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OSのサポート終了について

2012年4月10日にVista Home Premium,Vista Home Basicの
マイクロソフトの正規サポートが終了する。
ウイルス対策などのアップデートが終わってしまうので、
インターネットからの新しい脅威に対しては、脆弱なOSと
なってしまう。

XPは、Home Professional 共に2014年4月までサポートが延長
されているので、コンシューマ向けVistaHomeは、XPより短命
となった。

またWindows8が2012年末に販売が開始されることもあり、
既存のVista搭載PCを買い替えるのも少し待ちたい。

特に、新しい8の評価が定まるのは、販売から6ヵ月程度は
みておく必要がある為、Vista搭載PCの買い替えは現時点では
ネガティブである。
XP搭載PCの方が、効率良く更新可能である。

医局のインターネットで使う個人のVista搭載PCは
Windows7へのアップグレードが最も安全な選択と言える。

またその際、Win8の搭載も考慮し、RAMの搭載容量や
HDDのSSDへの見直しなどPCの総合点検も同時に行うことが
望ましいと考えられます。


Windows OSのサポート終了予定図を一覧にすると良く解ります。




どこかで見たこと読んだこと


メディアサポートでは、医療機関でVista搭載個人PCを使って
いる医師、看護師の皆様へ、OSのバージョンアップを含んだ
PC-dockサービスで対応しております。

アップデートや点検改造のお手間を弊社にて支援致しますので
お気軽にお問い合わせ下さい。

有限会社メディアサポート
お問い合わせ先 078-856-3557

病院での電源喪失訓練の必要性

東日本大震災での津波の被害は、全てを流し去るという状況が
公共施設でも発生し、自治体では考えてもいない災害が生じました。

特に、病院の被害は、甚大でした。
地域の救急体制を維持し、入院治療の防塁であるはずの施設自体が
その高度な機能を、時間と共に失って行ったのです。

病院の職員からは、機能の不全の事態でも患者を守らなければならなかった
その日の惨劇の報告は、現在でも多数行われています。

原子炉ですら、津波で電源を喪失するという事態を日本国民は目の当りにしました。

今後、東南海地震は言うに及ばず、風水害や火災、テロなどで医療機関の電源が
失われる事を、想定した防災対策や避難訓練が重要になると予測されます。しかし
まだ実際には、国内の各病院単位では、電源対策の明確なマニュアルがないという
状態です。

その際、特に、電子カルテや情報システムは、電源喪失時、患者の状態把握に
どれだけ機能するか、そこで初めて、ITの真価が問われて来るのです。
既存のシステムは、電源は安定した供給を前提に構築されています。

端末のバッテリー化、ネットの多重化、部門単位の電源復旧は、細部に
渡り訓練され、シミュレーションが分析されていなければ、実際の災害では
病院の機能を失う可能性の方が高く、時間と共に、医療活動の継続可能性は
低くなります。

病院の場合、公的な支援は、最も早い段階での対応が想定されますが、
それまでの時間単位でも、医療を継続することが求められるのが病院です。

残念ながら、実際には、このレベルの災害訓練がされていないのです。
特に電源の停電は、病院という環境から、実際の実施訓練を避けて来た経過があるようです。

もし、情報システムで社会のイノベーションを目指すのであれば、
病院の停電に対処する継続可能システムを目指すことが、日本の医療システムの
世界的な知見となり得ると考えます。
それが、東日本大震災へ海外からの支援を頂いたことへのお返しでもあります。


今、電子カルテのクラウド化や情報端末のスマホ化などが表面的に進みつつあり
ますが、より災害への耐性をもった病院システム全体の継続性機能の視点が
不足している可能性があります。各病院でも極める必要があります。

その為には、実地の停電訓練シミュレーションを提案したいと考えます。
各々の病院の電源供給体制に沿った訓練が必要であり、そのシミュレーションの
分析が、病院の各部門の継続性機能レベル向上に繋がります。
またこれに基づき、更に水やガソリンなどインフラ喪失の訓練の対象を広げる
ことができます。
まずは、最も喪失の要因の多い電力から始めるのが、最も根源的です。


今後、病院から診療所、更には、介護施設へとそのノウハウは、継承され
また地域共同体の公共施設の機能継続性レベルアップへと繋がります。

機能継続は、事業の継続とも密接な関係を生む、そのシミュレーションが
地域医療の事業継続の指針を生むことも想定できます。

その貴重なシミュレーションを記録に残し、再検討を重ね、継続可能性を
マニュアル化まで高めることが緊急の課題ではないかと考えています。

有限会社メディアサポートでは、今後この病院電源喪失訓練に取り組む為に
情報システムの方向性にフォーカスして行くこと致しました。
この考え方にご興味を持たれた方が居りましたら、是非、ご意見をお聞かせください。
来月には、初期的事業計画を進めて行きたいと考えております。


有限会社メディアサポート  取締役 小林新哉
神戸市灘区鶴甲4-4-14-406
078-856-3557

スマホの流れは、医療機関を変える。

「スマホの流れは、医療機関を変える。」

スマホやパネルPCは、ICTのコモディティ化を象徴している。
社会インフラの拡大事業のインセンティブともなっている。
これは、数量の拡大、パケットの拡大流通を目指す事業者の
目論見でもある。

それは、また情報の汎用化とも並走している社会潮流である。
情報は、人間社会を生かす生命そのものであるし、個体が
自立を確認する基準でもある。

マスコミ(TV、新聞、書籍)の情報がコマーシャル
の経済ベースで仕組まれていることに気が付き、飽きて
来た社会人は、TVなど中央集約型マスコミへの興味を失っている。

本来、情報の収集と編集、発信、全てをマスコミに委ねるのは
個人の情報発信手段の発達と共に、興味を失い掛けている。

しかし、災害時の社会情報集約力と個人の情報集約力では
力量の差は、自明であり、評価の手段も複数有している点
での情報編集力にも個人は叶わない。
しかし、その集約力ゆえ、社会構成員である個人利害に係る
情報であっても、政治的な圧力、経済的な圧力、で如何様にも
偏重する際どさを持っている。

それを制御する力が、個人の発言のSNSに集約し始めているのが
現在である。
集約することと精製されることが、まだ混乱しているのも事実である。
制御するつもりが、SNSによる個人の排除となるケースも予想できる。

排除というより、数が少ないという安全な「無視」である。
この場合、マスコミによる少人数派の黙殺より、精度が飛躍的に高い
排除に近い経過をたどる。

大多数と個人という対立となる。
マスコミの場合は、この意味で救いようがある。
個人情報保護により、少数派対少数派の派閥対立しか生まないからだ。

批判とは、媒介者を通した単純な自己主張である。
情報社会で、自己主張する場合、批判者を媒介を通じて創出させるのが、
より簡単で効果的である。
インターネットの口コミは、批判の逆の「ほめる」という疑似批判を
心理的に使ってのコマーシャルも内包してしまう。
口コミから疑似批判行為の完全な排除は困難である。

情報は、SNSなのどの自立ツールでの集約へ軸足を移し、マスコミ情報は
精度評価で併用することが主流となった。
これは、情報そのものコモディティ化がより鮮明になってきている。

事業主の経営は、コモディティ以外に、コミュニケーション、コスト
流通としてのチャンネルに、各々競争原理から戦略的事業を計画し、
活路を目指すようになっている。
それが社会生活を変容させて行く。
何故なら、事業者は、数の確保を最大効率として活動する宿命を持って
いるからだ。分母と分子を共に増やしたいと考えている。
分母にすら入らない人間は無視する必要がここに生まれる。

医療の分野でも、医療行政の在宅医療化が契機となり
医療従事者からも医療情報とその運用システムにおいてコモディティ化が
重要となって来ている。

医療保険や介護保険を縮小したい国家と、患者に対応する医療機関が
進む道は、医療機関の経営コストを最小限にすることである。

医療機関に患者が集まらないでも、医療事業が発生するシステムが
急務と考えられている。
心臓外科手術などでも手技の開発、医療機器の開発、薬の開発で
患者負担の軽減が図られているのと同様に、医療情報システムも
汎用的なインフラと情報端末で病院の経営負担の軽いシステムへの
展開が要請されることになる。

この場合、医療従事者の情報端末が、コモディティ、コスト、
コミュニケーション、チャンネルが、時代の汎用化と並走することに
意味があるのは、自明となる。

コモディティ的システムを医療機関向けに展開する場合、重要な機能は
患者とのコミュニケーションである。
最大効率を分母に設計されたシステムで、
如何に患者とのコミュニケーション、コスト、チャンルとして満足を
得られるかに医療機関経営が掛かって来る。

安岡正篤 天地にかなう人間の生き方

天地にかなう人間の生き方―経世の書「呂氏春秋」を読む (Chi Chi・Select)/安岡 正篤
¥1,470
Amazon.co.jp


安岡正篤 天地にかなう人間の生き方
‐経世の書「呂氏春秋」を読む‐ 致知出版


内容は、安岡正篤氏の昭和42年、株式会社クボタ(当時:久保田鉄工所)
の幹部社員への講義録5回を単行本にしたものである。
安岡氏自身は講義の講義文献として「呂氏春秋」を用いた。

安岡氏は、明治31年生まれ(1898年)-昭和58年(1983年)没
陽明学者であり、また体制派右翼思想家としても昭和の政財界に影響を与えた。

特に、中国古典からの経世の指導者への書籍や講義録が多数残している。
中国古典の解説としては、読み砕いた内容となっており古典に不慣れでも、
理解しやすい内容となっている。

本書でも教育の重要性を説いているが、教える側の姿勢を説いている点など
非常に現代の教育論にも通じる。

古典は、真理の探究の成果である故、現代の未来へも問題提議ともなり
新しい視点を与えることが本書からも伺える。


安岡氏、曰く、本書第3講「学び、教え、厳粛になる」

(わが身になって教える)
「善く教える者は徒を見ること己の如く、己に反(かえ)りて以て教ふ。
教の情を得るなり。人に加ふる所は必ず己に行うべし。
此の若くなれば師徒、体を同じくす。」

「人の情、己に同じき者を愛し、己に同じき者を賞め、己に同じき者を
助く。学業の章明(あきらか)なるや、道術の大いに行わるるや此れより
生ず。」

安岡氏は、これらをまとめ、「学業が明らかになるなるのも、道によって
如何に為すべきかという手段が起こってくるのも、みなこれ師徒、体を
同じくするところから生まれてくるのである。」と古典より解説する。
正に、現代的な教育現場のツールとしての情報機器の活用の前提を提示して
いる。教育現場の現在的な欠落点と改善手法を提示している。
このことは、一般のSNSの活用でも同じ傾斜を持っている。

情報の自己解釈過程の意味を理解せず、教育現場で、情報機器にて
プレゼンテーションのみに汲々とする風景は、数千年の過去から何も
人間としての修練が全く進んでいないと断定できる。もしくは教育が
一部、経済の自己欲望を利用した功利主義へ傾斜し始めている可能を
も示している。


私が、本書で最も興味を持ったのは、
第2講「まず、わが身を治める」であった。

結語は、「人を論ずるということは、結局自らを論ずることであります
から、八観、六験を自分に適用して、自分はどれくらい及第するか、
ということを反省してゆけば、自分をつくる上でにも良い試練となる。
<中略>
真理というものは永久に変わらぬもので、こいうものこそ、古くして
永遠に新しいと言うべきであります。」
というとろこに帰結する。得心できる内容である。
この第2講の冒頭は(古典に親しむ)、続いて(欲望を節する)と進む。

「天・人を生じて貪(たん)有り欲有らしむ。欲に情有り。情に節有り。
聖人節を修めて以て欲を止む。故に其の情を過行せざるなり。」
安岡氏は、これを西洋の人間精神に理性と感性の二元論に対比して、東洋の
一元論として論じる。
昨今のビジネス書は主に二元論を過去と未来に比定する論点が多く、また
文章も同様に比較論となっている。
この環境で、今、この本を読むと論旨や歴史観に新鮮さを感じる。

安岡氏の講義では、人間には、生まれ落ちた時から、物に対する欲望と
いうものがあるという。その欲望を満足させようとする欲求衝動が貪と
なると説明する。
また仏教の説も引用し、貪は、むさぼりであり、瞋は、満足しないいかり
癡は、欲に目がくらむ、この三つを、三毒と言い、人間には理性と同様
皆に備わっておると言う。

知・情・意は、もともと、人間に備わった一つのものという古代の認識である。
その上で、「情に節有り」に重要な意味があると解説する。
安岡氏は、宇宙の中の人間として説明する。
身体の二百余りの骨は、様々に組み合わさって、骨格を構成している。
その組み合わさっている接合点を、節と言う。
変化の契機、要点を節と説明する。そこから展開して、安岡氏は、
人間の精神・生活にも節がある。人格・行動にも節がある。政治・経済にも
節がある。
つまり、貪に限らず、人間の喜ぶ、悲しむ、憂える、などいかなる情も、
放漫にしては駄目だということです。

そこに、節、締めくくりがしぜんにある。と平易な解説の為、とても解り易い。

「聖人節を修めて以て欲を止む」
これは、止めてしまうことがということではない。
欲情が、放縦・放漫に行われることを制止することで、欲情を正しい自然に
返すことを意味する。

「故に其の情を過行せざるなり」
欲を貪るということは人間自然のことであるが、ただその欲の中に節を知り、
その節を把握して欲望・情欲を放漫にしない、過ぎて行わせないという自省
することが重要となり、本講義の題目「まず、わが身を治める」に繋がる。

その他の講義も同様に呂氏春秋からの引用が絶妙で面白い本である。
最新の経営や技術の専門書に少し辟易としている方には、大変お勧めな本です。


最後に、本書で学ぶという事についての発見。本書 第3講義の断章
東洋本来の学というものに対する基本的な考え方。

「凡そ学は能く益すに非ざるなり。天性を達するなり。能く天の生ずる所を
全くして之を貶することなき、これを善く学ぶと謂う。」

(益す)は、えきするという意味ではなくて、付け加える、増すという意味。
安岡氏、曰く、学というのは、方便、手段的に付け加えるものではなく、元来、
天の生ずるところ、親の生んでくれたところを全くして、それをおとさない、
いい加減なことをしない、というのが善く学ぶという解説である。


「自らの天性を引き出すことが学ぶということ」、これは「欲情を節で、
自然に返す」と同様に、全く新しい感覚である。



輦轂の余沢

「輦轂の余沢」
古い表現ですが、天子の恩恵を得ていた「京都」のことです。
桓武天皇が平安京を開いてから、京都は、田舎に対する都と
して都市がブランド化されて来た歴史そのものであった。

明治維新では、革命の中心現場として人々が集結し、多くの
闘争が繰り返された。

その明治維新と京都を公家と町人の変化を取材した本を読んだ。
小林丈広著 「明治維新と京都」臨川選書
著者は、京都歴史資料館にお勤めということもあり、京都の
明治維新以降を、京都知事や攘夷を擁護した公家、町人の実体を
資料から明らかにしている。

公家やその用人の没落は、意外な印象が強い。
なぜなら、維新の一つのスローガン「王政復古」は、公家
達のスローガンでもあったはずだし、天皇の勅書を合議したのは
公家たちだからだ。
維新に対する政治的な判断が甘かったとしか思えない。

この本でも指摘されるが、新政府で廃藩置県以降も中央で発言力を
残していた公家は、岩倉具視、三条実美しか居ない。

公家の没落の要因は、明治天皇の東幸つまり、遷都であった。

一方、京都を再興する上では、幕末から志士を支援した鳩居堂の
熊谷直孝らの発案で、小学校の学区で町組を改正したり、長州藩出身の
知事、槇村正直の旧因習に囚われない産業復興策が大きな柱となった。

明治に入ると公家士族や寺社士族を救済する救済することと産業の
復興を重ねる工夫が必要とれた。国営銀行、企業経営の平安社や
寺社の維持経営の保勝会は、岩倉具視の晩年の活動から発展した。
維新で、京都は、旧勢力の解体と再構築という大変な苦労を課せられた。
他の場所では、旧藩の解体と東京中央集権化という維新が、京都では
町の再興と、公家、寺社構造の解体まで担わされたことになる。

その再興が、現在のベンチャー企業、観光都市「京都」の礎となる。

しかし、京都は、維新では主役であったはずが、何が、間違っていた
のであろうか。

幕末史では余り、注目されないが、明治維新とは、京都の公家社会の
解体でもあった。特に、長州藩の木戸、薩摩藩の大久保らは、新政府の
首都を外交面から京都を外すことで画策していた。
近くに港を備えた広い敷地を考え、大阪や東京が候補として挙がっていたのだ。

幕末を京都中心に俯瞰してみると下記の図のようになる。

figkyoto.jpg
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キーワードは、王政復古、攘夷である。

特に、薩摩藩と長州藩の政治思考のターニングポイントは
禁門の変(1864年)で、京都市街地が焼失させた事変である。

京都の公家は、ペリー来航以降、政治的な発言に長い眠りから突然目覚め
沸騰していた。元々攘夷や王政復古は、アメリカとの通商条約に対する公家
社会の幕府に対するアンチテーゼとして日本国内の下級武士、文化人へ蔓延
した。輦轂の余沢ネットワークである。

ところが禁門の変で、長州は、朝敵となり、海外諸国との直接戦争をし、
藩論を再構築する必要に迫られ、開国の必要性を確認した上で、幕藩体制の
打破に転向していた。また、同じ年、薩摩藩も英国との戦闘で、欧米列強の
実力を思い知らせれていて、現状の幕藩体制の改革の必要性を認識していた。

単純攘夷の京都は、内陸に位置し艦砲砲撃に直接曝されることもなかった。

ここで日本の国政に対する考え方と、京都の考え方に差異が生じた。
新政府の求めるものは、世界に王政復古を唱えることではなく、
列強に劣らぬ国力の誇示であった。
中央集権で富国強兵を進める国内融和策の一つが、王政復古という
スローガンであった。1864年以降で、攘夷を本気で考えることは政治ではなく
文化であった。その証左を歴史的に網羅すると、良く解る。

地方で、王政復古的なスローガンを唱え革命を推進した公家などのグループは、
維新後、消滅して行くのが良く解る。列強では、フランス革命とアメリカの独立
を見て、王政を維持する困難さを政治家は知っていたのだ。

ただ日本は、天皇家という1300年程、同一氏族で王家が伝承されて来た特殊な
国であることが、世界に誇示できることでもあった。
現政権の流血の革命の正統性は、この長い歴史を有する天皇家から承認される
ことが正治的に必要だった。

その為、政治の中心では、旧体制の公家社会は不要であり、天皇家だけが
必要だったし、その通りに動き、公家社会は、京都の地方行政からも排除
された。

結果的に、平安社、保勝会という産業興産、寺社保存の組織が、公家社会を
わずかに継承し、現在の京都を構成しいる。

京都において、終戦とは爆撃の無かった太平洋戦争ではなく禁門の変を意味する。

明治維新革命の発端は、公家社会から尊王攘夷の声であった。それに知識をもった
下級武士団と京都の文化人が呼応した形で、時代を動かし、回天を成らしめた。
幕藩体制の革命が、京都から始まり、その軍事革命は戊辰戦争と呼ばれたが、
主に新選組など会津藩が標的とることで全国が焦土化するのではなく、徳川親藩、
奥州列藩での限定戦争で収束する革命効果を持った。

一方、同時に遷都による公家社会の解体も並行して進んでいたことに、旧体制の
側に位置づけられたことに、公家社会自身も気が付いていなかった。
その意味でも、維新の革命は、「遷都」と「廃藩置県」で近代化に成功した。
これが奇跡の革命と呼ばれる所以であろう。

ドラマでは、明治維新は、龍馬や松陰などの志士を中心に語られることが多い。
しかし革命の現実は、朝敵として靖国神社に祀られることもなく敗れ去った者達や、
京都市民から革命を評価した方が、深く理解できる。

そして現代、中近東での政変、革命で市民は、明治政府や京都の産業復興から
学ぶことが多いと考える。
①地方行政の継続②中央官僚の継続③町組の再編成(小学校学区による)
④水理の再整備(疎水工事)⑤産業の興産⑥文化施設保存⑦無用の地を
開いて地産を起す⑧職業学校を整備し、遊民を職に着かせる⑨海外の形勢を
示して人智を発明する

①から②は明治政府の考え方である。③は、京都の有力商人のアイディアである。
④から⑨は、1877年に京都府知事に就任した槇村正直の政策である。

今、京都大学からノーベル賞など国際的な評価の高い科学者が、多く輩出している。
これは歴史的に観ると、「輦轂の余沢」から「京都の資望」の時代への改革であった。