<リクエスト>
少し前から彼はとても疲れています。
私といると苦しいとも言います。
嫌いなわけではなく、好きだと言ってくれますが、苦しくなるのだそうです。
わかっていても一緒にいて苦しいと言われるのはつらいです。
彼にはもっと楽になってほしいし、リラックスしてほしいです。
彼の苦しさをなんとかしてあげたいのですが、私には何ができるのでしょうか?
(ももさん)
<根本からの回答>離れてあげるのも「愛」なことがあります。うーん、辛いですねえ・・・。そして、何とかしてあげたいというももさんは優しいですね。彼のこと、大好きなんですね。彼のその疲れによっても見方は変わってくると思いますが、一般に仕事とか人間関係などの疲れだと仮定して話を進めさせていただきますね。さて、疲れている彼が「私といると苦しい」というときってどんなときでしょう?「私が役に立たないから」「私じゃ彼を癒せないから」「私が迷惑ばかりをかけるから」などと自分のせいにしなくて大丈夫なケースが多いです。自信がないと、こういうときに“私”にはまりこんでしまうんですね。(そうすると、自分のことでいっぱいいっぱいで彼のことが見えなくなります)特に自立系の男性などは、彼女にはいろいろしてあげたい、役に立ちたい、と思うものですから、「してあげたいのにできなくて苦しい」ということだってあるんです。「本当は一緒にいて彼女を笑わせてあげたいし、食事をしたり、遊びにいったり、楽しい時間を過ごしたい。でも、こんなに疲れていたら、とても一緒にいて彼女を楽しませるだけの余裕がないし、むしろ、迷惑をかけてしまう。一緒にいたい、とか、休ませてあげたいって優しいことを言ってくれるのは嬉しいけれど、それに応えられない自分が苦しい」ということだってあるんですね。罪悪感という感情は自分自身を毒のような悪魔のような感覚で捉えさせます。そのため、自分がそこにはまっているときは、大切な人を毒さないように遠ざけたいと思うものなのです。自信がないと彼を「私が」癒してあげたい、と思ってしまうものなのですが、かえってその気持ちが彼には重たくなることもあるんです。リラックスさせてあげるために離れてあげることも優しさであり、愛なんですね。そう思ったときに、不安や寂しさや悲しさが出てくるかもしれませんが、それは愛ではなく、依存心だったり、自信の無さだったりするんですよね。だから、それがベストであるならば、愛を持って離れてあげることも、彼のためになるんです。難しいことですけれど、自我を手放して、彼のために、という思いを強く持つと、ももさんの中から、愛がたくさん溢れてきて、なぜか、心も満たされますよ。そして、彼が少し元気になって、再びあなたの前に現れたら、ニッコリ笑って受け入れてあげましょう。そのとき、「ああ、こいつはずっと待っててくれたんだ。」と彼は感激してくれるはずなんです。さて、ここからは応用編。彼から寂しいながらも少し距離を置いて離れられたとしたら、その間に、私は“彼を癒せる女”になるべく、自分磨きに精を出すことにしましょう。どんな女性が彼をじゃんじゃん癒せるのかな?○○さんみたいな人ってイメージに浮かぶ人はいますか?彼を癒せる女性を目指して自分を磨いていくと、実はこの時間が二人にとってすごく意味あるものになりますね。一人じゃ難しいと思ったら、カウンセラーにすぐヘルプ。ということで、参考になりましたら幸いです!=お勧め!エクササイズ=【パートナーがいらっしゃる方へ】パートナーの頭をよしよしして、頑張ってるよね!と言ってあげる。パートナーを褒めて癒す方法をマスターしよう!【パートナーがいらっしゃらない方へ】「○○さんみたいになる!」を3人に宣言しよう。憧れの同性を3名リストアップ。そして、友人・知人にそれを宣言してみる。
あるとき、こんな相談を立て続けに頂いたことがあります。
営業職で頑張って働いていて、結婚と同時に彼の希望もあって家に入ったら、徐々に気持ちが沈みこむようになって笑えなくなり、焦燥感に駆られ、自分がどんどんおかしくなってしまった・・・という感じで。
その結果、「また仕事を始めたら元気になった・・・」という明るい話題もありますが、逆に「ネット中毒のようになって昼夜が逆転してしまい、家事が手につかなくなった・・・」とか、同じように、「ネットで買い物依存のようになり、宅配便が届くたびに気分が沈みこむのだが止められず、夫にばれたらどうしようという不安も強い」とか、あるいは、寂しさや不安を埋めるためにアルコールに走る場合もあれば、自分でもおかしいと思うくらいに男に走ってしまった、というケースもありました。そもそも結婚を機に家庭に入ると、現代社会では一種の社会から隔離されたような感覚になり、まるで自分が世の中から一人取り残されたような気持ちになりやすいんですね。それが自立的に社会の中で頑張って生きていた方であればあるほど、自分にとっての社会的地位と自尊心が結びついていて、家庭に入った途端に自分を見失うということもあるんです。それは「定年を迎えたお父さんが惚けたようにボーっとなってしまい、それまでの生気がなくなってしまった」というケースと実は近いのかもしれません。それでも結婚に至る20~40代というのはまだまだ体力的にも余裕がありますから、何かしたい衝動は強く、その分焦り、不安が増大し、そして、さらに自分を見失う行動に出る、というところに出てきます。もちろん、ご主人がきちんとその点理解されて、夫婦でのコミュニケーションが深く取れれば、社会→家庭への移行がスムーズに進みますが、現代の働くご主人は超多忙が標準みたいなところがありますから、なかなか会話自体が難しくなってしまうことも少なくないようです。こんなケースでは、まずは「自分」を深く見つめ、地に足を着ける(グラウンディング)がとても大切です。社会性=自尊心だったり、働くことで自分の価値を測っていたり、会社で認められることで自分の存在意義を感じていたりすると、大きく環境が変わるとアイデンティティが崩壊して、自分を見失いますね。自分自身の価値、存在意義などを深く見つめるためにも、自分の心と対話する時間を少しずつ作っていくことが有効です。カウンセリングという「自分と向き合う時間を作る」ことも効果的ですし、日常の中で自分自身と深く向き合うべく、瞑想を取り入れることも役立つでしょう。深呼吸しながら、お腹に意識を集め、そして、背筋を伸ばし、両足をしっかり床に着けて、ただただ呼吸をゆっくり繰り返します。それだけでもスーッと心が軽くなることもあるでしょう。私も面談やグループセラピーの場では、「今やったセラピー(イメージワーク)を家でもやってみてくださいね」と、家庭で使える瞑想を作ってみたりしています。そうして、自分の心と深く繋がっていくと、自分がまだ死んではいないこと、すなわち、あらゆる可能性をまだ今も持っていることに気づくことができるでしょう。そうして毎日を少しずつ楽しめるようになると、この不安や焦り、孤独感から脱却し、自分らしい毎日を構築していくことが可能になります。ただ・・・もちろん、それはご主人との関係が土台にあってのことですけれどね。参考になりましたら、幸いです。
営業職で頑張って働いていて、結婚と同時に彼の希望もあって家に入ったら、徐々に気持ちが沈みこむようになって笑えなくなり、焦燥感に駆られ、自分がどんどんおかしくなってしまった・・・という感じで。
その結果、「また仕事を始めたら元気になった・・・」という明るい話題もありますが、逆に「ネット中毒のようになって昼夜が逆転してしまい、家事が手につかなくなった・・・」とか、同じように、「ネットで買い物依存のようになり、宅配便が届くたびに気分が沈みこむのだが止められず、夫にばれたらどうしようという不安も強い」とか、あるいは、寂しさや不安を埋めるためにアルコールに走る場合もあれば、自分でもおかしいと思うくらいに男に走ってしまった、というケースもありました。そもそも結婚を機に家庭に入ると、現代社会では一種の社会から隔離されたような感覚になり、まるで自分が世の中から一人取り残されたような気持ちになりやすいんですね。それが自立的に社会の中で頑張って生きていた方であればあるほど、自分にとっての社会的地位と自尊心が結びついていて、家庭に入った途端に自分を見失うということもあるんです。それは「定年を迎えたお父さんが惚けたようにボーっとなってしまい、それまでの生気がなくなってしまった」というケースと実は近いのかもしれません。それでも結婚に至る20~40代というのはまだまだ体力的にも余裕がありますから、何かしたい衝動は強く、その分焦り、不安が増大し、そして、さらに自分を見失う行動に出る、というところに出てきます。もちろん、ご主人がきちんとその点理解されて、夫婦でのコミュニケーションが深く取れれば、社会→家庭への移行がスムーズに進みますが、現代の働くご主人は超多忙が標準みたいなところがありますから、なかなか会話自体が難しくなってしまうことも少なくないようです。こんなケースでは、まずは「自分」を深く見つめ、地に足を着ける(グラウンディング)がとても大切です。社会性=自尊心だったり、働くことで自分の価値を測っていたり、会社で認められることで自分の存在意義を感じていたりすると、大きく環境が変わるとアイデンティティが崩壊して、自分を見失いますね。自分自身の価値、存在意義などを深く見つめるためにも、自分の心と対話する時間を少しずつ作っていくことが有効です。カウンセリングという「自分と向き合う時間を作る」ことも効果的ですし、日常の中で自分自身と深く向き合うべく、瞑想を取り入れることも役立つでしょう。深呼吸しながら、お腹に意識を集め、そして、背筋を伸ばし、両足をしっかり床に着けて、ただただ呼吸をゆっくり繰り返します。それだけでもスーッと心が軽くなることもあるでしょう。私も面談やグループセラピーの場では、「今やったセラピー(イメージワーク)を家でもやってみてくださいね」と、家庭で使える瞑想を作ってみたりしています。そうして、自分の心と深く繋がっていくと、自分がまだ死んではいないこと、すなわち、あらゆる可能性をまだ今も持っていることに気づくことができるでしょう。そうして毎日を少しずつ楽しめるようになると、この不安や焦り、孤独感から脱却し、自分らしい毎日を構築していくことが可能になります。ただ・・・もちろん、それはご主人との関係が土台にあってのことですけれどね。参考になりましたら、幸いです。
沖縄での社員旅行から帰ってきたと思ったら、今度は韓国である。たらふく焼肉やらホルモンやら海苔巻きを食い荒らすのである。
ただし、交通費は片道400円。
日本最大とも言われる大阪・鶴橋界隈のコリアンタウンを巡る旅である。
昨年、この手の濃い系料理の趣味を同じくする原同志と第一回目を挙行した際は、鶴橋の駅前に立ち並ぶ高級焼肉店には目もくれず、主に東側の商店街の軒先で海苔巻き、トッポギを食し、高架下でホルモンを食らい、店内はもちろん、客との会話も日本語ではない店でホルモン鍋を腹に収め、非常に充実した一日を過ごした。
当日の名目は「鶴橋で仕事の打ち合わせをしよう!」ということだったので、帰りがけには駅構内の小汚く時代がかった喫茶店にて綿密にミーティングを行い、きちんと目的を果たしたのであった。
もちろん、家族へのお土産(キムチ)も忘れずに購入し、家に帰った途端、「にんにくくさーい!」とファブリーズされたことも記憶に新しい。
さて、今回は原同志に太一同志も加わった3名での旅である。 前回はろくな知識もなく駆け巡ったため、見落としていた点が多数あった。 それを反省し、多少は予備知識を投入してのツアーである。 この3名のスケジュールを合わせるのはなかなか難しいため、1ヶ月以上も前からこの日が設定されていた。ゆえに長らくお預けを食らっている状態であった我々3名は、当日、非常に気合が入っていた。 あまりに気合が入っていたために、まず太一はよりによって“鶴橋”と“京橋”を間違えて途中下車をし、一本電車を乗り過ごした。かく言う私は一つ手前の玉造にて先走って途中下車し、目の前で太一の乗った電車を見送る羽目にあった。その過ぎ去っていく電車の窓に太一の姿を発見し、妙に切ない気分になったものである。そして、原は電車の時間を計算し間違えて、何と45分も前に現地に着いてしまい、することがないので、近所を下見していた。なんだか全員が「前の晩、遠足が楽しみで興奮しすぎて眠れなかった」ような感じである。そんなやる気がくるくると空回りする3人組ではあったが、気を取り直してどこから手を付けるかを議論するところからこの旅は始まった。まず私が露天にてビール+トッポギ+ホルモンからスタートする案を提案する。しかし、それでは前回と何ら変わらない旅で面白味がないと、提案者の私も含め、一同否定的な空気が流れ出す。我々は一見、人のいい穏健派のように見えて、実は内心頑なな主張を持ったオヤジ達であり、嫌なものは嫌というわがままな空気を遺憾なく振りまく癖がある。そして、常に新鮮さを求める我々は、非常にディープな店と評判の「アリラン食堂」へと足を向けることとした。 韓国の食材が並ぶ市場内をずんずん進み、見慣れたキムチ屋街を通り過ぎ、徐々に薄暗くもディープなアーケード街へと足を踏み入れる。しかし、高鳴る胸と反して、いまいち場所がよく分からない。そこで、自分達の地理感覚に自信のない我々3名は、韓国雑貨を扱う店のおばちゃんを尋ね、片言ながらも流暢な日本語で道を教えてもらう。さらにワクワク感を増大させながら商店街を進んでいくと、現れました!そのアリラン食堂。
門構えもたいそう立派なつくりをしていて、思ったよりも全然きれいな感じで、日本語もきちんと通じるごくごく素敵な料理屋であった。「全然ディープって感じやないやん?」と我々は落胆と安堵が交じり合った表情で語り合う。ただし、壁のポスター類は韓国スター達が笑顔を見せており、テレビもずーっと韓国のテレビ番組を放送していた。 時折店主と客が交わす会話は韓国語で、店のおばちゃんのメモも立派なハングルであった。さて、衛星放送なのかは分からないが、TVに流れる他国のCMを見るのは非常に面白い。 私は出張中には地域のローカルCMを見るのが趣味であるから、思わずテレビに釘付けになってしまった。何となく、アメリカを髣髴させるようなCMが多かったように思う。さて、メニューの豊富さと腹の空き具合からいきなり大量に注文してしまう。 しかし、昼間から堂々と飲めるビールは最高に美味である。願わくば韓国ビールがあったら嬉しいのだが、残念ながらアサヒであった。 ここでは大きく二つの発見をした。 一つは、イカ炒めがこれまで食べた中で一番旨かったこと。東京・五反田の名店でも幾度となく口にしていたのだが、このアリラン食堂のイカ炒めはほんとうにそれ以上にうまい。辛いようで甘い、そして、イカはぷりぷりで、野菜もまだまだ生きていて、かなりの絶品であった。もう一つは、チヂミが異様に旨い。正直、炭水化物系であるチヂミは酒好きな私にとってはあまり箸の進むメニューではない。しかし、おばちゃんのちょっと押しの強い勧めに押されてオーダーしたそれは、いくらでも食べたいほどの美味であった。一同、チヂミがこんなにうまいなんて・・・と一気に平らげるほどの勢いであった。これはお土産に買って帰りたいなあ・・・とは、それぞれ家に妻子を残してきている罪悪感からであろうか?オヤジ達の旅に、家族の話題は半ばタブーである。「ほんまは嫁さんもコレ食べたいんやろな」「うちの奥さん、こういうの好きやもんな」そんな思いを感じたら最後、気のいいオヤジ達は即刻罪悪感まみれになって酒量が一気に増えてしまうのだ。
さて、この写真はカムジャタンという鍋料理である。 野菜も肉も期待を裏切らぬ旨さであり、また、ビールもがんがんに進む。辛いのか、辛くないのかが微妙なうちに、それぞれの額からは汗が滴り落ちてくる。私が以前、うまい唐辛子料理に出会うたびに経験する“無意識で感じる辛さ”である。ついつい、箸が泊まらず、腹いっぱい食べてしまい、これがまだ1軒目であることを危うく忘れるところであった。(前回のツアーでは4軒ほどハシゴをしたため、今回も同様の数値目標を掲げていた。) さて、こんなにうまいんなら、焼肉だってきっと革命的なうまさではないか?と一同合点し、おばちゃんを呼ぼうとした刹那、「今後の予定を考えると、それはやめたほうがいい、我々は焼肉店をハシゴするほど若くはない」と暗黙のうちに気づいた我々は、名残惜しくもアリラン食堂を後にして、次なるターゲットと向かうこととした。*さて、私が調べたところによると、この近くに鶴橋とは別のコリアンタウンが存在するという。 しかし、場所はよく分からない。 よってまずは勘に頼って歩き出す。何でも今里の方らしい・・・桃谷に近い方らしい・・・とのあいまいな記憶のみが便りである。 散々歩いてみたもののそれらしきものは全然見えてこない。 よって今度は本屋さんのおばちゃんに道を尋ねることにした。実は大阪でおばちゃんに道を聞くのは非常にリスキーな行為であることが多い。その親切心から「全然知らないのに、まるでそこに住んでいるかのようなリアリティで道を教えてくれる」からである。そのため、道を聞く前におばちゃんを選別する必要があるのだが、一番無難なのはそこで商売しているおばちゃんである。間違っても道行くおばちゃんに道を聞いてはいけない。さて、その書店のおばちゃんの親切な情報によれば、我々はまったく違う方向に足を進めていたようで、「ちょうどいい腹ごしらえになったんじゃないか」とお互いを慰めつつ、おばちゃんの指示通りに歩いていくと、御幸通商店街へと辿り着く。 やはり知らない街を歩くときは地図の一つくらいは持ち歩いたほうがいい。さて、この御幸通商店街は、門構えからして堂々と「Korea town」と銘打っている商店街である。 ディープな世界を想像してワクワクしながら訪れたものの、これまた至ってきれいな商店街で、鶴橋が観光客向けの市場とすれば、こちらは地元に住んでる韓国人のための商店街のような雰囲気であった。 しかし、ディープな雰囲気でははるかに鶴橋の近鉄高架下が上回るが、ここに並ぶ食材や人々は見れば見るほど異国である。以前、韓国に旅行したことのある原が「これ韓国で見たことある」と連呼するほどに私にはよく分からないものがたくさん並んでいた。とはいえ、やはり随分と観光化されているところも多く、何となく地方の土産物屋街に近い感覚すら覚えてしまった。このまま、韓国人のための商店街であり続け、そこに時々我々がお邪魔させてもらう空間であり続けて欲しいと願うばかりである。さて、この御幸通商店街には若いくせに異様にグルメな友人が勧めるキムチ屋さんがある。 20代半ばでそんな舌を持ってしまうと将来が大変じゃね?と要らぬ世話を焼きたくなるのであるが、彼女のお勧めは大阪だろうが、福岡だろうが外れはないので安心である。店の前にずらーっと並ぶキムチを眺めながら、旨そうなものを3つほどオーダーする。いつ見てもキムチの種類の多さには驚かされる。ありとあらゆるものを漬け込んでいる感じで、思わず京都の漬物店を思い出してしまった。そこもすぐきや千枚漬け始め、ありとあらゆる京漬け物がタライに飾られている。キムチも漬物も、それだけでご飯が何倍も行けるほどに私は好物である。さて、そこでは一番人気というオイキムチ。私の大好きなカクテキ。そして、うちの奥さんが大好きな水キムチ。最小単位が500gということで、早速重たい荷物を抱えてしまったのであるが、楽しみの荷重と思えば嬉しいものである。(帰宅後、妻と早速味見をしたのだが、やはりこの山田商店のキムチは異様に旨かった。) *さて、この商店街には我々好みのちょっとディープな店がなかったので、再びアーケードとバラックでできたような鶴橋の市場へと舞い戻ることにした。 ここにはディープ好きな原がかねてから目を付けていた焼肉屋がある。「前にホルモンとか海苔巻きを食べた、鶴橋の露天の店あるでしょう?あのすぐ横に、小さいけれど、とても怪しげな焼肉屋があったんですけど、そこに行きませんか?」そんな誘いに間髪入れず「いえーす」と答える我々は変態である。そして、わくわくしながら鶴橋の市場への道を進む。この辺の地理はなぜか頭に入ってしまっているので、迷うことなく目的地周辺に到着し、「え?どれ?どれ?」と周りを見渡すと、ふふーんと得意げに原が指した店は、角のチヂミ屋の横にあるボロボロの扉を持つ、素敵な昭和40年代の店であった。後から気がついたのであるが、このチヂミ屋と焼肉屋はアコーデオン・カーテン(!)1枚で繋がっており、店員は自由に行き来できる。また、そのチヂミを焼いている後ろには有名人のサインが所狭しと並んでいる(本物かどうかは分からないが)さて、そんな歴史ある概観の扉をがらがらっと開けると「何しにきたん?」と言いたげなおばちゃんが出迎えてくれた。昼飯時をすっかり過ぎている時間だからなのか、タバコをふかしながら愛想がない。むしろ、日ごろ女性に頭の上がらない弱いオヤジ達は「す、すいません。焼肉を食わせていただけませんでしょうか?あ、もし、用事などがあるんでしたら、その後で結構です」と、主客の逆転した態度を取って、そろーっと席に着く。それはまるで「近所の悪ガキが家から追い出されて暇つぶしにおばちゃんの店を訪ね、くどくどと説教されながらも焼肉を出してもらう」ようでもあった。
とはいえ、そんな無愛想で、やる気があるのかないのか分からない様子なのに、旨い肉(ホルモン)を出すんだから大阪は面白い。 この写真はノド肉を焼いてるところ。これがまた旨かった。* そして、恐縮しながらも、うまい肉に舌鼓を打ち、早々に退散した我々は、うろちょろと市場を徘徊しながら「落ち着いて焼肉を食いたい」との意見の一致を見、前回も最後の店と決めた「明らかに日本語が不得手な韓国人がやってる店」へと入店した。市場のアーケードの途切れた、近鉄の高架のすぐ横にある店である。普通ならば店を閉めてもいい3時過ぎに、ちゃんと焼肉を食わせてくれるここはえらいと思う。 ふつうはランチが終われば、5時か6時から営業を再開するものなのに。 さて、いよいよ最後ということもあり、二階のゆったりとした座敷で、いろんな話をしながらうまい焼肉を食す。
写真はビールとセットで頼んだ豚キムチやナムルである。普通のバラもハラミも何でこんなにうまいんだろう?と思いながら、さらに腹を膨らませる。原も「今日僕は3kg体重増やすつもりで来ました」との言葉に恥じない食いっぷりであったが、さすがに3軒目ともなればオヤジ達の胃袋は悲鳴を上げる。いろんな話に花が咲くが、ビールの酔いもあって、あんまり記憶にない。そうして、2回目の鶴橋韓国ツアーは幕を閉じるのであった。 環状線に乗ると一気に日本の日常が戻ってきた。ゆらゆらと久しぶりの電車に揺られながら帰宅の途につく。 日本だけれど日本ではない、その街は、その食材でパワフルなエネルギーを十分に与えてくれるだけでなく、身近な海外旅行も楽しませてくれるのである。 * 帰宅(帰国?)後、この手の情報収集に余念のない原氏からメール(指令)が届いた。 何でも鶴橋の隣の今里は更にディープな世界が待っているらしい。 ふむふむ。これは行くしかない・・・。
ただし、交通費は片道400円。
日本最大とも言われる大阪・鶴橋界隈のコリアンタウンを巡る旅である。
昨年、この手の濃い系料理の趣味を同じくする原同志と第一回目を挙行した際は、鶴橋の駅前に立ち並ぶ高級焼肉店には目もくれず、主に東側の商店街の軒先で海苔巻き、トッポギを食し、高架下でホルモンを食らい、店内はもちろん、客との会話も日本語ではない店でホルモン鍋を腹に収め、非常に充実した一日を過ごした。
当日の名目は「鶴橋で仕事の打ち合わせをしよう!」ということだったので、帰りがけには駅構内の小汚く時代がかった喫茶店にて綿密にミーティングを行い、きちんと目的を果たしたのであった。
もちろん、家族へのお土産(キムチ)も忘れずに購入し、家に帰った途端、「にんにくくさーい!」とファブリーズされたことも記憶に新しい。
さて、今回は原同志に太一同志も加わった3名での旅である。 前回はろくな知識もなく駆け巡ったため、見落としていた点が多数あった。 それを反省し、多少は予備知識を投入してのツアーである。 この3名のスケジュールを合わせるのはなかなか難しいため、1ヶ月以上も前からこの日が設定されていた。ゆえに長らくお預けを食らっている状態であった我々3名は、当日、非常に気合が入っていた。 あまりに気合が入っていたために、まず太一はよりによって“鶴橋”と“京橋”を間違えて途中下車をし、一本電車を乗り過ごした。かく言う私は一つ手前の玉造にて先走って途中下車し、目の前で太一の乗った電車を見送る羽目にあった。その過ぎ去っていく電車の窓に太一の姿を発見し、妙に切ない気分になったものである。そして、原は電車の時間を計算し間違えて、何と45分も前に現地に着いてしまい、することがないので、近所を下見していた。なんだか全員が「前の晩、遠足が楽しみで興奮しすぎて眠れなかった」ような感じである。そんなやる気がくるくると空回りする3人組ではあったが、気を取り直してどこから手を付けるかを議論するところからこの旅は始まった。まず私が露天にてビール+トッポギ+ホルモンからスタートする案を提案する。しかし、それでは前回と何ら変わらない旅で面白味がないと、提案者の私も含め、一同否定的な空気が流れ出す。我々は一見、人のいい穏健派のように見えて、実は内心頑なな主張を持ったオヤジ達であり、嫌なものは嫌というわがままな空気を遺憾なく振りまく癖がある。そして、常に新鮮さを求める我々は、非常にディープな店と評判の「アリラン食堂」へと足を向けることとした。 韓国の食材が並ぶ市場内をずんずん進み、見慣れたキムチ屋街を通り過ぎ、徐々に薄暗くもディープなアーケード街へと足を踏み入れる。しかし、高鳴る胸と反して、いまいち場所がよく分からない。そこで、自分達の地理感覚に自信のない我々3名は、韓国雑貨を扱う店のおばちゃんを尋ね、片言ながらも流暢な日本語で道を教えてもらう。さらにワクワク感を増大させながら商店街を進んでいくと、現れました!そのアリラン食堂。
門構えもたいそう立派なつくりをしていて、思ったよりも全然きれいな感じで、日本語もきちんと通じるごくごく素敵な料理屋であった。「全然ディープって感じやないやん?」と我々は落胆と安堵が交じり合った表情で語り合う。ただし、壁のポスター類は韓国スター達が笑顔を見せており、テレビもずーっと韓国のテレビ番組を放送していた。 時折店主と客が交わす会話は韓国語で、店のおばちゃんのメモも立派なハングルであった。さて、衛星放送なのかは分からないが、TVに流れる他国のCMを見るのは非常に面白い。 私は出張中には地域のローカルCMを見るのが趣味であるから、思わずテレビに釘付けになってしまった。何となく、アメリカを髣髴させるようなCMが多かったように思う。さて、メニューの豊富さと腹の空き具合からいきなり大量に注文してしまう。 しかし、昼間から堂々と飲めるビールは最高に美味である。願わくば韓国ビールがあったら嬉しいのだが、残念ながらアサヒであった。 ここでは大きく二つの発見をした。 一つは、イカ炒めがこれまで食べた中で一番旨かったこと。東京・五反田の名店でも幾度となく口にしていたのだが、このアリラン食堂のイカ炒めはほんとうにそれ以上にうまい。辛いようで甘い、そして、イカはぷりぷりで、野菜もまだまだ生きていて、かなりの絶品であった。もう一つは、チヂミが異様に旨い。正直、炭水化物系であるチヂミは酒好きな私にとってはあまり箸の進むメニューではない。しかし、おばちゃんのちょっと押しの強い勧めに押されてオーダーしたそれは、いくらでも食べたいほどの美味であった。一同、チヂミがこんなにうまいなんて・・・と一気に平らげるほどの勢いであった。これはお土産に買って帰りたいなあ・・・とは、それぞれ家に妻子を残してきている罪悪感からであろうか?オヤジ達の旅に、家族の話題は半ばタブーである。「ほんまは嫁さんもコレ食べたいんやろな」「うちの奥さん、こういうの好きやもんな」そんな思いを感じたら最後、気のいいオヤジ達は即刻罪悪感まみれになって酒量が一気に増えてしまうのだ。
さて、この写真はカムジャタンという鍋料理である。 野菜も肉も期待を裏切らぬ旨さであり、また、ビールもがんがんに進む。辛いのか、辛くないのかが微妙なうちに、それぞれの額からは汗が滴り落ちてくる。私が以前、うまい唐辛子料理に出会うたびに経験する“無意識で感じる辛さ”である。ついつい、箸が泊まらず、腹いっぱい食べてしまい、これがまだ1軒目であることを危うく忘れるところであった。(前回のツアーでは4軒ほどハシゴをしたため、今回も同様の数値目標を掲げていた。) さて、こんなにうまいんなら、焼肉だってきっと革命的なうまさではないか?と一同合点し、おばちゃんを呼ぼうとした刹那、「今後の予定を考えると、それはやめたほうがいい、我々は焼肉店をハシゴするほど若くはない」と暗黙のうちに気づいた我々は、名残惜しくもアリラン食堂を後にして、次なるターゲットと向かうこととした。*さて、私が調べたところによると、この近くに鶴橋とは別のコリアンタウンが存在するという。 しかし、場所はよく分からない。 よってまずは勘に頼って歩き出す。何でも今里の方らしい・・・桃谷に近い方らしい・・・とのあいまいな記憶のみが便りである。 散々歩いてみたもののそれらしきものは全然見えてこない。 よって今度は本屋さんのおばちゃんに道を尋ねることにした。実は大阪でおばちゃんに道を聞くのは非常にリスキーな行為であることが多い。その親切心から「全然知らないのに、まるでそこに住んでいるかのようなリアリティで道を教えてくれる」からである。そのため、道を聞く前におばちゃんを選別する必要があるのだが、一番無難なのはそこで商売しているおばちゃんである。間違っても道行くおばちゃんに道を聞いてはいけない。さて、その書店のおばちゃんの親切な情報によれば、我々はまったく違う方向に足を進めていたようで、「ちょうどいい腹ごしらえになったんじゃないか」とお互いを慰めつつ、おばちゃんの指示通りに歩いていくと、御幸通商店街へと辿り着く。 やはり知らない街を歩くときは地図の一つくらいは持ち歩いたほうがいい。さて、この御幸通商店街は、門構えからして堂々と「Korea town」と銘打っている商店街である。 ディープな世界を想像してワクワクしながら訪れたものの、これまた至ってきれいな商店街で、鶴橋が観光客向けの市場とすれば、こちらは地元に住んでる韓国人のための商店街のような雰囲気であった。 しかし、ディープな雰囲気でははるかに鶴橋の近鉄高架下が上回るが、ここに並ぶ食材や人々は見れば見るほど異国である。以前、韓国に旅行したことのある原が「これ韓国で見たことある」と連呼するほどに私にはよく分からないものがたくさん並んでいた。とはいえ、やはり随分と観光化されているところも多く、何となく地方の土産物屋街に近い感覚すら覚えてしまった。このまま、韓国人のための商店街であり続け、そこに時々我々がお邪魔させてもらう空間であり続けて欲しいと願うばかりである。さて、この御幸通商店街には若いくせに異様にグルメな友人が勧めるキムチ屋さんがある。 20代半ばでそんな舌を持ってしまうと将来が大変じゃね?と要らぬ世話を焼きたくなるのであるが、彼女のお勧めは大阪だろうが、福岡だろうが外れはないので安心である。店の前にずらーっと並ぶキムチを眺めながら、旨そうなものを3つほどオーダーする。いつ見てもキムチの種類の多さには驚かされる。ありとあらゆるものを漬け込んでいる感じで、思わず京都の漬物店を思い出してしまった。そこもすぐきや千枚漬け始め、ありとあらゆる京漬け物がタライに飾られている。キムチも漬物も、それだけでご飯が何倍も行けるほどに私は好物である。さて、そこでは一番人気というオイキムチ。私の大好きなカクテキ。そして、うちの奥さんが大好きな水キムチ。最小単位が500gということで、早速重たい荷物を抱えてしまったのであるが、楽しみの荷重と思えば嬉しいものである。(帰宅後、妻と早速味見をしたのだが、やはりこの山田商店のキムチは異様に旨かった。) *さて、この商店街には我々好みのちょっとディープな店がなかったので、再びアーケードとバラックでできたような鶴橋の市場へと舞い戻ることにした。 ここにはディープ好きな原がかねてから目を付けていた焼肉屋がある。「前にホルモンとか海苔巻きを食べた、鶴橋の露天の店あるでしょう?あのすぐ横に、小さいけれど、とても怪しげな焼肉屋があったんですけど、そこに行きませんか?」そんな誘いに間髪入れず「いえーす」と答える我々は変態である。そして、わくわくしながら鶴橋の市場への道を進む。この辺の地理はなぜか頭に入ってしまっているので、迷うことなく目的地周辺に到着し、「え?どれ?どれ?」と周りを見渡すと、ふふーんと得意げに原が指した店は、角のチヂミ屋の横にあるボロボロの扉を持つ、素敵な昭和40年代の店であった。後から気がついたのであるが、このチヂミ屋と焼肉屋はアコーデオン・カーテン(!)1枚で繋がっており、店員は自由に行き来できる。また、そのチヂミを焼いている後ろには有名人のサインが所狭しと並んでいる(本物かどうかは分からないが)さて、そんな歴史ある概観の扉をがらがらっと開けると「何しにきたん?」と言いたげなおばちゃんが出迎えてくれた。昼飯時をすっかり過ぎている時間だからなのか、タバコをふかしながら愛想がない。むしろ、日ごろ女性に頭の上がらない弱いオヤジ達は「す、すいません。焼肉を食わせていただけませんでしょうか?あ、もし、用事などがあるんでしたら、その後で結構です」と、主客の逆転した態度を取って、そろーっと席に着く。それはまるで「近所の悪ガキが家から追い出されて暇つぶしにおばちゃんの店を訪ね、くどくどと説教されながらも焼肉を出してもらう」ようでもあった。
とはいえ、そんな無愛想で、やる気があるのかないのか分からない様子なのに、旨い肉(ホルモン)を出すんだから大阪は面白い。 この写真はノド肉を焼いてるところ。これがまた旨かった。* そして、恐縮しながらも、うまい肉に舌鼓を打ち、早々に退散した我々は、うろちょろと市場を徘徊しながら「落ち着いて焼肉を食いたい」との意見の一致を見、前回も最後の店と決めた「明らかに日本語が不得手な韓国人がやってる店」へと入店した。市場のアーケードの途切れた、近鉄の高架のすぐ横にある店である。普通ならば店を閉めてもいい3時過ぎに、ちゃんと焼肉を食わせてくれるここはえらいと思う。 ふつうはランチが終われば、5時か6時から営業を再開するものなのに。 さて、いよいよ最後ということもあり、二階のゆったりとした座敷で、いろんな話をしながらうまい焼肉を食す。
写真はビールとセットで頼んだ豚キムチやナムルである。普通のバラもハラミも何でこんなにうまいんだろう?と思いながら、さらに腹を膨らませる。原も「今日僕は3kg体重増やすつもりで来ました」との言葉に恥じない食いっぷりであったが、さすがに3軒目ともなればオヤジ達の胃袋は悲鳴を上げる。いろんな話に花が咲くが、ビールの酔いもあって、あんまり記憶にない。そうして、2回目の鶴橋韓国ツアーは幕を閉じるのであった。 環状線に乗ると一気に日本の日常が戻ってきた。ゆらゆらと久しぶりの電車に揺られながら帰宅の途につく。 日本だけれど日本ではない、その街は、その食材でパワフルなエネルギーを十分に与えてくれるだけでなく、身近な海外旅行も楽しませてくれるのである。 * 帰宅(帰国?)後、この手の情報収集に余念のない原氏からメール(指令)が届いた。 何でも鶴橋の隣の今里は更にディープな世界が待っているらしい。 ふむふむ。これは行くしかない・・・。*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*
家族とは、もっとも身近であるが故に、もっとも感情的な問題を抱えやすい存在でもありますよね。
他の人から言われてもなんとも思わない言葉が、家族からはとても怒りや悲しみをかきたてられることもあるでしょうし、逆に、近い分だけ、「してもらって当然」といった甘えや依存も出て来てしまいます。
特に我々日本人はとかく家族との距離が近い傾向があり、母子癒着などの近すぎる距離がさまざまな問題を引き起こしていたりもします。一方で、その分だけ分離していてバラバラな家族になると、異端のように目立つ傾向にあり、これまた問題を引き起こすことも少なくないようです。(他の家と違ってうちは何でこんなにバラバラなのか?とか)カウンセリングやセラピーは人間関係を扱いますから、こうした家族についてのお話を伺う機会は非常に多いんですね。そして、幼い頃の家族との関係が大人になってからも少なからず影響を及ぼしていることを何度も何度も目の当たりにしてきました。だから、家族との絆を深めるということは、私達にとってとても大切な意識だと思うのです。さて、親子であれ、きょうだいであれ、夫婦であれ、その心理的な距離が縮まれば縮まるほど、私達は「~してくれて当然」「これくらいは許される」といった依存的な要求を突きつけたり、外に出せない鬱憤をぶつけるサンドバックとして扱ってしまうことが少なくありません。特に自分自身を粗末に扱い、ひどく扱ってる方ほど、身近な人への攻撃性も高まってしまうようです。そして、近い距離に付き物なのは「恥ずかしさ」という気持ち。だから、当たり前のことも他人には出来ても、家族にはできないということが増えてきたりします。その典型が「感謝」ということ。他の人、特に仕事中にはたくさん言える「ありがとうございます」の言葉も、家族に対しては全然言えなくなったりします。また、取引先や同僚にはできるちょっとした配慮も、恥ずかしさや甘えの感情から家族には無愛想になってしまうことも少なくないのかもしれません。そういう意味では、家族とは自分自身をさらけ出せる場所でもありますが、近しき者にも礼儀あり、というように、まずは、相手を一人の人間としてみてあげることが大切なのではないでしょうか。感謝の気持ち、そして、できれば愛情まで。恥ずかしさを越えてコミュニケーションができると、血のつながりは確実に絆を深めてくれるはずです。とはいえ、なかなか難しいですよね。ですから、父の日、母の日、誕生日、クリスマス、結婚記念日、どなたかの命日などをきっかけとしてみるといいでしょう。
家族とは、もっとも身近であるが故に、もっとも感情的な問題を抱えやすい存在でもありますよね。
他の人から言われてもなんとも思わない言葉が、家族からはとても怒りや悲しみをかきたてられることもあるでしょうし、逆に、近い分だけ、「してもらって当然」といった甘えや依存も出て来てしまいます。
特に我々日本人はとかく家族との距離が近い傾向があり、母子癒着などの近すぎる距離がさまざまな問題を引き起こしていたりもします。一方で、その分だけ分離していてバラバラな家族になると、異端のように目立つ傾向にあり、これまた問題を引き起こすことも少なくないようです。(他の家と違ってうちは何でこんなにバラバラなのか?とか)カウンセリングやセラピーは人間関係を扱いますから、こうした家族についてのお話を伺う機会は非常に多いんですね。そして、幼い頃の家族との関係が大人になってからも少なからず影響を及ぼしていることを何度も何度も目の当たりにしてきました。だから、家族との絆を深めるということは、私達にとってとても大切な意識だと思うのです。さて、親子であれ、きょうだいであれ、夫婦であれ、その心理的な距離が縮まれば縮まるほど、私達は「~してくれて当然」「これくらいは許される」といった依存的な要求を突きつけたり、外に出せない鬱憤をぶつけるサンドバックとして扱ってしまうことが少なくありません。特に自分自身を粗末に扱い、ひどく扱ってる方ほど、身近な人への攻撃性も高まってしまうようです。そして、近い距離に付き物なのは「恥ずかしさ」という気持ち。だから、当たり前のことも他人には出来ても、家族にはできないということが増えてきたりします。その典型が「感謝」ということ。他の人、特に仕事中にはたくさん言える「ありがとうございます」の言葉も、家族に対しては全然言えなくなったりします。また、取引先や同僚にはできるちょっとした配慮も、恥ずかしさや甘えの感情から家族には無愛想になってしまうことも少なくないのかもしれません。そういう意味では、家族とは自分自身をさらけ出せる場所でもありますが、近しき者にも礼儀あり、というように、まずは、相手を一人の人間としてみてあげることが大切なのではないでしょうか。感謝の気持ち、そして、できれば愛情まで。恥ずかしさを越えてコミュニケーションができると、血のつながりは確実に絆を深めてくれるはずです。とはいえ、なかなか難しいですよね。ですから、父の日、母の日、誕生日、クリスマス、結婚記念日、どなたかの命日などをきっかけとしてみるといいでしょう。
有言不実行とは、言葉は立派だけど実態が伴わない、というケース。
特に男性が・・・と思われがちですが、自立的な女性も、頑張ってる方ならば皆どこかで当てはまってしまう態度です。
敢えて嘘をつくつもりで言ってるケースもありますが、本気でそのようにしたいと考えているのに、結果的に不実行になってしまうこともあります。
具体的にはこんなケースがあります。Aさん「ちょっとウエイトオーバー気味だから、夏までに3kgは落としたい。明日から、頑張ってダイエットするわ」これはまだかわいい方ですよね。Bさん「もう二度と浮気はしない。彼女とも別れたし、電話番号もメールアドレスも削除した。もう安心していいからな」これを不実行は困りますよね。とはいえ、こんなご主人の言葉を聞いた奥さんも、それまでの不信感が募りに募ってますからすぐに信じられるわけもなく、「ほんとう???」という疑いの目で見てしまいます。そうすると、その疑いの目が再び浮気心を芽吹かせることになったりします。また、奥さんの気持ちをなだめるための“その場しのぎ”の台詞であることも少なくないようです。Cさん「自分をもっと信じて、好きになろうと思う。あなたにはもう迷惑をかけないから。今までごめんね。私、もっと頑張っていい女になるわ!」この台詞を言ったときには真剣なんだろうと思うんです。でも、自信はなさそうです。そうすると、この言葉が呪縛となって彼女を苦しめ、結果、逆方向に向かうことも少なくありません。そして、彼に愛想を尽かされてしまうことだってあります。Dさん「今度はちゃんと働くからさ。いいじゃん。ちょっと援助してよ。俺だって頑張ってるだぜ、お前なら分かってくれると思ってたんだけどな」ここまであからさまだと嘘だとばれるものなんですけど、“お前ならば分かってくれる”という言葉に反応すると、つい相手の言うとおりにしてしまいます。そして、再び泣かされちゃったりするんですね。彼の方も、自分自身に絶望してるところがとってもあるようです。エネルギーがぐーっと低いですものね。こういう有言不実行パターンは人からの信頼を著しく損なう危険性がありますから、ぜひぜひ癒しておきたいところです。この有言不実行のパターンには「その場しのぎの嘘」というのが多いですね。(特に男性)Bさん、Dさんあたりが対称なんですけれど、男と女の違いといいますか、コミュニケーション能力の違いといいますか、男性は「嘘をついても約束を守ればいい」という感覚を持ちます。結果主義な面が出ているわけですが、「でも、結局、俺、お前と一緒にいるじゃん。それが答えだろ?」との“結果”を盾に、浮気疑惑だろうと、仕事だろうと、借金やギャンブルだろうと、都合が悪いことは、その場しのぎの嘘で固めてしまうことも少なくありません。でも、女性は「嘘」が嫌いですし、好きな人には絶対付かれたくないものですから、願望も込みでその一つ一つの言葉を信じてしまいます。彼はその場しのぎの嘘を重ねるとしたら、矛盾が一杯出てきますし、そもそも、その嘘にあまり意味や価値を置いていないので、女性に追及されると、やがては追い詰められてしまうのです。で、窮鼠猫を噛む、ではないですが、逆切れ、暴力、脱走、別れ話、などに発展していってしまうのです。また、嘘ではないのですが、無価値感などからくる“自分を奮い立たせるための有言”が、自信の無さや受け取りベタが足を引っ張って“不実行”になってしまうことがります。Aさん、特に、Cさんあたりのケースですね。これは「~しなければならない」とか「~しないと嫌われてしまう」といった義務感や怖れから出てくる「有言」のため、Cさんが本当にそれがしたいのかどうか?は分からないままなんですね。重要なのは「私達の行動は感情に支配されている」という点。理屈でなんぼコントロールしようとしてもあっさり限界がやってきます。だから、頭で「しなければならない」と思っていても、感情で「したくねーよ」と思っていたら、それは「できない」という結果を招くのです。もし仮にうまくいったとしても、その「したくねーよ」という感情に逆らっての行動ですから、相当の被害(受け取れない、疲れる、意味を感じない等)を被ることも予想されるのです。だから、Cさんにとっては「ほんとうはどうしたいの?」というところが一番の鍵。そうして、感情とうまく付き合いながらやっていくことで、やがては頭と感情が一致し、有言実行となるのです。さて、自分がこんなパターンにはまってるとしたら、どうしたらいいのでしょうか?私としては、「有言」は悪いことではありませんが、その中身については慎重に検討してみる必要があるんじゃないかと思います。それは自分の本音と向き合うことなんですが、間違っても、感情に流されて「有言」してしまってはいけません。それこそ、売り言葉に買い言葉の「有言」なんて、ほとんと「不実行」なのは目に見えてますからね。それならば、いっそのこと、「不言」の方がいいくらいです。この「有言実行」に関して言えば、大切なのは、誰かとの契約・約束ではないということです。あくまで自分自身との約束なんです。ダイエットにしても、浮気疑惑にしても、仕事のことにしても、相手がパートナーや取引先だったとしても、自分との約束だという認識は大切なこと。誰かに言われたから、あるいは、そうしないと怒られるから、といった、受身的な言い訳をしないためにも、この「自分との」という部分は特に大切だと思われます。また、そう意識付けることで、今度は、誰かの援助を受けやすくなります。「俺が本気で仕事を何とかしたいと思ってる」という意志が持てたとしたら、「だから、うまくできるように協力してくれないか」と頼むことができるようにもなります。これは受身的な姿勢ではなかなかできないことでもあります。そして、これが一番大事なこと。まずは、確実に「有言実行」できるテーマを選ぶこと。それはあなたに自信という恩恵をもたらしてくれます。そんな風に考えてみると、有言不実行を有言実行に変えていくプロセスはあなたの自信となり、回りの人との信頼関係を築くものとなるでしょう。参考になりましたら、幸いです。
特に男性が・・・と思われがちですが、自立的な女性も、頑張ってる方ならば皆どこかで当てはまってしまう態度です。
敢えて嘘をつくつもりで言ってるケースもありますが、本気でそのようにしたいと考えているのに、結果的に不実行になってしまうこともあります。
具体的にはこんなケースがあります。Aさん「ちょっとウエイトオーバー気味だから、夏までに3kgは落としたい。明日から、頑張ってダイエットするわ」これはまだかわいい方ですよね。Bさん「もう二度と浮気はしない。彼女とも別れたし、電話番号もメールアドレスも削除した。もう安心していいからな」これを不実行は困りますよね。とはいえ、こんなご主人の言葉を聞いた奥さんも、それまでの不信感が募りに募ってますからすぐに信じられるわけもなく、「ほんとう???」という疑いの目で見てしまいます。そうすると、その疑いの目が再び浮気心を芽吹かせることになったりします。また、奥さんの気持ちをなだめるための“その場しのぎ”の台詞であることも少なくないようです。Cさん「自分をもっと信じて、好きになろうと思う。あなたにはもう迷惑をかけないから。今までごめんね。私、もっと頑張っていい女になるわ!」この台詞を言ったときには真剣なんだろうと思うんです。でも、自信はなさそうです。そうすると、この言葉が呪縛となって彼女を苦しめ、結果、逆方向に向かうことも少なくありません。そして、彼に愛想を尽かされてしまうことだってあります。Dさん「今度はちゃんと働くからさ。いいじゃん。ちょっと援助してよ。俺だって頑張ってるだぜ、お前なら分かってくれると思ってたんだけどな」ここまであからさまだと嘘だとばれるものなんですけど、“お前ならば分かってくれる”という言葉に反応すると、つい相手の言うとおりにしてしまいます。そして、再び泣かされちゃったりするんですね。彼の方も、自分自身に絶望してるところがとってもあるようです。エネルギーがぐーっと低いですものね。こういう有言不実行パターンは人からの信頼を著しく損なう危険性がありますから、ぜひぜひ癒しておきたいところです。この有言不実行のパターンには「その場しのぎの嘘」というのが多いですね。(特に男性)Bさん、Dさんあたりが対称なんですけれど、男と女の違いといいますか、コミュニケーション能力の違いといいますか、男性は「嘘をついても約束を守ればいい」という感覚を持ちます。結果主義な面が出ているわけですが、「でも、結局、俺、お前と一緒にいるじゃん。それが答えだろ?」との“結果”を盾に、浮気疑惑だろうと、仕事だろうと、借金やギャンブルだろうと、都合が悪いことは、その場しのぎの嘘で固めてしまうことも少なくありません。でも、女性は「嘘」が嫌いですし、好きな人には絶対付かれたくないものですから、願望も込みでその一つ一つの言葉を信じてしまいます。彼はその場しのぎの嘘を重ねるとしたら、矛盾が一杯出てきますし、そもそも、その嘘にあまり意味や価値を置いていないので、女性に追及されると、やがては追い詰められてしまうのです。で、窮鼠猫を噛む、ではないですが、逆切れ、暴力、脱走、別れ話、などに発展していってしまうのです。また、嘘ではないのですが、無価値感などからくる“自分を奮い立たせるための有言”が、自信の無さや受け取りベタが足を引っ張って“不実行”になってしまうことがります。Aさん、特に、Cさんあたりのケースですね。これは「~しなければならない」とか「~しないと嫌われてしまう」といった義務感や怖れから出てくる「有言」のため、Cさんが本当にそれがしたいのかどうか?は分からないままなんですね。重要なのは「私達の行動は感情に支配されている」という点。理屈でなんぼコントロールしようとしてもあっさり限界がやってきます。だから、頭で「しなければならない」と思っていても、感情で「したくねーよ」と思っていたら、それは「できない」という結果を招くのです。もし仮にうまくいったとしても、その「したくねーよ」という感情に逆らっての行動ですから、相当の被害(受け取れない、疲れる、意味を感じない等)を被ることも予想されるのです。だから、Cさんにとっては「ほんとうはどうしたいの?」というところが一番の鍵。そうして、感情とうまく付き合いながらやっていくことで、やがては頭と感情が一致し、有言実行となるのです。さて、自分がこんなパターンにはまってるとしたら、どうしたらいいのでしょうか?私としては、「有言」は悪いことではありませんが、その中身については慎重に検討してみる必要があるんじゃないかと思います。それは自分の本音と向き合うことなんですが、間違っても、感情に流されて「有言」してしまってはいけません。それこそ、売り言葉に買い言葉の「有言」なんて、ほとんと「不実行」なのは目に見えてますからね。それならば、いっそのこと、「不言」の方がいいくらいです。この「有言実行」に関して言えば、大切なのは、誰かとの契約・約束ではないということです。あくまで自分自身との約束なんです。ダイエットにしても、浮気疑惑にしても、仕事のことにしても、相手がパートナーや取引先だったとしても、自分との約束だという認識は大切なこと。誰かに言われたから、あるいは、そうしないと怒られるから、といった、受身的な言い訳をしないためにも、この「自分との」という部分は特に大切だと思われます。また、そう意識付けることで、今度は、誰かの援助を受けやすくなります。「俺が本気で仕事を何とかしたいと思ってる」という意志が持てたとしたら、「だから、うまくできるように協力してくれないか」と頼むことができるようにもなります。これは受身的な姿勢ではなかなかできないことでもあります。そして、これが一番大事なこと。まずは、確実に「有言実行」できるテーマを選ぶこと。それはあなたに自信という恩恵をもたらしてくれます。そんな風に考えてみると、有言不実行を有言実行に変えていくプロセスはあなたの自信となり、回りの人との信頼関係を築くものとなるでしょう。参考になりましたら、幸いです。
このところ、日常のちっちゃなことはmixiなどに書いてしまうことが多いので、日記的な文章をブログに書くことが少なくなった・・・ということに気づいたので、今日はこちらに何か書こうと思う。
そもそも書きたいネタはたくさんある。
今回の出張でも、たとえば、・羽田に着く便がちょっと遅れたので大好きなリムジンバスに乗れず、久々に京急を使って品川~渋谷と渡り歩いた話。・その日の夜の講座終了後。用事があっけなく終わったので、渋谷からいつもと違うバスに乗り、黒湯温泉に浸かってから宿泊先に戻ったこと。・翌日のワークショップに五反田へ向かう際、目黒区から品川区への移動に「渋55」と「渋41」の路線バスを利用したこと。などなど、ニュースはいっぱいある。。。証拠写真としてバス停(大坂上と大崎広小路)の写真も撮った。・・・。うーん。これば、まるで鉄だ。(鉄=鉄ちゃん=鉄道好きな人たちのこと)以前、鉄を愛する方から「根本さんって、なんとなく、同じにおいがしますね」と言われたことがあり、よくよく思えば小学校時代は“鉄道クラブ”なるものに友達と入っていたこともあった。とはいえ、単に乗り物が好きで、今回の路線バスだって本物の鉄女史から伝授された初級編の経路であるから、鉄を名乗るなんてのはおこがましい。たとえ、学生時代にJTB時刻表の欄外の投書欄を読み込んでいたとしてもである。い、いや、書きたいというのは、そういうことではなく、ちゃんとした記事であり、ネタであり、心理学である。たとえば、今回の東京出張でもパートナーとのセックスレスの問題がテーマになった。いろんなケースはあるけれど、お伝えしたいなあ!と思う共通項もやはりある。たとえば、既出ではあるけれど「セックスを性欲を満たすための手段や、愛情を確認する手段から、お互いを癒しあう手段へと成長させよう!」とか、「待ってしまうのではなく、自分から愛する勇気を持ってみると、心の中からたくさん愛が溢れてくる」とか。浮気の問題もやはり多かった。そうすると「彼も自分の人生を選択する必要があるのだから、不安になったり、執着心も強く出るけれど、今は放っておいて好きにさせてあげるといい。その間に自分自身を磨いて成長させてもっといい女になって、あ、でも、まだ男は作らないでね、で、そうして輝きを増した頃に彼が“お、お前、いい女になったな”とか言わせてしまおう!」とか。自分が嫌いという問題も少なくない。「自分が自分にすごく厳しくしているということに気づきましょう。とっても頑張りやで、でも、我慢しぃ、で、自分に厳しいから、自分の手元に来たものはすべてダメなもの、価値のないものになってしまうでしょう?でも、本当はそうではないの。あなたの意識がそう見せてるの。だから、今あるもの、今の自分に価値を見ていきましょう。でも、今日は明日はと、焦らないでね。少しずつ少しずつ。カウンセリングを受けるのも、自分のため、でしょう?カウンセリングを受ける、ということに価値を見てみてね」とか。ということで、しばし、出張先とか、カウンセリングの休憩時間とか、移動中の機内とかで頑張って、心理学的なことをもっと文章にしたいと思う。さて、明日は大阪へ帰る日。羽田までは当然「渋55」~「リムジンバス」で行こうと思う。その先はボーイング777-200の・・・。い、いや、そういうことではなくて・・・。
そもそも書きたいネタはたくさんある。
今回の出張でも、たとえば、・羽田に着く便がちょっと遅れたので大好きなリムジンバスに乗れず、久々に京急を使って品川~渋谷と渡り歩いた話。・その日の夜の講座終了後。用事があっけなく終わったので、渋谷からいつもと違うバスに乗り、黒湯温泉に浸かってから宿泊先に戻ったこと。・翌日のワークショップに五反田へ向かう際、目黒区から品川区への移動に「渋55」と「渋41」の路線バスを利用したこと。などなど、ニュースはいっぱいある。。。証拠写真としてバス停(大坂上と大崎広小路)の写真も撮った。・・・。うーん。これば、まるで鉄だ。(鉄=鉄ちゃん=鉄道好きな人たちのこと)以前、鉄を愛する方から「根本さんって、なんとなく、同じにおいがしますね
6月初旬。仲間達と社員旅行へ梅雨真っ盛りの沖縄へ。うちの社員旅行は、往復の飛行機(それも社長が意地で最安値を狙うため皆がバラバラの便)、宿泊先のホテル、初日の晩の飲み会以外は自由行動という気楽な旅であり、よって、那覇空港に降りた瞬間からてんでバラバラに動き始めるのです。その二日目。私達家族はせっかくいいホテル(カヌチャベイホテル&ヴィラズ)に泊まったのだからと、ホテル内をカートでぐるぐる巡ってのんびりしていたのですが、昼飯くらいは外で食おう、と昨年から目を付けていた今帰仁のKelki Cafeへ。
ウッパマビーチに程近い東シナ海を望む素敵なカフェです。雨ですが。曇天ですが。沖縄で雨や曇りに当たると、あとは想像力の世界。「きっと晴れたらすごい見晴らしだろうなあ・・・」とか。そして、それが「見てみたい!見ずにはいられない!」となって、「晴れの季節に絶対来よう!!」と思わされるのです。
それがきっと雨の多い沖縄に通ってしまう大きな理由かもしれません(^^;しかし、この沖に広がる珊瑚環礁を見たら「ここは石垣だね。山原で泊まったコテージを思い出すね」とすっかり頃はあの美しい島に飛んでしまいました。沖縄(離党含む)にはこうした素晴らしい自然環境の下、内地から移住してきた方が、都会人好みのカフェやペンションを経営されています。そして、私達もそこで、すごく安心するというか、居心地がいいというか、ホッとしてしまうのです。本末転倒なのかもしれませんが、でも、正直なところです。「沖縄の美しい海と力強い植物と、都会的なカフェのコントラスト」もちろん、築100年の沖縄古民家で食べる沖縄そばはまた格別ですけど、これが私が好きなものかもしれません。
さて、この Kelki cafe。ふとすると通り過ぎてしまう場所にありますが、一歩中に入ると、その開放感と明るい雰囲気に「おぉ~!」という感じです。沖縄に移住されてる方は“犬好きだが、シャイなダイバーが多い”という感覚がするんですが、ここのご夫婦もあまり前に出ることなく、そっと自由にさせてくれたのが嬉しいです。この時期、この天気、この場所ですから貸しきり状態。車中でぐっすり眠ってしまった娘には(いや、そんな娘を宥めなければいけない親には)ありがたかったようです。
寝起きで散々ぐずっていましたが、NANAちゃんを見ると、生来の犬好きが反応し、また、食べ物がくればご機嫌も戻り、ジュースを飲むや、気分も全快。なんとも分かりやすい生き物です。因みにこのNANAちゃん。雑種らしいのですが、その動作や表情が山本家に嫁に行ったショコラ(パピヨン)にとても似てるんです。家族皆でかわいがって、写真も撮って、遊んできました。(晴れた日ならきっと外で遊べるのに)
さて、このカフェ。料理も美味しく、けっこう量がありそうなピザもドライカレーもぺろり。まだ沖縄に来て二日目だったのですが、なぜかのんびり、ぼーっとしていて、ゆるりと時間が過ぎていきました。美ら海水族館や今帰仁城やオリオンビール工場へ行った他のグループのみんなはどうしてるんだろうね?などと噂話をしながら、「この雨、ボクのせいになっていなければいいなあ」と心底思っていました。(あとで確認したら、やっぱり、私のせいにされていました。)次はぜひ、晴れの日に・・・。(そうして、また沖縄に来る理由が生まれる)<リクエスト>
失恋しました
以前失恋したときは、悲しくて会社の昼休みでも、号泣していたのですが、ここ最近は、辛いのに泣けません
何かが痞えた状態で泣いて流してしまいたいのにと思うのですが
どうしたらすっきり泣いて、彼を忘れられるのでしょうか
(nanaさん)
<根本からの回答>頑張ってる自分、しんどい自分を認めて、誰かに頼ってみては?それは辛いですよね。失恋ももちろん辛いのですが、それが涙となって流れてくれないのもまたしんどいと思います。この間に、大人になってしまったようなところってあるでしょうか。たとえば、自分の気持ちを我慢する癖。もちろん、それは大人として、社会人として必要な我慢だとしても。いわゆる“自立”が進んだ状態。それから、大人な“考え方の習得”とか。仕事などを通じて、感情をコントロールすること、あるいは、社会人としての振る舞いを身に着けていくと、感情表現が徐々にできなくなることがあるんです。そして、失恋に慣れる・・・というと変なんですが、その失恋の辛さ・・・昔と比べていかがでしょうか?前はガツンときて目の前が真っ白になって、わけも分からず大泣き・・・今は目の前が真っ白にはなるけれど、どこかに冷めた部分があってショックだけど冷静・・・。そんなときは泣けませんよね。失恋を重ねると、付き合っているときも必要以上に相手に踏み込まなかったり、心を開ききれず、許しきれず、どこかでブレーキをかけるようになっていたりすることもあるんです。そうすると、意識して失恋を想定しているわけではないんですが、失恋のショックを緩和するような心の“準備”が出来てることもあるんです。特にこうした準備の場合は、「やりのこした感」、すなわち、十分に恋愛を楽しめてない、のめりこんでないという思いが残るので、ショックは軽いけれど、長引いたりするんです。私達はベストを尽くしていないものにこそ、後悔の念を持つものですからね。・・・とまあ、分析したところで、失恋の痛みは無くなりませんよね。どうしたら感情を吐き出せるか、というと、誰か信頼できる人に頼ってみてはいかがでしょうか?そういう方がいらっしゃらなければ、電話の向こうのカウンセラーでも構いません。感情が出ない、泣けないということは、自分が知らないところで感情を塞ぎ止めるダムが出来てしまっているということですから、心を開ける誰かにちょっと力を借りるのが、とっても効果的なんです。溜め込んだまま次の恋愛に行くのもしんどいですしね。なかなか見つけるのは大変かもしれませんが、信頼できる人、をぜひ、探してみてください。諦めなければ、きっと、見つかるはずです。=お勧め!エクササイズ=【パートナーがいらっしゃる方へ】抱きつく。で、体を委ねる。【パートナーがいらっしゃらない方へ】失恋話をする。心を開くトレーニングとして。
失恋しました
以前失恋したときは、悲しくて会社の昼休みでも、号泣していたのですが、ここ最近は、辛いのに泣けません
何かが痞えた状態で泣いて流してしまいたいのにと思うのですが
どうしたらすっきり泣いて、彼を忘れられるのでしょうか
(nanaさん)
<根本からの回答>頑張ってる自分、しんどい自分を認めて、誰かに頼ってみては?それは辛いですよね。失恋ももちろん辛いのですが、それが涙となって流れてくれないのもまたしんどいと思います。この間に、大人になってしまったようなところってあるでしょうか。たとえば、自分の気持ちを我慢する癖。もちろん、それは大人として、社会人として必要な我慢だとしても。いわゆる“自立”が進んだ状態。それから、大人な“考え方の習得”とか。仕事などを通じて、感情をコントロールすること、あるいは、社会人としての振る舞いを身に着けていくと、感情表現が徐々にできなくなることがあるんです。そして、失恋に慣れる・・・というと変なんですが、その失恋の辛さ・・・昔と比べていかがでしょうか?前はガツンときて目の前が真っ白になって、わけも分からず大泣き・・・今は目の前が真っ白にはなるけれど、どこかに冷めた部分があってショックだけど冷静・・・。そんなときは泣けませんよね。失恋を重ねると、付き合っているときも必要以上に相手に踏み込まなかったり、心を開ききれず、許しきれず、どこかでブレーキをかけるようになっていたりすることもあるんです。そうすると、意識して失恋を想定しているわけではないんですが、失恋のショックを緩和するような心の“準備”が出来てることもあるんです。特にこうした準備の場合は、「やりのこした感」、すなわち、十分に恋愛を楽しめてない、のめりこんでないという思いが残るので、ショックは軽いけれど、長引いたりするんです。私達はベストを尽くしていないものにこそ、後悔の念を持つものですからね。・・・とまあ、分析したところで、失恋の痛みは無くなりませんよね。どうしたら感情を吐き出せるか、というと、誰か信頼できる人に頼ってみてはいかがでしょうか?そういう方がいらっしゃらなければ、電話の向こうのカウンセラーでも構いません。感情が出ない、泣けないということは、自分が知らないところで感情を塞ぎ止めるダムが出来てしまっているということですから、心を開ける誰かにちょっと力を借りるのが、とっても効果的なんです。溜め込んだまま次の恋愛に行くのもしんどいですしね。なかなか見つけるのは大変かもしれませんが、信頼できる人、をぜひ、探してみてください。諦めなければ、きっと、見つかるはずです。=お勧め!エクササイズ=【パートナーがいらっしゃる方へ】抱きつく。で、体を委ねる。【パートナーがいらっしゃらない方へ】失恋話をする。心を開くトレーニングとして。
数年前から、私のスケジュールにたまに「ヒーリングワーク・ベーシック」なる文字が入力されることが増えてきました。
主に地元である大阪で、年に1回くらいは東京で、という感じだったのですが、この春からそれが一気に増え、毎月東京か大阪でこの「ヒーリングワーク・ベーシック」を担当しているのです。(東京・大阪で毎月開かれています)
ご存知でしたか?
あまり私のブログでも触れることなく、スケジュールを細かくチェックしてくださっている方のみが知り得る2日間のセミナー。なぜかというと、この「ヒーリングワーク」はカウンセリングサービスの母体である神戸メンタルサービスが主催するセミナーで、深い癒しを求める方やカウンセラー/セラピストを目指す方のための濃くも、深い癒しのワークショップなんです。なんせ、面談カウンセリングのような濃い時間を2日間続けて受けられるわけですから・・・どうなると思います???とっても深いレベルでの癒しを体験していただけるのです。今まではカウンセリングや心理学ワークショップがメインであった私はあまりお話しする機会も無かったわけです。それがこの春から、今月は東京、来月は大阪と毎月のように担当が回ってくるようになったんです。で、「興味あるんですけど、どんなことするんですか?」とお客様から尋ねられること数回。それならばきちんとお話しなければ・・・と思い立ったのが吉日、すなわち、本日なのです。ま、要するに、来週は東京でこの「ヒーリングワーク・ベーシック」を半年振りに開催するので、皆さん、来て下さいね!という話なんです。皆さん、分かりましたね?来週6/28,29は五反田で、「ヒーリングワーク・ベーシック」が、私、根本をトレーナーとして開催される、というお話です。どんなことをするのか?というと、問題を解決し、心を癒し、人生を変えるきっかけを掴め、大きな変革を起こすことができることをします・・・。・・・というのも、私達の2日間セミナーには形がないからです。トレーナーである私が、「このセッションをすれば、みんなの心がより深く開放され、癒しが生まれるんじゃないか?」と思われるセッションを繰り返していくのです。とはいえ、しんどいことをするわけではありません。楽しく、面白く心理学を学びつつ、実例を通じて日常の問題解決に役立てつつ、そして、人との温かい繋がりを実感できるセミナーなんです。もし、来週の土日、思い切って人生を変えてみよう!根本さんならなお安心だ!と思われる方、ぜひ、いらしてくださいませ。お問い合わせは「神戸メンタルサービス:06-6190-5611」まで。お申し込みは、こちらのヒーリングワークの紹介ページからお願いします!!
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いつもご利用ありがとうございます。
面談カウンセリング/電話カウンセリングのご予約受付に関するお知らせです。
電話が混み合ったり、繋がりにくいことも多く、ご不便をおかけ致しておりますが、宜しくお願いします。
面談カウンセリングや心理学ワークショップの詳細な日程はこちらのスケジュール一覧にてご確認下さい。
随時更新中です!
面談/電話のカウンセリングのご予約はすべてお電話で、06-6190-5131/06-6190-5613までお願い致します。(受付時間:12:00~20:30、月曜日定休日。月曜祝日の場合は翌火曜日)
* * *【電話カウンセリング(初回無料電話カウンセリング/有料セットコース)】 7/3(木) ⇒ 翌週以降のご予約を承ります。 ・・・以降は未定です。決まり次第お知らせします。【面談カウンセリング(大阪、東京、名古屋、福岡)】
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☆大阪(大阪カウンセリングルーム、地下鉄御堂筋線・江坂駅)
日程:出張日以外料金:\26,250/2h予約:7月分まで受付中!地図:大阪カウンセリングルーム(地下鉄御堂筋線・江坂駅徒歩3分)※土日だけでなく、一部平日にも19時枠を設けております。お仕事帰りなどにもぜひご利用下さい! 詳細は・・・>>>もっと詳しい根本スケジュール・ページ*江坂へ来られる方はこちらのカフェマップもご利用下さい!*※心理学ワークショップ(昼の部・夜の部)※8/24(日)13:30-17:30 / 18:30-20:30 心理学ワークショップ(五反田)神戸メンタルサービス主催のワークショップ*7/5,6 大阪ヒーリングワークベーシック(五反田)
☆東京(東京カウンセリングルーム。代々木上原/駒場東大前/東北沢)
地図:東京カウンセリングルーム(代々木上原駅徒歩10分、駒場東大前駅徒歩10分、東北沢駅徒歩5分)<次回>日程:6/20(金)~6/22(日)、6/27(金)料金:\26,250/2h予約:現在満席です。<次々回>日程:7/17(木)~7/20(日)料金:\26,250/2h予約:6月19日(木)受付予定<次々々回>日程:8/7(木)~8/8(金)料金:\26,250/2h予約:7月17日(木)受付予定日程:8/26(火)~8/28(木)料金:\26,250/2h予約:7月31日(木)受付予定>>>もっと詳しい根本スケジュール・ページ※心理学ワークショップ(昼の部・夜の部)※7/20(日)13:30-17:30 / 18:30-20:30 心理学ワークショップ(五反田)神戸メンタルサービス主催のワークショップ*6/28,29 東京ヒーリングワークベーシック(五反田)
☆名古屋(ホテルグランコート名古屋、金山総合駅徒歩1分)
<次回>日程:7/24(木)~7/25(金)料金:\26,250/2h予約:6月26日(木)予約開始<次々回>日程:9/11(木)~9/14(日)料金:\26,250/2h予約:8月中旬予約開始地図:ホテルグランコート名古屋>>>もっと詳しい根本スケジュール・ページ※心理学ワークショップ※7/26(土)13:30-17:30 / 18:30-20:30 心理学ワークショップ(金山)
☆福岡(ソラリア西鉄ホテル(天神))
以上、よろしくお願いします。<次回>日程:8/29(金)~8/31(日)料金:\26,250/2h予約:7月受付開始予定。<次々回>日程:10/17(金)料金:\26,250/2h予約:9月受付開始予定。会場:ソラリア西鉄ホテル(西鉄天神駅直結。地下鉄天神駅徒歩3分)>>>もっと詳しい根本スケジュール・ページ※福岡心理学ワークショップ8/31(日)13:30-17:30 / 18:30-20:30(天神・西茂ビル)