どこかで見たこと読んだこと -12ページ目

去来


どこかで見たこと読んだこと ふと、窓を見ると目を引くことがある。

夢中で仕事をしているとき、窓の外から意外なものが
飛び込んでくる。去来した。

去来ということは、悲しいかな、ただ待つことでもある。

何が難しいかと言えば、待つことである。

期待値に至らなければ、待ったことが無駄と思える。
待つだけで期待値に至ることは、殆どないという世間。

努力し、才能を発揮し、最善を尽くす。
しかし、今の最善が本当のピーク値を指しているか、
知る由もなく、時は、去来する。

結果から振り返り、後悔する。殆ど後悔である。
振り返って、後悔しない結果を得ているのは、それは
それで、幸せなことだ。何回かそれを実感したのなら
もう、それで、人生の評価の大半は大丈夫。

後悔しない意識構造が、確実に訪れる方法は、無い。

去来から何を待つべきか、それがその人間を決める。

新しい分野の訪れを期待する人間なのであれば、
散る花を追ってはならない、窓辺に見えるただ
単純な月の出を待つべきだ。

花も無く、称賛もない。
多少の恐れを感じさせ禁忌される生き方を選び、漂白する。
月の出を見ただけで、喜ばしいと思う。
ただ、それだけで満足する心境がアホらしければ、
新しい分野などを切り開くことに意義など求めないことだ。

話は脱線するが、今日、NHK「スタジオパークからこんにちは」
のゲストは、ガクト氏であった。
番組は、偶然見たのだが、風林火山での緒形拳さんとの出会い、
演技指導、その後の緒形さんとの別れ、その後の影響を語る
ガクト氏の目は、潤んでいた。
上杉謙信役以降、硬派なイメージが強かっただけに、意外な印象
で、役者としう新しい分野へ挑戦の情熱に感動した。

緒形さんと二人で食事をしている時、ガクトさんが、もし、何か
演技で間違っているところがあれば、何でも言って欲しいと頼んだ。
緒形さんの答えは、いつもでも言っている。なにか悩んだら
あの緒形拳から認められたこと思い出せ。であった。

その時、ガクトさんは涙が止めどなく流れたという思い出であった。

その後の演技には、緒形さんが師として、常に意識されていると言う。
これは真実であると思う。

運命的な出会いとは、出会うべき意識状態を、去来としてじっと
待つしかない。

「月の出を 夏に迎える 去来かな 」



どこかで見たこと読んだこと


どこかで見たこと読んだこと

2011梅雨明け


どこかで見たこと読んだこと



2011年 近畿地方も梅雨明けとなりました。
今年は、梅雨の始まりも慌ただしかったせいか、
梅雨明けも唐突に発表されました。

大震災の春から梅雨、そして夏へ季節だけは
移ろいいます。
神戸での震災の時は、このころインフラの復旧は
一気に進んでいました。
東日本震災では、なかなか復旧すら始まっていない
印象を持ってしまうのは、やはり被災エリアの広さと
津波という町全体を破壊する流動性の怖さでしょうか。

気温の上昇と合わせ、何か、空気や風が変わった。

確認する為、近所から大阪、飛鳥、二上山方面を
見てみた。

海、山、空の色が夏色に変わっていた。
雲だけが、まだ、梅雨の湿気と風を残していた。

諏訪敦 日曜美術館 再放送



どこかで見たこと読んだこと

NHK 日曜美術館 7月3日再放送(20:00~20:45)

先週の諏訪敦氏の特集再放送があった。

諏訪さんのブログでも多くのコメントが寄せられている。
番組にもご出演された精神科医で美術評論家の三脇康生さん
からもコメントがあった。
三脇さんは、作品が「記憶」に基づく制作であったことに評価を
していました。「思い出」によって創られると駄作になることを
指摘しております。

私は、三脇さんの評論活動には詳しくないのですが、「思い出」と
「記憶」の違いは、実体へ迫るエネルギーの違いから区別する必要が
あるとの主張のようです。


諏訪さんは、この「記憶」とは、「事実」とも言えない。
「記憶」とは、事実の周辺を漂う領域をもったものであり、
その本物の記憶に絵画でせまるのは闘いであるとも言う。


かつて、川喜田二郎氏は、KJ法という文化人類学の
フィールドワーク(現地取材)を、発想法として社会一般の事実を
探る手法として広めた。

そのフィールドワークの手法のキー概念は、
「混沌をして事実を語らしむる」であった。

諏訪さんの制作手法も、また人間をして事実を語ろうとした
結果として、細密画という作品が出来上がってくるようだ。

その闘う制作は、結果、曖昧な思い出を取り除き、記憶への創造の
可能性に挑むことなる。

今回は、家族を亡くした家族の記憶に、諏訪さんが取材と
創造により記憶を繋ぐ仕事と言える。単に芸術作品の制作の
領域は超えているが、絵画しか成しえない未来への可能性を
孕んだ制作ともなっていた。

なぜなら、情報源としては、思い出と記憶の混沌とした故人だから
である。


故人を中心に、家族の記憶と諏訪さんの記憶と創造が交差する。
その円が重なった「記憶による創造」が、共通感覚として故人の新しい
記憶へ繋がっているかを問われていたのだ。

集合で言うandである。

それは、4人で家族という遺族の新しい記憶となって行く
作家の手を離れ、肖像画は、家族の新しい記憶になったようだ。

混沌とした情報は、諏訪さんの絵画制作というコード化と
正規化(ノーマライズ)で、サンプリングされ、伝達可能性を
得た。そしてその伝達可能な絵画は、遺族の中で新しい記憶へ
繋がって行った。


情報の伝達では、誰かがノーマライズしないと、他者が使える
ようにならない。


言うのは簡単だが、実際にシステムや作品を生むには、
その制作過程で、利用する人の生の声がなければ、成果物の
精度(共通可能性)、andを生じる可能性は、低くなってしまう。

現場の声の取材する闘いがなければ、ノーマライズは成立しない。
今回の再放送を見て、この思いが更に強まった。

諏訪敦 日曜美術館



どこかで見たこと読んだこと


NHK 日曜美術館(9:00~9:45)

今週は、異例な番組構成だった。
普段は、評価がある程度、定まっていたり、作者が故人と
なって最近、再評価されて来たアーティストが特集される
ことの多い番組である。
現役の作者というのも少ない上に、若いアーティストとなると
更に少ない。

今週は、諏訪敦さんと言う1967年生まれのアーティストであった。
細密描写を得意とされる人物画の作品が多い。
特に、舞踏家の大野一雄氏の連作は、大変作者の個性が発揮された
作品であった。綿密な描写であるが、何よりも現場での取材を中心
とした制作手法が独特である。
定点ではないのである。

例えば、舞踏家大野氏であれば、舞踏している大野氏を追いかけ
ながらのデッザンなのである。

精密に描写するには、その精密に見合った現場での情報収集が
必要だという覚悟のような制作スタイルを持っている。

今回は、2年前にボリビアの旅行中、自動車事故で娘さんを
亡くされた家族からの肖像画の制作依頼であった。

ご両親にとって、愛娘の死は、2年経ても受け入れらないものだった。
思い出す度に、涙する日々である。
その思い出に、肖像画を制作したいというだ。

作者もその余りにも個人的な感情に影響すると思われる作品に迷いを
感じるが、挑戦することになった。
番組は、その諏訪さんの挑戦のドキュメントとなっていた。

先ずは、ご家族にインタービューと、思い出の品々にエピソードを
重ねる。最後に、ご両親を丁寧にデッサン、骨格や皮膚の感触まで
体験として、体に沁みこませる。

また着ていたブラウスや多くの写真をアトリエに持ち込み、亡き人の
実像に肖像画として迫る。

手の質感を知るため、義手のメーカーへ写真を送り、義手を作り
触って感触を確かめる。

また、家族を事故や事件で亡くした体験を持つ方々に、肖像画の
制作の意味を問い、真摯に意見を聞いている。
その中で、「肖像画が是非、やった方が良い。写真と違い、他人が
どの様に亡くなった方を、見ているか、ご遺族も知らない故人を
見たいのでないか」という言葉に、安堵のような、覚悟のような
表情を見せる諏訪さんの姿に感動した。

情報は、正規にコード化することで、より伝わり易くなるという
私の信念にも通じ、心強かった。

肖像の構図は、正面の上半身で、右手に掛かる両親から貰った
大切な腕時計を左手で外そうとしている構図であった。
時計を外して、違う次元の時間へ旅立とうとする精密な姿があった。
表情は、微笑む前の一瞬である。

その絵が見つめるご両親は、亡き我が子をその絵に見出し、
涙を流すが、その表情は、何かを発見した喜びを湛えてた。

過去の思い出から、新しい我が子の記憶が生じたようだ。
旅立つ我が子へ愛に満ちてた。
そのカットに、作者 諏訪の姿は無かった。

このドキュメント番組は、この終わり方でも成功している。

諏訪氏の作品は、生と死を行き来しながら揺れる現実を描写していると
思われる。その為、その作品が収納された場所で、作者の思いと別れ
その場の時空と環境に収納されるのだろう。

優秀な刀鍛冶が創った刀は、戦場の武士の命が掛かる。刀鍛冶の意図は
関与出来ない場所となる。

諏訪氏の精密描写の人物画、精密な現場取材と、テレビのドキュメント
制作が丁度、自転車の前輪と後輪となって、
ご遺族の感情の機微を掘り起こす緊張感のある現場を生んでいた。


番組 再放送 7月3日20:00から

情報の民主化と組織と個人


どこかで見たこと読んだこと


組織と個人の自由

先のブログで紹介した本間郡兵衛の本を読んいて、組織の中での
仕事と個人としての仕事の立ち位置の根本的な違いは、幕末から
現在でも、同じではないかと感じた。

SNSの広がりを見ていると、個人の情報認識は、ネットの中で、拡散
して行くスピードとルートを確実に広げている。
情報の民主化、つまり、情報の利用の民主化は、インターネットを
通じて、広がっている。


個人が情報の自由で平等な活用をインターネットに求めている。

この大きな流れの中で、ビジネスを展開、拡大しようという目標を
事業者は組織の拡大としてチャンスを伺っている時代トレンドと
なっている。


福島原発事故の事業体の事故以前の言説との齟齬や、事故後の対応、
情報提供に対する隠ぺい的な幹部の組織としての曖昧さが、大変
注目を浴び、批判もされている。事業体の内部情報の破たんは、
外部に対して秘匿と評価される。


組織に居る限り、明文化されたルール、暗黙のルール、組織維持の
為の自己解釈としての自己規制は、内部において、当然である。

組織化されていることを、事実は別として、自己解釈している限り
組織所属している範囲で、個人の行動は全く自由である。
それの機序が破たんした情報であった場合、非常に難しい問題が発生
している。


一般的な情報は、民主化と共に、個人へ平等化、自由化が加速している。
組織が、ピュアな情報を意図的に脚色すると、反民主化として情報その
もの問題と合わせ、ネットで糾弾される。

糾弾が始まると、組織内部者対組織外部者という構図が先鋭化する。

組織の内部は、個人の才能、善意などは、全て、現象評価すらされない。
対立事項が沈静するまでの時間を短くする努力以外、なにも役立たない。

組織の構成要素は、個人である。

元来、野生的な個人が教化され、自己解釈し、その組織から生活の糧を
得ている。組織化が、生活の糧や社会的な高い評価を得るには、効率が
良いと体感的、理性的に判断しているからより高い安定の組織化を
求め、組織の改善や、組織間での移動、新しい組織作りに挑戦する。

組織の人間関係は、組織の効率を最優先に修復、改善される。

コンサルティングというのは、外部から修復、改善の糸口を指摘して
もらうだけのもので、組織内部の人間関係を修復、改善するものではない。

内部の会議に、出席を要請された外部の人間は、現状の問題点に
関して指摘と対策を表明するのは、許されるが、会議で特定の個人に及ぶ、
修復や改善を求めてはならない。求めた場合、その理論ではなく、内部に
おける外部的発言を非難される。


組織を構成していると自認する者が、組織的活動において、外部の意見を
そのまま、反映することは無い。内部に居る者の間での個人の自由はある。
しかし、内部で部外者の自由は、無い。当然、平等なども無い。
外部者や内部で、人間としての個人の自由のレベルでしか、自由がないし、
平等には扱われることはない。
それを乱す人間は、組織を知らない搔き回す人として、排除される。

一般社会でも、仲間意識などにおても、内部と外部の構造を日本人は
もっている。
これにより、行動の平準化が、社会の安定の基礎となると信じて歴史を
重ねて来た。


特に、時代を先見的に社会構造での新しいシステムを提案する場合、
民族的に強き組織に心が惹かれやすい日本では、個人が提案していることで
嫌な気分になる。


そんな個人が、組織に簡単に飲み込まれ、溺れて行くのを見て、安心する。
だからみんなで仲良くしないといけない。
私個人は、社会に認められている。その意味で、自由と平等がある。
その自由と平等に見合う情報を欲するのは当然である。
強く正しいシステムに認められたい希望が強くなる。

本来、組織の内部の個人は、組織というフィルターを通した情報しか出せない。
しかし、個人はインターネットに民主的に接しているが故、内部告発も出来る
のが、インターネットの情報の民主化である。


民主化の旗手は、SNSとなっている。
国の政権を転覆する程、強い政治力も発揮している。

組織と個人への情報は、下記の通り、平等で、自由だ。
しかし、組織内部の個人は、一旦不透明な組織というフィルターを通すが
故、個性は消える。


組織で優越的な発言権を保持した者だけが、組織のフィルターを限りなく
個人的な情報を発信できる自由と平等がある。

SNSは、組織を透過して情報を民主化する。個人を組織から遊離させる。
民主的に遊離させた個人を、再度、安定な社会へ蒸着し直すには、
各民族で新しい組織論が必要になる。
情報的に民主化した個人から自由と平等を制御させる効率的、合理的な
組織論が必要になる。
どうせ組織再構築が必要なら、今のままで、良いというのが、日本民族
の直観だろう。


情報が破たんした東電は、東電の内部の個人でしか修復できないことが
証明されている。東電の存在意義は、情報が破たんしている時、如何に
個人をして、組織を守らせることが出来るかの事例である。

政府は、本来、破たんした情報を包括する危機管理が必要とされていたのは
当然だが、情報管理を策定できない政府には、SNS、組織論は、無駄である。
非合法組織より組織論では、非合法的である。
権威だけで運営する政治は、見ているだけで、息苦しくなる。

日本では、組織と組織を結んで改善する発想が、情報の民主化の個人に
求められている。

ここで、幕末にカンパニーという概念を、佐幕藩の内部で広げようとした
本間郡兵衛の行動を想像したいと思う。


ニューヨークのブロードウエイでカンパニーといえば、劇団一座という
ことになる。
舞台が、個人の才能だけで面白くなると思っている人間は、カンパニーには
居ない。劇は、カンパニーで全員の個性を惜しみなく発揮した総和が
舞台を通し、観客個人の心に届き、劇場全体の熱気として創造される。


本間郡兵衛が幕末に亡くなり、いつしか、時代は流れた。


「生命は、その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分、他者の総和」(吉野弘 作品「生命は」、の一部より)


時代は、昭和となって吉野弘は、郡兵衛と同じく、酒田に生まれた。