どこかで見たこと読んだこと -34ページ目

オリンピック閉幕

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バンクーバー冬季オリンピックが終わり、続々と選手が帰って来た。
アジアでは、韓国と中国の活躍が目立ちましたが、日本のマスコミは
余り報道をしていません。

国際競技大会の最高峰のオリンピックで、優勝するのは、戦略と努力
そして何よりも、ライバルに勝ちたいという戦う精神です。
その戦う精神の宿った競技が、観ているものを感動させる。

多分、この感じ方に異論を持っている人はいないと思う。

精神が基底を成す競技であれば、ナショナリズムというエモーションに
心が直結しやくなるのも当然である。

今回の日本の成績は銀2個に銅3個という成績で、結果的に金は取れなった。

いつものことだが、企業のオリンピック特需目当ての販売戦略、広告と
そのトレンドを煽るだけのマスコミのオリンピック報道の作られた事前の
熱気は、大会後には冷めてしまう。

競技前まで視聴率を稼ぐ為の人為的な熱気と、優勝者への感動と大きな
隔たりがある。メダルを取れなかった選手のその後の人生に興味が
ないのと同様に、海外の金メダリストに興味がない。
その競技をより深く理解するには、何故、金メダルが取れなかったか
選手に聞く必要がある。当然のことです。

オリンピックは、刹那的な利益誘導ではなく、メダリストへの賛美の為にある。
感動と美は、対戦相手より早く、最長の飛翔、エレメントの完成度と総合力、
難度の平準化、より多くの得点、その中にのみ感動と美がある。
そこに民族や国境が関係ないのがオリンピックである。

熱中し声援するのは、適わぬ自分自身の夢を、選手の戦いに投影できるからだ。
自分を投影するには、身近な民族、国民であった方が、親和性が高いのも理解
できるが、オリンピックに出ることができた金メダルを逃した選手には、違う
ことを期待する。それは、その競技をより深く観衆に知らしめることである。

リュージュで金メダルが取れなかったかを敗者が解説することで、
観衆は、リュージュとは何かを深く知ることができる。

女子フィギュアで、優勝したキムヨナ選手の演技は、素晴しかった。
優勝のコメントは、「練習と同じ様にできた」であった。
浅田真央選手の帰国のコメント「ソチでは、ヨナ選手の世界最高
得点を超えて金メダルを取りたい。」であった。この二人のコメントを、
足すとフィギュアの意味が少し、判る。更に、何故負けたかの分析を
報道陣が聞けば、より詳細なフィギュアを私達は知ることができる。

コメントからトリプルアクセルの成功も、得点に換算する競技ということである。
プログラムの構成点を計算し、各エレメンツの完成度を評価する競技である。

ヨナ選手は、かつてスケーティングのみ優れ、ジャンプは余り得意ではなかった。
それ故、ジャンプが得意な浅田真央選手は、勝っていた。
その敗北と、分析が最近のヨナ選手の高得点生み、オリンピックで金メダルを得た。

19世紀、欧米列強に敗北したアジアは、今、経済、スポーツで、欧米に肩を
並べるところまで来た。
日本は、太平洋戦争で完膚なき敗北でアメリカに屈し、まだその敗北から
思想的な復興できていない。経済は、アメリカに服従することで復興した。
しかし、世界を自らが解釈することを放棄し、アメリカに委ねて来た。
その弊害が、今、出て来た。問題は、敗北を分析しない癖が付いたことだ。

孔子伝で、白川静先生は、「思想は本来、敗北から生まれてくる」と
言っている。その例示として、孔子を上げている。
中国、韓国、日本は、儒教の影響を今だ残している国々である。

清き青さの中で

半島へ、ふたたび/蓮池 薫

¥1,470
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24日のNHK BS-hi「100年インタビュー」は、蓮池薫さんでした。
蓮池さんは、現在、翻訳家であり、大学で韓国語の教鞭をとっている。
蓮池さんの拉致から北朝鮮での生活、一時帰国時の心情。
お子さんを養う日本での今の暮らしに関するリアルなインタビューでした。

印象的だったのは、蓮池さんにとって生きるとは、家族の
絆を保つことであり、その絆からの希望であるという言葉
でした。それは今の日本に限らず、北朝鮮でも同じだった
と述べていました。
最後の未来に対するメッセージでも、その意見は全く変わることがない。

拉致は悲劇だが、その人間として完全に抑圧された中で
生きる為に洞察した結果であったことに視聴者は圧倒される。


その絶望的で混乱する環境であっても生きることを、洞察し
続ける蓮池さんの精神に凄みを感じる。耐えて来た事実が
それを裏付けている。

拉致されていた時、ピョンヤンに来ていたキムヨンジャさんの
「イムジン河」を聞いた時の望郷の思い、胸に秘め耐えている
思いは、どれ程だったか、視聴者の胸を打つ。


「イムジン河 水清く とうとうとながる」は
唱歌 ふるさとの
「志(こころざし)を はたして いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷  水は清き 故郷」
へ繋がると私は思う。
山、河、空の清き青さは、絶対的な孤独を色に秘めている。

青い空は、どこまでも続き、人間の心を孤独に引き込む、
そんな美しい青い空で、完全に心を自由にさせるには、
極論を言えば、二つしか方法がないと私は思う。
果たせぬ夢の内に自らの命を絶つか、
夢を完全に諦めてしまうかである。

水清き河、青き山、青空の下、のんびりと自由に生きることを
考えることは大変危険なことなのです。

拉致され長く自由を奪われた蓮池さんは、
自由とは、行動に責任を持つことでもあると言う、
つまり、夢を実現するのであれば、自由であるかどうか
などと悠長なことに煩っては居られないということです。
それが生きる為に、夢を完全に諦めて来た経験なのです。

花のあと

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花のあと公式ページ


平成22年2月22日 梅田ブルク7で北川景子主演「花のあと」
試写会を観て来ました。

藤沢周平原作、新鋭、中西健二監督の作品です。
初時代劇で北川景子演じる以登の凛とした身のこなし、
女剣士としての殺陣の動を、庄内の空気感と静謐を
基底として随所に対比構造を織り込んだ秀作であった。

藤沢作品は、既に多くの監督が庄内ロケを織り交ぜ映画化
している。原作が非常に繊細であるが故に、映像化は大変
難しくなっている。その為、藤沢作品の海坂藩ものでは、
庄内の四季からその空気を得るのは、原作の基底であるから
常道であろう。

この作品も冒頭、鶴岡公園の桜並木を使い、満開の花の擦れる音や
お堀の水音で風と空気を表現していたことなど非常に繊細さで
藤沢作品に通底することを第一の印象付けに、成功している。


初恋と結婚相手との関係。
父と娘の関係。

凛とした剣の使い手である初恋の江口孫四郎
風体はひょうきんだが、思慮深い許婚の片桐才助
この二人も好対照で、キレのある身のこなしの宮尾俊太郎と
懐の深い甲本雅裕が、対比として、それぞれの味が強調される。

娘に剣術を伝えた父と、娘の幸せな結婚を願う父を
静かな演技で、國村隼が好演している。

青春時代を終え、結婚する複雑な心境の娘への父の
思いがこの物語の骨格となっているが、その象徴が
結婚を控えた娘にお守り刀、懐剣を渡すシーンであった。
武家の作法としての懐剣は、この物語では、武家としての
志を表現していると思われた。
父は、何かの折の為と言い、娘に渡し、娘は、その懐剣を頂き
帯に挿し、部屋から出る。襖を開けた際に、静かに降る雪が
この親子の凛とした伝える心を表現して美しい。

物語の空気は、全編、静かだ。

初恋の相手が、陰謀で、自害に追い込まれる。
静かに食事をしている父が、その事件を告げるのも静かだし、
その事に思いを致し、夜更から朝まで、部屋に正座する以登も
また静かであり、冬の青白く朝が開けるのも更に静かだ。

月山や庄内の田園を使った冬のシーンは、モノトーンとなりがち
だが、北川景子は、着物で色を演出し、また赤い蛇の目傘で、
一層仄かな淡く赤い光を演出しているのが美しい。

その透明な光の演出が、この映像作品を成功させている。
今まで藤沢作品原作映画が何度も挑戦して来た風景だが、
その静けさと演色性において、大変感銘深い作品でした。


この雪の静けさに、傘の淡い赤が、透けて、満開の桜をイメージ
させるシーケンスは、もう戻るこのない純粋な青春への憧憬へと
繋がる。

満開の桜は、散り行く悲しさがある。
娘から嫁になる女性の美しさは、桜の淡い色に重なるのであろう。

今年も、桜は昨年と同じ様に咲くのだが、散りゆく桜には、寂寥感を
感じる。昨年の満開の桜に戻ることは出来ないだと。
しかし、人生は振り返るばかりではなく、きっと次の花を咲かせるだろう
それは、心に戻るところがあるからとすれば、そこは、淡く甘酸っぱい
香りの風と音と共にあるのだろうと、この映画は爽やかに教えてくれる。

私にとって鶴岡公園の春は、お堀とテニスコートの桜の花びらの
白い吹き溜まり。
そして白いワンピースが良く似合うテニスコートの側の桜の木、
テニスコートは今は芝生に変わったが、その桜の木は残り、今年も満開の
花を咲かせることだろう。

時代は繰り返す

文藝春秋 2010年 03月号 [雑誌]/著者不明

¥800
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献金疑惑問題の毎日の報道に触れて政治とは何かと
考えることが多くなった。

文藝春秋平成22年3月号の立花隆氏の記事に興味を持った。
『「政治家」小沢一郎は死んだ』というセンセーショナルな
タイトルだが、中身的には、権力は「盛者 必衰の理」で
結論、以上、終わりです。私もブログで、同じ感想を書きました
ので、同感です。

思えば、立花氏は、田中ロッキード事件の報道で、名を上げ
ジャーナリストとしての位置を上げた。
その意味では、その後の、金丸、竹下と続く田中角栄の後継者
としての金権政治で腕を振るう政治家と、いつも一緒にいた
小沢さんでは、流石にもう飽きたというのも、心情的には理解
してあげたい。立花さんだって、肉体的には加齢という問題は
避けられないのです。そして最近は、がん研究など生命科学
方面での論説が多くなっており、事業仕訳で、スーパーコン
ピュータ費用削減などで、現政権にも、不信感があるようです。

今更、小沢を解析するのも賞味期限が切れている。
丁度、東大でのゼミが最終回を迎えるので、現在の学生は
生まれた時から冷戦は終わっていて、戦争と言えばイラク
戦争と言う世代(1990年頃生まれのポスト・コールウオー・
キッズ1期生というらしい)に、現在の政治状況をアンケート
した。その内容が大変面白い。是非、文藝春秋を、ご一読あれ。

立花氏の長年の金権政治家分析の成果より、20歳の現状政治
への新鮮なコメント、批判、提案の方が、楽しいに決まっている。
この若い世代に比して、小沢氏は68歳と高齢で、政治生命は
無視しても良い世代の政治家なのだと立花氏は、全く相手にも
しない。

政治とは何か、私は下記の様に思う。
国民の利益を満遍なく向上させることは、資本主義、民主主義の
基づく国家で政策により法制度を整備するのは元々不可能であると
の前提から、政策の範囲・国民を限定して国益を向上させる判断を
下すのが政治であり、そのプランニングと立法を専任された人が
政治家で、また実際に企画、運営するのが行政官であると考える。

我に返って、ある政治政策を見るとき、日本国民は自己の
利益向上の恩恵に預かるに見合った範囲に入っていることを
大変有難がたがる心情がなかなか抜けない国民ではないかと思う。
政策は(主に年貢)上から頂く前提で、弥生時代から生きて
いた民族のだから仕方のない経歴もある。
だから上からの政策に影響力のある政治家が好きで、その政治家に
自分自身が認識され、影響を与えることがあれば、それこそ栄誉で
大変な幸せを感じるのです。

政治家の思想とは、自己の蓄財などは忘れた振りをして、
国民の利益をどの様に限定せざる得ないかを、基本にしている。
海外の政治事例や、国内政治史研究も、その意味で余念がない。

しかし、政策の斬新なプラン作成と立法後の反省が、なかなか
表に出てこない。
(意図は、これで立案し、立法する。その結果を国民の反応で
分析する。それから修正や新たな立法に生かす。というロジックが
日本では政治的に成立しない。聞いたこともない。)
プランそのものは、行政機関と利益を誘導したい財界が積極的です。
反省は、もともと政策策定時に排除した範囲の国民からの苦言
ですので、はなから政治的な無視が発端です。
政治の構造上、プランは、国民に利益を分配するはずの団体が
提案する構造で、政治はその適応国民の範囲を限定するのが
仕事なのです。

全国民は、行政からの不利益の被害者を装い利益を誘導した方が、
より政治家に効果的に発言できると安易に思っている。
また、国民は限定する機能を持つ政治には、利己的にその範囲内に
自身が取り込まれることを期待する。その利己的な自分を
出さずに利益を得たいという本音では政治に無い物ねだり的に
期待するばかりとなっているのだ。
日常、政治への安易な非難しかしない報道も、政治への安易さを
国民に誘導しがちです。国民の政治に対する責任を問えない
視聴者へこびるマスコミは、結果的に国民に「知らないふり」を
洗脳する役回りを自らが演じる方向へ流されるのです。

この構造から、政治家が理念を語る必要が出てこないのです。
国民を制限した政策を立法化したのですから、その解消は、
時間の順番に利益が回って行く政策をプランすればよいのです。
国民は、法の下に平等だが、チャンスは平等でないことを
嫌々思い知らせれている。
また国民は、上のしたことに慣れる鍛錬も長年させられてきた。
日本国民は、政治家の傲慢さに比例した想像力と起案力の低さや
選挙公約の後だしジャンケン的な妥協に、いつまでも知らないふ
りをして平気で生活をする。
献金でもなんでも良いから、私的な利益や褒章を約束してくれる
政治家が本当は好きなのです。

小泉さんが人気があったのは、「郵政民営化を実現すれば、
みんなが幸せになる」という「みんな」に、私も入っていると
勘違いを起こさせる単純性が「知らないふり」を通り
越して、戦中同様の情報管制状態、洗脳状態になっただけです。

政治家にとって「知らないふり」をする国民は、麻薬です。
立花氏の今回の論説は、学生のアンケートは記事としては、面白
かったのですが、しかし、小沢氏が政治的に死ぬのを待つという
解説では、「知らないふり」で同じ過ちを犯すことにもなる点で、
明治以降の日本人の行動と報道の歴史を参照すると、不安が残る
論旨でした。


佐藤栄作、田中角栄、金丸信、竹下登、小沢一郎と政治権力者は
変わり、多くは死にましたが、政治と国民の構造は消えていません。
この時代に、岡林信康が「レクイエム」を送り出したことに、
思いをはせたいと思います。



微妙な忘れ物


どこかで見たこと読んだこと
散歩中に

微妙な忘れ物発見。

この高さから飛び降りても・・・10cmほどなので

怪我はしないでしょうが、微妙な雰囲気。


たぶん、車に乗って、忘れたものでしょうが。























暗い世相を反映する数値として年間の自殺者数などが

取り上げられています。

最近は、年間3万人という戦争の様な数字が続いています。

1950年以降の数値の変動を見て行くと、やはり景気との

相関は間違いなくあります。

数字が上がるのは、1952年、1972年、1984年、1997年

そして1998年以降は、3万人超です。

男女別でみると女性は、過去6千人から9千人の間で推移しています。

問題は男性です。過去男性の方が多いのですが、1972年以降

男性の数字が増え、最近は女性の2倍以上で推移しています。

人口構成では、男女比では男性が少ないのですから、自殺率は

圧倒的に男性ということです。

男性に多い、うつ病の自殺者数を減らすには、元々夢見がちな男性が

安心して遊べる社会を作ることを真剣に考えねばなりません。

自由気ままに仕事をしても、他人から褒められるというライフスタイルの

実現可能性の数値を高くしないと、男性の気持ちは晴れません。

農業や自由業、自営業でどんどん社会を変えて行ける環境を作って

行かなければなりません。

組織で人間関係が上手く行かない、組織に適合していない人もいます。

サラリーマンを定年までやる時代ではなくなって来ているのです。

経験を積んだら、自らが会社を出て行って、新規事業を創ることや

人材不足の産業を補完する形で、理想的な企業人事構成と新しい

利益分配構造が出来る社会が必要です。


組織の規模に比例するはずの安心感幻想での、就労意識では、

景気によるうつ病自殺者は減らないと思うのです。

自らが選んだ事業をして、困難を乗り越える道が、未だ残っています。