「鳥取市立病院」
鳥取市立病院は病床数340床・職員数454名。
大和市立病院と近い規模の公立病院で、地域がん診療連携拠点病院、在宅後方支援病院、地域医療支援病院でもあります。
今回の視察(7月14日)では、この鳥取市立病院の先進的な取り組みを学ばせていただきました。
近年、国は高齢化に伴い肥大化する医療費抑制、医療資源の適正利用を目的に、入院を減らして在宅へという流れを打ち出していますが、地域によっては医師不足、交通インフラの問題などによって在宅医療が行き届かないことが指摘されています。
これらの課題について国は何ら有効な手立てを打てていませんが、鳥取市立病院ではいち早く在宅医療の実行と、入院と同等あるいはより高いQuality Of Lifeの確保、さらに在宅医療を通じて地域の絆を再構築していく取り組みを行っていました。
「鳥取市(鳥取県東部圏域)という地域の課題」
地方の医師不足、また地域全体の高齢化による地域力の低下が指摘される昨今、鳥取市の状況も同様で、特に鳥取県が共働き率全国一位という土地柄もあってか、鳥取県東部圏域の介護力は非常に低く、在宅で医療を受けるのは困難であることが多かったそうです。
また、かかりつけ医となる開業医も高齢化が進んでおり、新しい開業医は診療所と自宅を分けている場合がほとんどで24時間の対応を求められる在宅医療はできません。
そこで市立病院は平成22年(2010年)に「人と地域をケアで包む」をスローガンに「地域医療総合支援センター」を開設しました。
「地域医療総合支援センター」
病院にとっては退院が"ゴール"だが、患者にとっては退院は新たな"スタート"である、との考えから、特に退院後の生活に注目し「治し、支える医療」を目指して「地域医療総合支援センター」は設置されました。
現在、退院調整・訪問看護・医療相談・紹介や検査予約などを担う「地域連携室」、総合診療、口腔衛生(口腔ケア)、訪問看護の一体的な取り組みを実施する「生活支援室」、支援相談員と看護師が患者と家族の寄り添う「がん総合支援センター」の計3つの部門を擁しています。
これらには医療ソーシャルワーカー、看護師、歯科衛生士、リハビリスタッフ(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)などが配置されており、患者に対して退院後の治療や医療費に関する相談、関係機関との連絡調整、医療・介護サービスに関する情報提供などを行っています。
「絆ノート」
「生活支援室」では、住み慣れた地域で安心した生活ができるよう、「絆ノート」というものを作りました。
このノートは在宅療養中の患者、かかりつけ医、訪問看護、ケアマネをつなぐノートで、これを持っている患者は緊急搬送時に在宅療養後方支援病院である市立病院に直接搬送されることになります。
また、市立病院の医師がかかりつけ医と一緒に訪問診療をする「共同診療」(年2~12回)も受けられ、訪問歯科も週1回~月1回利用可能です。訪問看護、訪問リハビリテーション、服薬指導などについても地域医療総合支援センターが対応しています。
「絆ノート」の中には、ノートの概要説明、この患者に関わる他職種のスタッフの紹介、退院の調整・支援、在宅での療養、再入院の際の対応についてなどのほか、後方支援病院届け出書類や連絡欄、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)や医療保険・介護保険の料金表なども入っています。
「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)とは」
アドバンス・ケア・プランニングとは「将来の事故や病気などによる意思決定能力の低下に備えて、本人の人生観や思い、考え方などを文書に残し、受ける医療やケアについて自己の意思を表明すると共に、家族などとケア全体の目標や具体的な治療・療養について話し合い、伝えておく過程(プロセス)」のこととされています。
端的に言うと、事故や病気になる前から「自分で決められない状態になった時に備えて、どの程度の医療を望むかを決めておくこと」です。
「DNAR」(do not attempt resuscitation)患者本人または家族などの意思決定を受けて心肺蘇生法を行わないことや、人工呼吸器や胃瘻(いろう)をするかどうかなどを事前に決めて書面にしておくアドバンス・ディレクティブ(事前指示)はこのACPに含まれる作業で、ACPとは専門家のアドバイスや支援を受けながらアドバンス・ディレクティブを作成していく作業とも言えます。
「多職種チームによるカンファレンス」
この日は3名の患者さんのカンファレンスを見学し、その内2名の患者の回診に立ち会わせていただきました。
患者ごとに行われているカンファレンスでは、医師、歯科医、薬剤師、看護師、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、認定看護師、歯科衛生士など10名以上の多職種のスタッフが集まり、患者の様子から家族の状態、退院後の課題などについて話合っていました。
患者の嚥下の様子から経口服薬がいつから再開できるかについてや、家には戻らずに入院していて欲しいという家族の意向があるため家族の負担を減らすようにフォローしておく必要があることなどが報告され、それぞれの専門家による対応策が決められた後、チームで回診をし、本人の状況を確認。
回診時間は通常の病院と変わりませんが、このようなカンファレンスが回診前に、しかもこれだけの人数が集まって行われていることに驚かされました。
その目的も非常に明確で、「退院後も在宅での治療を続けられることを目指す」ための現状(入院治療)であることがチーム全員に共有されているため、この日のカンファレンスの時間のほとんどは病状ではなく、歯科系の状況報告(在宅では嚥下できるかどうかが重要になるため)やソーシャルワーカーによる家庭の状況報告とフォロー策の展開などに費やされていました。
(カンファレンスの内容はケースバイケースとのこと)
「現状と課題」
「絆ノート」の運用状況は2015年11月のスタートから2016年7月現在までに36件(月平均約4件)、患者の平均年齢は85.5歳。
その内、看取りが9名(在宅6名・病院3名)となっています。
月平均約4件の新規運用という数字は(多いか少ないかという)評価の分かれるところかと思いますが、その背後で試験的な共同診療が行われていたり、ソーシャルワーカーなどによる家族との調整などがあることも考えれば、かなり努力をされている結果であると感じました。
今後の課題としては、一人でも多くの対象者を捕捉していくことがまず挙げられるでしょうが、住居が極端に遠方にある場合や地域にかかりつけ医が全くいない場合、経済的な問題がある方などはこのサービスを受けられていない現状をどうしていくのか。
また現在は患者とその家族にとってみれば全国的に見てもトップレベルの充実したケアが受けられていると言えますが、今後利用者が増えた場合はどうなるのか。
患者一名にかかる人件費もさることながら、医師をはじめとするスタッフの業務量過多を招く可能性も高いことから、患者とその家族のQOLと財政面でのバランスをどう取っていくのか、医療・介護の全体最適と部分最適の在り方を改めて問われるところではあります。
とは言え、これらの課題は鳥取市立病院の取り組みをわずかなりとも否定するものでは決してありません。
超高齢社会では、医療と介護が密接に連携し、その舞台は地域・家庭であるべきということは(その物理的・心情的な実現性ははなはだ怪しいながらも)、国と国民の進むべき方向性です。現在、共同診療は年2回までは診療報酬がありますが、それを超えては対象となりません。
また、ACPについても一般に認知されているとは言い難い状況です。
鳥取市立病院は無報酬で共同診療を行うこともしばしばあり、このような先進的取り組みについても国、県などからの財政支援を全く受けられていません。それでもこの病院が全国一とも言える在宅療養の体制を築けたことは、ひとえに病院スタッフの情熱と努力の賜物です。
在宅医療、在宅介護、医療と介護のネットワーク、などと国は言い、一方で医療費は削減しなければ国が危ういと国民の多くが頭のどこかでわかってはいる、そんな状況の中でこの病院の取り組みが示す具体的な一手は、今後日本中に大きなインパクトを与える可能性があると思います。
一刻も早く、国はなんらかの形でこのような具体的な取り組みに対して財政支援を行うことが必要です。「一億総活躍」「地方創生」といった景気の良いスローガンの陰で、特に地方部の医療と介護における一つの完成形が鳥取にはありました。
今後の事業展開に注目すると共に、大和市、神奈川県にもこのような取り組みが広がるよう働きかけていきたいと思います。






















































