どこかで見たこと読んだこと -30ページ目

故郷の思い出


どこかで見たこと読んだこと

「車窓からの月山、間もなく実家です。」



連休中は、鶴岡に戻り親戚の食事会に参加した。
母の兄弟が集まるということでした。

7人兄弟だが、今は、3人が故人となり、4人となった。
83歳の次兄が一番の年長である、普段は、札幌在住で
中々、鶴岡の実家に来れないので、この連休に、
息子の付き添いで、17年ぶりのお墓参りが適ったという
次第です。

母は今年80歳、77歳の弟、73歳の妹と兄弟が揃った
会食でした。当日、母は、亡父(私からはお爺さん)への
追憶という冊子を作り、余り知らなかった叔父叔母の昔話を
知ることになりました。

73歳の叔母は、3歳の頃、養女に出されていました。
札幌の叔父以外は、皆、鶴岡在住で、日常行き来していました。
叔母は、結婚して今の姓に変わったのだと私は、勝手に思って
いましたが、実は、その家へ養女になっていたのでした。

その家と言っても実は、親戚です。
実母(私の祖母)の妹夫婦に懇願されて、養女になったとの
ことです。祖父は、送り出す時、「本当の親が居て、間もなく
お前を迎えに来る。」と言って騙したようです。
それを信じた叔母は、喜びの気持ちだったと、上手く騙した
父親を褒めていました。

当然、祖父の気持ちは穏やかではなかったと、母の手記は
伝えています。
一見、平穏そうですが、実は、色々なことを乗り越えて
来ていたのです。

湯田川温泉で会食しながら、叔母が次兄に向って
「鶴岡の一番の思い出はなんですか?」と聞きました。
すると札幌の叔父は「おまえのことだ」としみじみと言いました。

養女に出された妹を、おんぶしてあやし、叔母の家に届ける時の
悲しい思いが鶴岡の思い出だと言い出しました。

当の妹は、自分には記憶がないことで、申し訳ないと笑っていました。

このようなやり取りや、昔話が聞けたことだけで、兄弟食事会に
参加させて頂いて感動しました。


お互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかている者同士

とは、吉野弘氏の「生命(いのち)は」の一節です。


生命は、自分自身では完結できないように
つくられているらしい

と、吉野氏は冒頭で、いのちの核心を洞察する。
共通可能性の思い、美しい山に囲まれた故郷が心の中にあることも、
また、永らえる「いのち」なのであろう。

LPのデジタル化


どこかで見たこと読んだこと
パソコン周辺機器・デジタルAV機器の企画開発・販売を行っている
株式会社ノバック から眠っているカッセット&レコードをデジタル変換と
銘打ち「Cassette&Record to DIGITAL」というのが出ていました。
姿も可愛いし、金額的にもリーズナブルなので、
個人収集音源のデジタル化にはお手頃です。

■製品の概要■
製品名 Cassette&Record to DIGITAL

型番 NV-CR001U
標準小売価格 オープンプライス<店頭想定価格14,800円(税込)>
製品構成 本体、ソフトウェアCD-ROM、USBケーブル、
RCAオーディオケーブル、ターンテーブルマット、
交換用針1個、保証書、セットアップガイド

■本製品の主な特長■

●貴重なアナログ音源を手軽にデジタル変換!
『Cassette&Record to DIGITAL』はその昔に購入した貴重なアナログ音源である
カセットテープやレコード盤を手軽にデジタル音源に変換できる製品です。
*カセットテープとレコードは、排他での利用になります。

●初心者にも簡単セットアップ
設定は簡単。まず、付属のソフトをインストールしましょう。
後は、本体とパソコンをUSBケーブルで接続し、インストールしたソフトウェアを
起動するだけです。
33/45/78回転に対応。45回転用アダプタも同梱。

●使いやすい専用ソフトウェア「Record Mate LP 」付属
専用ソフトウェアを使って、カセットテープやレコード盤のアナログ音源を
簡単操作でデジタルに変換します。
もちろん、音を聞きながらの録音も可能となっています。
トラック分割も、手動分割や無音区間での分割が可能。音楽テープやレコードを
キャプチャーした場合でも、1つの大きなファイルになることはありません。

●本体だけでも再生可能
本体にスピーカーを搭載していますので、本製品のみでも再生可能となっています。

●選べる3種類の出力
録音するフォーマットも、MP3/WMA/WAVの3種類から選ぶことが可能です。
ビットレートも5種類(32、64、128、192、320)の中から選ぶことができます。
*ビットレートの選択は、MP3/WMAのみとなります。

●別売で交換用レコード針も用意しています。
ご購入時に1本付属していますが、さらに必要な場合のために交換用レコード針を用意しています。
[RECORD to DEGITAL用レコード交換針(NV-RP002N)]JAN:49-95589-92198-2


CD化されず、古くなりノイズが増えて、早くデジタル化したいLPがあります。
新井満さんの組曲「月山」、アートファーマーの「BrassShout」、
これらが、そろそろ危ない状態です。

ヤルタ会談から勉強しよう

普天間基地問題での不勉強を沖縄県民へ詫びる鳩山首相の姿。

政治家として空論を呈し、無用の混乱を招いたことの
責任は思いが、鳩山首相には、勉強不足な政治家という自省を
前面に出して、まだまだ頑張って欲しい。

アメリカは、沖縄以外のどの自治体も、基地の移設を受け入れる
世界視野に立った高度な判断で、自治体を動かせる日本人が
居ないことを見透かしている。

ここに敗戦したまま無反省で過ごして来た日本国民の限界がある。
悲惨さは訴えても、政治の軍事力評価、シビリアンコントロールに
敗戦はなんの役にもたっていない。
真に悲惨なのは、戦争を知らされもせず、知りもせず、殺された
人々である。日本人は、沖縄戦で主導的に殺傷と自決を強制した。

戦争とは、政治が行い、そして止める。
沖縄海兵隊が、東アジアでの抑止力であるとは考えていなかったから
県外移設、海外移設の意見を述べていた。
という論点では日本がまた戦争を起こす原因となる発言となってしまう。

日本が戦争をしたのは、いまから73年前、1937年日華事変である。
華北の親日的満州国政府へ、軍事的な支援と称し、関東軍、朝鮮軍を
主体とする軍隊を駐留させた。
当然、駐屯する基地の設営は軍事的行動であった。
モデルケースとしては朝鮮併合の体験があった。

中国の親日的勢力も、この軍事的な華北人民への圧力で、民族自立の
運動が強まり、急激に政治力を失って行く。日本政府は、この民族自立
の運動に、本来アジア共同体として主導的な立場であったが、昭和に
入って軍事政権化する過程で、帝国政府はアジア共同体の理念の将来性を
理解できず空中分解し、目の前で展開する西欧列強の植民地経営政治を
真似る安易な方向へ世論の視線を移してしまう。
真に議論ができるパートナーとしての国をアジアで見出せなかったのが、
日本の失敗の根本、哲学的な限界であった。
それが今も反省されず、解決されていないのが、鳩山首相の発言である。


1937年以降、親日的住民の安全確保と称した、本音はアジアでの優等意識が
植民地化への軍事対応を政府がリードして全国民を巻き込み進めてしまった。
結果、多くの原住民への無反省な殺戮が行われてゆく。
軍政府は、制圧効果の高い拠点に基地を設営して行く為、列強の反発、反撃は
おのずと強くなって行った。

そして終戦へ向けての時系列
1945年2月4日から11日 ヤルタ会談(連合国:アメリカ、ソ連、イギリス)
(ドイツ分割、樺太ソ連返還など秘密協定成立)
1945年3月26日から6月23日 沖縄戦
1945年5月7日ドイツ降伏
1945年8月15日日本降伏

つまり、ヤルタ会談以前から沖縄戦はアメリカ政府の戦略であった。
ヤルタ会談の前に、アメリカでは政治的な意味で既に太平洋戦争の勝利は
確信していた。


現在から見ても、沖縄のアメリカの基地化は、ソ連を北に封じ込めることで
1945年からアメリカ国民には合意されて来たアジア戦略の一環なのです。
(ペリー以来のアジア戦略で拠点が欲しかった念願が適ったのです。)

日本は、ヤルタ会談を敗戦被害者意識から、軽視しています。
日本の軍事研究は、ヤルタ会談参加国と中国に向けられなければならない
のです。(そこに沖縄の米軍基地を研究する価値もあるのです。)
その分析から東アジア共同体の政治的な理念は具体化構成されるべきです。

沖縄米海兵隊の抑止力での低い評価をした事実は、東アジア共同体の不信感に
影響するのです。
東アジア共同体とは、軍事力なしで、韓国、中国となにをするつもりだったの
でしょうか?という疑念に晒されるのです。
つまり、日本政府が、抑止力がないと勝手に言えば沖縄のアメリカ海兵隊を
補う為に、軍備を増強し、先制攻撃も厭わないのではと、考えることも
出来るのです。

丁度、満州国成立の頃と首相の意見が似てしまうのです。
鳩山さんには、そこも含めて外交を勉強し、自省しながら首相を務めて頂きたいと
願うのです。
外交的に素人の首相というのは、近隣国は、なめて掛かるので、
逆に高度に戦略的な活動が一時ですが、許されのです。


市立藤沢周平記念館


どこかで見たこと読んだこと


鶴岡市に藤沢周平記念館が4月29日にオープンした。
5月2日朝に行って来ました。
ゴールデンウイークということで、全国の藤沢周平ファンと
思しき旅行者や地元のファンが、朝から訪れていました。

展示は、常設展示と企画展示、データベースコーナーと
充実していますので、小説のファンだけでなく興味が
もてる様に工夫がされています。

また書斎が精密に復元されるなど、ご生前のお住まいの
庭木や瓦、塀なども使われて、ご遺族の多大なご協力も
あったと思われる記念館になっていると思います。

原稿や、構想原稿(設定メモ、章立てメモ)なども展示され
登場人物の名前には随分と候補を挙げて検討していたことが
良く解り、貴重な資料です。

藤沢周平氏とふるさと鶴岡の関係者も丁寧に展示されいます。

私が興味を持ったのは、復元された書斎の「雪景色を走る庄内
交通の電車」と「名誉市民を辞退した手紙」でした。

既に廃線ですが、海岸「湯の浜」と鶴岡駅を結ぶ庄内交通の電車です。
今は、もう見ることが出来なくなった電車のある風景を、
大きなパネルにして書斎でいつも見れるようにしていたのに
目が止まりました。


映画が大変好きだったのに、自身の作品を映像化することには
消極的だったようです。
好きな映画は、「ドクトルジバコ」「死刑台のエレベータ」
など、渋い映像と美しい音楽がお好きだっと伺えます。

自身の作品が華やかな映像と音楽の世界には似つかわしくないとの
思いがあったのだと思います。スポットライトが効果的な
舞台の方が作風に合っていると考えていたのかもしれません。
舞台でもミュージカルには向かない。

どうも作品を発表するという姿勢より、発見してもらうという
願いににも似た思いを、強く感じるのです。


名誉市民の辞退というのも、無位無官の人々のドラマを紡ぐ仕事を
している自分自身の姿勢に合わないとの思いのようです。

今の自分があるのは、居場所がなかった故郷の風物と市井の人々の
お陰であるという複雑な思いは、褒章などを求めようとして求めらない
境遇の人や、元来、求めない心の人々への共感、共通可能性への
思いなのだと気付かされるのでした。


年に何日もない穏やかに晴れ渡った冬の日、雪の田んぼの中を走る電車。
稀にしかない穏やかな一瞬は、心に沁みて愛おしく美しい。
そして、それは、今は既に消えた過去という闇の中にしかない。

思い出は、心の闇のなかで、感情の傾斜を強く引き起こす時に
励起する。楽しい感情ばかりでは、傾斜は起きない。

その傾斜の発見は、褒章とは、相容れない、不条理なことが多いと思う。
深い感情に傾斜を発見する人の感性は繊細である。


藤沢作品の主人公共通して、出世しているか、腕力があるか、
狡知であるかの自慢ではなく、感情の傾斜に深く繊細であるのです。

最後に、見学に行く場合の注意
原作映画作品は、版権や協賛の関係があるので、当然市立の展示には
限界があると思います。作品のスチール展示などは、ほとんど有りません。



どこかで見たこと読んだこと

NHK にっぽん紀行 雑感

$どこかで見たこと読んだこと
門司中央市場

NHK にっぽん紀行 4月30日(金)の放送


「なぜか笑顔のシャッター通り ~北九州市・門司中央市場~」

昭和には賑わった商店街で、多くの店が廃業し、シャッター街と
呼ばれるようになった市場は、全国にある。
みな、店主の高齢化との戦いの様相である。解決策は、再開発と
いうリセット装置しか、対策がないというも定説化している。

集客力の測定で、計測されるものは、それで良いだろう。
しかし、リセット出来ないものがある。
それは、楽しい人生を送った思い出である。今の私の心のベース
となっている思い出がある。
ビジネスは、将来の収益を戦略的に取り合う事業であれば、
競争相手を出し抜くことでしか、成果は出ない。
過去のブランドや成功は、将来の戦略には、効果があるか
分析してみなければ、判らない事象と考える必要がある。
社員の給与を確保する様にマネイジメントするということは
職員各個のスキルを最大限に発揮させ、達成感を得る事業の
ことである。

過去の思い出に事業を継続するのは、収益面からはマイナスの蓄積で
事業撤退しか選択肢がない。

門司中央市場の笑顔の住人達は、継続する為に、店を開店する。
昆布屋さんは、93歳の松蔵さんと娘さんがやっている。
1日お客さんは1~2日で、とても昆布店としては、採算が合わない。

松蔵さんは、画家でもある。現在も作品を販売し、その売上で
娘さんとの生計を立てている。

であれば、昆布屋は、閉めても良さそうだ。

この昆布屋は、亡き妻の家業だった。昭和の賑わった頃は
松蔵さんが絵に集中できるように妻が、ひとり店を切り盛りしていた。
松蔵さんが、スケッチなどへ出かけるときは、1万円札を財布に
そっと入れてくれたと笑う。

妻が亡くなると、時を同じくして市場も寂れ、店も寂れた。

絵が売れる間は、松蔵さんにも、娘さんにも、お店を閉める理由が
心に湧かないようだ。
亡き妻の絵が、お店に飾られていた。
思い出と共に居る実感があることは、精神という心象風景にとって、
安らぎが継続される。
事業収入の増加は見込めないが、競争という戦略を諦めた時点で、
精神の安らぐ時間をこの昆布屋は、継続できている。
これを不幸か、幸せかで判断すのは、経営学の問題ではないのだろう。
経営的視点では、無視してもよい分析外の範疇の事例である。
しかし、お店は、今日も開店している。

マネイジメントとは、事業のマイルストーンとリソースの
組み合わせでの職員の幸せを願うことを利益の再配分の上げ下げで
コントロールすることである。
思い出に事業の継続性を見出すことは、現在の経営学には出来ない。

事業が経営者の情熱の継続によって、成長するのは当然である。
しかし、古い思い出によって、新しい事業を起こし、成長させることは
難しい。個々人の心象は芸術とはなっても、事業と並存する共通可能性を
コード化するのが、難しいということです。

最近の音楽、映画などの評価の傾向をみると、心象風景には、この方が
良いのは解る。興行作品としての音楽、映画、出版物としては、リンク
しやすいが、標準化されたサービスや記号された商品としては、まだ
買い手心理的な問題にリンクするので、マニアックな嗜好品としてしか
見出せない。将来の課題である。