「東京」を商標登録していたようで使用不可の状態にあったそうだ。

 

「あえて入れなかった」ではなく「実は使えなかった」と表現するほうが正しいみたい。

 

という事を現役の中の人から聞きました…まさか中の人と知り合いになるとは思いもよらなかった。

 

このキラキラネームっぷり…あまりにもキラキラ過ぎるけど「キラキラネームw」と言っているのはネット民だけかと思ったら、リアルで取引をしている人たちからもいじられるそうで。

 

でも、中の人やってると「慣れる」というか「慣れるしかない」との事…色んな意味で適応力の有無を試される名前なのかもしれない、もういじられても最近は「自虐」に走ることもあるそうで。

 

そうでもしないとやっていられないのかもしれない…と邪推してみる、私はこれから転職活動だけど「キラキラネームじゃない会社」が良いと強く誓ってみた。

 

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某支店のウインドウ、この脇にも小さいキキララが沢山いる。

 

キラキラネーム銀行なんて関係ないわ…と思っていたら、パートナーが旧シナモンの方で口座持ってた。

 

ほとんど残高なしで休眠口座入りしていたけど、放置しておくのもいかがなものかと思い…通帳に記載されている番号に電話したところ、必要書類を持って「直接支店に来い」という信金並みの対応を求められた為、行って来ましたよ。

 

ここは私の知る範囲では駅から微妙に離れたところに支店を構えるパターンが多いのですが、今日行ったところは駅前でした(何度か目の前通ったことはあるけど気づかなかった)。

 

店内に一歩足を踏み入れると…カウンターの上には何組もの「キキララのぬいぐるみ」が置かれ、あちこちに「星の飾り(ジェルシール等)」がペタペタと貼り付けてありました、いくらなんでもやりすぎ、開き直りすぎでは。

 

肝心の客入りは「ここ、大丈夫?」というくらいに閑古鳥が鳴いておりました…年金支給日はそれなりに混むらしいけど。

 

窓口の人に相続の手続きは2階と言われたので、2階に行ってみるとやはりあちこちにキキララぬいぐるみ&星の装飾…なんだか金融機関特有の「緊張感」が一切無い。

 

人がほとんどいなかったせいか?手続きはすぐに完了、預金残高もほとんど無くここは自社では信託もやっていないので色々と勧誘されることもなく…思わず今日担当してくれた人にも「キラキラネームとキキララ推しすごいですね(笑)」とポロッとこぼしてしまったところ「うちはキキララがマスコットキャラクターなんですぅ~」との事で

 

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口座を解約しただけなのに。

 

色々とグッズを頂いてしまいました…ミドすけ氏のグッズは何ももらえなかったのに(企業キャラ萌えとしては完全オリジナルキャラのミドすけ氏の方に魅力を感じる)。

 

ちなみに「キキララ×金融機関」は沖縄銀行東北銀行もコラボしています…「ご当地感」はこっち2社の方が強いかも?一応、ここのキキララも「オリジナルデザイン」だそうです星を付け足しただけではないよ。

 

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倒産すると紙くずならぬ「星屑」になるのか…?

 

キラキラネームなんて…と思っていたら、株式をお持ちだったようで。

 

もちろん、この冊子の裏表紙にもキキララが描かれているのは言うまでもない。

先日、東京湾羽田沖でパートナーの海洋散骨を行ってきました。

 

過去記事で宣言したとおりに「遺骨は海に撒きました」…本当は全部撒きたかったんですが4分の3くらいはパートナーの実家近くの墓の中。

 

しかし、あの墓…後々誰が管理するんだろう?って、私が心配してもしょうがないのだけれど気になる。

 

「沖縄で散骨~」とか書いていたみたいですが、パートナーの親も散骨に同行したいとの事で沖縄は断念しました。

 

金銭面の問題ではなく「羽田空港まで電車で移動する時点で無理」との事…どちらにせよ、空港まで移動出来ても沖縄に行くのに赤い鶴だろうが青い会社だろうがどちらを利用しても「プライオリティー・ゲスト」の対象になるし、そもそも向こうでの移動手段も車の免許を持たない私には沖縄自体がある意味「鬼門」なのかもしれない。

 

一度行ってみたかったんだけどな…一人だったら行ってたかも?

 

代わりに撒いてきてもらう「委託散骨」という方法もあるのですが、ここはやはり「自分で散骨したい」という気持ちがどうしても捨てきれず。

 

と、言うことでネットで探した都内の某散骨業者に資料を請求しました。

 

散骨をするには一度「粉骨」と言って骨を粉状にしなければいけないのですが、そのためには業者に骨を預ける必要がある。

 

骨を預ける方法に「ゆうパックで送る」という手段もあるのだけれど(遺骨は郵便局ならゆうパックでもEMSでも国内外に送ることが可能です)…今回お願いした業者さんは自宅まで取りに来てくれました。

 

初回の打ち合わせの時に「どうして散骨を選んだのか?」とか「既存の葬式や宗教に対する疑問」や「死者に対する自分の考え方」などをかなり熱く熱弁したような覚えがあります。

 

散骨場所の決定の時に、沖縄は海は綺麗だが外洋になるため海が荒れやすい、自分で撒くなら羽田沖が比較的波の状態が安定していて散骨に適した場所との事で羽田沖に決定。

 

羽田沖であれば自社船で行けるとのことで当日は2人だけど、船まるごと貸し切り。

 

当日は船内に祭壇を設置してもらったり、ウエルカムボードもあったり…曇りで天気には恵まれなかったけど、無事に散骨は終了。

 

人生初の散骨でしたが、終えた後の気分は「スッキリ」といった気分。

 

本当のところ…自宅にいつまでも骨を置いておくのがなんとなくいい気分はしなかったのと、人は死んだらその時点でおしまいなので特に遺骨に未練は無かった。

 

生きていた記録よりも「記憶」を残したい…と思った、ジメジメした墓ではなく自然に還すほうが理にかなっているのでは?という自分なりの決断というか考え方だと思う。

 

既存の価値観にとらわれない生き方というのはまだ難しい、私はこれから自分の人生を自分の力だけで生きていかなければいけない…今回の散骨は私にそれを強く自覚させてくれるいいきっかけだったのかもしれない。