どこかで見たこと読んだこと -18ページ目

政治哲学受講のすすめ

調子に乗った法務大臣(20日22時現在)の品格を疑う発言。
それも公的な場所での発言であるから、始末に負えない。

話の流れからすると、自分は、無難に大臣の答弁をしている
ことを自慢した結果の不用意な発言だったらしい。


自信満々で、話した内容が、小学生の校内読書感想文より、
劣り、答弁の要点が2点しかないと言う知恵が、もの寂しい。


こうなると、大臣を直接選べない国民には詐欺である。
政府・首相を信じて預託した任命権である。
政治家としての派閥の問題はあろうが、官僚と、なあなあに
ならない政治哲学を十分に会得した人物が任命されると思っている。

親任した天皇の立場はどうしてくれる!と言いたいが、それは
言っても、儀礼化しているので、仕方がない。


現役大臣が近くの講演会に、主賓で来たら、「先生」「大臣」と呼び、
一応本心は別として、体面的には崇める。
祟りの無いように祈る。そして、いよいよ訓話を拝聴する。

今回の大臣は、この体面上、崇めらていることを、真に受け、
自慢話へ気持ちが滑ったらしい。政治哲学を失念した。


政治家の講演への参加者は忙しい時間を折角来たのだから、
ありがたい訓話の一つもあって欲しいと期待する。
できれば、我々では、選べない程、政治見識の高い先生であったと
参加者の方が結果的に、自慢したいのである。


野党は当然、政府与党に罷免を要求する。
当事者は、自慢の余りの軽口で、反省しているので、大臣は辞めないと言う。

何れにしても22日には辞めることにはなるが、辞職はせず、罷免を望むらしい。

国民はヒーローを要求している訳でない、講演会で国民を納得させる
程度の発言を一つだけする大臣が欲しいだけなのです。

失言する首相・大臣が出たら、マイケル・サンデルの政治哲学の
白熱教室受講を義務付けましょう。

え? 英語が話せない、、、。それは、参った。


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多様性は、地方にあり

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NHK BShi 11月20日 21:30 男前列伝

写真家 小島一郎氏の足跡を俳優 重松豊さんが
撮影現場の津軽を訪ねる番組。

小島一郎の写真集を初めて知った。
白黒の津軽の風景、特に農村の風景作品が多い。

小島一郎氏は、青森の写真館で1924年11月14日に
生まれ、 戦後写真館を引き継ぎ1954年から撮影にも
取り組む遅出の写真家で、 1964年7月7日に急逝する。
享年39歳で、活動期間は約10年と短い。

1961年に東京へ写真家のプロとして活動拠点を移すが
2年足らずで断念し、青森に戻る。
オリンピックへ向け膨張する都市の空気、空間が
合わなかったのだろう。

故郷へ戻るが1年余りで、病死する。


小島氏本人の写真を見ると、大変端正で繊細な顔を、されている。

太宰治といい津軽は、顔の良い男が多い?


津軽の写真の被写体は、背中や横顔、遠景が多い。
その分、空の表情が巧みに構成されている。

また、その事をイメージして、番組の津軽での撮影も
津軽の空の青さ、雲の動き、光の変化など丹念に
構成され、これも印象的な番組となっている。

重松氏も写真が趣味としている為、写真撮影現場へ赴き
直接、ファインダーを覗き、小島氏の被写体への思いを
感覚として得ようする姿勢も良く出ていた。

そして、小島氏と一緒に青森で写真撮影をされていた仲間が
まだご存命で、現地での様子や、撮影スタンス、更に、
小島氏の作品を独自な味わいを出す、暗室での印画紙への
露光を調整した独自の焼きのテクニックを紹介するなど
小島氏のダレニモマネデキナイことへの拘りを見事に
抽出していた。
ただ一度切りの写真を焼くのは、絵描きが丹精込めて
絵筆を重ねる営みに近いと思われる。


重松氏が写真集で一番好きだという寂れた映画館の写真は、
青森県立美術館に収蔵され、番組では、その作品群も
直に見せて頂く。


ドキュメント番組としてのこの構成も大変良かった。


小島氏が、東京で夢が果たせなかったのは、経済成長の
真っ最中の熱狂した人々の集まった東京では、評価され
なかった。時期が悪かった。

今、中国にスーパーコンピュータのスピード開発や
GDPで追い抜かれ、外交力でも国力に差を感じ始め、
頼りの経営戦略も韓国に10年近い差で引き離され、
アメリカの東アジアへの意識は、韓国と中国へ移ったことに
ようやく焦りを感じ始めた日本という現状。
この15年間、日本は、世界という意識で将来への取り組みを
思考してこなかった。経済、政治、マスコミ共にである。
将来をクールに見据えるには、自分自身の過去を冷静に
受け入れなければならい。


日本人は、国土に対して何をして来たのか。
日本人としてのプライドは、どこに置き忘れて来たのか。
国内で、この2点を論じ、過去を理解できないのであれば、
世界への意見、見識は、国際的に観て脆弱で独りよがりとなる。

世界から見れば、自立した人間の独立国家として、国民が戦った
経験がない苦労知らずで、その為、アメリカの中国戦略に嵌り、
太平洋戦争をしてしまう、世間知らずな辺境国家として、
適当に扱われるだけである。

辺境国家として開き直ってみても国際政治、経済は、そんなには
甘くない。国際的に無視されるだけである。

それよりも、小島氏の津軽の風景の寂寥感は、何を示すのか、
昭和30年代に日本人がそぎ落とした、価値とは何かを
問い直すのが急務である。


小島氏の写真集へのamazonでの評価が大変参考になる。
特に、余り評価しないとコメントした意見が面白い。


ゆわく、小島氏の写真は、現在のデジタル技術からすれば
簡単に同様な作品が作れる、白黒写真に興味がある人には
お勧めの作品とある。

これが、今の日本大企業での思想的な限界を示している。
作品としての結果をコピーできるから、特に学ぶものは
少ないという発想である。
その造形とコンテンツの意味の違いが理解できないのである。
自然から感情を抽出する独自な創作が理解できていない為の
評価ロジックである。芸術作品は複製可能であり、自立した
国民に皆、等しく楽しんでもらえる。これぞメディアの実体と
いう単調な発想です。

その原版の価値は、どこにあるかの問いへロジックを意図して
展開しないと多様性は産めないし、受け入れる感性にも気づか
ないし、気づけない。


これは、鑑賞力の退化が生じているからなのです。
マスコミの論調とコマーシャルベースのニュースお笑い、
ドラマに、コミットすることに感性が慣れてしましった影響です。
感性の家畜化と言える。
マスコミの限界は、人間性を問いながら、多様性より、
マスコミ依存症の国民の誘導を無意識に優先している点である。

マスコミは、人畜無害な家畜化された感性を期待しているのです。
餌を与えて、柵の中で運動し、いざという時にマスコミを
守ってもらいたいだけなのです。マスコミに色々な、多様な
意見が出てこられては、45分に収まらないのです。

多様性は、重要と言いつつ、自分には向けないで、という
アンビバレツが、あちこちに綻びを生じているが、マスコミの
現状です。


小島氏の写真作品を観て、重松氏は、この絵は素晴らしいと
表現していた。正に、構図とポジ露光の絵画作品なのです。

清廉さは、昔から日本人には在った感性であり、そこに
そこ地方という多様性の重要な感性が生息しているのです。

隠された人間の清廉な精神と自然の美への賛歌の作品なのです。

昭和30年から平成までマスコミが黙殺して来た組み合わせ。
食えない物は、番組にするな、という日露戦争突入の時代感覚で、
これまで過ごして来た結果が現在なのです。

今、日清戦争後、はじめて、国政やマスコミは中国の隆盛に
真剣に驚き、慌てているのですから、その時代考証から
始めるべきです。

日清戦争と太平洋戦争を総括すれば、尖閣諸島へ普天間基地を
移転すると言う一番単純な意見が、なぜ、日本人から出て
こないのか不思議です。マスコミに影響されすぎです。
尖閣諸島へ米軍の基地が移転すれば、中国とは戦争になるかも
しれませんが、少なくとも、そんな議論が出てくるだけで、
台湾は喜ぶし、中国は慌て、ロシアは冒険的な挑発はしなくなります。



関西文化の日


どこかで見たこと読んだこと

関西文化の日

ということで、小磯良平記念美術館へ
お邪魔して来ました。

関西文化の日とは、関西圏や拡大した関西(福井など)を
エリアとした413文化施設の常設展などを無料開放する
催しです。

11月20日、21日がメインなのでご興味がある方は、
関西文化.com まで

私は、「特別展 古家新とゆかりの画家たち」を鑑賞。

古家新(1897-1977)は、明石に生まれ、県立第2神戸中学
(現兵庫高校)で絵画クラブを創設する。
後輩には、小磯良平、田中忠雄、東山魁夷らを輩出する。

朝日新聞社に入社し、週刊朝日の表紙や挿絵を担当。
1928年フランスへ留学。小磯良平、中西利雄らと交流。

戦後は、行動美術協会を設立。
1961年に小豆島にアトリエを構え、関西を中心に活躍する。

小豆島での作品は、オリーブの畑や日の出の作品群が特徴的。

作品は、筆のタッチとシンプルな構図は、強い意志を感じる。
最晩年の日の出が、連作の中で、最も輝いているのが印象的。

ゆかりの画家で今回、印象に残ったのは、向井潤吉の
藁葺き屋根の家屋を題材にした「春映」「叢の中の家」。
春の田んぼの畔の叢や、農家の庭の叢を描いている。
それが、新しい印象を得た。なぜだろう。
向井は、京都出身、行動美術会員だった。

農家に叢は、日本の原風景である。
今、中国、韓国、ロシアなど経済成長過程にいる国際環境
の中で、日本人としてグローバルな意味で実効値のある
他の国からオピニオンリーダーとして明確な思想が必要だ。
自らの意見を構築する基底には里山を生かす為の行動を、
基底する悠久の時を経た生活思想が、そこにある。

里山の為に、叢を刈る。他人の為などとの演技的な発想も
超えた意識が、そこにある。雪が積もれば、誰かが道を付ける。
それは、無人称の誰かの為であり、固有の誰かの為ではない。

知識の威厳や経済合理性は、その基底が、何に起因するかで
継続する射程が異なる。
軽薄な利益は、持続的な成長には結びつかない。

経済的な困窮は、射程の置く目標より、飛越できる。
困窮を外的要因に原因を求めると、里山は残らない。

さて、関西文化という里山は、美しく輝くでしょうか。

一周忌

昨年急死した大学の友人の命日に行って来た。
52歳という若さで、この世を去った。
人間の無常と青春を喪失した寂寥感がなかなか拭えない。

大学生を筆頭に3人のご子息と奥さんの癒えぬ悲しみを
思うと、我らの寂寥は幾ばかりかと、命日に友人2人と
合流して、ご自宅を訪ねた。(もう一人は、急用で欠席)

30年も昔の話をし、大笑いをし、息子達を励ました。

翌日、奥さんから4人にメールが届いた。
この一年、泣き暮らしたこと、命日に学生時代の友人が
来てくれて命日が楽しかったこと、そして、形見の息子達と
力強く楽しく生きて行く決心が出来たこと。

本当に良かった。故人もきっと喜んでいると思う。

こんなに笑ったのは、久々で、翌日も、思いだし笑いを
したとメールで言ってくれた。

主人が残してくれた「隠し玉」だと前向きな言葉が増えた。


最後に奥さんが故人から受け取ったメール文を紹介してくれた。
『おかあさんは良い人を選んだ、人生ばら色だ よろしく』
奥さんは一人、何度もメールを読んでいたのだろう。
たった一人で読むには、複雑だったと思う。

私達の訪問で、ようやく、文面通り、素直に、喜んで
受け入れることが出来たようだ。


あいつは、こんなメールを送って、2週間後自宅で倒れ、
奥さんの腕の中で事切れた。ある意味幸せだと思う。
一方、残された方の寂しや後悔は、半端なものではなかった
ろうと思われる。
この意味で、奥さんからの最後のメールで、私達も救われた。


日経新聞11月7日朝刊の文化面に、
「風」と題して、作家 皆川博子さんのエッセイに、友人の
童話作家が、2か月前にご主人を亡くされた知らせの便りに
3篇の個人的な思いの詩が添えられていたという。
世に出す為の詩作でない為、ご本人ご了解の元、掲載されて
いた。
++++++++++++++++++++++++++++++
「わたしのくらし」

   七歳と七七歳と
あなたは七歳のとき
かあさまを亡くされた
わたしは七七歳のいま
あなたを亡くしました

七歳のあなたのかなし
みは
どんなでしたろう
七七歳のわたしは
二つのかなしみが重な
りあって
涙をながすのです

    
     ひとりごと
ずい分
おしゃべりになりまし

それから すっかり
無口になりました


        孤独
厚着をしても
暖房をしても
冷たい風が
臓器と臓器のすき間を
ふいているのです

++++++++++++++++++++++++++++++

友人の奥さんがどんな気持ちで過ごして
いるかと思うと、涙が流れるのを止められ
ませんでした。


皆川さんのエッセイのヒントからすると
この詩を作った童話作家は、
「はなびらのうま」「カッコウ時計のひみつ」
「空をとぶうばぐるま」の作者、森田文さん
ではないかと思われます。

皆川さんも本文で言っていますが、平仮名の
使い方が温かさをもっていますが、それが

かえって寂寥感として、強く胸に迫って来ます。


この寂寥感にじっと耐える勇気を分かち合う
ことが、残された者達の、故人への供養と
思うのです。

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下草を刈る

今日は、午前中植林をして来ました。
六甲山の森を豊かにしようという山麓に住む者としては、自然な流れです。

かつては、松も多かったのですが、近年枯れています。
知らず知らずに常緑針葉樹には環境が悪くなっているのでしょう。


コナラや桜など落葉広葉樹を植えました。
自然に任せると夜叉ブシなど花粉症の毒性が高い植生が繁殖しています。

やはり人間の手を入れないと里山は育たないのです。


草刈と言っても、笹も多く根を起す作業は結構、重労働に感じます。

普段から作業をしている農家の方々の苦労を知る機会です。

女子大や工業高校の学生が30人程集まっていましたが、この様な

下作業をしないと植林ができないという面倒さ、虫などが纏わりつき

作業がしにくいなど、良い経験となると思います。


笹の根を刈るには、備中鍬が良かったです。
振り上げ、差し込み、掘り起こす。刈った草を集める。

腕はもちろん、足腰を使った全身運動です。
ジムトレーニングへ行くより下草刈りです。
無心に2時間程度の作業で、汗を掻きます。


植えた木々が成長したと思える頃は、まだまだ、遥か先です。
上手く育つかも知れない、そんな遠い未来だからこそ真剣に下草を刈る。


政治家の皆さん、自分で下草を刈る手間を忘れている方が多い。
それでは、国際政治家が育ちません。
「木を植えれば、それでいいんでしょう」という政治は、

木も、自国国民をも、尊敬していない。
まして、海外の国民は尊敬されているのかという自尊心には、敏感なのだ。



どこかで見たこと読んだこと