かなり前ですが、華道を習っていました。
会社勤めをしていた頃で、
お稽古日に残業になると、
「こんな日にお稽古なんて
行ってる場合じゃないよ。」と
イヤイヤお稽古に行くことがありました。
お花が用意されているので、
それを断るのもさらに憂鬱。
だったら面倒だけれど、
行った方がまだマシ。
これが本音でした。
ところが気持ちの余裕がない時ほど、
華道のお稽古後には、
驚くほど心身が清々しくなっていたのです。
それだけでなく、
頭がスッキリしてアイディアが湧き、
結果的に仕事にも好影響となることが
多かったのです。
花を前にすると
「どうしたらこの花が美しく見えるか?」
と、ひたすら花を観察。
角度や方向を変えて
花が美しく見える角度を探す。
また華道は、決断を求められる場面も多い。
勿体ないからと、
付いている花や葉っぱを残したままだと
野暮ったくなる。
1本の花の姿、
そして全体の姿を美しく見せるには、
思い切って花や枝、葉っぱを
落とすことで際立ったりします。
だから潔く決断する力も問われるし、
一度切り落とせば、
元にくっつかないので、
自ずと集中できます。
今思うと、華道のお稽古の後に、
頭がスッキリして、
気持ちが清々しくなったのは、
華道のお稽古中は
瞑想状態だったのでしょう。
瞑想をすれば雑念が次々降って
湧いてくる私なのに、
華道では容易に瞑想状態に。
なんて都合が良いのでしょう。笑
花で心が整うのは華道だけでなく、
今の暮らしの中でも
感じることができています。
飾っている花のお手入れをしている時です。
花瓶の水を取り換えたり、
花・葉・枝・茎を切りそろえ
形を整える時に。
私は貧乏性だし、少し花が傷んだら、
その部分だけを取り除いて、
なるべく良く見えるように
生け直します。
つまりちょっと傷んだからと言って、
その花をまるごと捨てません。
(だって、貧乏性ですから 笑)
乱れた所を取り除いたら、
まだまだ素敵になるんです。
茎が元気のなくなったストックは、
茎をかなり短くして、
同じく短くなった花と一緒に
部分的にダメな所もあるけど、
この視点、とっても大切だと
思っているのですよ。
傷んだ部分があるのを認めて
現実を受け止めつつ、
その状態で最高の姿を目指す。
受け入れる力と、臨機応変さと、
最善を尽くす力を育めるというか。
私は年齢を重ねることに
悲観的にならずに済んでいます。
以前と同じようには
いかなくなったこともあるけれど、
まだ変わらずできることもあるものね。
それを丁寧にやっていこっか!?
という感じです。
花も人間も、
ピチピチの時と同じ姿を求めると
苦しくなるけど、
その時の最善を目指せば、
喜びもまだまだ得られるもの♪
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