タモリの祖父は満州鉄道の職員だったが、
昭和13年頃に日本に帰って来たそうだ。


タモリはその後の昭和20年に生まれているが、
タモリの両親は満州の話ばかりしていたそうだ。

 

ちなみにタモリの父親は
祖母の弟で祖父母の養子、
タモリの母親は
祖父の姪で祖父母の養子だった。


つまりタモリの父親と母親は、
血のつながりはないが、
戸籍上の兄弟だったのである。


この時点ですでに複雑過ぎて
話についていけなくなる。

 

赤塚不二夫の父親は
満州で警察官をしており、
戦後はシベリアで抑留されている。

 

6人兄弟の長男であったが、
満州時代に妹の一人は病死、
弟の一人は他家に養子に出され、
引き上げで日本の実家にたどりついた直後、
末の妹は栄養失調で息をひきとっている。

 

赤塚不二夫の母親は
子供の頃の事故で右目を失明しており、
右目は義眼だった。


タモリも片目が義眼なので、
そのあたりにも共通点がある。

 

終戦直後、満州では、
中国人による略奪や虐殺など、
無法状態が続いており、
赤塚不二夫は目の前で
中国人が撃たれて倒れる姿や、
母親がロシア兵に

強姦されそうになる様子を目撃しており、
それらのトラウマ体験の反動が、
ナンセンスマンガのアナキズムや、
晩年のアルコール依存に結びついているのだろう。

 

赤塚不二夫のアナーキズムが、
タモリのナンセンスな芸風を評価して、
タモリという芸能人が
世に出るきっかけを作ったのだが、
そのバックヤードには戦争があるのだ。

 

 

タモリと言えば赤塚不二夫だ。

タモリも赤塚不二夫も
満州との関りが深い。
ついでに言えばちばてつやも。

福岡の筑紫丘高校から
早稲田大学に進学したタモリは、
ジャズ研究会でイベントの司会などをやっていたが、
遊び過ぎて留年してしまい、
結局大学を中退させられて
福岡に呼び戻されてしまう。

そして保険の外交員や、ボウリング場の支配人、
フルーツパーラーの雇われ店長をやったりしていたのだが、
福岡で山下洋輔トリオのコンサートがあった時、
なぜか打ち上げの席にタモリがいて、
その時のタモリの芸が評判になり、
一度東京に呼ぼうという話になった。

 

山下洋輔たちがお金を出し合って、
タモリを東京に呼んだ時、
その席にいたのが、
赤塚不二夫と筒井康隆だった。


タモリの芸は大ウケで
タモリを気に入った赤塚不二夫は
自分のマンションに居候させた。

 

それがきっかけでタモリは芸能人になり、
萩本欽一や黒柳徹子、
永六輔などに認められ、
いくつかの番組に出演したあと、
「笑っていいとも」の司会者になって、
今に至るわけなのだが、
赤塚不二夫が果たした役割は大きい。

赤塚不二夫の葬式の時
タモリが読んだ弔辞の
「私もあなたの作品のひとつです」
という言葉はそういう意味なのだ。

 

今回息子のハルとやりとりした
マンガに関する情報交換については、
僕が此元和津也の
「スピナーベイト」というマンガを
入手していて、ハルは施川ユウキの
「銀河の死なない子供たちへ」
というマンガを持ってきてくれて、
それをお互い貸し借りして読んだ。

 

此元和津也というのは、
「セトウツミ」を書いた人で、
施川ユウキというのは、
「バーナード嬢いわく」とか
「鬱ごはん」とかを書いている人だ。

 

「スピナーベイト」も「セトウツミ」も
「銀河の死なない子供たちへ」も
「バーナード嬢いわく」も「鬱ごはん」も
どれも知らなくても
別におかしくはないくらい、
どちらもまあまあマイナーな作家と作品だ。

 

僕とハルのマンガに関する情報交換は、
このくらいマニアックなレベルに達している。

 

それはそれでいいのだ。
僕はもともとそういう趣味だし、
ハルもそれなりに僕の期待に応えて、
マニアックな趣味を持つ子供に育ってくれた。

 

あとは社会性だ。
もう少し世の中で流行しているような、
メジャーでダサいものにも
それなりに興味を持って、
ルックスはまあまあのレベルでいいから、
女の子にも興味を持って、
社会にもそれなりに適応してくれ。

 

そうでないとある日突然、
超絶かわいいけど中身はどうしようもない、
メンヘラの女とかの仕掛けた罠に
パクッといかれて、
大きな損害を被ることになるんだぞ。

 

お父さんはそれだけが心配だ。

 

山野一さんの「そせじ」
今日やっと入手して読むことができました。

 

この作品は2014年に発表されたのですが、
キンドル版のみの出版で
IT弱者の僕はずっと読めずにいました。

 

今回ハルにiPadで購入してもらって
やっと読むことができました。

 

奥さんであるねこぢるさんの急死のあと、
再婚して双子の姉妹をさずかった山野さん。

 

その双子との日常を
時々ツイッターで拝見していますが、
その日常をマンガ化した「そせじ」
山野さんはきっと幸せに暮らしているのだろうと、
思ってはいましたが、
その通りだったと確認できて安心しました。

 

福岡から熊本を訪ねてくれている、
息子のハルに手土産として
福岡から持ってきたもらったのが、
施川ユウキの
「銀河の死なない子供たちへ」
というマンガだ。

 

このマンガは今年の文化庁の
メディア芸術祭のマンガ部門の
推薦作に選ばれている。

 

施川ユウキの作品は
まだまだマイナーなので、
あまり簡単には手に入らない。

 

ハルは施川ユウキが好きなので、
ほぼ全作品を持っているのだ。

 

この作品、手塚治虫の
「火の鳥 未来編」に
大きな影響を受けて書かれている。

 

たとえ手塚治虫の作品を読んだことがなくても、
たとえばこの作品を読んで、
何かの影響を受けたとしたら、
それは手塚治虫の作品に感動したことでもある。

 

手塚治虫に限らず、
田川水泡でも杉浦茂でも、
過去の偉大な先達の作品は、
その作品を読んで影響を受けた、
次世代の作家の作品を通して、
後世に伝えられているのだ。

 

だから過去の名作が
最近はあまり読まれていないということに
なにも嘆く必要はないのだ。

 

次の時代には別の形で
その作品が伝えたかったものは
しっかりと伝わっている。

 

逆に僕はそういう作品に
自分の息子を通して出会えたことが、
むしろ嬉しいのだ。

 

昨夜はDVDで
「コードギアス 反逆のルルーシュ」の
劇場版第3部を見ました。

 

いや見とかないとわからないわけだ。
この作品は「コードギアス」の
テレビアニメシリーズ、
2シーズン約50本のアニメを、
3本の劇場版に
濃縮して再構成したもので、
僕たち夫婦は
この劇場版の第1作を見て、
第2作、第3作を飛ばして、
最近作られた
完結編を見に行って
チンプンカンプンだったわけですが、
それはわかりませんよ。

 

この作品がそういう構成になっていることを
最近知って、今週(先週?)水曜日に
第2作を観て、間に金曜日に
「カメラを止めるな」をテレビ放送で見て、
そして昨夜第3作を見たのですが、
感想を言えば、あまりに壮大過ぎて、
結局ちゃんと咀嚼はできませんでした。

 

それでもこの作品が
エヴァンゲリオンへのアンチテーゼとして
「やるからにはちゃんとやらないと」
という気持ちを強く持って作られた
ということだけはしっかりと伝わって、
それでもエヴァンゲリオンの
強い影響下で作られたということも、
抗えない要素としてしっかりあって、
僕の知らないところで
こういう作品が作られていて、
その作品のファンがたくさんいて、
「復活のルルーシュ」の上映会場では、
感極まったファンが
何人も泣いているのを目撃して、
あらためて日本のアニメの凄さを知りました。

 

結局今週(先週?)は、
映画強調週間になりました。

 

「翔んで埼玉」見ましたよ
なんか流行りもので気恥ずかしいですが、
奥さんに誘われて見て来ました。

 

良かったですよ。
よく作られていました。

結構観客も多かったです。


埼玉であれだけ迫害されるんだから、
熊本の人はどう思って見ているのでしょうか?

 

以前東京で働いていた時、
東京の、モノを知らない、
バカな女子大生が
「福岡?福岡って四国?」
なんて聞いてきました。

 

もう一人、前の奥さんの親戚で、
「九州なんてのは、
車で3時間くらいで
一回りできる島だろ?」
って言ってました。

 

本当にモノを知らないのか、
わざとバカにして言っているのか、
判断がつかずに返答に困りました。

 

でも以前テレビのインタビューで
福岡のバカそうな女の子が、
日本の大きな都市を聞かれて、
「東京、大阪、・・・福岡?」と答えていました。
モノを知らないのはお互い様ですね。

 

昨日「コードギアス 復活のルルーシュ」
を観て来ました。

 

この作品についての情報は
あまりよく知らないまま、
なんとなくうちの奥さんが
上映していることに気付いて
今回で劇場に見に行くのは2回目です。

 

今回の劇場版は
おそらくシリーズの
最後の最後の話なんだと思います。

 

なんとなく「終わり」感が
半端じゃなかったからです。

 

それでいきなり冒頭から
ルルーシュが廃人のようになっていて、
ストーリーについて行けなかったのですが、
後でネットで調べてみたら
前回見に行った劇場版から
2本飛ばしていきなり今回の
完結編を観ていたようでした。

 

劇場版2本分の
ストーリーを見ないままに
完結編だけ見たんじゃ
多少チンプンカンプンにはなりますよね。

 

それでもストーリーがしっかりしているので、
それなりに楽しめ、
帰りには居酒屋で打ち上げしました。

 

ずっとこの作品を追いかけていた
ファンの人に申し訳ない。
でもこの作品は好きなんです。

 

スティーブ・ジョブズは
ボブ・ディランが好きで
外出する時には
大きなオープンリールの
デッキを持ち運んで
音楽を聞いていたらしい。

 

アップルという社名だって、
ビートルズのレーベルからつけたらしい。

 

そんなジョブズだから
iPodの開発にも
かなりのこだわりがあり、
結果としてiPodは
携帯音楽プレーヤーの
代表的機種となり、
iPhoneだって、
シェアはそれほど多くはないが、
ひとつのブランドになっている。

 

発達障害があったそうだが、
自分が好きなものに
徹底的にこだわって作られたものは、
その本人を離れて
遠くの人が使う分には
とても使いやすくて便利だ。

 

2019年の2月23日に熊本県合志市で、
「ぱふ」の時代を語る
というトークイベントが開催されました。


しかしいまさら「ぱふ」って、
人なんか来るのかな?

と思っていましたが・・・

 

結果としては盛会でした。
その後の懇親会まで出席しました。

 

 

2年ほど前から、
大量のマンガが収蔵されている、
森野倉庫で作業しているのですが、
その倉庫の中に
「村石コレクション」と書かれた、
ダンボールが積んである一角がありました。

 

村石コレクションって何なんだろう?
と思っていましたが、
昨日その謎が判明しました。

 

かつて「ぱふ」の編集長に
村石憲一さんという方がいて、
その方は50代でお亡くなりになったのだが、
死後、残された膨大な蔵書を
引き取ってくれる所がなく、
回り回ってクママンに白羽の矢が立った、
といういきさつで、後に僕が
アルバイトさんを指揮して、
そのコレクションを解体し、
村石コレクションは
一部は合志マンガミュージアムの蔵書となり、
一部はユーパレス弁天に展示され、
他の一部は森野倉庫の膨大なマンガコレクションに
吸い込まれて溶け込んでいったのである。

 

2014年に村石さんがお亡くなりになった後、
蔵書がクママンに引き取られることになり、
ダンボール350箱を
東京から熊本まで送る送料は
かつて村石さんと仕事をしていた、
有志のカンパで集められた。

 

その時に送料を工面した有志の方々が、
昨日熊本に集結したのである。
あまり感情の起伏のない僕でも感動しました。

 

「ぱふ」というタイトルは
ピーター・ポール&マリーの
「パフ」から付けられたとのこと。

 

 

「ぱふ」の時代を語るトークショーの
懇親会の席で参加者のみなさんが
次の日には福岡で
お亡くなりになった元編集長の村石さんの
お墓参りに行ってくると
言っておられたので、
福岡のどちらですか?と聞くと、
携帯を確認して「大川という所」
と言われたので、
「ああ、大川というのは
『のだめカンタービレ』の
のだめの故郷です」と言うと、
「ああ、『のだめカンタービレ』いいよね」
と、マンガ好きならではの会話になった。

 

もちろん「のだめカンタービレ」を読んでいるなんて、
普段の会話では言ったりはしないが、
マンガ好きの間では、
「のだめカンタービレ」を読んでいないなんて、
ほぼあり得ないことなので、
初対面の人に「のだめカンタービレ」の話をしても、
それほど違和感なく通じるのだ。

そんな交流の場を持てて嬉しかった。