どこかで見たこと読んだこと -11ページ目

弥生文化の特徴

農耕社会の成立〈シリーズ 日本古代史 1〉 (岩波新書)/石川 日出志
¥840
Amazon.co.jp

石川日出志著「農耕社会の成立」
岩波新書~シリーズ日本古代史シリーズ~

縄文時代から弥生時代の日本列島を古代史から
俯瞰した21世紀の古代史観の近年の研究成果のまとめ。
体系的な新書シリーズで、古代を考察する上で参考になる。

特に、弥生時代から古墳時代への遷移を、定型的
前方後円墳の成立に線引きすることで、弥生時代の
終わりの古代史を紐解く手法は、大変興味深いものと
なっている。
また、その弥生時代の終焉は、その時代の始まりの
時代的、地理的な分析にも迫ることになる。
つまり、1万年前に日本列島で起こった縄文時代が
どの様に、紀元前2000年前の弥生時代の始まりを迎える
のかを言及することを孕む。

その観点は、日本列島での各地方により、変遷の過程
状況は、異なり、また、遠くと情報は連携することで
地域性を特徴づけ、日本列島を単一歴史的な時間軸で
捉える史観は、発掘資料の解析と乖離する。

つまり、文化は、地域環境と地域間の相関を分析する
史観とも言える。この解釈過程を経たものが、古代史を

そこから、縄文は、主に食環境に合わせた持続性に最適化
された地域文化を特徴とし、弥生は、その環境に、人間
自らが組織化することで急速に社会化する時代変化と捉えて
いる。従来言われて来た渡来人の稲作農業化というのは、
ある限定された地方の特徴でしかない。

ただし、その社会化された組織は、ネットワークに載ると
急速な発展を生む、いわゆる効率的であり、組織間の競合と
連携のスピードを増し、自己増殖化する。

つまり、分散していた縄文時代でも、じつは、日本列島は、
文化の交流ネットワークは既にあったのだ。
それに日本列島で広く適合した文化が、農耕社会であった。

沖縄から樺太、北海道まで、ネットワークは機能していた。
ただ、各地域の食環境によって、生活の維持は、多様な変化
を持つことになっただけである。

弥生文化の特徴を成す農耕と人間の集団化は、その様に
捉えないと、沖縄や北海道の文化の継続性が正しく評価
されない。
地域と地域を繋ぐ、ネットワークが、多様性を生む。
日本文化の漁撈性の高い文化は、海、川を巧みに使い、
複雑に連携していた。

①(中国、沖縄、朝鮮)
②(九州、隠岐、出雲、丹後、能登)
③(樺太、北海道、津軽、出羽、佐渡)
④(沖縄、土佐、阿波、摂津、大和)
⑤(大和、琵琶湖、能登)
⑥(紀州、駿河、水戸)
⑦(九州、備前、摂津、大和)

これに山越えルートが加わる。
具体的には、民謡の追分が伝承されたルートと考えることもできる。


農業に適した河川に近い平地部を主体として発展する文化も
適した農耕地がない沖縄や、稲の自然生育に適さない北海道の
寒冷は、弥生には、適さないが、縄文文化には、適している。

縄文的な森林や漁猟環境からすれば、弥生発生の九州地方は
豊穣の縄文文化圏からすれば、貧しい環境で、争いの絶えない
地域とも言える。そこに稲作の技術は、競争力のある組織化と
食生活の改善を実現できる自然環境が整っていた。

古代の発掘の資料からは、石器時代、縄文時代、古墳時代と
なる。弥生時代は、農耕社会を特徴とするが、日本列島の
ネットワークからすると、その影響は、地域の環境に素直に
順応して行ったというネットワーク上の変化の過程と分析される。

その為、弥生の文化考証は、各地域毎の生態史観から進める
細かな作業となる。

その弥生時代の各地域の社会化という組織化が、世代の古墳時代を
彩る広域な連合としての組織の強化が、東アジアでの「漢、唐の強大化」
という国際情勢からの要請として始まる。
「邪馬台国」卑弥呼、台与の出現の要請は、そこにあった。

国際間の政治経済的パワーがその周辺に、国家の観念を要請すると言える。
その連携の維持の意識が芽生えるのが、弥生時代である
古代史的な区分ではなく、グローバルな勢力図を意識した地域連合という
覇権を求める連携と吸収の始まりの時代であったと言える。

中国大陸やユーラシア大陸の最強国の覇権とやや違うのは、
移動性の高かったある意味環境に最適合した縄文文化の地域性を
そのまま維持したマダラでハイブリッドな弥生文化圏は、破壊的な
最強国を生まなかった。

もし、弥生時代に信長的な首長が居たら、朝鮮半島や中国の覇者と
決戦し、現在の日本の歴史体系とは、全く異なっていただろう。


この最強覇者を求めず、地域が緩やかに連携する政治体制は
弥生時代に育まれた日本列島の得意な文化ではないだろうか。
今、高齢化人口比率の上昇と、経済成長の低水準で、日本が
目指す社会は、やはり、曼荼羅模様の地方文化の集合である
べきではないだろうか。

ウォン安の「事」


どこかで見たこと読んだこと

20日の日経新聞Web版で、韓国ウォン、「準先進国」の快適な居心地
という記事が面白かった。
サムスンやLGなどのIT輸出企業、現代など自動車企業のグローバルな躍進が
続いている。一方、日本の家電メーカーや自動車メーカーは、稼げど、稼げど
全く楽にならい円高に、景気退縮などの悲観的な見方も出て来ている始末。

この記事を見るとウォンは、リスクが懸念される世界経済環境の投資家から
みると「安全資産」ではないと見られている証左であるという。
韓国政府は、輸出企業の保護政策を第一として、急激なウォン高を抑える政策が
適時に打っている。このことが、輸出型企業は先進国だが、金融・資本市場は
新興国と判断されている要因である。


19日の韓国株式市場で、時価総額の変動が少ないはずの上位銘柄の輸出が好調な
企業でも下落があった。9日は、サムスン電子でさえ、総額を7%下げている。
韓国の資本市場は、リスク警戒の新興国としての動きを示す。

日本企業は、この円高傾向を、海外企業のM&Aに投資し、グローバル化を進める
ことでしか、活路はなさそうだ。昔、日本がバブル崩壊する前夜、海外での投資
も熱を帯びていたが、今は、事情が異なる。

当時は日本のバブル状態を国内では、景気成長と感じていた。その熱さが余って
米国の建物などを買いに走ったという何か、世界経済を意識したものでは無く、
一企業の投資熱という閉鎖的な活動だった。


現在は、欧米の各国の財政の困難、暴動など政情不安が世界を覆う世界経済の
退行を思わせるグローバルな環境だ。そして日本の企業もそれを認識している。
グローバルに市場を活性化させないと、世界の経済が回らないのだ。

日本の企業のグローバル化の成功は、M&Aの成就に掛かっていると言える。
輸出の上手な企業を如何に経営に組み込めるかが勝負である。

イノベーションは、経営成長の種である。それを咲かせる。ノウハウが必要だ。
どこでも咲く花に育てる。韓国にサムスン、LGがあるのは、近くの日本に
パナソニック、ソニー、シャープがあったからだろう。

ただ、日本企業は、育てようとして育ったのではない、韓国が、「輸出が
だめなら我が国は存在できない」という明確な国策が育てている。
しかし、韓国国内では、物価抑制と輸出輸入の差益の恩恵を格差のある国民の幅
広い層へ再分配ができるかという難しい課題が迫っている。

果たすべき世界経済の拡大へ日本企業のイノベーションが求めらている。
期待されるが故の円高と覚悟を決める時が来たようだ。


かつて、日本は、黒船を見て、国を変えた。
日本が期待されて、フラッグシップをアジアの各港に浮かべるのは、
日本の権益を広げ、思考を流布させる機会である。

共同体は期待される側に主導権があるが、機会を失うと、敵対される。
そのフラッグに思想はあるのか、今までの企業活動の蓄積が問われる。
何を抹殺し、何を残して来たのか、その日々の戦いの蓄積だけが、
他者へ見せつけることが出来る唯一の企業思想となる。

抹殺したことへの唯一の供養である。

韓国の国策の優れていることは、生存の方法を輸出に求めた単純さだ。
それ故、新製品などの開発などは、黙殺している。
その点が、先進国を諦めた代償となっている。
「準先進国」で快適な韓国に、世界から期待される「事」は少ない。

室生犀星「津の国人」

(024)川 (百年文庫)/織田作之助
¥788
Amazon.co.jp

ポプラ社 百年文庫「川」

この文庫は、短編集だが面白いのは
作者がテーマ毎に、3人選ばれてることだ。

テーマ「川」では、織田作之助、日影丈吉、室生犀星である。
1冊で各作家の作風が楽しめるのは、旅行に持って行くと
大変重宝する。これは今後の旅行で、楽しみになりそうだ。

今回は「川」を渡ることを契機に、人生の苦界を流転する物語。

印象に残ったというか、不思議な気分になったのは、
室生犀星の短編だった。


室生犀星の「津の国人」は、伊勢物語を出典とした王朝物語。
元は、短い物語だが、室生犀星は女を主人公として、より美しく
より個性的に描き出した物語。
伊勢物語では、女は、いたずらになりにけり。で終わり。
つまり女性の悲劇として、死んで行くが、
室生犀星の物語では、生きて別れて終える。

ハッピーエンドなのだが、終わりは私に悲劇性を色濃く心に残らせた。


物語は、摂津の片田舎に貧乏暮らしをする男女。
男が宮仕えの仕事で、女と別れ都に行く。
3年の音信不通。平安期3年の音信不通は離縁と公認されていた。
女は別な男と結婚を決意した。祝言の前夜、元彼が、家の前に
戻り、「戸を開けて欲しい」と願う。そこで和歌が行き交う。


伊勢物語では女3首 男1首

(女)「あらたまの年の三年をまちわびて 
ただ今宵こそ新枕すれ」


(男)「梓弓真弓槻弓 としをへて
わがせしがごとうるはしみせよ」


(女)「梓弓引けど引かねど昔より
心は君によりにしものを」


(女)「あひ思はで離(か)れぬる人をとどめかね
わが身は今ぞ消えはてぬめる」


室生犀星は、物語で、最後の女の歌を外す。
それを外し、女を新しい幸せへ導き、物語を終える。

その為、如何に美しいか、心優しく、如何に才能に
優れた女性かを、美しい文章で徹底的に物語る。


しかし、ハッピーエンドのはずが、読後、気分が落ち込む。
私が男だからだろうか?


現代に置き換えて、遠距離恋愛で、男からの連絡が途絶え、
別の男性とお付き合いを始めた頃、「好きだったのに!」と
元彼が、現れた場合、女性が「連絡を途絶した言い訳の多い
元彼」に、情を戻すことは、有り得ない。


後悔する点は、そんなに愛した女なら、なぜ、都に連れて
行かなかったのか、女もなぜ、同行を選ばなかったのか。
室生犀星も、これに気が付いて、川での別れの場面で、舟が
動いてから、男に後悔させ、一生の離別の予想までさせている。

であれば、川で別れた後、この男の女への思いは、既に離別が
前提として、覚悟のものとなっている。


決別の情を、既に越えた男と、情が深い才媛の再婚は、余りにも
悪い予感が当たる男を不憫にはさせない。悪い予感が当たることを、
物語にするのは、詰まらないではないかと虚しく反論を試みながら、
私は、わが身の上を、振り返りざま、心が暗くなったようだ。


多分、現代の女性も読めば、清々する物語だと思う。
出版は、1942年の作品である。戦時中である。
男には、悲しさと後悔が残るが、戦地で読むことはなかった本なのだと
思いたい。戦時中という状況が、良き女性達が幸せになることを望む
男を描いた、女性に向けた秘めた悲劇と捉えたい。

あなたの声

初めて、山崎ハコの声を聞いたのは
1974年デェビューアルバムの「気分をかえて」
TBSパックインミュージックの林美雄が教えてくれた。
林美雄は、映画では、祭りの準備、八月の濡れた砂
などを教えてくれた。深夜放送全盛時代でも少し
影を含んだアンダーグランドな情報が林美雄の世界だった。

やけに大人っぽく、近づきがたい世界。

その世界に、山崎ハコは、最初に居た。
自身の回想では、そのような世界観があって歌った訳ではなく。
ただ、自身の心に従い、大人のマネージメントに素直に従っていただけ

だったらしい。


1977年頃に大学の学園祭で、山崎ハコのコンサートを聴いた。
意外な程、小柄な少女は、LP以上の生の迫力に圧倒された。
しかし、生活感からすると、同年代の純情な少女そのだったとは
思いも寄らなかった。

マネージメントが変わると、世間知らずの少女は、社会に翻弄される。
大人の世界というやつなのだろうか。確かにマスコミに出る頻度は
元々大きくないのに、更に、音信が途絶えた感があった。

現在でも、昔の歌を歌い、新しい歌も歌っている。
コンサート会場よりもライブ会場での公演が多くなったのだ。


ステージで歌詞は、見ない。歌を歌うと情景が浮かぶので、
歌詞を見る必要がないのだそうだ。

「飛びます」「気分を変えて」「白い花」。今で言うと引きこもり歌。
夜中に、うつな気分で一人、じっと聞き入る楽曲が多い。
当時、森田童子と山崎ハコは、暗かった。
多くの友達を引き連れ盛り上がって聴く曲想ではなかった。

ご当人も、これでは、コンサートでは余り連鎖的な人員増にならないと
分析して、苦笑している。


大人な世界に一人放り出され、それでも歌いたい山崎ハコを影から
支えていたのは、役者達だった。

原田芳雄、渡辺えりなどの名前を上げていた。
情景を思い浮かべ、台詞の様に歌ったのだろう。
役者達は、その芸に敏感なのだ。


山崎ハコの最新シングルは、NHKラジオ深夜便 1月から3月まで
ヘビーローテンションされた「あなたの声」カップリングは
山形県の白鷹町の歌「おらだのふるさと」

あなたの声は、山崎ハコの作詞である。

その一節
「過ぎた昔も まだ見ぬ明日も あなたの声が連れてくる」

「あなたの声には 景色がある」

「夜の空を希望よ走れ」


あなたの声/山崎ハコ
¥1,200
Amazon.co.jp


*7月20日のライブで、物憂げな山崎ハコは、当日、告別式で
別れて来た原田芳雄のことを話したそうだ。
ライブに行かれた方のブログに、ハコさんのことばとして
下記のような記載があった。

http://blog.livedoor.jp/either49side-either49side/archives/4070594.html

原田芳雄さんしか触ることが許されていないオーディオセットが
あって、その上には、山崎ハコ「あなたの声」が乗っていたと
聞いて、これ以上ない深い悲しみを覚えたと、声を詰まらせた。
と出ていた。


*一方、山崎ハコさんの公式WEBのBBSでも、故人となった原田さんへの
心境を詳しく書いて頂いている。
http://www31.ocn.ne.jp/~hako/index.html

一部抜粋

絶望した時も「たった独りだと思うなよ」と言ってくれた。
そしたら急に芳雄さんのいる「この世界」に居たくなった。
芳雄さんと一緒の世界で生きてみたくなった。
だからその日から「絶望」などしていない。
それ程大きなチカラだったのだと今頃気づいています。


*原田芳雄氏のエッセイで山崎ハコさんのことを書いている。

一部抜粋

だから、ハコさんの「飛びます」と出会った時は、面白い題名の
LPがあるなと思った。
もちろん全然知らない人だったんだけど、一も二もなく手許に
置いて聞いてみたら、なにか変な重さと、その重さにあらがう
決意みたいなものね、非常にブラックな。

1枚目なんか特にブラックな。基本的にわらべ歌なんだけれども、
あの人、今なんかすごみがある。すごいブルースシンガーじゃないかと
思う。


以上、この二人の関係は、深いところで結ばれ、それも長い時間を孕んでいる。
「あなたの声」の、あなたは、原田芳雄であり、そして林美雄を含めた深夜放送の
DJたちの声として演じられていることに気づかされる。


1974年頃、「大人の世界」と予感した世界が、ここに美しく昇華していた。
「思いを直向きに、只、致せば、事は叶う希望」を、私たちは信じて良い。


歌う山崎ハコとは、原田氏が言う「重さにあらがう決意」をしてるのだろう。


大鹿村騒動記


映画「大鹿村騒動記 」阪本順治監督



どこかで見たこと読んだこと


原田芳雄さんを偲び、朝から映画を見て来た。
早朝にも拘らず多くの観客が集まっていた。
皆、往年からの原田ファンという世代だった。
日本映画で主役を張れる個性的な役者がまた一人あの世へ旅立たれた。
なにか、あの世の方が良い映画が創れそうで、残念だ。

遺作の「大鹿村騒動記」阪本順治監督を、仏滅の23日に
見て来た。大変、気分の良くなる映画だった。原田さんの
遺作にふさわしい作品。

南アルプスの山懐の大鹿村が舞台。
300年続く村歌舞伎が劇中劇として、村の大人達の騒動をコメディタッチの
ドラマが彩られて行く楽しい映画。



どこかで見たこと読んだこと



この村歌舞伎を企画したのは、原田さんご本人といのが遺作らしくて良い。

実際の大鹿村にしか残らない「六千両後日文章 重忠館の段」という演目。
中央の歌舞伎には残っていない。

源平合戦後、没落した平家の武将 景清が主人公。
没落した武将の後日談では、中央では流行らないということ。
その周辺部的な物語は、ある意味、アウトロー的な役者、原田芳雄さんの
矜持、心の琴線に触れるのが良く解る映画となっている。
キャストが、コメディタッチにシーンを織りなす。
大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、石橋蓮司、小野武彦、
小倉一郎、でんでん、三國連太郎ほか
このキャストで、それも2週間、現地オールロケで敢行されたという
各シーンのスピード感が凄い。

シリアスなシーンは、三國連太郎が絡むシーン位で、後は、深刻な
状況なのに逞しくペーソスへ演技で持ってゆく。心が軽やかになる。

昨年の撮影と、東日本大震災を経て編集があったことが影響しているように
感じる。特に短い出演だが、三國連太郎が南アルプスの美しい自然の山々に
囲まれたお墓参りは、震災で失った東北の美しい村々へのオマージュとも思えた。

歌舞伎の中の原田さんは、平家の武将、景清。源頼朝の治世となり、
時代には逆らえぬことを悟るが、最後に、両目をくり抜き、源氏の治世は
見ないという矜持を、深く演じていた。
その台詞は、「仇も、恨みも、これまで、これまで」と見えない目で見えを切る。

映画の最後は、空を見上げ、なにかを見つけた原田さん。
空を見上げてエンディングを迎えて、最もかっこいい役者は、
やっぱり、原田芳雄さん。

役を命がけで闇雲にやっても、芸にならない。
役に命を吹き込んで、はじめて芸になるのを教えて頂いた。
ありがとう原田さん。



どこかで見たこと読んだこと