人も国も劣化!無能政権による「最小不幸社会」
大前研一の日本のカラクリ
プレジデント 2011年1.3号
日本社会の構造変化はさまざまあるものの、先行きが本当に懸念されるのは若い世代の覇気の低下、気合のなさである。
なぜ日本人は、かくも覇気がなくなったのか
日本社会の構造変化はさまざまあるものの、先行きが本当に懸念されるのは若い世代の覇気の低下、気合のなさである。“草食化”などと茶化されているが、これは相当に深刻だ。
日米中韓の4カ国の高校生を対象にしたあるアンケート調査(2007年、日本青少年研究所)では、日本の若者の“意欲”の低さが浮き彫りになった。たとえば「生活意識」について。日本「暮らしていける収入があればのんびりと暮らしていきたい」米国「一生に何回かはデカイことに挑戦してみたい」中国「やりたいことにいくら困難があっても挑戦してみたい」韓国「大きい組織の中で自分の力を発揮したい」「偉くなることについて」は、日本「責任が重くなる」「自分の時間がなくなる」米国「自分の能力をより発揮できる」「周りに尊敬される」中国「自分の能力をより発揮できる」「責任が重くなる」韓国「周りに尊敬される」「自分の能力をより発揮できる」
そして「偉くなりたいか」という質問に「偉くなりたいと思う」「強くそう思う」と答えたのは米国22.3%、中国34.4%、韓国22.9%に対して、日本の高校生は8.0%。「将来就きたい職業」でも日本の高校生の上昇志向のなさが際立つ。
米国が「医師」「デザイナー」「スポーツ選手や歌手」、中国は「会社・企業の経営、管理職」「公務員」「法律家」、韓国が「小中高校の教師」「会社・企業の経営、管理職」「デザイナー」に対して、日本は「営業・販売・サービス職」である。
こうした意識調査はほかにも行われているが、判で押したように同じ結果が出てくる。たとえば今春に入社した新入社員に対する調査では、どこまで偉くなりたいかという質問に「社長」と答えた人はほとんどいない。「取締役」も少なく、役職に就くと責任が重くなるから嫌という声が多数派を占めた。今春、取締役になったビジネスマンに対する意識調査でも、やはり責任ばかり重いのに給料はあまり変わらないという理由で、ほぼ全員が社長になりたくないと答えている。
要するに今の日本人はどの層を切り取っても、坂の上の雲を目指した明治期や1960~70年代の高度成長期のような目線の高さ、アンビションや野心がないのである。それは企業のIPO(新規株式公開)の数にも反映されていて、09年の新規上場企業数はわずか19社。ピークが00年の180社だから10分の1に落ち込んでいる。09年に上場廃止になった企業が60社あるから、差し引きで上場企業の数は減っているのだ。
これに対して、09年の上場数約200社、上場予備軍が6万社といわれる中国はもとより、韓国、台湾、香港にも日本はIPOで追い抜かれている。私は「アタッカーズ・ビジネススクール」という起業家養成学校を15年続けているからよくわかるのだが、新しく会社を興して上場しようという意欲はすっかり減退して、最近は熾烈な競争とは無縁なNPOやNGOを立ち上げたいという人が大幅に増えている。全員が全員、クリーンでグリーンな“目付き”でやってくる。人を押しのけてまで成功してやろうというギラギラしたタイプは皆無だ。この10年間で人種、染色体までが変わってしまった観がある。
若者をけしかけて起業、上場させることにかけては人後に落ちない起業塾の元祖の私が嘆息するほど、日本人の起業精神は萎えてしまった。今から10年ほど前、孫(正義)さんがナスダック・ジャパンを立ち上げたとき、渋谷でビットバレーの若手起業家を集めて大パーティーをやったが、有象無象3000人が集まった。今やったら30人と集まらないだろう。
当時の若手起業家も今や30代半ばを過ぎているが、どこへ行ったやらである。その世代より20歳若い高校生の意識が前述の通りだから、彼らが大きな夢を持って日本経済を牽引するような大きな会社をつくり上げたり、アンビションを持って海外に雄飛することを期待できる雰囲気ではない。
日本の凋落とは対照的に、この10年で状況が激変したのが韓国だ。
98年の通貨危機でIMF(国際通貨基金)の管理下に入る屈辱を味わった韓国は、当時の金大中大統領が大胆な規制緩和で景気を刺激する一方、世界の舞台で活躍できる人材育成に国を挙げて取り組んだ。特に力を注いだのがIT化と英語教育。今や韓国のインターネット普及率は世界一で、中高年世代もネットを使いこなしている。英語に関しても、私は高麗大学と梨花女子大学で教鞭を取っているが、学生の入学時のTOEICのスコアは800点。サムスンに入社するレベルは900点だし、同社で課長になるには920点が必要だ。
諸悪の根源は「競争させない教育」
そんな語学力抜群のビジネスマンを、BRICsの次のVISTA、さらにその下の新興国100カ国ぐらいにそれぞれ飛ばして国別の専門家を養成するシステムを10年前からスタートさせている。だから韓国企業はどこの新興国の市場にも明るい。
今の韓国は10年前とはまるで違う国になっている。勝ち組と負け組の格差や大企業志向がますます強まって、中小企業に人材や技術が滞留しないなど、光と影のシビアな問題はあるが、韓国のエリートが世界で存在感を高めているのは確かだ。これから先、グローバル企業のアジア本部長に誰がなるかといえば間違いなく韓国人だろう。日本人は韓国人の上司にレポーティングするのが関の山だ。
かろうじて歯止めをかけるとしたら台湾人。台湾人は中国語と英語、さらには日本語をできる人も珍しくないから、国際的な舞台では圧倒的に強い。しかも成長やむことを知らない大陸(中国)を経済的に支配するビッグチャンスということで、ちょうどイギリス人が新大陸アメリカに渡った頃のような高揚感を今の台湾の人々からひしひしと感じる。
6月に中台の二国間で経済協力枠組協定(ECFA)が結ばれた。この企業の相互乗り入れを認めるECFAに最も賛成したのは台湾の銀行。規模では中国の銀行のほうがはるかに大きいものの、ノウハウでは負けない自分たちが大陸でオペレーションを担うことができるという思惑があるからだ。メーカーにしても銀行のようなサービス業にしても、今の台湾企業は戦うスピリットを持っているし、今年の大卒の半数近くは大陸での就職を希望している。
こうした中台の結びつきに強い危機感を抱いているのが韓国。韓国のメディアでは、連日のように「チャイワン(中台の企業連携を示す合成語)の脅威」が報じられている。
ところが日本では、経団連のお歴々から高校生まで危機感もなければ大志もない。日本の近代史でこれほど国民のマインドが萎えた時代はないのではないか。幕末の時代、徳川幕府は来るべき開国、あるいは諸外国との戦争という危機感や高揚感の中で若く優秀な人材を集めていた。幕府がアメリカに派遣した咸臨丸に乗っていた若き人材は皆、維新後に大活躍している。維新後も文明開化や日清・日露戦争などで高揚感を保ち続けた。第二次大戦の敗戦で数年間はシュンとしていたものの、朝鮮戦争で息を吹き返し、高度成長期を経て90年代初頭のバブル崩壊まではイケイケドンドンだった。
世界第2位の経済大国に上りつめたのは、多くの国民が大なり小なり夢や志を持っていたからだ。
アンビションのなさと、ゆとり教育のおかげでしゃかりきに勉強しなくなった弊害は、今後重くのしかかってくるだろう。韓国も中国も台湾も近隣のアジア諸国は落伍者を生み出しながら、それでも際立った人材を輩出するシステムで世界的な競争に挑んでいる。にもかかわらず、わが日本国だけは「最小不幸社会」などと意味不明なスローガンを掲げて、内定がもらえない大卒者を税金で助けてまで落伍者の出ない夢のような共産主義社会をつくろうとしている。
累積債務が日本よりはるかに少ないイギリスが50万人の公務員の首を切り、警察官を25%削減するというのに、日本はこの期に及んで4兆円を超える補正予算を組むのだから、これ以上のぬるま湯はない。稼ぐ力を失っているのに、考えるのは使うことだけ。日本人の蓄えも急速になくなっている。貯蓄性向も今では2%に減って、アメリカの6%に遠く及ばない。政府の無駄遣いをありがたく見ている場合ではないのだ。今の状況では制度から見ても、人材から見ても世界的な競争を生き残れるはずがない。
「政治主導」の「最小不幸社会」は、日本人の草食化を致命的なレベルまで進行させるだろう。
国力も産業も劇的に衰退させる「少子化」の破壊力
大前研一の日本のカラクリ
プレジデント 2010年3.29号
特に異常だと思うのは、グローバリゼーションの進展に背を向けるような日本人の内向き、引き籠もり現象である。
日本を覆い尽くす「引き籠もり」現象
世界中をまわっていて今、日本ぐらい元気がない国はない。特に異常だと思うのは、グローバリゼーションの進展に背を向けるような日本人の内向き、引き籠もり現象である。
端的に表れているのは就職戦線で、公務員人気が復活して専門予備校の受講生が急増しているという。また女子の場合は四大を卒業してもまともに就職できないということで、途中で看護学校などに乗り換える人が増えている。例年なら定員割れするような看護学校の倍率が今年は4倍、有名校では6倍にもなっているというから驚く。今や全入時代の大学よりも看護学校に入るほうが大変なのだ。
目指すのは公務員や看護師という超安定志向。今の若い世代から世界に雄飛しようという気構えや気概はまったく感じられない。留学生の数は減る一方だし、大手のグローバル企業に就職しても海外に赴任してもいいという社員は1割にも満たないだろう。
社内での上昇志向もない。「エコノミックアニマル」と言われた我々のような獰猛世代は、会社に入ったら社長を目指すのが当たり前だった。しかし、今の新入社員の目線の高さはせいぜい課長クラスまで。トップに手が届く取締役になっても、アンケート調査をすると社長になりたいと思っている人はほとんどいない。取締役で、もう十分。むしろ、これ以上責任の重い仕事はやりたくないと考えるのだ。
志や目線が低いから難しい仕事を嫌がる。先般、軽井沢で駐車場を経営している友人が、地元のハローワークに駐車場管理人の求人を出した。月給18万円。寒い中でも車が来るのを待つだけの退屈な仕事である。1日1台の車も来ないことだってある。にもかかわらず、1名の募集に若者を含めて400人の応募があったという。
友人は試しに何人かに面接してみた。ところが「将来、やりたいと思っていることは?」「特技は?」などと質問しても、「別に……」とテンションの低い答えが返ってくるばかり。全員がそんな調子だから気分が滅入って、彼は途中で面接係を投げ出したそうだ。要するに、入り口にセンサーでも付けておけば機械でもできるような超やさしい仕事には群がるのだ。
1971年に日本マクドナルドを立ち上げ、2002年まで社長を務めた藤田田さん(故人)によれば、同社のアルバイト経験者は当時で延べ450万人に達したという。今の若い世代は高校時代からバーガーショップやコンビニでアルバイトをしているから、マニュアルでこなすような業務が仕事だと思っている。だから会社に入って創意工夫を求められる仕事に直面すると戸惑うし、上昇志向もないので面倒な仕事を振られると会社を辞めてしまう。
仕事を通じてスキルを身に付け、少しずつ出世の階段を上っていく、という考え方はもはや大半が持ち合わせていない。だから同じパターンで転職を繰り返すのだ。チャレンジ精神もなければ上昇志向もなく、簡単な仕事だけを追い求める。贅沢を言わなければそれで食っていける。いや、夢など持たなければ、それで満足さえするのだ。
若い世代がそうなったのは、やはり親の育て方に大きな問題があると思う。娘がいる母親が将来、子供になってもらいたい職業の第1位は何か。看護師である。理由は安定性と先々、自分の面倒を見てもらえるから。そして、息子になってもらいたい職業は公務員なのだ。こういう親に育てられたら、おおむねリスクを取るような生き方はしなくなるだろう。
戦後半世紀以上が経過して、リスクを取るという発想が日本人の染色体から消えてしまったように思える。
『坂の上の雲』ではないが、戦前の日本人は清国やロシアと戦った。第二次大戦ではアジア大陸の奥地まで進軍し、南はインドネシアの島々まで占領した。
私の父はノモンハン(旧満州)の生き残りで冬はマイナス40度になると聞いていたが、実際にハルビンで氷祭りを見に行ったときには確かにマイナス30度だった。その昔、インドネシアのスラバヤというジャワ島の寂れた町に行ったときには、ここも日本軍が占領していたと聞いて寒気がした。プロペラ機にモールス信号の時代である。助けを呼んでも援軍が来るまで3週間以上かかる。ほとんど孤立無援。攻められれば絶対に守りきれない。
私は日本軍の足跡を辿るのが案外好きでいろいろ訪ねるのだが、そのたび、我々の先代はよくぞこんなところまで進行したものだと思う。帝国主義は反省するにしても、その蛮勇には感心させられる。今の日本人の染色体のどこを探しても、そんな勇気も度胸も見当たらない。民族的な連続性がまるで感じられないのだ。
生命力あふれた二男坊以下の存在
なぜ日本はこうも情けない引き籠もり国家になり果ててしまったのか。考察を重ねると、一つの社会構造の変化にたどりつく。「少子化」である。
終戦直後の昭和20年代、日本の農民人口は全体の50%以上を占めていた。江戸から明治に引き継いだ時代には8割以上が農家で、多くの世帯は子供が5人も6人もいるような大家族だった。しかも家父長制の時代だから、家は長男が継ぐ。すると二男から下は、どこぞで自分で食い扶持を探さなければならない。
戦前に満州や朝鮮半島に勇躍渡った人たちを見ると、二男から下ばかりで、長男はほとんどいない。ハワイやブラジルに渡った移民の人たちもそうだ。
戦後は戦後で、二男以下が職を求めて東京に出てきた。彼らが創業当時の松下(現パナソニック)やソニーやホンダに入って、後に海外に雄飛する戦略の中核を担ったのである。
今時のビジネスマンは海外赴任を打診されると、断る理由を3つも4つも挙げてくる。一番多いのは「長男だから母親の面倒を見なければならない」。二番目が「家内が仕事をしているから」だ。我々の時代なら張り倒されている。
それでも強引に行かせようとすると、「家族崩壊は会社の責任ですからね」「2年で呼び戻してくださいね」など、捨て台詞を残してしぶしぶ(単身)赴任する。しかし気持ちは日本に向いたままだから、現地の言葉を勉強したり、地元のコミュニティに溶け込む努力もしない。中国辺りだと近いから週末ごとに日本に帰ってくる。
昔の日本人ビジネスマンが現地に骨を埋めるような覚悟で海外に飛び出していったのは、やんちゃな二男、三男が多かったから。食うために自分で道を切り開くのは当然と考えていたし、後顧の憂いもあまりなかったからだ。
今は一人っ子の長男が多いから、親を置いてはいけないという気持ちはわかるし、そういう理屈も通りやすい。親としても長男に離れていってほしくないと考える。だから誰も海外に飛び出そうとしない。
内向き、下向き、後ろ向きという日本の引き籠もりの現状を足し合わせて考えると、今の国力低下の元凶は、高齢化よりも少子化によるエネルギー喪失のほうが大きいのではないかと思う。
これで食い詰めている状況なら、自分で生きるために動き出すしかないのだが、親は金を持っているし、500円のコンビニ弁当でそれなりに腹が満たせる環境だから、危機感は薄い。かくして30過ぎても親掛かりのパウチっ子が大量増殖したのだ。
中国は国策として「一人っ子政策」を進めてきた。一人っ子政策の先頭を走っているのが今の30代。今後は少子化問題が懸念されるといわれるが、「上に政策あれば下に対策あり」という国だから、現実は農家の戸籍を借りたりしながら2人3人と子供をつくっていたのが実情だ。
しかし、日本の場合は、何もしないのに一人っ子ばかりになってしまった。今や日本の最大の世帯は、「単身者」「シングル」である。かつては20代後半までには結婚して子供を生み、4人家族というのが平均的な家庭だった。だからNHKの料理教室のレシピは4人分だったのだ。今は多すぎるということで2年前から3人分のレシピを紹介している(それでも多すぎる!)。
今は晩婚だから20代から30代にかけてはまだ独身、30代から40代にかけては離婚して1人に、50代、60代以降は定年離婚や熟年離婚、死に別れて1人と、あらゆるセグメントで単身者が一番多い。スーパーやファミリーレストランが苦戦する理由は簡単。ファミリーがいないのである。逆にコンビニやユニクロが流行る理由もこれで説明できる。
少子化という社会現象が日本経済、企業社会に与える影響は思っている以上に大きい。消費を喚起できないのも、企業の活力が落ち込んでいるのも、不景気の一言では片付けられない。少子化をとらえたマーケティングや人事政策を行えば、もっと深掘りできるはずだ。そして政治。少子化によるエネルギー喪失を埋め合わせる方策を、真剣かつ早急に考えて打ち出さなければ、人口構造的にリスクテイカーのいないこの国は(そして企業も、家庭も)どんどん萎んでいくだろう。
えげん ゑ― 1 【▼慧眼】
〔仏〕 五眼の一。この世の空(くう)であるという真理を悟る能力をもつ目。二乗(にじよう)の修行者、菩薩、仏が備える。
けいがん 0 【▼慧眼】
物事の本質を見抜く鋭い眼力。鋭い洞察力。また、それをもつこと。
「―の士」
→えげん(慧眼)
累積債務が日本よりはるかに少ないイギリスが50万人の公務員の首を切り、
警察官を25%削減するというのに、
そして、破綻したギリシャは、公務員給料30%カット実施・・
900兆円もの累積債務・・民間給料400万円-400万人の公務員給料850万円
ムダの特殊法人温存、5億円の退職金、天下りしほうだい、
その日本はこの期に及んで4兆円を超える補正予算を組むのだから、
これ以上のぬるま湯はない・
ほんとうに、そうだーー!!

