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RAIDハードディスク修理


どこかで見たこと読んだこと-HDD









最近は、HDDも安くなりましたので、データ共有で設置することも
多くなって来ています。
特に安全をみてRAID5レベルで、HDDをビルドすると、HDDが壊れた時
大変安心です。
RAIDは、今では、マザーボードにハード的に組み込まれていてお手軽に
組めますが、一般的には、外付けでNETやUSBで、接続している状況も
多いと思います。1Tや2Tという規模で、周辺機器メーカーが各種
販売されています。
1個HDDが壊れてもファイルは、大丈夫です。

と言いたいところですが、実は、問題に遭遇しました。
バッファローのHD-Q2.0TSUというUSB接続の装置です。
500G 4台HDDを搭載してRAID5で設定しているのですが、内1台が赤いLEDが
点灯し、故障のサインが出て来ました。
ファイルは、バックアップ出来たのですが、USB接続も不安定になり、
修理が必要になりました。

本体の発売は2006年11月で、実機の導入は2007年4月でした。
今月上旬に異常が発見されましたので、丁度3年目です。

昨今の周辺機器の更新スピードからすれば、本体が販売終了となって
いるのは、止むを得ないところです。

が、一番困ったのは、サポートの電話が通じないことでしたが、
更に困ったことに、RAIDで一番大切な交換用のHDDのB社指定の
HD-HQ500FB(定価59,400円)が販売終了になっていることを発見しました。

インターネットで流通在庫や、本体やHDDの中古品を調べましたが
全く出ていません。八方塞がりです。サポートが電話に出ないはずだ(笑)。

仕方なく、メーカーの同じようなHDDを見つけて、メールでサポートへ
代替で使えないなのか問い合わせメールを送ると、1日後に返事が来ました。

結論からすると、同社の同等品でも動作の保障をしていないので対応は
不可である。交換用HDDは、無いが、修理として本体ごと(HDDのみはNG)
返品して貰えれば、有償で修理は出来る。ただし、データは全て消去し
再フォーマットをするという条件でした。

何か不思議です。サポートには言ってませんが、当方は同じ装置を2台
導入したので、バックアップは出来ていますので、フォーマットは
問題ないのですが、根本的な疑問が残りました。
これでは、RAID組んでいる意味があるのでしょうか?

HDD本体のスペックを読むと、インターフェースがUltra ATAで
セクター512Bytes きちっと仕様が出ています。

サポートとしては、仕様が合っていても、相性問題などで動作しない
場合があります。と、予防線を張っています。
引取修理の再フォーマット以外は、ダメということです。

マニュアルによれば、交換用HDDをマスターかシングルモードにして
差し替えれば、HDDを自動的にリビルド開始するので、赤い点灯が
消えたら交換完了とあります。

と言うことで、とうてい定価59400円もするHDDを修理費まで出して
依頼する理由が見つかりません。ここからは自己責任の範囲で
自主交換で行く決心をしました。

HDDをバラスと、バファロー社ではなく、HITACHIのUltarATA 500GBの
HDDが出て来ました。この型番で検索すると確かに製造中止です。
他の装置でも同じ型式を使っているかは、解らないので型番は
記載しません。(バッファロー社さんへの仁義です。)

HITACHIのサイトで、同等機種を探すと出て来ました。
シリーズは違いますが、HCP725050GLAT80が見つかりました。
2010年3月現在、市場に出ている枯れた商品です。


どこかで見たこと読んだこと-HDD-H














では、簡単に交換すればRAID5がリビルドしたかというとNGでした。

2番のHDDを交換したのですが、リビルド途中で、3番のHDDのLEDが
赤く点灯し、リビルドが途中で終わって、RAIDとして使えません。

では、これでダメかというと、そうではありませんでした。

この状態で、本体をPCに繋ぐと、USBポートにHDDは認識されます。
ここで、バッファローのRAIDユーティリティを立ち上げると
4台のHDDを個別に認識し、ソフト的なリビルドを開始します。
ソフトだと、リビルドが実行出来ます。

ここまでは上手く行ったのですが、問題が出てしまいました。
故障が原因で、USBのドライバーに不具合が出て、HDDとして
正常に、認識できないのです。
ソフトのリビルドでは、限界があるのかもしれません。

仕方が無いので、OSのディスク管理から、論理ドライブとして
再フォーマットするしかありませんでした。

結果、再フォーマットすることになってしまいました。(苦笑)
メーカーもこのことが予想されて、修理では再フォーマットを
言っていたのかもしれません。

兎に角、製造終了のHD-Q2.0TSUで、HDD不良の場合、メーカーを
合わせ、インターフェースをわせれば、HDD交換で、リビルドして
修理はできることを経験しました。

もし、お困りの方が居ましたらご参考にして下さい。
作業時間としてはリビルドで結構な時間が掛かります。
秋葉原や日本橋などでの部品調達も含めると1日は丸々掛かります。


今後の対策

HDD部品としては、値ごろなので、1台HDD予備で購入するか、
いっそ、安くなったRAIDの新しい装置を買っても良いかもしれません。

仕事か、プライベートかにもよります。
今回は、お仕事用なので、良い体験が出来たと考えて自己満足します。

結論
初めから、2式揃えるところが、汎用品を業務で使うコツかも。









恐竜絶滅

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ユカタン半島に6550万年前に、直径10Kmから15Km程度の小惑星が
秒速20Kmで衝突した。これは地質学的に証明されている。
[チチュルブ]という直径180Kmのクレーターとして名づけられた。

これが白亜紀末期に恐竜が突如絶滅した原因ではないかと言われて
来たが、それを各国の地質学、古生物学、地球物理学、惑星科学など
専門家41人が結集科学者チームで絶滅の証明ができると、科学雑誌
「サイエンス」に発表されたという記事がありました。

恐竜の大量死滅が、この出来事だけで起き得ることを証明したという
記事でした。

この衝突の規模は、マグニチュード11、300mの津波が発生し
空気中には、太陽の光を10年間も閉ざすチリが、大量に放出された。

気温が5~30度変化し、プランクトン、植物などが死滅し、食物連鎖が
狂い、結果、恐竜は絶滅してしまった。

専門分野の学者は、現象を分析、分解し、解り易くする。

恐竜の絶滅という問題を、色々な分野からアプローチし、各分野で
同じ結果が出たということで、絶滅という現象に対しては、大きな
要因となる他の仮説は、今後出て来ないだろうというお話でした。

恐竜にとっては、死滅するほどの10年間に及ぶ環境の変化
であったということが証明され、この1回の出来事で約2億年に及ぶ
恐竜の王国は、消滅した。

ここで、驚きなのは、この凄まじい衝突と、その後の環境の変化に
哺乳類は、耐えたのですよね。
いったいどんな条件が、生存を可能にしたのかを、分析しては
どうでしょうか?
温暖化とか、地球環境破壊を防ぐ研究だけではなく、乗り越え方も
研究するのも面白いかと思います。

多分、結論は、ねずみのような人間になるという仮説かもしれません。
マグニチュード11、300mの津波、森林火災、太陽光遮断による寒冷化
に、よく耐えたものです。
人類も、ねずみの様に、頑張れば、なんとか乗り越えられるかも
しれません。

しかし、ねずみ男に変身する研究より、温暖化を少しでも防ぐ努力
の方が、研究テーマとしては、少し見栄えするのは確かです。

学者というのは、専門分野でおのおの分解して、解り易くするお仕事です。
バラバラに分解したパーツを、元に戻すのは、学術とは違うまた別のセンスが
必要なお仕事のようです。

火の魚


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NHK広島が制作したドラマ「火の魚」(3月13日放送)

原作:室生犀星 脚本:渡辺あや
キャスト:原田芳雄 尾野真千子 

瀬戸内海の小島のロケなど大変美しい映像でした。

特に、老作家 村田役の原田芳雄が、若い編集者 折見役の尾野真千子を
見舞いへ行く病院の終盤のシーンが美しくより印象的でした。
映画として制作しても良いロケ映像だったと思います。
しかし、ハンディカメラでのアップ多用映像もTV的で良かったです。
特に金魚の映像が良かったです。
金魚を掴むシーンが生命感溢れる映像になっていました。

孤独な老作家と、病を抱えた若い女性編集者の感情の揺れ動きを
TV的フレームが丁寧な映像にしています。
構成では折見の芸術表現、砂浜に海草で描いた龍の絵や、影絵芝居での色彩
影絵の美しさは、物語を彩る心地よいリズムも表現していました。


室生犀星に「蜜のあわれ」という晩年に近い時期のシュールな作品があります。
『杏っ子』『我が愛する詩人の伝記』などの名作を出した後の異色な作品。
この作品の装丁は、犀星が飼っていた金魚が、死んで、魚拓として使われています。
この装丁を担当したのが、装幀家の栃折久美子氏で、魚拓を取ったのも
栃折氏であった。「蜜のあわれ」は、金魚が人に変身する話です。

この時の犀星自身と栃折久美子氏の装丁のことを題材にしたのが
1960年発表の「火の魚」。


ドラマ「火の魚」では、その事から、村田は室生犀星であり、折見は、
栃折久美子として展開して行きます。
村田は、金魚が魚拓になるまでが人生だといい、孤独を挟んで、死と愛を
二人は見つめて行くことになります。
「蜜のあわれ」では、主人公の亡き恋人の霊と変身した金魚との会話により、
死と愛について語られて行きます。


栃折久美子氏は、「蜜のあわれ」1958年を制作したのは、丁度30歳の頃。
この作品の後、1962年に犀星は亡くなります。
その後、栃折久美子氏は1967年頃から森有正氏と恋愛関係となります。
この関係は、1976年に森氏の死去により、終止符が打たれます。
森氏との関係は、2003年の栃折氏自身の著作「森有正先生のこと」で
詳しく書かれています。


つまり、折見の視点からは、犀星と思われていた村田は、実は、森有正でも
ある訳です。この辺りの事情を知ってこのドラマを観ると、より面白いと思います。
脚本家 渡辺あや氏の丁寧な構成が、より知的に輝くように思われます。

折見の影絵の劇中劇、田村の劇中の作品が「蜜のあわれ」らしいことなどで
死と愛が、多重的に織り込まれ、物語全体にリズム感を与えていました。
また、原稿の上を泳ぐ金魚として隠喩的に使われた冒頭の映像作品も
上記の脚本の企画からみて効果的であり、視覚に印象が残りました。



どこかで見たこと読んだこと-蜜のあわれ

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)/室生 犀星
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許せる事



どこかで見たこと読んだこと-木蓮一分咲き

奈良のお水取りも終わり、六甲山にも春が本格的に訪れそうです。
木蓮の蕾も開花しました。いずれ、この花も散るのでしょう。
知行合一で記載した中根東里の言葉が気になり、私論を試みて
みました。
陽明学としては、きちっとした解釈があるのでしょうが、
それは、どこかで発見した際の後の楽しみとして残して置きます。







自分自身の心の中で生じる「許せる事」と「許せない事」を
識別しているのはどのような構造か、考えてみたいと思います。
識別できた事と言うのは、無知、無意識、直感の大海に浮かんだ島の上での出来事です。

その島、地上部の地面が全てが、直感と同形かと言えば、そうでもなく、直感の部分が知覚として
限定され、また、誤認錯覚も知覚には内包されているのです。


その知覚にその時々、意識に表出した事象で、意識をより強く刺激する事に対して、「許せる事」か
「許せない事」かの境界線を引くことになるのです。

この境界線は、常に流動する。今、何が知覚されるか解らないからです。
体が、今、正に、ここで起きていることを知覚するからです。
そして、その境界の線引きは、経験、記憶を拠り所にしています。

人間は生物ですので、知覚の原則で、評定の結果の基本は「許せない事」です。
つまり生物が生命を維持する為の機能なのです。

理屈から言えば、生命は、いち早く「許せない事」を発見する事象とも言えるのです。
生物が「許せる事」とは、生命に危険がないと判断したことを意味します。


知覚が錯覚を内包した場合、大変、危険なのはこの時です。
「許せない事」の上に、感情、記憶から「許せる」の範囲を抽出して
境界線ができ、「許せる事」の判断が下されるのです。

事例から考察します。


状況:
ある作家が、別荘の窓の外が赤くなったことを感じます。
それは20kmほど離れた休火山が噴火したのでした。
編集者も丁度来ていて、「危機の人間の心理」をテーマにした
書籍の企画打ち合わせ中です。


この状況から作家の心の様子を伺ってみたいと思います。
火山の爆発など身近に経験などしたことが無く、雲仙普賢岳の火砕流の衝撃映像を


ニュースで知っている程度です。
当然、火砕流などの影響を想像し、不安が過ぎります。


条件:
ここで編集者から「この状況を取材し、本の出版に生かしましょう」と提案が出されます。

結果:
作家の判断は、極論すれば、2方向に分かれます。

1)こんな時に、何を言っているのだ、逃げようと、提案を許さない方向

2)20Kmは離れているから、火山情報を調査しながら、状況をこの場で取材しようと、
提案を許す方向

この1と2の評価判断は、結果によって、正誤は分かれます。


A)30分後、溶岩が、こちら側に噴火口を作り、火砕流の直撃を受ける。

B)噴火口が山の反対側に開き、こちら側には全く影響がない。
インターネットでの情報を収集し、避難して来て人を避難所へ

正確に誘導するなど、マスコミの取材基地としても有効に機能する。

1→A:素早い避難ができ、なんとか安全な場所に避難できる。

1→B:じたばたと慌しい時間だったが、より安全に自宅に戻れた。

2→A:逃げ遅れ、パニックとなり、急発進して来た車と衝突。

2→B:マスコミの情報と現場の情報収集や、避難民への取材が
出来て、自信作の書籍が発行されたが、賞は取れなかった。


推論:
生命維持から判断すると
1→A、1→B、2→Bは、正となり、2→Aは、誤りとなります。
つまり、知覚に対して「許せない事」と判断する方が生命は安全です。

知覚レベルでは、「許せない事」を優先する方が安全と理解していても
「許せる事」が、心に生じるのは何故でしょうか?
時間の射程、時間軸の問題が「許せる事」へ心が向かうことが関係しているようです。

未来への変化が必要なければ「許せない事」が優先されます。
しかし「許せない事」は絶望ではありません。未来に対する継続です。

「許せる事」は、希望に基づく、未来での再生です。

維持は、不幸、幸福を含め、現状の安全のことです。

希望とは、暢気な絵空事も含め、未来への再生の動機です。
「出る月を待つべし。散る花を追うべからず。」
再生に希望を託すなら、月を待つ気持ちでいなさい。

今を大切に生きるのなら、散る花を追ってはいけません。
と、私は解釈しました。


東里遺稿解 (1974年)/中根 東里



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知行合一



どこかで見たこと読んだこと-中根東里





4月号文藝春秋の記事は比較しながら読むと大変面白かった。
興味を持ったのは、与謝野馨氏の「新党結成へ 腹はくくった」と
磯田道史氏の「新代表的日本人 第3回 中根東里」であった。
私は、中根東里という人物を全く知らなかった。

江戸時代中期の陽明学の儒学者であった。
浦賀の顕正寺に墓がある。

「出る月を待つべし。散る花を追うことなかれ」という
言葉が残っている。仕官を拒み、履物売りで暮らした
儒学者で、私塾は開いたが、書物を残していない為、
資料が大変少ない。
江戸初期から幕末の志士へ繋がる知行合一の陽明学を
庶民へ広めたが、極貧の中、清廉な生き様を通した為
異端の儒学者と扱われている。

同時代の大塩平八郎も陽明学を学び、反体制的政治行動を
起こす。幕末の藤田東湖、吉田松陰なども陽明学である。

それ故、陽明学は革命政治活動の学問と思われがちであるが、
実は、儒教そのもの、孔子のイデアが、反体制であったことに
由縁していることに留意する必要がある。

孔子の後、孟子、荀子、荘子など批判的思惟での思想が
連綿として生じているのも、本来、孔子の出発点が、
反体制を含んでいる証左ともいえる。

封建主義の背景である朱子学とその批判としての陽明学で
あれば政治活動に行動指針を与えたのは自然な流れである。

中国、韓国では、科挙制度があり、その試験問題として
朱子学はテキスト化し、臣民思想の根底をなした。
朱子学を中心とした朱子学分派の陽明学という位置づけで
あった。

日本には、科挙試験がない為、学問としての朱子学で
その批判としての徂徠学や陽明学が広まり、中国、韓国より
学問的批判として陽明学への理解が深まったと言える。
明治以降、中国や韓国に陽明学が日本から逆流しているのが

東アジアの思想展開を世界の中でもユニークな儒教世界を
維持している。

陽明学の中根東里の知行合一から与謝野氏の「新党結成へ 
腹はくくった」つもりで読むと、腹をくくった割には、弱い。

与謝野氏の元財務大臣の頃からの卓越した政治家としての
知識、発言は、経歴に見合ったものと感じさせる政治家です。
今回の記事でも、鳩山政権への問題点の指摘は、知性を感じ
させるものです。

政治状況の分析力は理解できます(現役政治家としては当然
とも言えます・・・)が、与謝野氏の記事の問題ポイント。

新党へ与野党の政治のプロの集合を呼びかけた時点で、
政治家の記事としては、興ざめしました。

これでは、新党募集のリクルート広告でしかない。
今回の記事は、一般月刊誌と言う国民に向けた記事である点が
余り配慮されていない印象が強い。

与謝野さんが鳩山首相を「平成の脱税王」と呼んだことが
自民党の英雄の様に書いているが、自民党の執行部にも英雄を
大切にしないと攻撃する。

鳩山内閣は攻撃しても、小沢幹事長の民主党は攻撃していない。
私には、偏った攻撃と思えてくる。新党を立ち上げる必要性が
感じられないのです。
自民党内でも可能な政治スローガンばかりです。

今、国民が求めているのは、政治の自称プロ集団ではない。
政治家は、選挙で勝った時からプロなのです。

問題は、国民の未来へ指針を解り易く表明し、政治活動を
する政治家、つまり知行合一の政治です。

政治は、万民を平等に救う政策ばかりではないことは、
成熟した民主国家の国民は、理解しています。

国民は、今は、その制限され不備な政策を、最高の知性と
素早い行動により、未来で合一させる胆力を持った政治を
望んでいるのです。

自民党の政治家を統率、指導できない政治家が、新党の
党員を与野党から募集する姿は、余りにも、政治的な時期が
悪いと素人目には、見えてしまいます。

中根東里なら、少なくとも、離党して、赤坂辺りの雑居ビルに
事務所を一部屋借りてから、新党の概要を説明すると思います。
私は、この時点で、初めて、腹をくくったのだなと感じる
のです。