最近、ちょっと、他のブログを読んでいて、選挙で選ばれたということを軽視しすぎているかなと思うことがあったので、個人的な意見を書きます。

 何にでも明白な「答え」がある訳ではないと(学校的な正解)いうことから論じていきたいと思います。

 やはり、理性に対する偏重があると思うのです。

 科学の発達とともに、社会が発展し、人間の理性はすべてを認識できるようになったと考え勝ちな社会になってきたと思うのです。

 そこで、生まれたのが理性ですべての価値を判断できるという考え方であり、伝統的な考え方を否定するという時代に突入してきました。

 さらに言えば、物の価格も、生産数も理性で判断できると突き進んだのが、共産主義だったと思うのです。

 しかし、どうも理性は万能ではないらしいというのが、共産主義の実験国ソ連の崩壊だったと思うのです。

 そこで学ぶべきは、理性の偏重、それも哲人王政治の反省なのではないかと思うのです。

 無茶苦茶頭がいい人(理性ある人)の理性ですべて決めることができるということこそ理性の偏重だと思うのです。

 哲人王の理性でも、誤りはあり、その誤りは議論によって修正されるというのが民主主義なのではないかと思うのです。

 ただ、民主主義自体にも、人の理性により議論すれば正解が導き出せるというものです。

 よって、共産主義的、哲人王的理性偏重よりもマシですが、まだまだ理性偏重といえると思います。

 よって、理性にそれに加え、伝統をうまく議論に加味していくことが重要だと思うのです。

 安易に伝統を否定してはいけないと思います。

 伝統には、過去の人々の意思も含まれている、ある意味、民意が含まれているとはいえないでしょうか。

 派閥政治の終演と言いますが、自民党のように野党になってしまえば、派閥がある必要がありません。

 そもそも、派閥の意味は、総理総裁をつくるためと政権担当能力である勉強を行うためです。

 野党になったら、総裁だけのものとなります。

 おかげで、自民党は派閥政治の終焉を迎えつつありますが、民主党では、派閥(彼らはグループと呼んでいるようだが)時代の到来となっています。

 結局、与党となるためには、連立を組むか、それとも過半数を獲得するかということで、過半数を獲得すれば、自ずと、中には思想がことなる人たち、ソリの合わない人たちが入ってきて、また、政治家たるモノ、総理代表(総理総裁に真似て)になることこそが本義ですから、自分を後押しするコアの派閥をつくるものです。

 その辺り、派閥の重要性を考えないと、派閥政治自体無くならないし、無くしていいのかどうかもわかりません。

 派閥=悪などというのは、総理の芽がない野党側の主張する言葉であって、政策担当能力の問われる政治家であれば、避けてと通ることができないものでしょう。

 そもそも、政党自体、派閥みたいなもの。

 「脱官僚」「天下り禁止」を掲げた民主党ですが、すでに、そのマニュフェストを自らたったの一ヶ月で破ってしまったようです。

 元大蔵官僚で、「天下り」「渡り」を続けて14年、そして、「渡り」で日本郵政の社長が誕生したことは、まさに象徴的であります。

 この象徴的行為は、そもそも民主党がマニュフェストを守る気がなかったのか、それとも、そもそも官僚と談合してできあがった政権なのか、そのどちらかであります。

 ただ、たったの一ヶ月であっさりと「天下り」「渡り」の象徴を自らの政策の本拠地におくような行為を行うと言うことは、そもそも自分たちに都合の悪いマニュフェストも守る気が無いし、官僚と談合しなければ政権担当能力もなかったという、民主党の象徴的無能さの現れであるように思います。

 そこでみなさん、おもいだそうじゃありませんか。

 そもそも、この鳩山総理こそ、故人献金という「カネ」の問題で、つまずいているにも関わらず、検察からもなんの前捜査もなく、あっさり、政権交代をしたできレース人物だったということを。

 みなさん、こんな人が総理で、こんな政党が政権与党で、本当にいいのでしょうか。

 この政党の、この政治家たちの本当の姿は、国民に背を向け、自分たちの私腹を肥やすだけのただそれだけの人たちというのが、実質の姿じゃありませんか。

 遊説中に、自分の息子に仕事が無く、自殺してしまったというおばあちゃんが涙ながらに訴えていましたが、その間も私腹を肥やすために、また、脱税のために、せっせと汗を流して、虚位報告の言い訳を考えていたのが実態じゃありませんか。

 口ではいいことを言っていますが、やってることは、どうですかみなさん。

 友愛なんて、ちっともないじゃありませんか。

 鳩山流の演説にアレンジしてみました。

 鳩山氏の所信表明演説がありました。

 長いとのことですが、全く見ていないので、どっちでもよかったです。

 国民のほとんどは、中身のない鳩山演説より、のりピー事件の法廷を見たのではないでしょうか。

 谷垣自民党総裁からは、まるでヒトラーユーゲントみたいとのことでしたが、ヒトラーの演説はあんな三文演説ではありません。

 まさに、支持の熱狂の中にあったのであり、抽象的な演説に対して支持をしようもなく、ぜんぜん、そんな熱狂とかなくて、どちらかというと、老人ホームでぼけたおじいちゃんが演説し、かわいそうだから福祉の職員がもりあがってあげたという感じです。

 そもそも、鳩山総理は、政治資金の虚位報告は上手ですが、演説はこれっきしだめです。

 自分で、自分の演説を聴いたことあるのでしょうか。

 また、あいかわらず、息子が自殺した話をしていましたが、本当にその話を真剣にかわいそうと思うのなら、景気対策をして、雇用を増やすことをしたらどうなのでしょうね。

 民主党の議員で、パチンコ関係から献金を受けている人が多い。

 かの古川議員もその一人のようです。

 彼のような東大→大蔵→議員という人ですら、カネ、金、金というほど、金が必要であり、どうしてもということなのか献金を募るために、そういうパチンコ業界のようなところの腰巾着をしないといけないようです。

 それも、やはり、日本の政治のおかしさです。

 一つは、自営業やパチンコのように税金を払ってない人たちが、税金払うくらいなら自分たちに有利になるように、表に出ていないお金を政治献金するからです。

 企業の決算書に載せていないお金が、政治家に渡ったり、クラブに回ったりということです。

 そういう献金を受けてしまうと、その献金主の依頼はなかなか断れないということになります。

 そのために政党交付金ができたわけですが、結局、それは当然のお金として政治家は使い果たし、そのプラスとしてのお金を献金する勢力の腰巾着となってしまうわけです。

 やはり、日本の政治システムがおかしい。

 これからの政治としては、いかに、日本の普通の人が政治家個人に献金し、その献金したお金が税金から引かれるというシステムを作ることができるかが大切だと思います。