今日も、犬とベッドシェア -139ページ目

今日も、犬とベッドシェア

おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

できれば早いうちに自覚してこの問題を解決していきたいですよね。


しかし、未自覚のまま年を取っていく人も少なくないのは事実…そのような人達はどのような人生の末路をたどるのだろうか?


なんて事を昨日、ふと思った…そしてちょうどいいサンプルが身近にいた事を思い出した。


それは、私の旧家族(つまり親)のことだ。


あの人たちは典型的な未自覚のアダルトチルドレンだと思う…親がとっくに死んでるのにいまでも「親の言いなり」状態で、バカ丁寧に墓参りなんか行っているそれも年に何回も。


本人たちは全く自覚していないと思うけど完全に「自分たちの親と同じような道」をたどっている。


未自覚アダルトチルドレンは高確率で世代間連鎖を起こす…自分たちが「間違っている」という自覚が全くないので不幸の連鎖を続けようとするのだ、周囲も不幸にするのが特徴のひとつかもしれない。


しかし、本人たちは自分が正しいと思っているので自分を不幸だとはこれぽっちも考えた事も無いし「親を大事にしなきゃいけない」という昭和の風潮に縛られている為、どんなにひどい事をされてきていたとしても私の親のように毎日線香を炊いたり、墓参りなんかに行くのだ。


正直なところ、あの人たちのそういう所が許せないのだ…周囲を不幸にしておきながらその過ちを認めるどころか、こちらが悪いかのように責め立て、あくまでも自分たちが正しいかのように振る舞うことが気に入らないのだ。


結局そのような行動を取り続けることによって、私のように連絡を絶たれたりこのようにブログなどでこれまでの悪行を書きつづられることを本人たちは知る由もない。


このように最後は頼みの綱であるはずの子供にも見捨てられ、あらゆる面で孤立していくのだ。


でも、このような人達に同情する必要な全くない…自分の問題を自覚できなかったか、自覚していてもその問題と向き合うことから逃げてきた人達なのです。


いわゆる「自業自得」ってやつです。



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私の生きる道、生きてきた道。

私の生きる道、生きてきた道。

それをどうやったら解決出来るのかがわからない。


親との問題もそうだし、自分の苦手な事とか出来ないことが沢山あり過ぎる事とか…どうしたらいいのかと考えると、なぜかさみしさとか悲しさという気持ちが出てきてしまう。


これは気温の変化も関係しているのかもしれない。


実は2階のトイレの掃除を夏ごろから「掃除しなきゃ」と思っているのにまだできていないです…やらなきゃいけないとわかってはいるのですが、掃除など自分の興味のない事はどうしてもやる気が起こらないし、取り掛かるまでにものすごい時間がかかってしまう。


なんで出来ないんですかね?何かいい対処法はないんでしょうか?


リスパダールが合わなくて強い薬はもうこりごりだけど、このような症状に対して投薬治療を受けている人がちょっとうらやましい…副作用が出ながらも効果を実感してる人が多い気がする。


人間年を取ると頑固になるようで、あのおばぁちゃんを説得するのは難しい…リスパダールの件もあって投薬治療にさらに慎重になっているところがある。


かといって、薬をもらうためだけに他の病院に行くという選択肢は取りたくないんですよね…発達障害診てる他の病院で今のペース(カウンセリング毎週・2週に1度診察)や同じ条件で通院できる可能性は限りなくゼロに近いと思われる。


診察だけ月に1回とか私には絶対無理だ…通院始めてから3年間は毎週診察、それ以降も2週に1回というペースで通っているのでそれが当たりまえになっている。


私にとっては「きめ細かいフォロー」が必要不可欠なのだ。


この記事は朝から書いているけど、これ1本書くのに何時間かかってるんだろうか?また、集中力を持続することが難しくなっている。


昨日はキッチンの掃除が出来たけど…トイレ掃除はもうちょっと先になりそうです。


部屋がきれいになるのはもっと先になりそうです、パートナーは「ゆっくりでもいいから自分の出来る範囲で進めていけばいい」と言われましたが、そう言われてもなんだか自分自身がちょっと嫌になります。


余談ですが…パピヨンさん、来週の水曜日に「書類上のオス」になります。



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私の生きる道、生きてきた道。

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このカテゴリの記事の最後に「私は純粋なアダルトチルドレンではない」と書きましたが、純粋と言うとちょっと語弊があると感じたため、訂正と記事を書くことを止めた経緯についてお話ししたいと思います。


記事の更新を止めたのは発達障害疑いが濃厚になってきてからですね。


私は発達障害とアダルトチルドレンは完全に「別物」と考えていましたが、実はアダルトチルドレンな発達障害の当事者は多い…という事に気が付いた、もれなく私もそうだった。


しかし、私の場合…前にこんなことを言われた 事があるけどまだその時はこれについては認めていなかった。


でも、良く考えるとやっぱり「自分の持っている親の理想像」と実際の親の実態(宗教キチガイの母親と、いつまで経っても親離れどころか、親のいいなりになっている書類上は父親となっている人)があまりにもかけ離れすぎているという事であることに気が付いた。


よく「完璧な親なんていない」と言うけど、私の場合は「人として完璧でないなら親になる資格なし」と思うところがある、ああいう問題のある人そもそも親になる以前に結婚してはいけないのだと思う事さえある。


人として未熟どころか問題がある人同士がくっついて子供なんか持つから、いわゆる「機能不全家庭」が出来るのだと思う…アダルトチルドレン当事者の親もまたアダルトチルドレン(未自覚)であることが多い。


話が逸れてしまったのでもとに戻そう。


私の場合、子供のころから「家庭とかこうあるべき」とか「こういう家に住みたい」とか「親は私に対してこういう風に接するべき」という理想と言うか「こだわり」がものすごく強い…これは私が広汎性発達障害があるからだと思われる。


しかし、それが何一つも自分の思うようにならなかったのが長年積み重なって結果アダルトチルドレン様の症状(?)に悩まされる結果になったのかもしれない。


私がこのカテゴリで記事を書くのを止めたのはこのような理由からである。


そして今も悩まされている…この問題をどうやって解決していいのかわからないのだ。


他に、出来る事なら長年私を苦しめてきた親に同じような精神的苦痛を味あわせてやりたいという気持ちがとても強くて、何もしていないとその方法ばかりを考えてしまう事が多いのだ。


このカテゴリでは記事を書きません宣言をしていたけど、止めた理由を書いていなかったので更新させていただきました。



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私の生きる道、生きてきた道。

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