東京リーシングと土地活用戦記 -94ページ目

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

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中国系ファンド、日本買い 東証1部85社大株主に 自国規制で膨張マネー流入
産経新聞 12月27日(月)7時57分配信


中国系2ファンドの主な投資先(写真:産経新聞)

 中国系とみられる2つの投資ファンドが、日本株を大量購入し、9月末の段階でNECや日立製作所、全日空、東京電力など東証1部上場85社で10位以内の大株主となっていたことが、分かった。85社分の保有株の総額は、約1兆5千億円に達し、4~9月に約1兆円程度を買い増した。これほど多数の企業の大株主となっている中国系ファンドの存在が明らかになったのは初めて。

[フォト] 空虚マネー…水増し経済成長の悲惨な行く末

 割安な日本株の値上がりを期待した純投資が目的とみられる。経済成長で拡張する“チャイナマネー”は、日本株投資のほか、企業買収や不動産取得を活発化している。中国ではバブル抑制のため、当局による投資規制の動きが強まっており、余剰資金の流入が加速。その動向が日本の株式相場を大きく左右する存在になる可能性がある。

 ちばぎんアセットマネジメントが、東証1部上場の主要540社の有価証券報告書などを調べた。

 ファンドの届け出名義は、「SSBT OD05 OMNIBUS ACCOUNT TREATY CLIENTS」と「オーディ 05 オムニバス チャイナ トリーティ 808150」。

 所在地は、オーストラリア・シドニーの同じ住所にあり、一体的に運営されているもようだ。株式を保有された企業などによると、中国政府系ファンドの中国投資有限責任公司(CIC)や、政府から海外投資の認可を受けた機関投資家が資金を拠出しているという。投資総額など詳細は公表されていない。

 ちばぎんアセットの調査では、どちらかのファンドが10位内の株主となっている企業は、平成21年3月末時点で13社だったが、22年3月末には35社に増え、9月末にはさらに倍以上に増えた。10位以内しか開示されないため、実際はもっと多くの企業の株式を保有しているとみられる。

 85社の出資比率の上昇から推計した9月末までの半年間の追加投資額は、約1兆円に上る。投資先は電機や銀行・証券、建設、商社など幅広い業種から主要企業を選んでいる。

 売却して資金を回収した形跡はなく、「ファンドへの資金提供が潤沢で、現在も買い増している可能性が高い」(関係者)という。

 出資比率は高くても2%台で、買収目的ではないとみられるが、株価形成に大きな影響力を持つほか、「『もの言う株主』として経営に注文を付けてくる可能性もある」(ちばぎんアセットのアナリスト、安藤富士男氏)。

 中国事情に詳しいビジネス・ブレークスルー大学の田代秀敏教授は「銘柄を分析すると、基幹産業や優れた技術、ブランド力を持つ企業がほとんどで、戦略的に買い進めている印象を受ける」と話している。


金あまり・・・日本の不動産、株式への投資ということは・・

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人も国も劣化!無能政権による「最小不幸社会」

大前研一の日本のカラクリ

プレジデント 2011年1.3号

日本社会の構造変化はさまざまあるものの、先行きが本当に懸念されるのは若い世代の覇気の低下、気合のなさである。


なぜ日本人は、かくも覇気がなくなったのか

日本社会の構造変化はさまざまあるものの、先行きが本当に懸念されるのは若い世代の覇気の低下、気合のなさである。“草食化”などと茶化されているが、これは相当に深刻だ。

日米中韓の4カ国の高校生を対象にしたあるアンケート調査(2007年、日本青少年研究所)では、日本の若者の“意欲”の低さが浮き彫りになった。たとえば「生活意識」について。日本「暮らしていける収入があればのんびりと暮らしていきたい」米国「一生に何回かはデカイことに挑戦してみたい」中国「やりたいことにいくら困難があっても挑戦してみたい」韓国「大きい組織の中で自分の力を発揮したい」「偉くなることについて」は、日本「責任が重くなる」「自分の時間がなくなる」米国「自分の能力をより発揮できる」「周りに尊敬される」中国「自分の能力をより発揮できる」「責任が重くなる」韓国「周りに尊敬される」「自分の能力をより発揮できる」

そして「偉くなりたいか」という質問に「偉くなりたいと思う」「強くそう思う」と答えたのは米国22.3%、中国34.4%、韓国22.9%に対して、日本の高校生は8.0%。「将来就きたい職業」でも日本の高校生の上昇志向のなさが際立つ。

米国が「医師」「デザイナー」「スポーツ選手や歌手」、中国は「会社・企業の経営、管理職」「公務員」「法律家」、韓国が「小中高校の教師」「会社・企業の経営、管理職」「デザイナー」に対して、日本は「営業・販売・サービス職」である。

こうした意識調査はほかにも行われているが、判で押したように同じ結果が出てくる。たとえば今春に入社した新入社員に対する調査では、どこまで偉くなりたいかという質問に「社長」と答えた人はほとんどいない。「取締役」も少なく、役職に就くと責任が重くなるから嫌という声が多数派を占めた。今春、取締役になったビジネスマンに対する意識調査でも、やはり責任ばかり重いのに給料はあまり変わらないという理由で、ほぼ全員が社長になりたくないと答えている。

要するに今の日本人はどの層を切り取っても、坂の上の雲を目指した明治期や1960~70年代の高度成長期のような目線の高さ、アンビションや野心がないのである。それは企業のIPO(新規株式公開)の数にも反映されていて、09年の新規上場企業数はわずか19社。ピークが00年の180社だから10分の1に落ち込んでいる。09年に上場廃止になった企業が60社あるから、差し引きで上場企業の数は減っているのだ。

これに対して、09年の上場数約200社、上場予備軍が6万社といわれる中国はもとより、韓国、台湾、香港にも日本はIPOで追い抜かれている。私は「アタッカーズ・ビジネススクール」という起業家養成学校を15年続けているからよくわかるのだが、新しく会社を興して上場しようという意欲はすっかり減退して、最近は熾烈な競争とは無縁なNPOやNGOを立ち上げたいという人が大幅に増えている。全員が全員、クリーンでグリーンな“目付き”でやってくる。人を押しのけてまで成功してやろうというギラギラしたタイプは皆無だ。この10年間で人種、染色体までが変わってしまった観がある。

若者をけしかけて起業、上場させることにかけては人後に落ちない起業塾の元祖の私が嘆息するほど、日本人の起業精神は萎えてしまった。今から10年ほど前、孫(正義)さんがナスダック・ジャパンを立ち上げたとき、渋谷でビットバレーの若手起業家を集めて大パーティーをやったが、有象無象3000人が集まった。今やったら30人と集まらないだろう。

当時の若手起業家も今や30代半ばを過ぎているが、どこへ行ったやらである。その世代より20歳若い高校生の意識が前述の通りだから、彼らが大きな夢を持って日本経済を牽引するような大きな会社をつくり上げたり、アンビションを持って海外に雄飛することを期待できる雰囲気ではない。

日本の凋落とは対照的に、この10年で状況が激変したのが韓国だ。

98年の通貨危機でIMF(国際通貨基金)の管理下に入る屈辱を味わった韓国は、当時の金大中大統領が大胆な規制緩和で景気を刺激する一方、世界の舞台で活躍できる人材育成に国を挙げて取り組んだ。特に力を注いだのがIT化と英語教育。今や韓国のインターネット普及率は世界一で、中高年世代もネットを使いこなしている。英語に関しても、私は高麗大学と梨花女子大学で教鞭を取っているが、学生の入学時のTOEICのスコアは800点。サムスンに入社するレベルは900点だし、同社で課長になるには920点が必要だ。


諸悪の根源は「競争させない教育」

そんな語学力抜群のビジネスマンを、BRICsの次のVISTA、さらにその下の新興国100カ国ぐらいにそれぞれ飛ばして国別の専門家を養成するシステムを10年前からスタートさせている。だから韓国企業はどこの新興国の市場にも明るい。

今の韓国は10年前とはまるで違う国になっている。勝ち組と負け組の格差や大企業志向がますます強まって、中小企業に人材や技術が滞留しないなど、光と影のシビアな問題はあるが、韓国のエリートが世界で存在感を高めているのは確かだ。これから先、グローバル企業のアジア本部長に誰がなるかといえば間違いなく韓国人だろう。日本人は韓国人の上司にレポーティングするのが関の山だ。

かろうじて歯止めをかけるとしたら台湾人。台湾人は中国語と英語、さらには日本語をできる人も珍しくないから、国際的な舞台では圧倒的に強い。しかも成長やむことを知らない大陸(中国)を経済的に支配するビッグチャンスということで、ちょうどイギリス人が新大陸アメリカに渡った頃のような高揚感を今の台湾の人々からひしひしと感じる。

6月に中台の二国間で経済協力枠組協定(ECFA)が結ばれた。この企業の相互乗り入れを認めるECFAに最も賛成したのは台湾の銀行。規模では中国の銀行のほうがはるかに大きいものの、ノウハウでは負けない自分たちが大陸でオペレーションを担うことができるという思惑があるからだ。メーカーにしても銀行のようなサービス業にしても、今の台湾企業は戦うスピリットを持っているし、今年の大卒の半数近くは大陸での就職を希望している。

こうした中台の結びつきに強い危機感を抱いているのが韓国。韓国のメディアでは、連日のように「チャイワン(中台の企業連携を示す合成語)の脅威」が報じられている。
ところが日本では、経団連のお歴々から高校生まで危機感もなければ大志もない。日本の近代史でこれほど国民のマインドが萎えた時代はないのではないか。幕末の時代、徳川幕府は来るべき開国、あるいは諸外国との戦争という危機感や高揚感の中で若く優秀な人材を集めていた。幕府がアメリカに派遣した咸臨丸に乗っていた若き人材は皆、維新後に大活躍している。維新後も文明開化や日清・日露戦争などで高揚感を保ち続けた。第二次大戦の敗戦で数年間はシュンとしていたものの、朝鮮戦争で息を吹き返し、高度成長期を経て90年代初頭のバブル崩壊まではイケイケドンドンだった。

世界第2位の経済大国に上りつめたのは、多くの国民が大なり小なり夢や志を持っていたからだ。

アンビションのなさと、ゆとり教育のおかげでしゃかりきに勉強しなくなった弊害は、今後重くのしかかってくるだろう。韓国も中国も台湾も近隣のアジア諸国は落伍者を生み出しながら、それでも際立った人材を輩出するシステムで世界的な競争に挑んでいる。にもかかわらず、わが日本国だけは「最小不幸社会」などと意味不明なスローガンを掲げて、内定がもらえない大卒者を税金で助けてまで落伍者の出ない夢のような共産主義社会をつくろうとしている。

累積債務が日本よりはるかに少ないイギリスが50万人の公務員の首を切り、警察官を25%削減するというのに、日本はこの期に及んで4兆円を超える補正予算を組むのだから、これ以上のぬるま湯はない稼ぐ力を失っているのに、考えるのは使うことだけ。日本人の蓄えも急速になくなっている。貯蓄性向も今では2%に減って、アメリカの6%に遠く及ばない。政府の無駄遣いをありがたく見ている場合ではないのだ。今の状況では制度から見ても、人材から見ても世界的な競争を生き残れるはずがない。
「政治主導」の「最小不幸社会」は、日本人の草食化を致命的なレベルまで進行させるだろう。


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国力も産業も劇的に衰退させる「少子化」の破壊力

大前研一の日本のカラクリ

プレジデント 2010年3.29号
特に異常だと思うのは、グローバリゼーションの進展に背を向けるような日本人の内向き、引き籠もり現象である。


日本を覆い尽くす「引き籠もり」現象

世界中をまわっていて今、日本ぐらい元気がない国はない。特に異常だと思うのは、グローバリゼーションの進展に背を向けるような日本人の内向き、引き籠もり現象である。

端的に表れているのは就職戦線で、公務員人気が復活して専門予備校の受講生が急増しているという。また女子の場合は四大を卒業してもまともに就職できないということで、途中で看護学校などに乗り換える人が増えている。例年なら定員割れするような看護学校の倍率が今年は4倍、有名校では6倍にもなっているというから驚く。今や全入時代の大学よりも看護学校に入るほうが大変なのだ。

目指すのは公務員や看護師という超安定志向。今の若い世代から世界に雄飛しようという気構えや気概はまったく感じられない。留学生の数は減る一方だし、大手のグローバル企業に就職しても海外に赴任してもいいという社員は1割にも満たないだろう。

社内での上昇志向もない。「エコノミックアニマル」と言われた我々のような獰猛世代は、会社に入ったら社長を目指すのが当たり前だった。しかし、今の新入社員の目線の高さはせいぜい課長クラスまで。トップに手が届く取締役になっても、アンケート調査をすると社長になりたいと思っている人はほとんどいない。取締役で、もう十分。むしろ、これ以上責任の重い仕事はやりたくないと考えるのだ。

志や目線が低いから難しい仕事を嫌がる。先般、軽井沢で駐車場を経営している友人が、地元のハローワークに駐車場管理人の求人を出した。月給18万円。寒い中でも車が来るのを待つだけの退屈な仕事である。1日1台の車も来ないことだってある。にもかかわらず、1名の募集に若者を含めて400人の応募があったという。

友人は試しに何人かに面接してみた。ところが「将来、やりたいと思っていることは?」「特技は?」などと質問しても、「別に……」とテンションの低い答えが返ってくるばかり。全員がそんな調子だから気分が滅入って、彼は途中で面接係を投げ出したそうだ。要するに、入り口にセンサーでも付けておけば機械でもできるような超やさしい仕事には群がるのだ。

1971年に日本マクドナルドを立ち上げ、2002年まで社長を務めた藤田田さん(故人)によれば、同社のアルバイト経験者は当時で延べ450万人に達したという。今の若い世代は高校時代からバーガーショップやコンビニでアルバイトをしているから、マニュアルでこなすような業務が仕事だと思っている。だから会社に入って創意工夫を求められる仕事に直面すると戸惑うし、上昇志向もないので面倒な仕事を振られると会社を辞めてしまう。

仕事を通じてスキルを身に付け、少しずつ出世の階段を上っていく、という考え方はもはや大半が持ち合わせていない。だから同じパターンで転職を繰り返すのだ。チャレンジ精神もなければ上昇志向もなく、簡単な仕事だけを追い求める。贅沢を言わなければそれで食っていける。いや、夢など持たなければ、それで満足さえするのだ。

若い世代がそうなったのは、やはり親の育て方に大きな問題があると思う。娘がいる母親が将来、子供になってもらいたい職業の第1位は何か。看護師である。理由は安定性と先々、自分の面倒を見てもらえるから。そして、息子になってもらいたい職業は公務員なのだ。こういう親に育てられたら、おおむねリスクを取るような生き方はしなくなるだろう。

戦後半世紀以上が経過して、リスクを取るという発想が日本人の染色体から消えてしまったように思える。

『坂の上の雲』ではないが、戦前の日本人は清国やロシアと戦った。第二次大戦ではアジア大陸の奥地まで進軍し、南はインドネシアの島々まで占領した。

私の父はノモンハン(旧満州)の生き残りで冬はマイナス40度になると聞いていたが、実際にハルビンで氷祭りを見に行ったときには確かにマイナス30度だった。その昔、インドネシアのスラバヤというジャワ島の寂れた町に行ったときには、ここも日本軍が占領していたと聞いて寒気がした。プロペラ機にモールス信号の時代である。助けを呼んでも援軍が来るまで3週間以上かかる。ほとんど孤立無援。攻められれば絶対に守りきれない。

私は日本軍の足跡を辿るのが案外好きでいろいろ訪ねるのだが、そのたび、我々の先代はよくぞこんなところまで進行したものだと思う。帝国主義は反省するにしても、その蛮勇には感心させられる。今の日本人の染色体のどこを探しても、そんな勇気も度胸も見当たらない。民族的な連続性がまるで感じられないのだ。

生命力あふれた二男坊以下の存在

なぜ日本はこうも情けない引き籠もり国家になり果ててしまったのか。考察を重ねると、一つの社会構造の変化にたどりつく。「少子化」である。

終戦直後の昭和20年代、日本の農民人口は全体の50%以上を占めていた。江戸から明治に引き継いだ時代には8割以上が農家で、多くの世帯は子供が5人も6人もいるような大家族だった。しかも家父長制の時代だから、家は長男が継ぐ。すると二男から下は、どこぞで自分で食い扶持を探さなければならない。

戦前に満州や朝鮮半島に勇躍渡った人たちを見ると、二男から下ばかりで、長男はほとんどいない。ハワイやブラジルに渡った移民の人たちもそうだ。

戦後は戦後で、二男以下が職を求めて東京に出てきた。彼らが創業当時の松下(現パナソニック)やソニーやホンダに入って、後に海外に雄飛する戦略の中核を担ったのである。

今時のビジネスマンは海外赴任を打診されると、断る理由を3つも4つも挙げてくる。一番多いのは「長男だから母親の面倒を見なければならない」。二番目が「家内が仕事をしているから」だ。我々の時代なら張り倒されている。

それでも強引に行かせようとすると、「家族崩壊は会社の責任ですからね」「2年で呼び戻してくださいね」など、捨て台詞を残してしぶしぶ(単身)赴任する。しかし気持ちは日本に向いたままだから、現地の言葉を勉強したり、地元のコミュニティに溶け込む努力もしない。中国辺りだと近いから週末ごとに日本に帰ってくる。

昔の日本人ビジネスマンが現地に骨を埋めるような覚悟で海外に飛び出していったのは、やんちゃな二男、三男が多かったから。食うために自分で道を切り開くのは当然と考えていたし、後顧の憂いもあまりなかったからだ。

今は一人っ子の長男が多いから、親を置いてはいけないという気持ちはわかるし、そういう理屈も通りやすい。親としても長男に離れていってほしくないと考える。だから誰も海外に飛び出そうとしない。

内向き、下向き、後ろ向きという日本の引き籠もりの現状を足し合わせて考えると、今の国力低下の元凶は、高齢化よりも少子化によるエネルギー喪失のほうが大きいのではないかと思う。

これで食い詰めている状況なら、自分で生きるために動き出すしかないのだが、親は金を持っているし、500円のコンビニ弁当でそれなりに腹が満たせる環境だから、危機感は薄い。かくして30過ぎても親掛かりのパウチっ子が大量増殖したのだ。

中国は国策として「一人っ子政策」を進めてきた。一人っ子政策の先頭を走っているのが今の30代。今後は少子化問題が懸念されるといわれるが、「上に政策あれば下に対策あり」という国だから、現実は農家の戸籍を借りたりしながら2人3人と子供をつくっていたのが実情だ。

しかし、日本の場合は、何もしないのに一人っ子ばかりになってしまった。今や日本の最大の世帯は、「単身者」「シングル」である。かつては20代後半までには結婚して子供を生み、4人家族というのが平均的な家庭だった。だからNHKの料理教室のレシピは4人分だったのだ。今は多すぎるということで2年前から3人分のレシピを紹介している(それでも多すぎる!)。

今は晩婚だから20代から30代にかけてはまだ独身、30代から40代にかけては離婚して1人に、50代、60代以降は定年離婚や熟年離婚、死に別れて1人と、あらゆるセグメントで単身者が一番多い。スーパーやファミリーレストランが苦戦する理由は簡単。ファミリーがいないのである。逆にコンビニやユニクロが流行る理由もこれで説明できる。

少子化という社会現象が日本経済、企業社会に与える影響は思っている以上に大きい。消費を喚起できないのも、企業の活力が落ち込んでいるのも、不景気の一言では片付けられない。少子化をとらえたマーケティングや人事政策を行えば、もっと深掘りできるはずだ。そして政治。少子化によるエネルギー喪失を埋め合わせる方策を、真剣かつ早急に考えて打ち出さなければ、人口構造的にリスクテイカーのいないこの国は(そして企業も、家庭も)どんどん萎んでいくだろう。


えげん ゑ― 1 【▼慧眼】
〔仏〕 五眼の一。この世の空(くう)であるという真理を悟る能力をもつ目。二乗(にじよう)の修行者、菩薩、仏が備える。
けいがん 0 【▼慧眼】
物事の本質を見抜く鋭い眼力。鋭い洞察力。また、それをもつこと
「―の士」

→えげん(慧眼)




累積債務が日本よりはるかに少ないイギリスが50万人の公務員の首を切り、

警察官を25%削減するというのに、

そして、破綻したギリシャは、公務員給料30%カット実施・・

900兆円もの累積債務・・民間給料400万円-400万人の公務員給料850万円

ムダの特殊法人温存、5億円の退職金、天下りしほうだい、

その日本はこの期に及んで4兆円を超える補正予算を組むのだから、

これ以上のぬるま湯はない・

ほんとうに、そうだーー!!




Christmas Express - ZYX Ver.


クリスマスキャロルの頃には、稲垣潤一


Merry Christmas 恋人たちのクリスマス


Wham! - Last Christmas

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2008 ロサンジェルス


第8回サンタクロースマラソン in 京都

すてきな、クリスマスを!!!

映画 SPACE BATTLESHIP ヤマト TV-CM TRAILER


宇宙戦艦ヤマト模型


第50回全日本模型ホビーショー バンダイの宇宙戦艦ヤマトエリア


冬休みに、行きたい映画一位・・

やっぱりーーはずかしいかな・・


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河井継之助が残した言葉(人生について)
河井継之助が残してくれた言葉を綴ります。河井継之助紀行~蒼龍窟の足跡~

人生で迷った時、継之助の言葉が、そこに込められた継之助の想いが、支えてくれます。

二度や三度は水っ溜りの中位へは放り込まれるかも知れないが、己を殺す程の気概の ある奴は一匹も無い」と、相顧みて哄笑せりという。 (河井継之助傳pp.126) 藩政改革の際に良運さんにかけられた言葉「随分険呑だから要心おし」に対する一言



◆天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ、沈香もたけ屁もこけ。
牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豺狼となって人間の血や肉をくらいつくすかどちらかとなれ。

さい‐ろう 〔‐ラウ〕 【×豺×狼】

1 やまいぬとおおかみ。
2 残酷で欲深い人。むごたらしいことをする人。
出典:小学館 この辞書の凡例を見る

◆人間というものは、棺桶の中に入れられて、上から蓋をされ、釘を打たれ、土の中へ埋められて、それからの心でなければ何の役にも立たぬ。


◆人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四字でございます。
そのうち進むと出づるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の力をかりずともよく、自分でできるもの。
拙者が今大役を断ったのは退いて野におる、ということで自ら決すべきことでござる。
天地に恥ずるところなし。


◆人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾が群がるように前後左右に取り囲んでくる。
大は天下のことから、小は嫁姑のことに至るまですべて矛盾に満ちている。
この矛盾に、即決対処できる人間になるのが、俺の学問の道だ。


◆何でもよい、一つ上手であればよいものだ。
煙草延しでも、上手でだければ名人といわれる。
これからは何か一つ覚えて居らねばならぬ。


◆一年も居馴れてしまえば、ちょうど冬の寝床のように自分の体温のぬくもりが江戸という寝床に伝わってしまう。
そうなれば住みやすくはあるが、物を考えなくなる。
寝床は冷ややかなほうがいい。


◆不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ。




[参考文献]

今泉鐸次郎 「河井継之助伝」 目黒書店
安藤英男 「河井継之助」 新人物往来社
安藤英男 「定本 河井継之助」 白川書院
石原和昌 「良知の人 河井継之助」 日本経済評論社
月刊 歴史街道 PHP研究所


河井継之助が残した言葉(日常・学問について)
河井継之助が残してくれた言葉を綴ります。

人生で迷った時、継之助の言葉が、そこに込められた継之助の想いが、支えてくれます。



◆一忍可以支百勇 一静可以制百動(一忍を以って百勇を支うべく 一静を以って百動を制すべし)


◆民者国之本 吏者民之雇(民は国の本 吏は民の雇い)


◆民を安ずるは恩威にあり。
無恩の威と無威の恩は、二つながら無益、基本は公と明とにあり。
公けなれば人怨まず、明らかなれば人欺かず、この心を以て、善と悪とを見分け、賞と罰とを行ふときは、何事かならざるなし。
有才の人、徳なければ人服さず、有徳者も才なければ事立たず。


◆相撲の見どころは立合いである。
双方とも充分に仕切って、持てる力を存分に出しあう。
仕切が充分でないと、持てる力も発揮できない。
仕切のコツは、相手が仕切に入るのをたしかめてから、こちらも仕切って、一瞬早く立つ。
つまり、相手より遅く仕切って、早く立つ。
この呼吸が大事なところだ。


◆(月代というのは)眼と心とを一つにして、一遍にズッと剃るものだ。
心と眼と手さえ一致すれば傷などつけることがない。
これは剃刀ばかりでなく、何事もこの秘伝を忘れてはならぬ。


◆実に火事ほど恐ろしいものはない。
他人から来る火は仕方がないが、自分から出した火は取り返しがつかぬ。


◆いま柳原の土手を通って帰ってきたが、立派な武士が通るところへ横合いから糞をかついで来た奴が突き当たって、刀の鞘へ糞をかけられた。
あたり前なら手討ちにしなければならないのだが、全く過ちだという場合に、殺さずに武士の体面を保つには、どうしたらよかろうか。


◆世間には「資治通鑑」を三カ月で読んだとか、「二十一史」を半年に読んだなどと自慢する者があるが、そんな者の気が知れない。
会心の文字は、何度でも読むのがいい。




[参考文献]

今泉鐸次郎 「河井継之助伝」 目黒書店
安藤英男 「河井継之助」 新人物往来社
安藤英男 「定本 河井継之助」 白川書院
石原和昌 「良知の人 河井継之助」 日本経済評論社
月刊 歴史街道 PHP研究所


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2009-08-29
河井継之助を訪ねる旅
歴史 | 22:00

8月26~28日、南会津の只見、小千谷、長岡などを巡ってきました。旅のテーマは、幕末の越後長岡藩・河井継之助の足跡を訪ねるということ。司馬遼太郎の小説『峠』の主人公です。

 まず、継之助終焉の地、会津塩沢を訪ね、記念館を訪問。ローカル線只見線で会津塩沢に向かいましたが、最近只見線は鉄道ファンに人気があるようで、結構な乗客数でした。会津塩沢駅は無人駅で回りには何もないところ。塩沢は、今は静かに水をたたえる湖畔の地です。駅から500mくらいの処に記念館があり、終焉の家は、既にダムの水底に沈んでいますが、記念館に移築されています。

 その晩は、只見の旅館に泊まりましたが、旅館の主人が継之助ファンだったようで、継之助の好物といわれる桜飯(刻んだ味噌大根をごはんに混ぜる)をいただきました。

 翌日は、小千谷に向かい、官軍の軍監・岩村精一郎との談判の場になった慈眼寺へ。ここは、中越地震で大変な被害にあったそうです。談判の場は立派に復元されていました。さらに、長岡に向かい、長岡市内の河井継之助旧邸跡に立つ記念館を訪問。長岡は、山本五十六などの人材を輩出しており、記念公園などを見物。その晩は、やはり地震で壊滅的な打撃に会い、復興した蓬平温泉に泊。

 28日は、長岡郊外の悠久山公園に行き、資料館や継之助の碑などを見て、駅付近に戻って如是蔵博物館にも行き、最後は継之助ら北越戊辰戦争に倒れた長岡藩士が眠る栄涼寺を訪ねて、継之助を訪ねる旅は終了。

 長い間、行きたかった旅を実現できて、良かった。強い感慨を覚えた旅でした。

上写真:ガトリング砲は、当時日本に3台しかなく、そのうち2台が長岡藩の河井が購入した。

下写真:『民は国の本、吏は民の雇』 西洋の言葉を河井継之助が書いた軸。公務員は、心しないと。

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藩政の主導者へ [ウェキペディア]

京都詰・江戸詰に任命 [編集]
文久2年(1862年)、藩主・牧野忠恭が京都所司代になると継之助も京都詰を命じられ、翌文久3年(1863年)の正月に上洛する。継之助は忠恭に所司代辞任を勧めるも、忠恭はこれを承知しなかった。しかし、4月下旬に攘夷実行が決定されたのをきっかけに忠恭も辞意を決し、6月に認められると忠恭は江戸に戻る。
だが9月、忠恭は今度は老中に任命される。そして継之助は公用人に命じられ江戸詰となると、忠恭に老中辞任を進言する。その際、辞任撤回の説得に訪れた分家の常陸笠間藩主・牧野貞明を罵倒してしまい、結局この責任をとるかたちで公用人を辞し、帰藩した。
郡奉行就任と藩政改革の開始 [編集]
しかしその後、慶応元年(1865年)に外様吟味役に再任されると、その3ヶ月後に郡奉行に就任する。これ以後、継之助は藩政改革に着手する。その後、町奉行兼帯、奉行格加判とどんどん出世し、その間、風紀粛正や農政改革、灌漑工事、兵制改革などを実施した。
越後長岡藩慶応改革 [編集]
藩士の知行を100石より少ない者は加増し、100石より多い者は減知すると云う門閥の平均化すると共に、軍制上の中央集権を目指した改革を藩主の信任の下で継之助は断行した。詳細は越後長岡藩の慶応改革を参照のこと。
明治維新への対応 [編集]

戊辰戦争の開始 [編集]
慶応3年(1867年)10月、徳川慶喜が大政奉還を行うと、中央政局の動きは一気に加速する。この慶喜の動きに対し、討幕派は12月9日(1868年1月3日)に王政復古を発し、幕府などを廃止する。一方長岡藩では、藩主・忠恭は隠居し牧野忠訓が藩主となっていたが、大政奉還の報せを受けると忠訓や継之助らは公武周旋のために上洛する。
そして継之助は藩主の名代として議定所へ出頭し、徳川氏を擁護する内容の建言書を提出する。しかし、それに対する反応は何もなかった。翌慶応4年1月3日(1月27日)、鳥羽・伏見において会津・桑名を中心とする旧幕府軍と新政府軍との間で戦闘が開始され、戊辰戦争が始まる(鳥羽・伏見の戦い)。大坂を警衛していた継之助らは、旧幕府軍の敗退と慶喜が江戸へ密かに退いたのを知ると急ぎ江戸へ戻る。
藩主らを先に長岡へ帰させると、継之助は江戸藩邸を処分し家宝などをすべて売却。その金で暴落した米を買って函館へ運んで売り、また新潟との為替差益にも目をつけ軍資金を増やした。同時にスネル兄弟などからガトリング砲やフランス製の2000挺の最新式銃などの最新兵器を購入し、海路長岡へ帰還した。ちなみにガトリング砲は当時日本に3つしかなく、そのうち2つを継之助が持っていた。
一藩武装中立 [編集]
新政府軍が会津藩征討のため長岡にほど近い小千谷(現・新潟県小千谷市)に迫ると、門閥出身の家老首座連綿・稲垣平助、長岡藩で藩主・牧野氏の先祖と兄弟分の契りを結んでいたとされる重臣・槙(真木)内蔵介、以下上級家臣の安田鉚蔵、九里磯太夫、武作之丞、小島久馬衛門、花輪彦左衛門、毛利磯右衛門などが恭順・非戦を主張した。
こうした中で継之助は、まず自説を曲げずに継之助にことごとく刃向かう反河井派の急先鋒・安田鉚蔵を藩命として永蟄居となした。そして、恭順派の拠点となっていた長岡藩校・崇徳館に腹心の鬼頭六左衛門に小隊を与えて監視させ、その動きを封じ込めた。その後に抗戦・恭順を巡る藩論を抑えて武装中立を主張し、新政府軍との談判へ臨み、旧幕府軍と新政府軍の調停を行う事を申し出ることとした[3]。
小千谷談判の決裂 [編集]
5月2日(6月21日)、河井は小千谷の新政府軍本陣に乗り込み、付近の慈眼寺において新政府軍監だった土佐の岩村精一郎と会談した。河井は奥羽への侵攻停止を訴えたが、成り行きで新政府軍の軍監になった岩村に河井の意図が理解できるわけもなく、また岩村が河井を諸藩によくいる我が身がかわいい戦嫌いなだけの門閥家老だと勘違いしたこともあり、降伏して会津藩討伐の先鋒にならなければ認めないという新政府の要求をただ突きつけるだけであった。交渉はわずか30分で決裂。
継之助は長州の山縣狂介か薩摩の黒田了介を交渉相手に望んでいたが、若輩である岩村が出てきたことが計算外だった。継之助の交渉相手としては岩村の器は小さすぎた(岩村も後に自伝で、この対応が不適切だったことを認めている)。一方新政府軍にとっても、岩村が継之助を捕縛せずにそのまま帰してしまったのが大失敗だった。これにより長岡藩は奥羽越列藩同盟に加わり、2日後に北越戦争へと突入する[4]。
北越戦争の開戦 [編集]
長岡藩は7万4千石の小藩であったが、内高は約14万石と実態は中藩であった。長岡藩では藩論が必ずしも統一されていなかったが、家老首座連綿の稲垣平助茂光は交戦状態となる直前に出奔。家老次座連綿の山本帯刀や着座家の三間氏は終始継之助に協力した。先法御三家(槙(真木)氏・能勢氏・疋田氏)は、官軍に恭順を主張するも藩命に従った。上級家臣団のこうした動きと藩主の絶対的信頼の下に、継之助は名実共に開戦の全権を掌握した。継之助の開戦時の序列は家老上席、軍事総督。但し先法御三家は筋目(家柄)により継之助の命令・支配を受ける謂われはなかったので、藩主の本陣に近侍してこれを守ったため後方にあり、1人の戦傷者も出さなかったと云われる。
継之助の長岡慶応改革によっても、先法御三家の組織上・軍制上の特権を壊せたとする史料は存在しない。長岡藩兵は近代的な訓練と最新兵器の武装を施されており、継之助の巧みな用兵により当初新政府軍の大軍と互角に戦った。しかし絶対的な兵力に劣る長岡軍は徐々に押され始め、5月19日(7月8日)に長岡城を奪われた[5]。
その後6月2日(7月21日)、今町の戦いを制して逆襲に転じる。7月24日(9月10日)夕刻、敵の意表をつく八丁沖渡沼作戦を実施し、翌日(9月11日)に長岡城を辛くも奪還する。これは軍事史に残る快挙であった。
ところがその奇襲作戦の最中、新町口にて継之助は左膝に流れ弾を受け重傷を負ってしまう。指揮官である継之助の負傷によって長岡藩兵の指揮能力や士気は低下し、また陸路から進軍していた米沢藩兵らも途中敵兵に阻まれ合流に遅れてしまった。これにより、奇襲によって浮き足立った新政府軍を米沢藩とともに猛追撃して大打撃を与えるという作戦は完遂できなかった。一方、城を奪還され一旦後退した新政府軍であったが、すぐさま体勢を立て直し反撃に出る。長岡藩にはもはやこの新政府軍の攻撃に耐えうる余力はなく、4日後の7月29日(9月15日)に長岡城は再び陥落、継之助らは会津へ向けて落ちのびた。
これにより戊辰戦争を通じて最も熾烈を極めたとされる北越戦争は新政府軍の勝利に終わり、以後、戦局は会津へと移っていく。
河井の最期 [編集]
継之助は会津へ向けて八十里峠を越える際、「八十里 腰抜け武士の 越す峠」という自嘲の句を詠む。
峠を越えて会津藩領に入り、只見村にて休息をとる。継之助はそこで忠恭の依頼で会津若松より治療に来た松本良順の診察を受け、松本が持参してきた牛肉を平らげてみせる。しかし、この時すでに継之助の傷は手遅れな状態にあった。継之助も最期が近づきつつあるのを悟り、花輪らに対し今後は米沢藩ではなく庄内藩と行動を共にすべきことや藩主世子・鋭橘のフランスへの亡命(結局果たされず)など後図を託した。また外山修造には武士に取り上げようと考えていたが、近く身分制がなくなる時代が来るからこれからは商人になれと伝えた。後に外山はこの継之助の言に従って商人となり、日本の発展を担った有力実業家の1人として活躍した。
継之助は松本の勧めもあり、会津若松へ向けて只見村を出発し、8月12日(9月27日)に塩沢村(現・福島県只見町)に到着する。塩沢村では不安定な状態が続いた。15日(30日)の夜、継之助は従僕の松蔵を呼ぶと、ねぎらいの言葉をかけるとともに火葬の仕度を命じた。翌16日(10月1日)の昼頃、継之助は談笑した後、ひと眠りつくとそのまま危篤状態に陥った。そして、再び目を覚ますことのないまま、同日午後8時頃、破傷風[6]により死去した。享年42。
継之助の葬式は会津城下にて行われた。遺骨は新政府軍の会津城下侵入時に墓があばかれることを慮り、松蔵によって会津のとある松の木の下に埋葬される。実際、新政府軍は城下の墓所に建てられた継之助の仮墓から遺骨を持ち出そうとしたが、中身が砂石であったため継之助の生存を疑い恐怖したという。
戦後、松蔵は遺骨を掘り出すと長岡の河井家へ送り届けた。そして遺骨は、現在河井家の墓がある栄凉寺に再び埋葬された。しかしその後、継之助の墓石は長岡を荒廃させた張本人として継之助を恨む者たちによって、何度も倒された。このように、戦争責任者として継之助を非難する言動は継之助の人物を賞賛する声がある一方で、明治以後、現在に至るまで続いている。一方河井家は、主導者であった継之助がすでに戦没していたため、政府より死一等を免じる代わりに家名断絶という処分を受けた。忠恭はこれを憂い、森源三(河井の養女の夫)に新知100石を与えて河井の家族を扶養させた。
明治16年(1883年)に河井家は再興を許され、森の子・茂樹を養嗣子として迎え入れたのであった。

「武士道」にある七つの徳目をあげると、「義」、「勇」、「仁」、「礼」、「誠」、「名誉」、「忠義」である。

「義」:「正しい道」のこと。武士にとって最も大事とされるのが「義」である。武士は、「義」のために死をも恐れない覚悟をする。

「勇」:「義」を実践するために必要とされる強さが「勇」である。

「仁」:人の上に立つ者として最も必要な資質が「仁」の精神である。「仁」は、「愛」、「寛容」、「同情」、「憐れみの情」など、弱者や目下の者に対する配慮と優しさを表す。

「礼」:相手への敬意や品格を重んじる表現である。礼法の一番の目的は、精神を陶冶することである。

「誠」:「言が成る」という表意文字の成り立ちから考えても、武士にとっての言葉とは、それほど重みが必要であった。「武士に二言は無い」とは、一度言った言葉の重みに責任を持つことである。正直、誠実にも通ずる。

「忠義」:主君や公のためにすべてを捧げる精神である。忠義をまっとうすることで「名誉」を得るという考え方もある。

「名誉」:「名」「体面」「外聞」を重んじる精神である。反対に、それらを汚すことを「恥」という。武士は、「恥ずかしいこと」、「笑われること」、「体面を汚されること」を何よりも嫌う。武士は、「名誉」を守るために死をも覚悟する。



気概のある奴 

「民は国の本、吏は民の雇」 河井継之助!!

日本の政治家に、今、ほしい!!
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市民懇談会職員発言



阿久根市長・竹原信一氏に独占インタビュー



2010/11/13 (土) 自治労とは何か

 今年3月 阿久根市の市民会館で市民懇談会をした。

職員と市民が直接の話し合いをする場として設けたつもりだったが、自治労鹿児島は市長の吊るし上げを狙って、県内中から組合員を大動員した。

阿久根市民の「市民との収入格差をどう思うか?」の問いかけに、「言いたくありません」と応じる職員、そのときの会場からの大拍手。

「竹原の改革に協力するつもりはあるのか?」にも、「お答え出来ません」と切って捨てた。
 自治労のホンネ(動画)


阿久根市役所の場合
1、市長の指揮監督に従うかどうか、職員が自分で決められる
2、(二日酔いなどを理由に)時間休を職員が勝手に取っている
3、賞罰委員会を職員だけでやってきた
4、降格すれば公平委員会に訴える
5、公平委員会も職員OBなどで占めてきた
6、選挙管理委員会も職員OBなどで占めてきた
7、市議会を職員組合に従属させている(職員が条例を決めさせる)
8、降格があっても給与は下げない条例がある
9、投票に極めて強い影響力を持っており、その管理まで担当する
10、報酬が労務の対価ではなく公務員身分に対するものである
11、収入が民間労働者の3倍もある

職員たちは1、指揮監督下にはなく、2、報酬が労務の対価でもない
つまり阿久根市役所正規職員は労働者ではない。

 自治労は警察とおなじ、市民の税金を奪う為に闘い続ける犯罪組織である。労働者を偽装して闘い続ける犯罪組織から市民の財産を守る者が居ない上に、その仕組みもない。
国の税収37兆円に対して公務員人件費は35兆円。この国は公務員が破綻させるのだ。

阿久根市長ブログ http://www5.diary.ne.jp/user/521727/


破綻したギリシャは、公務員の給料を一律3割りカットしたそうです。

もっと、破綻する前に、やっとおけばよかったのにね・・

日本の政治家は、このままじゃ、ギリシャのように破綻しちゃう・・なんて、

おもわないんだろうね・・



ギリシャ政府、48億ユーロ相当の追加措置を閣議決定-赤字削減で

ギリシャ政府は3日、赤字削減に向けた48億ユーロ(約5800億円)規模の追加措置を閣議決定した。
24億ユーロの歳出削減と24億ユーロの歳入増加に向けた策を決めた。市民擁護省のビーヤス副大臣が明らかにした。

政府はアテネでの閣議で、公務員の賞与・給与支払いを30%削減する案と年金を凍結する案、 主付加価値税の税率を21%と現行の19%から引き上げる案を承認した。ビーヤス副大臣は閣議後に記者団に語った。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920012&sid=aSU_XUr.uerI


みんなの党の浅尾議員が国会やNHK番組で国家公務員1人当たりの人件費が年間1047万円あり

地方公務員1人当たりの人件費にいたっては年間933万円あり、公務員人件費が約40兆円である事実を暴露していたが

これが事実ならば、平成21年度の国家税収37兆円のすべてをつぎ込んでも足りず

しかも、過去に垂れ流された国債の償還や利払い年間約21兆円を合計すると総額約61兆円の歳出になるが

この金額「61兆円」は、日本歴史上最高国家税収のバブル最高国家税収60兆円を超えている。

つまり、バブルが再来して国家税収が激増しても公務員人件費と過去に垂れ流された国債の元利払いだけですべて無くなると言う事である。


自治労は、民主党の支持母体・・

眠れる、おとなしいひつじ達よ、気付け!!!




コメント頂きましたので掲載します。

6 ■だまされましたね・・・
国税収入は37兆円で正解ですが、政府の総収入は200兆円を超えますよね。
あと、浅尾代議士の主張する国家公務員の1人あたり人件費は、労働単価の安い特別職の国家公務員(全体の4割)や非正規雇用公務員をわざと除外していますね。
しかも、浅尾代議士の主張のとおり、特別職を除外した正規雇用ベースに合わせると、公務員人件費は40兆円じゃなく、25兆円程度になるし。
(つか、正規雇用ベースでも27.6兆円。40兆円にしようと思うと、民間の公益法人も入れないと足りない)

大体、年額94兆円の社会福祉関連予算の問題が議論されている最中に、なんで、この程度のミスリードに気付かないのでしょう?
ちょっと考えれば、話がおかしいことに気付くのに。

浅尾代議士に騙されているひつじ達よ、気付け!!!

↓ 以上、政府の公文書より説明できます。
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/tokkai2106/tokkai2106_05.pdf(政府収入)
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=28858&SAVED_RID=2&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=9&DOC_ID=15175&DPAGE=1&DTOTAL=11&DPOS=6&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=372(人件費積算方法)
http://www.mof.go.jp/seifuan22/yosan005.pdf(人件費総額)
k.k. 2010-11-18 23:28:20 >>このコメントに返信

7 ■Re:だまされましたね・・・
>k.k.さんへ
わたしも、公務員の全部の方達がそうしているとは、考えいてませんよ。
ただ、
公益法人、非常勤役員に最高1200万円以上の「謝金」
http://www.asahi.com/politics/update/1115/TKY201011150339.html
2010年11月16日4時1分
国が所管する公益法人のうち30法人が、本来無報酬のはずの非常勤役員に、謝礼などの名目で年間200万円以上を支払っていたことが内閣府の調査でわかった。支払いを受けた33人のうち21人が国家公務員出身者。
なんて、
ひどいはなしだ。

悪徳なおおぜいのの公務員に騙されているひつじ達よ、気付け!!!
サムライ社長 2010-11-19 00:05:19


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全日本自治団体労働組合
(自治労)

All-Japan Prefectural and Municipal Workers Union (JICHIRO)
設立年月日 1954年
組織形態 労働組合の連合体、合同労働組合
加盟団体数 2737単組(2010年5月現在)
組合員数 83万2814人(2010年5月現在)
国籍 日本
本部所在地
〒102-8464
東京都千代田区六番町1 自治労会館

加盟組織 連合、国際公務労連(PSI)、公務公共サービス労働組合協議会
支持政党 民主党、社民党
公式サイト ホームページ
全日本自治団体労働組合

全日本自治団体労働組合(ぜんにほんじちだんたいろうどうくみあい、英: All-Japan Prefectural and Municipal Workers Union、JICHIRO)は日本の地方自治体職員などによる労働組合の連合体で、合同労働組合でもある。略称は自治労(じちろう)。日本労働組合総連合会(連合)に加盟。2010年5月27、28日に開催した中央委員会で自治労自身が発表した組合員数は2737単組83万2814人となっており、官公労の中では日本最大、単位産業別組合(単産)としてはUIゼンセン同盟に次ぐ第二位の組合。

運動の特色

非現業(技能労務職でない)公務員の賃金・労働条件の改善
公務員賃金が民間準拠であるという原則と、それにもとづく人事院勧告による国家公務員の賃金改定に準拠しなければならないため(地方公務員法第24条第3項)、2~3月の春闘で基本的な要求をし、細部の改定内容は自治体の12月議会の前に労使交渉で確定させる流れになっている。要求段階の取り組みを春闘、妥結段階の取り組みを確定闘争または秋闘とよぶ。 労働協約締結権が認められていないため、労使交渉の結果について、最終的な拘束力はない。
技能労務職公務員と地方公営企業職員の賃金・労働条件の改善
大きな流れは非現業公務員と同じだが、労使関係は地方公務員法ではなく地方公営企業労働関係法にもとづき労働協約締結権を有するため、労使交渉の結果について拘束力を持つ。
地方自治研究活動(自治研活動)
自治体職員をはじめ、公共サービスに従事する労働者の雇用や賃金は、住民サービスや地域ニーズのありかたと切り離されないことから、結成後3年の1957年・地方自治研究集会を開いて以来、地方自治を住民とともに発展させていくために取り組んでいる地域発の政策活動である。 地方公務員や公共サービスに従事する労働者の直接的な雇用・賃金に関わるところにとどまらない運動をしていることが、自治労の特色である。

今から、200年前の、

気概のある奴 「民は国の本、吏は民の雇」 河井継之助!!

が、この上の、現状を観たら、なんていうだろうか・・

理想とは、まったく逆、ではないか・・

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韓国 射撃訓練終了 北朝鮮「幼稚な火遊び」
毎日新聞 12月21日(火)

 【ソウル西脇真一】韓国軍は20日午後2時半(日本時間同)から約1時間半、延坪島(ヨンピョンド)の海兵隊による海上射撃訓練を実施した。韓国軍は訓練終了後も、北朝鮮軍による再砲撃などに備えて警戒態勢を維持している。

 海兵隊部隊はK9自走砲などで、延坪島南西海域に向け砲撃した。北朝鮮の挑発に備えF15戦闘機が待機し、イージス艦なども付近に配置されたが、聯合ニュースによると、北朝鮮を刺激しないよう、着弾地点は海上の南北境界線である北方限界線(NLL)より10キロ以上南だった。

 一方、朝鮮中央通信によると、朝鮮人民軍最高司令部は20日、「全面的な統治危機に直面した(李明博政権)当局と低落した軍部の体面を取り戻すための宣伝用挑発」などと訓練を非難する報道文を発表。「幼稚な火遊びにいちいち対応する一顧の価値も感じなかった」と強調した。

 ◇日米と中露対立 安保理結論出ず

 また、ロシアの要請で19日に緊急会合を開いた国連安全保障理事会は、北朝鮮非難を声明に盛り込もうとした日米などと中国、ロシアの対立で結論が出なかった。議長国・米国のライス大使は、なんらかの合意に達するのは困難だという見方を示した。


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韓国軍が射撃訓練を開始、延坪島で砲撃音

 [延坪島(韓国) 20日 ロイター] 韓国軍当局者は20日、同国・延坪島からの射撃訓練を現地時間午後2時半(日本時間同)から開始したことを明らかにした。また、ロイターの記者も同島で砲撃音を確認した。

 訓練は当初、18日にも始まる予定だったが、悪天候のために延期されていた。北朝鮮側は、訓練が実施されれば再び攻撃を行うと強く警告している。



「中・ロVS他国」 国連安保理の緊急会合で対立(10/12/20)


 [国連 19日 ロイター] 国連安全保障理事会は19日、緊急会合を開き、緊迫化する朝鮮半島情勢について協議したが、声明で北朝鮮を名指しで非難するかをめぐり意見が分かれ、交渉が難航している。

 緊急会合に出席した西側外交筋によると、ロシアが提案した韓国と北朝鮮の双方に自制を促す声明案をめぐり、それを支持する中ロと、北朝鮮のみを名指しで非難するよう求める日米英仏の意見に隔たりがあり、交渉は平行線をたどっている。

 一方、韓国の聯合ニュースは政府筋の話として、韓国軍による延坪島での海上射撃訓練計画に関し、北朝鮮が黄海側の砲兵部隊の警戒態勢を強化したと報じた。

 韓国国防省はこの報道に対するコメントを控えているが、YTNは軍当局者の話として、訓練が20日午前から北朝鮮との国境付近の島で実施される計画だと伝えた。


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韓国軍は予定通り射撃訓練を実施へ、18日以降か

 [延坪(韓国) 18日 ロイター] 

北朝鮮の砲撃を受けた延坪島での射撃訓練について、韓国軍は予定通り実施する意向であることが分かった。北朝鮮は17日、訓練実施の場合は韓国を攻撃すると警告していた。

 韓国海軍の幹部が匿名を条件に明らかにしたところによると、射撃訓練が始まる2─3時間前に延坪島に滞在中の報道陣に通達するが、それ以外の訓練にかかわる発表は計画していないという。

 射撃訓練は12月18─21日の期間に実施される予定。韓国の聯合ニュースは、霧と強風により18日以降になる可能性があると報じている。

 今回の射撃訓練をめぐっては、中国が18日、南北間の対立はアジア地域の安定を揺るがす恐れがあるとして北朝鮮と韓国に自制を促したほか、ロシアも訓練の中止を韓国に要請している。 

 また、平壌を訪問中の米ニューメキシコ州のリチャードソン知事は、米CNNとの電話インタビューで、北朝鮮に強く自制を求めたことを明らかにした。


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「予測できない自衛的な打撃が加えられる」 北朝鮮が韓国訓練に警告

2010.12.17

 韓国と北朝鮮の将官級軍事会談の北朝鮮側代表は17日、韓国軍が延坪島周辺の黄海で18日から21日の間に予定している海上射撃訓練の中止を要求、実施されれば「予測できない自衛的な打撃が加えられる」とする警告文を韓国側に送付した。朝鮮中央通信が伝えた。
 警告文は、射撃訓練範囲が、黄海の南北境界水域で北朝鮮が主張している「われわれの神聖な領海」に含まれるとした上で、「火力による打撃の強さと範囲は、11月23日の砲撃より深刻な状況を再現することになる」と強調した。(共同)


・・・・・一触即発・・・????

北朝鮮の次の一ては、なにか??



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「 今度は国有地、名古屋に中国の魔手 ]

『週刊新潮』櫻井よしこ 2010年12月16日号

日本ルネッサンス 第440回


都市の一等地を中国政府に売る計画は、新潟市だけではなく、名古屋市でも進行中だった。しかも、売り手は財務省、日本国政府である。

売却予定地は、名古屋城近くの南向きの3万1,000平方メートルとその飛び地の2,800平方メートル、合計1万200坪を超える、都市に残された最後の超大型物件だ。国家公務員宿舎「名城住宅」と名城会館の跡地売却で、取得希望者の申請を4月15日から7月14日まで受けつけた。愛知学院大などを経営する学校法人愛知学院と名古屋中国総領事館が希望し、中国政府は南側の約1万平方メートルを希望する旨、財務局に伝えた。

そもそも、この土地を、なぜ、いま売るのか。財務省東海財務局の国有財産調整官は語る。

「公務員宿舎の移転再配置計画に基づき、古い資産は売却し新しい資産に置きかえていきます。名城住宅の入居者は平成21(2009)年4月に退去し、新しい公務員住宅、城北住宅に入居済みです」

つまり、公務員住宅を次々に建て替えるための売却かと問うと、「そうです」と、調整官は答えた。

売却基準は買い手に公共的ニーズがあるか、申請が妥当かの2点だそうだ。公共的ニーズとは社会福祉法人や学校、大学などがその範疇に入り、中国総領事館はウィーン条約の相互主義に基づき接受国、つまり受け入れ国は相手国の要望実現に協力することになっているため、これも範疇に入るとの見方だった。

しかし、相互主義といいながら、日本の在中国公館は全て賃貸である。他方中国公館は現在交渉中の名古屋と新潟を除いてすべて土地も建物も中国が取得している。


国有財産を外国政府に売却

東京港区元麻布の中国大使館は、約3,900坪もある。教育部と商務部と、各々の宿舎は730坪の土地をはじめ都内4ヵ所もすべて中国の所有だ。札幌、大阪、福岡、長崎の総領事館も同様だ。大阪の場合は比較的小振りの3ヵ所の土地にまたがっているが、その他の土地はいずれも1,000坪から1,500坪に上る。現在、中国が画策中の新潟市と名古屋市での土地買収が実現すれば、これまでに取得した各総領事館の不動産より更に広大な5,000坪級の土地を中国は手に入れることになる。

こんなに不公平でも売るのかと問うと、調整官はこう答えた。「現在、中国側は貸しビルで業務をしています。自分の土地をもちたいという要望は理解出来ます」

一等地の宿舎に安価な家賃で住み、新宿舎を近くに作り、その経費回収を急ぎたい官僚らは、眼前のおカネの流れの収支を合わせるのに精一杯で、国土の外国政府への売却が国益に適うのかと考えることもない。

名古屋市長の河村たかし氏が語る。

国有地払い下げの権限は国にあるんです。土地利用計画の決定権は地方自治体にありますが、国がどうしても売るといったら、最後まで反対出来んでしょう。尖閣の領海侵犯事件の後で、市の一等地を中国に渡すなど市民県民は許しませんよ。慎重のうえにも慎重にしてほしいと、民主党に申し入れ、凍結してもらいました

9月21日まで財務大臣政務官として同件を担当した愛知選出の古本伸一郎衆議院議員は語る。

「河村市長とは随分、話し合い、彼が売却を快く思っていないことは知っています。そこで私は中国側に、市の都市計画課や議会、地域の区長ら関係者に説明し、了解を取りつけるよう注文をつけました。その件はクリアしたと、報告を受けました」

しかし、市中心部の国有財産を外国政府に売却することは地方の都市計画課が決めることではないだろう。古本氏も語る。

「確かに一出先機関が決めることではありません。従って経緯は大臣に報告し、了解を得ています」

なんと、野田佳彦財務大臣も了承済みだというのだ。但し、古本氏は同件の最終決定前に、内閣改造で政務官を離れ、後任の吉田泉氏に引き継いだ。その間に中国が尖閣の領海侵犯事件を起こし、蛮行の限りを尽したことで、河村氏は、民主党に、土地売却の凍結を申し入れた。新財務大臣政務官の吉田氏が説明した。

「9月21日に政務官に就任し、古本氏から受けた引き継ぎで、私は土地売却は凍結すべきだと理解しました。6月に、日本側から中国側に、売却出来るのは南向きの3万1,000平方メートルの区画の北側と飛び地だと伝えています。中国側はこの案に乗って来ず、8月に、3万1,000平方メートルの区画の北側だけでなく南側も買いたいと言ってきました。以来、彼らとのやりとりはないのです。9月27日の政務三役会議で同件を野田大臣に報告し、当面見合わせることにしました。現在、この件は、事実上、外務省の判断待ちです」

外務省では副大臣の伴野豊氏が担当だ。氏に問うと、生憎、取材に応じる時間がいまはとれず、翌週に回答するとのことだった。


首相を続けたい私益の心

一体、名古屋の土地の中国への売却話はどうなるのか。現時点の状況を直接の担当者、前出の国有財産調整官に問うた。

凍結はされていません。審査中です。結論はいつかはわかりませんが、早いに越したことはありません

新宿舎建設の資金回収のため、相手構わず早期に国有地を売ることを望んでいるともとれる回答だ。一方、政治主導を掲げる民主党は、一部の政治家が中国への土地売却の深刻な負の影響を懸念しながらも、売却中止を決断できずにいる。

超党派の領土議連事務局長を務める衆議院議員、松原仁氏が憤る。

「国有地売却については、2つの理由から慎重にならざるを得ません。第一は、中国は経済大国で先進国入りしたともいえますが、他方、あの国には言論の自由もない。国際的規範も守らない。我々とは全く異なる価値観を持つ国に土地を売るのは極めて慎重であるべきです。

第二の理由として、国有財産売却の是非を問うべきです。売るにしても、景気低迷の中での安価な時価で売ることは許されません」

水源と森林を守るための2本の法案を、国会会期末に上程した自民党参議院議員の山谷えり子氏も指摘した。

「こうした大事な法案の審議を全く行わず、菅さんは早々と国会を閉じました。菅政権に水資源や森林法どころか、都市部の土地売却について何らかの指針を打ち出す気があるのか、全く見えてきません」

菅直人首相は、10月15日、参院予算委員会で、外国による土地取得の規制について「是非勉強して考え方をまとめてみたい」と述べた。だが、その法案の審議さえせず、国会を閉じ、いま、選りに選って、社民党と組み、数合わせに走る。政策も戦略もない。あるのは首相を続けたい私益の心だけだ。

2010年12月16日



最近の、議員はだらしない、男も、だらしない・・・

気概のある奴は、いないのか・・・???




小沢氏、政倫審への出席を拒否

【菅ぶらさがり】「小沢氏の問題は国会運営や選挙にマイナス」(20日午後 サンケイ)

 民主党の小沢元代表との会談を終え、質問に答える菅首相。右は岡田幹事長=20日午後、首相官邸
 菅直人首相は20日午後、民主党の小沢一郎元代表との会談後、首相官邸で記者団に「小沢氏の政治とカネの問題は国会運営や選挙にマイナスの影響がある」と語った。
 詳細なやりとりは以下の通り。

 --小沢元代表との会談の内容は
 「はい。小沢元代表と会談いたしました。私の方からは『衆院政治倫理審査会に自ら出るように』と要請をいたしました。まあ、しかし、小沢元代表は先日、岡田克也幹事長に出されたペーパーも用意されて、同じ物ですが、その理由で出る必要はない、出ないということを言われました。私は、いわゆる起訴議決が決まって発表された10月4日ですか、その後に、小沢さんが記者会見で、10月7日ですが、『国会が決めれば私はいつでも出る』ということを言われていたので、『手続きを取れば出るということなのか』と、重ねて聞きました。しかし、小沢さんは『出る必要性がないんだ』ということで、議決があっても出ないという姿勢を示されました。まあ、私としては、『それでは何らかの、党としてのそうした方向に対して物事を決めなければならなくなります』ということも申し上げ、まあ、そのことを、そういうやりとりの中で会談が終わりました。以上です」

--党の決定というのは速やかに行う方針か

 「まず今日午後、役員会、岡田幹事長がこの間の経緯の中で、政倫審の扱い等について一任を受けておられますので、まずは役員会で、今の私の、私と小沢さんとの会談の報告もしていただく中で、今後の方向性についてしっかりと見いだしていくと。そういうことになろうかと思ってます。以上です」
 --党の決定に従わなかった場合には、離党勧告などの処分に踏み込む考えはあるか
 「今日の会談そのもので、そういった話題は一切、出しておりませんし、出ませんでした」
 --小沢氏から首相に、党運営について注文は付いたか
 「まあ、注文というよりも、今のいろいろな国会運営、あるいは選挙の状況について、つまりは『政治とカネの問題も影響はあるかもしれないが、それ以外の影響の方が大きいのではないか』というような趣旨のことは話がありました。ですから私も、いずれがどの程度の影響かは別として、小沢さんの政治とカネの問題も国会運営や選挙にマイナスの影響が、少なくとも、どの程度の幅かは別としてあるわけで、まずはそうした問題を取り除くためにも、ぜひ全党的な立場から協力をしてほしいということを申し上げました。以上です」

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小沢氏が政倫審出席を拒否、党として何らかの対応=首相

 [東京 20日 ロイター] 菅直人首相は20日に官邸内で行われた小沢一郎元民主党代表との会談後、記者団に対し、小沢氏に衆院政治倫理審査会(政倫審)への出席を要請したが、拒否されたことを明らかにした。

 菅首相によると、小沢氏は、政倫審への出席要請に対し、招致が議決された場合でも「出る必要性はない」と拒否。これに対して菅首相は、党として「何らかの方向性に対して物事を決めなければならない」と議決方針を伝えたが、会談の中で小沢氏に対する離党勧告などの話は出なかったという。会談が物別れに終わったことを踏まえ、民主党執行部は午後の役員会で、今後の対応について協議する。

 会談では、小沢氏から現在の厳しい国会運営や選挙結果について「政治とカネ以外の影響の方が大きい」との指摘があったが、菅首相は「どの程度かは別にしても、小沢さんの政治とカネの問題が国会運営や選挙にマイナスの影響がある」と語った。

 (ロイターニュース 伊藤 純夫記者)



きょう「菅・小沢会談」へ 決裂すれば離党勧告も(10/12/20)


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民主党の党内対立

 【東京】民主党の幹部と小沢一郎元代表との党内対立が深まるなか、民主党が年内にも分裂する可能性があるとの懸念が高まっている。そうなれば内政の一段の混乱は必至だ。

 小沢氏が衆院政治倫理審査会への招致をめぐる問題で岡田克也幹事長に出席拒否を正式に伝えたことで、17日、党内対立が一段と緊迫した。一方で、支持率の低下に歯止めがかからない民主党政権は、外交や安全保障、経済といった難しい問題への対応に苦戦している。

 国内メディアによると、菅直人首相が来週早々にも小沢氏と会談し、小沢氏の説得に直接乗り出す見通し。しかし、この説得が失敗に終われば、執行部が政倫審で招致議決する公算が高まっている。

こうした党内対立の深刻化を受けて、一部議員ならびに政治アナリストの間で、小沢氏が年内にも支持議員を引き連れて離党する可能性があるとの見方が出ている。新党を結成し来年から政府各種補助金を受け取るには、新党登録を年内に済ませる必要がある。

 また、民主党は年明けの通常国会再開時に、衆参ねじれ国会を乗り切る試練に直面する。このため、菅内閣が解散・総選挙に追い込まれる可能性もある。

 党幹部の小沢氏に対する断固とした態度はまた、民主党の野党支持獲得に向けた努力の一環ともみられている。野党は以前、民主党による小沢氏批判の消極性を非難していた。国内メディアによると、小沢氏の起訴は早ければ来年1月にも行われる可能性がある。

 政府の外交問題での対応策のまずさといった問題に加え、小沢氏の政治資金問題もここ数カ月間、民主党の支持率低下の主な要因となっている。

 小沢氏はこの日、岡田氏にあてた文書で、政倫審に自ら出席しなければならない合理的な理由はない、と回答。小沢氏は刑事裁判の中で粛々と闘っていくとの立場をあらためて示した。

ウォールストリートジャーナルジャパン記者: Yuka Hayashi


【激突ふたたび】小沢氏招致なら集団辞任

岡田氏、離党勧告決意


 民主党の小沢一郎元代表の国会招致をめぐる党内抗争が激化している。13日の役員会で小沢氏の国会招致の流れを確定させたい岡田克也幹事長は10日、「離党勧告カード」までもちらつかせ始めた。小沢氏に近い政務三役は岡田氏がこれ以上強行すれば、集団辞任も辞さない。かつ12日の茨城県議選で民主党が大敗すれば、一気に執行部を追い込む構えを見せる。「もはや落としどころはない」と嘆くベテラン議員。党分裂はカウントダウンが始まった。

岡田氏、離党勧告決意

 「週末まで待っても小沢氏が政倫審出席を申し出てこなければ、役員会で取り上げます…」

 10日午前、岡田氏は渡部恒三党最高顧問を訪ね、こう語った。13日の党役員会で衆院政治倫理審査会で小沢氏の出席を議決する方針を提起する。この決意は揺るぎない。

 ≪「小沢氏がそれでも応じなければ…」≫

 岡田氏はここで口ごもったが、離党勧告が念頭にあるのは明らか。そう読み取った渡部氏は「何も心配することはない。思い切ってやれ。国会に出る方が小沢君にとってもいいんだ」と背中を押した。

 菅直人首相も腹を固めつつある。10日夜、首相官邸で記者団に「岡田氏が進めていることは報告を受けているし、了解している」と語った。

政務三役「辞表作った」

 小沢氏に近い衆院1年生グループ「北辰会」13人は党本部で岡田氏に「司法の場に移っている小沢氏の問題を取り上げ、党内を乱すのはよくない」と訴え、一致結束を求めた。だが、岡田氏は「司法の場と政治的説明責任は違う。選挙もあるからやらざるを得ない」とにべもなかった。

 小沢氏に近い衆院1年生グループ「北辰会」13人は党本部で岡田氏に「司法の場に移っている小沢氏の問題を取り上げ、党内を乱すのはよくない」と訴え、一致結束を求めた。だが、岡田氏は「司法の場と政治的説明責任は違う。選挙もあるからやらざるを得ない」とにべもなかった。

 国会閉会後、岡田氏が一気に強気に転じたのはなぜか。周辺は「小沢氏が離党してもついていくのは30人もいないと踏んだからではないか」とみる。別の中堅は「こっちは衆院で過半数を確保できればプラス1だろうがプラス50だろうが、どちらでもいい。仮に党を出ていっても解散を打てば、選挙に弱い小沢系はおしまいだ」と息巻く。

 小沢氏サイドも黙っていない。小沢氏側近の高嶋良充元参院幹事長(今夏引退)は10日、国会内で輿石東参院議員会長に怒りをぶちまけた。

 「小沢氏を国会に引っ張り出すのは暴挙だ。北朝鮮とかわらない!

分裂見据えて徹底抗戦

 分裂が現実味を増す中、小沢氏は10日、都内で脳科学者の茂木健一郎氏と対談し、「政倫審は事件にならないものを扱うところ。私の問題は法廷の場に移っている」と徹底抗戦を宣言。夜には、東京・赤坂のしゃぶしゃぶ店で、岩手県の達増拓也知事や県議らと2時間近く会食した。

 「民主党が勝てばいいんだが…」。小沢氏はおもむろに茨城県議選に話題を振った後、こう断じた。

 ≪「結果が最大の関心事だ
」≫

 県議選で民主党が大敗すれば、小沢氏に近い議員は両院議員総会の開催を求める構え。そこで問責決議を可決された仙谷由人官房長官の更迭要求が出るのは確実だ。首相の退陣を求める動議が提出されることも十分ありえる。

 両院議員総会より前に国会招致への外堀を埋められたらどうなるか。もはや小沢氏は新党に活路を見いだすほか道はなくなるはずだが…。(今堀守通、坂井広志)

2010年12月11日付 産経新聞東京朝刊


茨城県議選は、民主惨敗!!!

あれから・・もう、一週間も、たっちゃった、

今日の、菅、小沢会談・・・

こちらも、茶番で終了???

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靖国神社の就遊館入り口の風景です。ゼロ戦52型が鎮座しています。

三菱と富士重工(中島飛行機)で、約20000機作られました。



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ゼロ戦52型は一番性能がよく量産された機です。

真珠湾への攻撃時は、21型機が、向かいました。

特攻では、2300機が、出撃しています。


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空母に搭載された、艦上爆撃機の彗星です、2人乗りです。

上に、実際に使用された、特攻ロケット機 桜花が、見えます。

爆撃機の下につるされ、敵の艦船に向け、発射されたとのことです。


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館内1Fです。人間魚雷回天が、見えます。

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イ号潜水艦のミニチュアです。艦上に回天を搭載しています。

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巡洋艦のミニュチアです。空母もあります。

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憂国の士

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参拝者のみなさん

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参拝者のみなさん

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参拝者のみなさん


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日本の戦車。大戦中、戦車兵だった、

司馬遼太郎氏が、棺桶と言っていた意味がわかります。



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殉職された兵士達の写真・・・・若い人達ばかりです。

特攻隊の方達の、写真、遺書なども・・・

この大戦では、日本人だけで、200万人も、亡くなっています。

ほとんどが、若い兵士達です。




土地を約6000坪もっている、多摩の知り合いの地主さんには、

6年前に、大手チェーン居酒屋さん100坪×2件を作らせて頂きました。

ぜんぜんお元気な、90才になるその方は、毎年、靖国に行くそうです。

航空母艦、駆逐艦の乗組員として、

ソロモン海戦他、多くの有名海戦を経験、

そこで、多くの戦友達を亡くされたそうです。

とっても悲しく、つらかった・・とのこと・・

65年前のこの事実を、しっかり受け止め、子孫にも伝達し、

平和で明るい日本の未来づくりを、考えて行きたいと感じます。

上の写真は、今年の終戦記念日です。

靖国神社のお隣の就遊館の展示品を観られたた事のない方は

是非、一度行かれる事を、おすすめします。

子供づれ、アベック、女性もとても多いです。

最近、新築され、とても展示物が増えました。

銀座、浅草めぐりもいいけれど、

観光、修学旅行先に、どうでしょうか??

入り口に、新たに、ゼロ戦の実機が展示されています。楽しいよ!!



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1942年8月7日の第1次ソロモン海戦から11月30日のルンガ沖の海戦まで9回行われた。特に8月23日から24日にかけての第2次ソロモン海戦は日米両軍で73隻、10月26日から27日にかけての南太平洋海戦では同じく72隻が戦ったと記録されている。


ソロモン海戦
1942(昭和17)年8月~11月
太平洋戦争中に行われたソロモン諸島をめぐる一連の日本海軍と連合軍の海戦
特にガダルカナル島とツラギ島の間の海峡には多数の両軍艦艇が沈んでおり、「鉄底海峡」(Iron bottom sound)と呼ばれている

沈没艦艇からの燃料流出が今も続いており(真珠湾で沈没した戦艦「アリゾナ」もこの問題を抱えている)、ソロモン諸島政府は日本・アメリカ両政府に燃料回収を要求している
1. 1942(昭和17)年8月8日~9日
第1次ソロモン海戦
連合軍ではサボ島沖海戦と呼称
(日本側では連合軍がエスペランス岬沖海戦と呼ぶ同年10月11日の戦いをサボ島沖海戦(夜戦)と呼ぶ)


第1次ソロモン海戦
2. 1942(昭和17)年8月8日~9日
3. 連合軍呼称、サボ島沖海戦
4. 日本側では連合軍がエスペランス岬沖海戦と呼ぶ同年10月11日の戦いをサボ島沖海戦(夜戦)と呼ぶ
5. 8月7日1430 三川軍一中将指揮の第8艦隊(旗艦・重巡「鳥海」 重巡5、軽巡2、駆逐艦1)がラバウルを出港
6. 8月8日 「加古」艦載機 搭乗員戦死3(士官1 下士官2)
7. 8月8日深夜から翌9日未明にかけて、ガダルカナル島対岸のサボ島沖に終結していた連合軍第62任務部隊(指揮官・ターナー少将 )をサボ島沖を反時計回りに航行しながら襲撃
8. 連合軍は重巡「ヴィンセンス」「アストリア」「クインシー」「キャンベラ(米駆逐艦により処分)」沈没、重巡「シカゴ」駆逐艦「ラルフ・タルボット(上部構造物粉砕)」「パターソン」損傷、戦死4千
9. 日本軍の損害は重巡「鳥海」が艦橋・海図室を射抜かれ小破(戦死34)、重巡「衣笠」戦死1
10. 8月10日には帰途にあった重巡「加古」がアメリカ潜水艦「S44」(艦長ジョン・レイモンド・ムーア少佐)の雷撃を受け沈没(戦死68(士官6 下士官兵62)、戦傷16)
11. 8月10日、米駆逐艦「ジャービス」はガダルカナル西方で日本軍機の爆撃を受け沈没(乗員247名、全員戦死)
12. ガダルカナル島へ揚陸作業中であった輸送船団を打ち漏らしたことで、山本五十六聯合艦隊司令長官はこの戦果を誉めなかったという
13. 1942(昭和17)年8月23日~25日
第2次ソロモン海戦
連合軍では東部ソロモン海戦と呼称


第2次ソロモン海戦
14. 1942(昭和17)年8月23日~25日
15. 連合軍では東部ソロモン海戦と呼称
16. 日本側の兵力はガダルカナル奪回支援のためソロモン北方に展開した第3艦隊(司令官・南雲忠一中将、空母「翔鶴」「瑞鶴」「龍驤」、戦艦「比叡」「霧島」、重巡「鈴谷」「熊野」「筑摩」「利根」、軽巡「長良」、駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「時津風」「天津風」「初風」「秋風」「浦波」「敷波」「綾波」)、第2艦隊(近藤信竹中将)、増援部隊(田中瀬三少将)、支援隊など空母3、戦艦3、重巡9、軽巡3、駆逐艦31、水上機母艦2、哨戒艇4、輸送船
17. 迎え撃つアメリカ海軍第61任務部隊(F・J・フレッチャー中将)は旧第11任務部隊(フレッチャー中将直率、空母「サラトガ」、重巡2、駆逐艦5)、旧第16任務部隊(トーマス・C・キンケイド少将、空母「エンタープライズ」、戦艦1、重巡1、軽巡1、駆逐艦5)、旧第18任務部隊(フォレスト・P・シャーマン大佐、空母「ワスプ」、重巡2、駆逐艦6)
18. 1942(昭和17)年8月23日、田中少将の増援部隊を米軍偵察機が発見、攻撃隊を送るが発見できず
19. 同日、フレッチャーは「ワスプ」を補給のため南方へ退避させる
20. 8月24日、南雲中将は機動部隊から空母「龍驤」、重巡「利根」、駆逐艦2を第8戦隊司令官原忠一少将の指揮で分派、南方へ先行させた
21. この分遣隊が「エンタープライズ」艦載機に発見され、空襲を受ける
22. 「龍驤」は「サラトガ」艦載機(急降下爆撃機30、雷撃機8)の攻撃され、爆弾4、魚雷1を受け沈没
23. 米軍機に被害はなかった
24. 南雲機動部隊も米空母を発見し、「翔鶴」「瑞鶴」から第1次攻撃隊(零戦10、99艦爆27)、第2次攻撃隊(零戦9、99艦爆27)を発進
25. 第1次攻撃隊は「エンタープライズ」に爆弾3を命中させて小破(エレベータ破損、戦死74)させたが、零戦3、99艦爆17を失い、第2次攻撃隊は会敵できずに帰投
26. 同日、増援部隊の水上機母艦「千歳」が偵察中の急降下爆撃機の攻撃を受け炎上・中破
27. 8月25日、ヘンダーソン飛行場から発進した爆撃機からの攻撃で軽巡「神通」中破、駆逐艦「睦月」と輸送船「金龍丸」が沈没
28. この海戦での日本軍戦死者は170
29. 日本軍のガダルカナル増援は失敗
30. 1942(昭和17)年11月12日~15日
第3次ソロモン海戦
連合軍ではガダルカナル海戦と呼称
第

3次ソロモン海戦
31. 1942(昭和17)年11月12日~15日
32. 連合軍ではガダルカナル海戦と呼称
33. 1942(昭和17)年10月13日深夜から翌14日、第3戦隊(戦艦「金剛」「比叡」)を主力とする第2次挺身攻撃隊(指揮官栗田健男中将、戦艦2、軽巡1、駆逐艦9 ちなみに、第1次挺身攻撃隊は失敗)のガダルカナル島・ヘンダーソン飛行場に対する砲撃の成功をうけて、再度のガタルカナル島砲撃のために挺身攻撃隊(阿部弘毅中将 第11戦隊・戦艦「比叡」「霧島」 第10戦隊・軽巡「長良」、第16駆逐隊「雪風」「天津風」 第2水雷戦隊・駆逐艦「朝雲」、第2駆逐隊「村雨」「五月雨」「夕立」「春雨」、第27駆逐隊「時雨」「白露」「夕暮」)を派遣
34. これをダニエル・J・キャラハン少将率いるアメリカ海軍巡洋艦部隊(重巡「サンフランシスコ」「ポートランド」、軽巡「ヘレナ」「アトランタ」「ジュノー」、駆逐艦「バートン」「オバノン」「モンセン」「カッシン」「ステレット」「フレッチャー」「ラッフェイ」「ステレット」)が迎撃
35. 11月12日深夜から翌13日未明にかけて戦闘が行われ、三式弾と魚雷を受けた「アトランタ」が炎上・沈没(座乗のノーマン・スコット少将戦死)、「ポートランド」の魚雷を受け大破、「サンフランシスコ」は「霧島」の砲撃を受けて艦橋を大破(キャラハン少将戦死)、重巡からの砲撃を受けた「暁」「夕立」は沈没、アメリカ側の駆逐艦も「バートン」「モンセン」「カッシン」「ラッフェイ」沈没、「オバノン」「ステレット」損傷、「比叡」は小口径砲の命中弾多数による上部構造物の破壊と舵機故障、さらに翌朝の空母「エンタープライズ」艦載機による空襲で行動不能となり自沈処分された
36. 「ジュノー」は射撃指揮装置を破損して戦闘不能となり戦場を離脱し、13日、潜水艦「伊26」からの雷撃を受け沈没