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映画「死刑弁護士」とイジメ構造

ドキュメンタリー映画 死刑弁護人
http://shikeibengonin.jp/

多くの死刑事件で弁護士をしている安田好弘氏の
ドキュメンタリー映画を十三の第七芸術劇場で見て来た。
昨今のイジメ問題を考える上では、大変参考となった
良いドキュメンタリ-映画であった。

映像は、テレビ番組からの編集の為、人物アップの構図が
多用され映画としての編集には余り配慮は、されていない。
その為か、重要な音声にも周囲の音声で聴き取りにくい、
BGMが音声の邪魔になるなど、編集が単調な印象にも繋がり、
やや残念な点もあった。

一方、デマゴーグへ傾斜するマスコミが嫌いと言う安田弁護士の
日常の活動の姿勢、仕事への取組み方は、詳しく表現出来ていた。
特に安田氏が、光市母子殺人事件の弁護で遺族から「死刑
廃止活動に利用している」との批判にも、弁護と構造改革
紹介している。その他、和歌山カレー事件、オウム真理教事件
など、各事件毎に結果を含め、安田氏の考えが出ている。

青春時代、真剣に安保反対運動の中に身を置き、30歳で弁護士
となってからも山谷労働者の支援から活動を始める。
これは、権力側に身を置くことを善しとしないという姿勢が
その時から貫かれていることが良く解った。
弁護を依頼して来る事件は、殺人など死刑と向き合う事案が
多い、それだけ被害者側、加害者側との軋轢も強くなり、
加害者側の弁護士は少ない。バッシングも伴うからだ。

この中で多くの依頼を受ける安田氏は、事実を出して初めて
本当の反省と贖罪が生まれるという基本姿勢にブレがない。

ここに権力側にはない正義を感じる依頼者が居る限り安田氏は、
弁護活動を続けるという。
また死刑反対への姿勢も、ここから生じている。

このブレの無い姿勢が、権力やマスコミが構成するヒエラルキー
への対峙により、反体制的弁護士と世間では受け取られる場面が
多々ある。この断片的な報道により、極悪人を擁護する嫌な弁護士
として非難されることすらもある。

これは、学校のイジメが無くならない構造と同じであると気が付く。
学校のイジメの緒言の現象は、幼いヒエラルキーの闘争であり、
学校側の不祥事への事なかれ主義、隠ぺい体質がそれを助長している。
その幼い権力欲へ、相手への思いやりという正義を貫く個人に
リスペクトする社会へ向かわなければ、イジメの構造は消えない。
その個人は孤立しやすい傾向を孕む、それを承知で自立する
個人へのリスペクトを育まなければ、日本の子供達の未来は暗い。
安易な自己責任論を超える倫理を持つ必要がある。
自己責任論では、本当に個人が支える民主主義は育たない。

権力には正義を貫く個人への許容力が自らの権力の健全性を
証明することであることを理解する必要がある。

今後、マスコミも、内部に自らの弱さを露出させる勇気が求められる。
事実と権力の意見を加味した編集をしていない事を、どの様に
担保するのか、マスコミ自らが提示しなければならない。

学校のイジメは、マスコミが垂れ流すお笑いの構造を模倣している
可能性をマスコミは自身で倫理検証する必要がある。

現代の日本は、収入力や権力に対し、個人の正義を貫くことを避け、
所謂、長い物には巻かれる事を善しとし、自己満足し、その鬱憤を
些細な場面での個人的エゴを通し、晴らそうとしている。

この世情に対し日本国家のヒエラルキーに向け個人の正義を対等に
投影している安田氏の活動は、将来の正義をより尊ぶ個人への尊敬
の必要と真実に基づく社会構造変革の必要をこの映画は示していた。

その点では、日常のマスコミにこの映画が紹介されることが無いのは、
現在のマスコミ、特にTV番組構成の倫理レベルの低さを自分自身で
証明していると言える。ただし、制作が某放送局であるところに、
僅かな救いでもある。

イジメ問題を社会的に考える場合、日本人は、組織的な隠ぺい行動へ
意義を申し立てる正義は当然だが、日常でも個人が組織に対峙して
行動を起こすことに、もっと敬意と興味を持つ必要があると考える。
仲間はずれをおそれつつ、イジメに繋がる初期行為を注意する個人を
もっと学校は育てるべきだ。
それが学校組織への批判の声を助長するのでは?と恐れては、教育は出来ない。
教育者にも、情報コード化で自己解釈過程が、いかに重要になるかを考えて
欲しい。

最後に、死刑についての私の意見は、安田氏とは異なり、存続に賛成である。
権力が暴走した際、死刑は暴走するであろう。
その可能性を権力者は有していることを民衆は認識しているべきと考える。
民衆は、自ら制御出来ないリンチやイジメの極限としての死刑を権力者へ
付託する法的な構造は必要だと考える。
死刑廃止は正当防衛の適応範囲を低いレベルへ広げる社会的危険性を
孕んでいると推察する。

古事記 祝 編纂1300年

口語訳古事記 完全版/文藝春秋

¥3,675
Amazon.co.jp

元明天皇により「古事記」編纂の勅語が下され
稗田阿礼が旧辞を誦習(しょうしゅう)し、
太安万侶が漢文、和語を駆使して712年
(和銅5年)正月28日に元明天皇へ献上されました。
2012年は、「古事記」が献上されて丁度1300年です。

そこで、灘区図書館から「古事記」を借りて読むこと
にしました。
現代語訳が付いたものなど、色々ありましたが、私は、
三浦佑之氏の「口語訳 古事記」(文芸春秋社)を借り
ることにしました。4日間で読破しました。

Amazonなどの書評は、概ね、好評です。
特に、私同様。古事記初心者には好評です。
一方では、たぶん本居 宣長の「古事記伝」などにも
精通している方々でしょうが、天皇批判的であったり
解説付記に邪馬台国が近畿に比定されていたり、
構成が、語り部の語りという変則である点を指摘し
恣意的な文体になっていることを咎めている評価も
少数ですがありました。(たぶん古代史の専門家でしょうか)

特に批評で強調されていたのが、天皇の漢文標記がカタカナで
あり、「命」が省略さていることが、許せないという意見であった。
初心者には解らない難しい法則などがあるのかもしれません。

私の感想は、この本に好意です。
批判を期待した方にはご希望に沿えませんので、
歴史書素人の極みとご了承下さい。

理由、1)まず、本として読みやすいことです。

どういう事かと言うと、音読しやすい工夫がされているのです。
近所迷惑でしたが、殆ど声を出して読んでしまいました。
途中、何度か噴出して、声を止めましたが(笑
この本の解説でも作者は述べていますが、
天皇家の最後の語り部の稗田阿礼が旧辞を誦習して
いる内容を文字化する作業であったので、その制作過程を
口語訳にするには、語り部を使うのは、理に適っているし、
思えるのです。その為、音読に合わせた音節、リズムで
文章が構成されているのです。

当時も古来のメディアから新しいメディアへの変換作業だった訳です。
この古事記の環境を理解して読むことが、古事記と日本書紀の
違いを意識して理解する事にも繋がるのです。
制作過程と目的が違っていることが、音読性の特徴が古事記なのです。
その為、歌が多くなっているのも理解できるのです。


作者も解説の最後に以下の様に述べています。

「本書で試みたのも、古事記はどこまで読むことができ、
古事記から離れてどこまで普遍化できるかという二つの
方向への模索であった。」

「そうした繰り返しがわたしたちの根拠を見つめ直す契機と
なるに違いないと考えるからである。」

その結果として「古事記の今を明らかにした」作者の意図
通りの作品になっていると思います。

この様な自己解釈が古事記のデータをコード化する意味で
重要な過程であり、今後も続けれるべき研究と私も感じる
ことが出来ました。

口語訳の意味内容より、そのテキストに意味がある面白い
書籍です。

理由、2)私の様な古代史の素人にも配慮して解説が豊富に
あることです。私の場合、古事記に「蝦夷」への言及がどの
程度の記述があるかが、本当の興味でした。
ヤマトタケルの伝説の所に一か所あっただけでした。
使用用語の索引も附属しており、その言葉が、どこで使われて
いたかが、直ぐに解る索引も充実してます。
古文の初級者には大変親切な構成だと思ます。
(専門家には資料が別れ、読みにくいのかもしれませんね)


古事記の全容を初めて読んで、とにかく、面白いのは、神代の
神々のあからさまな性的な描写と、糞や垢などの生理的な事物
の引用での伝説作りのリアルな面白さでした。
流石、口伝です、講談の面白さの原型だと思います。
エンターテイメント性が不可欠というプロットで記憶に働き
掛けているでしょう。

また国記、帝辞における天皇家の先祖の系図を目的にしている
割には、出雲の神々や熊襲の神々のキャラクターが濃く、天皇
家は、乱暴だったり、好色であったりしてスター性には欠けて
いるのも特徴かと思います。ここが、一歩間違うと、批判にも
なりかねないシュールさもあり、素人には受けます。
このシュールさの意味で、本来、語り部に語らせた方が、各時
代や、相手に都合よく合わせ、脚色やカットもできて便利だった
ろうなと、思わずには居られませんでした。

日本書紀は中国や韓国へ向けた公的な歴史書として古事記の
8年後に編纂されます。三浦氏も解説で言及していますが、漢字は
5世紀後半には記録する手段としては使われいたと推測されること
から、古事記、日本書紀以前にも歴史書は、色々な角度から試さ
れていたと考えるのが順当と推察されます。

7世紀8世紀は大和朝廷が律令国家として基盤作りを試行した
時期として考えられます。
その試行錯誤の表現が「古事記」なのかもしれません。
その意味では、思わずの真実のデータが内包されている可能性も
否定はできません。今後の古代史の研究成果次第でしょう。

天皇の歴史書は、哲学を語るのでなく、日本と言う国は、土地が
生まれるところから天皇家という系図により一続きの歴史として
証明され、その事で天皇家の未来での存在が、国の継続を保証する
関係を提示しているのです。
国家の歴史書として、他に変わるべき家系は、無いと証明
できるのです。中国の歴史では、歴史書が次々に平然と変わります。
中国の歴史は民衆に不満が貯めると天の法則で政権が更新されて行く
ので仕方がないのです。
一方、日本では、律令国家にとって歴史的な整備が、対外的、
対内的に、必要だったという契機だったのですが、思わず一続きの
歴史書に収めたことで、幸運にも日本の未来が天皇家の系図ととも
のみ存在できることが保証されのですが、現代語でもその通りに
読めるのが、古事記のユニークさです。

その意味で文字化という大きなメディア変換を経た「古事記」は、
ネットワーク社会で更に自己解釈が、より深まることも期待されます。

「古事記」は1300年経っても、意味が伝わる可能性と圧縮された
豊富なデータが、まだ残しているのです。
現在のSNSの中で蓄積されているデータは、1300年後、復元されて
本当に面白いと思われるか、非常に問題です。
古事記より多様性をもったデータを圧縮して貯める必要があります。

オスプレイ訓練ルートと大和朝廷

どこかで見たこと読んだこと

朝日新聞6月19日掲載記事より転載画像
米軍が発表したオスプレイ訓練ルート

オスプレイ普天間配備問題

沖縄の米軍基地負担軽減問題を考える場合、
沖縄の地元の複雑な心境を本土の人間は考慮する必要がある。
1)沖縄人は、独自の文化圏を持つ独自の民族である。
2)地政学的には日本であるが、中国、アメリカなど大国との
  政治バランス感覚は十分に理解し、資源の無い沖縄での
  生活圏を向上させたいという地元意識は強い。
3)歴史感覚に基づき、日本政府、日本人を見ている。
上記の観点から、オスプレイ普天間配備問題は、訓練負担の
軽減を日本政府、本土の国民がどれだけ真剣に考えてるかを
沖縄人は評価していることになる。

沖縄人からすれば、本土の市民レベルで、「オスプレイ反対」を
叫ぶ事が、虚しく聞こえる。どうせ「アメリカ軍の意向が通る」
という未来が待っていると直観するからである。
(戦中、戦後の日本政府の沖縄で残した歴史からの直観)

この場合の市民や左翼の「オスプレイ反対」は、市民や左翼の
ポピュリズムであることがバレバレである。良い市民を演じて
いる。どちらかと言えば、身勝手な人種の偽善である。

この集団では、「政府に反対した方が、良い市民である。」という
単純な公式を信じ、唯一の拠り所としている。
マスコミや政府もこの公式を報道で演出することを期待している。

これは何を示しているかと言うと、市民個々が独創的に考える
ことを避けたいという権力側の集団の本音が隠れている。
つまり、難しい政治、経済問題であり、各専門家、有識者でも
論理的に問題解決案が出せない程、難しいから、素人は、適当に
賛成したり、反対だけしていて欲しい。
勝手に解決策など出すな!
解決策らしきルールを作るのはマスコミや政治、行政府の
仕事(=給与)であり、余計なことは言わないで欲しい。
独創的な発想は邪魔であり、彼らの存在意義が無くなると言う
ことです。

左翼の様にマルクス主義を標ぼうして、政府、行政の仕事を非難、
反対して頂くと、本当に助かる。政治家や官僚家にとっては、
存在意義まで与えてくれる便利屋さんでもある。

事例としては原発再稼働反対運動も思慮、思想から、政治的すり
替えの便利な基軸となりつつある。

さて、アメリカ軍が、日本でのオスプレイ訓練空域を公表した。
流石は、西部開拓が好きなアメリカ人の事前調査能力は、高いと
言わざる得ない。

日本と周辺国の影響。日本国内の反対運動の基軸と傾向を
十分に研究した選定である。

1)中国やロシアに配慮している。
2)日本は狭いので、部分に配置すると狭い住民反対活動が活性化
  する傾向が高い。地縁、血縁での反対運動は、強くなる傾向。
3)日本人は、地域利己性が高いので、広域かつ分断すると、
  全体的な反対活動を活性化しにくい傾向がある。
  地域間では共闘するより、争う事の方が心情に合う国民性である。

おそらく、これらを考慮した「オスプレイ訓練空域選定」である。

では、日本人が「オスプレイを撤退させる」にはどの様な手法が
考えらるであろうか、その手法を提示したいと思います。


「沖縄基地負担軽減 オスプレイ問題の対策」

①米軍の訓練エリアは、大和朝廷時代の蝦夷、土蜘蛛、隼人のエリアに
 偶然にも一致している。
 これは、現在の日本政府の政治の注力地域と分散、日本の山岳構造を
 重ねた結果、大和朝廷文化に馴染まない縄文文化となった訳です。
②大和朝廷は、蝦夷を熟蝦夷と荒蝦夷に区分し、征服と懐柔により
 大和文化圏への取り込みに成功した。(北海道、沖縄を除く)
③オスプレイ問題も大和朝廷と同じ手法を使うべきです。
④まずは、普天間の訓練を墜落事故を前提に本土で引き受けるべきです。
⑤その為には、まず訓練エリアの自治体行政の共同歩調が大切です。
⑥訓練エリアの自治体は、日本政府に対して訓練受け入れに対し、
 事故時の保障問題、騒音での健康被対策問題を明示し、契約
 します。(ここで日本政府、防衛相が反対したら訓練エリアにならない。)
⑦更にこの受け入れ条件に、事故時の米軍機への救助支援活動、
 日常訓練での墜落事故対策訓練(災害訓練と併用)、訓練時米軍との
 人的な交流会の定例化(宴会付)も付帯とし、その費用は国の
 補助金として各自治体へ配分させる。
(米軍からの予算希望額も提示させる。日本政府は米軍に弱い)
⑧これは②での懐柔現代手法です。軍事的な戦闘と並行し、蝦夷に
 対する饗宴が頻繁に実施していた。
 この饗宴で大和文化圏へ馴染んで行った蝦夷は、熟蝦夷となり、
 日本人へと混合して行ったのです。
⑨訓練エリアの自治体は、緊急時救助隊、墜落消防隊も組織し、
 アメリカ軍の安全確保を名目として地域防災設備を拡充します。
⑩訓練部隊幹部との市民との交流会(宴会)を頻繁に開催し、アメリカ
 軍幹部との交流を図り、もし、相互理解が深まれば、沖縄基地の一部
 誘致へも繋げて行く。(沖縄基地負担軽減活動)
⑪交流会での地元産品、食材の海外販路開発を進める。

⑫⑨から⑪の費用は、日本政府、防衛庁へ補助金とさせる。

以上、オスプレイ訓練を地域の町おこしの饗宴として受け入れる作戦です。

この結果は、「オスプレイ反対、賛成」ではなく、訓練機の墜落事故は起きる
ものとして計画立案するのが、一番早く日本政府に「オスプレイの撤退」を
アメリカに働き掛ける近道となるのは目に見えています。


故郷喪失者とは

本日(6月10日)の日経新聞は、故郷に関する文章が目立った。
「美の美」与謝蕪村 無限のポエジー①
「文化」故郷をめぐって 木田元
そしてコラム「春秋」

・「文化欄」標題(故郷をめぐって)という直接的な標題の哲学者 
木田元氏の故郷に関するエッセイは、軽妙である。
私の故郷は、山形県鶴岡市ですが、市の出身者欄に、
木田氏のお名前があることは知っていたが、今回、ご本人の事情と
詳細を初めて、知った。
(たぶん、こんな感じだろうとうすうす想像はしていた。)

結論から言うと、どこも故郷と呼ぶに躊躇されていて、しいて
プロフィールでは、山形県出身としているとのことです。
経緯としては、氏の父親は、山形県最上町のご出身で、
現在も菩提寺があり本籍地。しかし、そこに住んだことはない。
氏の父親のお仕事の関係で、1928年 新潟市で生まれなのである。
ところが3歳の時、満州へ移転、16歳まで満州新京(長春)暮らした。
その後、16歳から20歳まで母親の実家のある山形県鶴岡市で農林専門学校へ通う。
(鶴岡市では、ここを捉えて出身者としている。まあ、こんなもんでしょう)
20歳からは仙台の東北大学で哲学の勉強で10年暮らし、その後、東京で70歳まで
哲学の教壇に立ち、現在に到る。

幼少で多感な時と言えば、満州であろうが、先の戦争時代であり、幸せな暮らしは
中国人の犠牲の上であったこと知っており、素直に故郷と懐かしめない。
そうなると、滞在場所が分断されており、確かに故郷と呼びにくそうだ。

木田先生は、故郷を喪失し、異郷(都会)で放浪する人を、自らも含め、
故郷喪失者と呼ぶ。
一方、都会に、故郷喪失者が多数存在することは、ハイデッカーは予見し、
帰郷へと誘った。しかし、これをナチスが利用し、ユダヤ人迫害へと繋がる。
こうなると郷愁も一筋縄では行かないと木田先生は言う。

木田先生は、故郷喪失者を各言語で表現してくれた。
フランス語では、デラシネ=根無し草
ドイツ語では、ハイマートローゼ=故郷を失った者
英語では、そのまんまで、ホームレスとのこと。
どうも、この翻訳は、自虐的だが、悲壮感はないので笑える。

・日経のコラム、「春秋」では、現代日本の閉塞感を書いていた。
14年連続で自殺者3万人を超え、最近は学生の自殺者が増加している。
村上龍さんの小説を例に出し、「この国には何でもある。だが、
希望だけがない。」を紹介し、今、若者が求める閉塞感からの脱出に
警告している。
これは、故郷を捨てることに、一縷の希望を託している様なものだ。
現象学ハイデッカーの予見そのまんまである。

春秋では、戦後の塚本邦雄の短歌も紹介していた。
「日本脱出したし 皇帝ペンギンも 皇帝ペンギン飼育係も」


・与謝蕪村の生い立ちは、はっきりした資料が残っていない。
一説として、大坂毛馬村に奉公に丹後の与謝から来ていた女中が母で、
その奉公先の主人との間に出来た子供が蕪村と言われている。
13歳位まで、毛馬で暮らしたが、本妻に遠慮して、蕪村と母は、与謝に
身を引いて間もなく他界したようだ。
20歳ごろ蕪村は江戸へ出、東北遊行など俳句と画で身を立て、
36歳で京都へ上り、4年程度、与謝に住んだ。
望郷の詩人と言われる蕪村の故郷が判然としない。
子供の頃、毛馬の淀川の堤で遊んだことを述べる手紙が一通残って
いるのみである。

今でも、与謝蕪村の母親の墓が、与謝に残っている。
蕪村は、故郷を捨てた訳ではないし、母を恨んだ訳でもない。
ただ帰るべき、故郷を喪失したという悲痛な思いがあるのは確かである。

「花茨(はないばら)故郷の路に似たるかな」
喪失した故郷へ、戻らぬ悲しみからは逃れられない。

私見だが、与謝蕪村とは、「与謝に」住むべき「村は無い」とも読める。


こう見てくると、ホームレスの木田先生が言う都会の多くの故郷喪失者達が
現代日本を標準的に支えているように思えて来るから不思議である。

現在、親族や親しい友人が居る場所にのんびりと郷愁に浸れる人は、
閉塞現代日本では、幸せものなのだ。

映画「時代屋の女房」


「時代屋の女房」をNHK-BSで観る。
1983年松竹の作品である。
監督は、森崎東さん。森崎さんは、山田洋次監督の助監督を務め
「男はつらいよ」シリーズの原型となる「喜劇・女は度胸」
「喜劇・男は愛嬌」の作品を残してる。

本作品は、夏目雅子の主演作品としての評価か高い。
夏目雅子は、この作品の後、遺作となる「瀬戸内少年野球団」まで
1983年は多くの作品に出演してる。
正に、蛍が最後の光を体から放つように。

さて、「時代屋の女房」であるが、この作品は喜劇である。
ストーリーの展開より、各シーンのプロットを楽しむ作品であり、
喜劇への主演という意味で、夏目雅子の性的な表現を上手く
生かしている。

限りなく、時代屋の主人渡瀬恒彦の恋人でありながら、
離れたり、くっついたりする展開を、喜劇に仕立ている。

全体を見ようとすると、プロットが繋がらない気がするのは、
何か教訓めいたものを得ようとする観客の思い過ごしである。

夏目雅子と渡瀬恒彦の健康な性描写に、何か意味を見出す必要はない。
ただ、恋愛には、始まりがあれば、終わりもあるというアンニュイ感
寂寥感に押しつぶされない為には、分裂した喜劇が効果的だという
ことを感じさせる作品である。

始まりと、終わりがあれば、時代を超えて「再度」ということを信じよう。
喜劇女優、夏目雅子は、30年の歳月を超え、寂しさから、再度、笑って
復活することが出来る。ただ、これだけで、心に嬉しさが蘇る。

エンディング曲は、ちあきなおみの「Again」である。
この歌の歌詞も、全体で意味を構成するのではなく、感覚的な文節を
繋ぎ合わせている。
ことのほか記憶の細部において、くり返し、過去は未来からやって来ること
情感を上手く歌っていて、心に沁みる。


ちあきなおみ「again」