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ロバート・キャパ


どこかで見たこと読んだこと


ロバート・キャパを有名にした「崩れ落ちる兵士」の謎に迫るNHKスペシャル。

写真の撮られた場所では、他にも43枚の写真が残っていた。
番組ではCGで1936年の写真から山並みや背景からアンダルシアのエスティホと断定された。
更に現地取材では、1936年スペイン戦争で 共和国軍と反乱軍はこの場所で戦闘は未だ
起きていなかった事実と装備の安全装置の位置から、戦闘ではなく、訓練風景であること
まで類推した。

ヒットラーが台頭として来たヨーロッパで、
裕福なユダヤ系の家に、ロバートキャパは、ハンガリーのブタペストで生まれた。
本名は、エンドレ・フリードマン。
ブタペストからドイツを経由してパリに出た。
そこで、運命の恋人、美人のゲルダ・タローと出会う。
ゲルダとキャパは、反ファシズムの写真家としてパリで歩み出して行く。

その無名の恋人たちの写真家の「崩れ落ちる兵士」は、写真家の出世狙いとは別に、
もしくは、それ以上に反ファシズムの象徴となって1937年に全世界を駆け巡った。

43枚の写真を分析比較すると、2つのカメラの存在の可能性が濃くなった。
そのカメラとは、ゲルダ・タローのカメラ。このころは、一緒に同じシーンを撮っていた。
ネガが残ってない写真での断定は出来ないが写真サイズから「崩れ落ちる兵士」は、
ゲルダの愛用のカメラによるものと番組では断定した。

出会った頃、ゲルダは、無名のフリードマンでは売れないので、架空のロバート・キャパ
という戦争写真家を創り出すことを思いつく。そこから、伝説の写真と写真家は生まれた。

1936年は、まだ無名だったが、反ファシズム派の戦争カメラマンとしてキャパの
クレジットで写真が、パリの雑誌などへ掲載され始めた頃であり、恋人としても、
仕事のパートナーとしても充実していた頃であった。
この写真で有名になったキャパは、この写真に関しての情報を全く残していない。
写真がキャパより先行して有名になったことで、写真の真実をゲルダと共に背負って
行くことになったのだ。

しかし、ゲルダは翌年1937年7月26日キャパとは別行動し始め、戦場で暴走したタンクに
轢かれ、架空のキャパが写真家として有名になったことを知る前に亡くなる。
写真家としての活動は約1年であった。
パリでは、悲劇の女性戦場写真家の死として、大きなニュースとなった。

このことが更に、キャパという写真家の名を不動のものとして行く事になる。
キャパにしてみれば、ゲルダとの間に少し隙間の出来た頃で、しかもゲルダが
反ファシズムの報道人としても自立の道を模索し始めており、「崩れ落ちる
兵士」の状況は明確にはしたくなかったのは想像できる。

その時期でのゲルダの死は、キャパにとって、孤独な負い目となった。
それに対する覚悟を迫られたと推測できる。

キャパは、なぜ危険な戦場へ向かったのか?
それは、伝説の崩れ落ちる兵士写真が、ゲルダが撮影した写真だったからだ。
そのゲルダの作品(写真とキャパという有名戦場写真家)に報いる為であった。
その作品が、ノルマンディー上陸の危険な撮影へと向かわせた。
伝説の写真を超える戦争写真を撮ることが、ゲルダへの愛を証明する唯一の
方法と考えても不思議ではない。

最後は、戦争に正義などは、少しもないことに気が付きながらも、
戦場で写真を追い続け、ベトナムで地雷を踏んで亡くなる。

戦場へそれは、未だどこかに、正義の反ファシズ派として
有名になったことへの負い目があったのだろうか?
ゲルダへの負い目と愛だろうか?

または、「崩れ落ちる兵士」と共に伝説となる運命だったのだろうか。

横浜美術館では、「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー二人の写真家展」が開かれている。
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/capataro/tenji.html

別れる力

別れる力 大人の流儀3/伊集院 静

¥980
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伊集院静 「別れる力」 大人の流儀3

これは、週刊現代掲載された伊集院氏のオムニバスエッセイである。
大人の流儀というサブタイトルにあるように、自身の流儀を述べて
いる。(エッセイだから当然とも言えるが)

しかし、流儀というほどの大層なことはない、自分の考えである。
であるから作家への賛同も非難も出て来るのが、エッセイである。

大人とは、自分自身の両親が最初のモデルである。
その両親や育ての親への賛否が、大人という概念を個人的に固める。


幸せと、別れは、人性に付いて来る。
別れる力が、大人の流儀とは、思わないが、結果的に時を経て、
別れは、人をして、大人にすると言える。

伊集院氏の二十歳での弟さんと、三十五歳での妻との死別。
その時の辛い思いが、今、別れに絶望する人、別れに惜別を思う
人への思いへと心が到る。

その経験が少ない若者へ、大人になっていないと怒る伊集院氏が、
少し年寄臭いのは、まだまだ遊べる若者への嫉妬なのかもしれない。


松井秀喜氏が、12月27日現役を引退した。期待される成果が出せない。
伊集院氏は個人的にも松井秀喜を応援して来た。
このエッセイにも、2012年の松井への感想が出ている。
引退したこの時期に読むと、心に響く。
当然、ファンの伊集院氏は、どんな選択しても松井を応援している。

日本で一番のスラッガーが、命懸けで戦ってくると約束したのだ。
当人が戦い切ったと思えるまでやればよい。
と伊集院氏は言っている。ボロボロになっても良いと考えている。

結果は、松井のプライドと実績からすれば、メジャーリーグに拘った
辞め方だった。日本のプロ野球ではなかった。

しかし、伊集院氏はエッセイで言う。これこそ大人の流儀の神髄だと。
「正しいことというのは、半分以上が人の目に見えないことだ。」

ネットでのコピー依存とともに、文章創作離れが顕著な10代の少年少女には
確かに意味が素通りして、読み切れない文章である。

吾亦紅、今

鴨長明の方丈記
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。

大学時代に「迷わねば 来る人なし 吾亦紅」という俳句に出会った。
作者は、もう覚えていない。
時は巡り、野は枯れる季節になった。
あの頃の吾亦紅は、心に、とどまることはない。

「野も枯れて 時も巡りて 吾亦紅」(自作)へと至る。


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葛城散策

秋めき、稲も実りの季節となり、大和路の散策に
心地よい時期となりました。

今回は鶴岡市にある川内神社の縁起から、葛城の神社を散策。
目的は、川内神社と葛城の関係性を感覚的に調査。
まあ、アバウトな神社散策です。

(1)葛木水分神社
(2)鴨都波神社
(3)高鴨神社

主に県道30号線を移動し、国道309号線で、葛城山方向へ上ると
葛木水分神社がある。
観光ルートには載っていないようで、旧道の水越峠の関屋という
集落の中に鎮座している。
水越川の川沿いにあり、その他多くの小さな河川が交差する。
水路の要となっている地点。
近くに棚田もあり、精巧な治水計画で水路が組まれている。
古い集落の佇まいも、古代からの農業を偲ばせる。
森も深く、水の音、ミネラルが空気に漂い凛とした空間と
なって心地よい神社である。
地元の集落の方々の手入れが行き届いている。
古代の葛城を感じるには、良い神社だと思う。
観光客が居ない方が、良い。


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鴨都波神社は、丁度、秋の例祭で社務所が忙しそう。
神輿が市中へ出ていったところで、拝殿は静かで良かった。
葛城鴨氏の氏神、事代主命を祀っているが、事代主に関する
特段の資料などは置いていない様子だった。
神社のパンフレットによると、神社を中心としたこの地からは、
弥生時代の土器、農具などが多数出土している。
葛城川と柳田川の合流点に当たり、古代には鴨族が住み着いて
農耕生活を営んでいたことが判明しているとのことである。
全国の加茂社の根源と称している。

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高鴨神社は、凛とした社殿と池の風景が美しい神社。
こちらも秋の例祭で、子供で賑わっていたが、隣接した葛城の道
歴史文化館で、展示を見ていたら、例祭も終わり、子供たちも
解散し、拝殿には誰も居ない状態になった。
金剛山のすそ野の棚田に囲まれ、美しい。
黄金色に輝く稲穂とあぜの彼岸花の真紅とのバランスが良い。
大和路の秋の風情の特徴である。
葛城は、弥生時代、大和で最初に稲作を成功させて場所。
美しい棚田を見ていると、きっとこの辺りだろうと思ってしまう。


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山中千尋のLiveへ行く

ビコーズ(初回限定盤)(DVD付)/ユニバーサル ミュージック クラシック

¥3,500
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このアルバムは、表題Becauseからも解る通り
ビートルズ楽曲のアレンジと、山中千尋オリジナルで構成されている。
Liveメンバー山中千尋(pf)、東保光(b)、岡田佳大(ds)

今回のLiveでは、
1.「HereThereAndEverywhere」
2.「Michelle + Because」
3.「Autumn Leaves」
4.「Insight Foresight」

衣装は、
「北新地でキャシー塚本系衣装ゲット☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」
と前日ツイートの衣装だったが、大きな花の模様が意外に似合っていた。

Liveでは、2.まで、アンコールで3.4.であったが
3.は、ピアノが東保光、ベースが山中千尋と言うアドリブで
場内の微妙な困惑も、物ともせず、さっさと初めてしまう。
流石の東保光も、音を外しながら、懸命に追いかけていた。
この妙なアドリブ演奏は、笑うしかない。

ベースも弾ける山中千尋は、先週は、イタリア、22日にはニューヨークと
グローバルでアグレッシブな活動だが、音楽性もマルチで
エンターテイメントの指向も良く心得ているということだ。

本題の演奏に関し、特に、2.のMichelle+Becauseは、息の合ったトリオ
ライブ向けたアドリブも加わり、力強いピアノのグルーブ感に会場全体が
包まれた。

JAZZのテクニックから溢れ、クラッシク、現代音楽を取り込もうという
意欲的な音楽を堪能させて頂いた。

真夏の日曜日の昼下がりのライブにForsightなタレントを楽しめた。
今後の活躍が楽しみなアーティストである。