多摩センター 乞田川のさくら満開2008/4/7
震災と統一地方選 自治を強くするために
2011年3月31日 東京新聞
国を挙げて東日本大震災の対応に追われる中、統一地方選が始まった。国民の誰もが社会的連帯感を取り戻している今は、自治を強くできる時でもある。
いまだに被害の全容が分からず、原発事故が予断を許さない中での統一選となった。被災地では捜索と復旧が続き、不自由な避難所生活も長期になりそうだ。各都道府県は積極的に被災者を受け入れ、被災自治体に職員を派遣し行政機能の回復を手伝っている。復興支援では全国民が“当事者”で、日本中が選挙どころではないのが実情だろう。
◆防災の具体策聞きたい
与野党間では一律延期を求める声も出たが、片山善博総務相は「任期を守るのは鉄則だ」と原則論を貫いた。選挙の実施が物理的に困難な岩手、宮城、福島三県の五十八件と水戸市長・市議選の計六十件が延期された。大津波で壊滅的被害を受けた地域もあり、最長六カ月とした期間の再延長など柔軟に対応すべきだ。
十二知事選と五政令市長選に続き、一日に四十一道府県議選と十五政令市議選が告示、いずれも十日に投開票される。市区長・市区議選は十七日、町村長・町村議選は十九日告示、二十四日投開票だ。
大津波の防災対策、原子力政策の今後-。有権者が今、最も問いたいことだろう。岩手県大船渡市の海沿いにある小学校の児童は、校舎二階から直接高台に避難できる非常通路を通って無事だったという。地元市議の要望を受けた市が昨年、四百万円で設置したものだ。
こうした具体的で有用な防災・減災のアイデアが集まらないものか。選挙戦を通じて、候補者らの訴えに耳を傾けたい。
◆地域政党VS既成政党
ことしの統一選は地域新党、とりわけ知事や市長が代表の首長新党が“台風の目”になるだろう。既成政党に代わる受け皿として、住民の期待も大きい。地方自治の在り方、国のかたちを変える実験でもある。
橋下徹大阪府知事率いる地域政党「大阪維新の会」は府議選、大阪、堺市議選で過半数獲得を目指し「大阪都」の実現を期す。「日本が少し落ち着いてから」と統一選の延期を唱えていた橋下知事だが、「西日本にもう一つの首都機能が必要だ」と切り替えた。大震災を教訓とした一つの論点だ。
一足先に終わった議会リコールに伴う出直し名古屋市議選では、河村たかし市長が代表の「減税日本」が第一党に躍進。学生、会社員、商店主…が議員バッジをつけ、当選一回の議長も誕生した。愛知県議選でも大村秀章知事の「日本一愛知の会」とともに過半数を目指すほか、静岡市長選をはじめ全国各地に候補を擁立した。
清水勇人さいたま市長ら五首長による「埼玉改援隊」は各議員選で躍進を期す。元県議が率いる「地域主権・静岡」、元市議が代表の「京都党」など議員主導の地域政党も急増した。いずれも国政とは一線を画し、地域の自立を掲げる。名前の連呼ではない、政策本位の選挙戦に変えてほしい。
地域政党に共通する視点は「議会を変える」だ。首長の追認機関にすぎない、何をしているのか分からない-と揶揄(やゆ)された議会を改め、首長と議会が牽制(けんせい)と均衡を保つ「二元代表制」を今度こそ機能させなければならない。
一方の既成政党には「政党とは何か」をあらためて問い直してほしい。地方議員は最も住民に近いのに、なぜ首長新党が支持されるのか。政権争いに没頭し、住民を置き去りにしてはいなかったか。知事選では二大政党の推薦を拒む「政党拒否」も現れた。国民と国政の橋渡しをする公党の原点が忘れ去られている。それで「非常時の今は、経験が頼りになる」と言われても困る。
特に民主は、知事選での候補擁立を次々に断念した。東京、北海道、三重以外は相乗りか不戦敗だ。道府県議選の出馬予定者も八百人に届かず、自民の六割程度にとどまる。公認の返上、推薦の辞退が相次いでいる。
被災住民への配慮や電力不足から、選挙運動の自粛ムードが広がっている。訴えまで萎縮しないでもらいたい。避難のため、被災地支援のため、選挙権を持つ地元を離れざるを得ない有権者は多いだろう。低投票率が心配だ。ネット選挙が解禁されていたなら、とつくづく思う。
◆助け合いは自治の基本
被災地の避難所では、住民の絆が強まっている。助け合いは自治の基本でもある。総務相や岩手県知事を務めた増田寛也氏は「復興プランは地域主体で作るべきだ」と強調する。自治を強くすることは住民の安心・安全につながる、と大震災が教えてくれた。こんなときだからこそ、自らの地域のこれからを見つめ、投票に行こう。
日本をもっと良くする為に!! 投票に行こう!!
明日から、統一地方選、
多摩市をもっと良くする為に、わたしも、がんばるぞーーー!!

国会議員歳費:月額4割削減 民、自、公の幹事長が合意
会談に臨む(奥右から)民主・岡田克也、自民・石原伸晃、公明・井上義久の各党幹事長=国会内で2011年3月28日午後5時2分、藤井太郎撮影
民主、自民、公明3党の幹事長は28日、国会内で会談し、東日本大震災を受け、国会議員歳費を半年間、1人当たり毎月50万円、計300万円を削減することで合意した。震災対応で多額の財政出動が見込まれるなか、国会議員も身を切る必要があると判断した。国会議員の歳費は月額129万4000円で、削減額はこの4割近くにあたる。
3党は共同で国会議員歳費・旅費・手当法改正案をまとめ、他党にも協力を呼びかけ年度内の成立を目指す。削減額は衆参両院で約22億円になり、全額を被災地対策に充てる。
共産党の市田忠義書記局長は同日の記者会見で「歳費カットはいいことだ」と法案に賛成する考えを示した上で「年間320億円の政党助成金も、当然返上すべきだ」と指摘した。【岡崎大輔】
国会議員って・・一人一億円かかっているっての話なんだけどーー
でも、やっと、気づいたかって・・・・少し思いましたけどね・・
300万円を削減って・・何パーセント??
これをやれば全国的な動きになって行く可能性はあるけどねーー・・
ほんとにやるのかねーー??
テレビニュースでは、ぜんぜん取り上げていなかったけどねーー・・
しかも、一ヶ月経っても、政治家、政党の寄付って聞かないねーー・・
民、自、公以外も、どうしたのかねーーー・・
国民をなめんなよーー!!
統一地方選の前半が終了 民主党に厳しい審判下る(11/04/11)


投票率 前回を上回る
2011年04月11日 朝日
■知事選 55.69%
■県議選 57.10%
知事選の投票率は55・69%、県議選は57・10%だった。下落傾向が続いた投票率はわずかに上向いたが、知事選は激戦だったにもかかわらず60%に届かず、有権者の関心の低さを示す結果となった。
知事選は、1995年に北川正恭氏=新進党、さきがけ、公明党推薦=が、尾崎彪夫氏=自民党、社会党推薦=を破って初当選して以来の与野党第1党の対決構図。4党相乗りの現職と共産党推薦候補の一騎打ちだった前回2007年の54・35%からは1・34ポイント上がった。
今回で戦後18回目の知事選は、2回目の51年の89・04%をピークに72年までは60%以上を保ったが、6期の長期政権だった田川亮三知事の時代に大きく下落。76年に55・56%、92年には37・77%となった。
95年に知事選が再び統一地方選に組み込まれ、68・24%と大きく回復したが、その後は数ポイントずつ下落。03年には4氏の激戦だったにもかかわらず、再び60%を下回った。
一方、県議選は戦後最低となった前回の56・54%を0・56ポイント上回った。
初めて70%を切ったのは91年。前々回までは60%以上だった。
民主大敗「首相、執行部退陣論」-遅れた被災者支援・大震災1カ月
民主は「首相、執行部退陣論」再燃を警戒
2011.4.11 00:41 産経ニュース
与党は、与野党対決となった3知事選で全敗するなど低迷したことに関し「東日本大震災対応が最優先だ。菅直人首相や民主党執行部の責任を問うことは許されない」(党幹部)と強調、党内外での首相退陣論再燃や執行部責任論を警戒している。
民主党の岡田克也幹事長は10日夜のNHK番組で「大いに反省しなければならない。既成政党に対する強い批判だ。真摯に受け止めなければならない」と表明した。同時に「政治がしっかり大震災を乗り越えてもらいたいというのが被災者や国民の声だ」とも述べた。
政権運営への影響について、菅首相に近い民主党幹部は「今は震災対応で、与党も野党もない。影響はまったくない」と主張。別の幹部は「政局にかまけている場合ではない。党内からの辞任論は論外だ」と語った。
官邸の危機対応迷走=菅首相、原発に没頭-遅れた被災者支援・大震災1カ月
東日本大震災で首相官邸は、地震・津波被害と東京電力福島第1原発事故という二つの危機への対応を同時並行で迫られた。しかし、首相菅直人は原発問題に没頭し、被災者対策は後手に回った。前官房長官仙谷由人の副長官起用など態勢強化を図ったが、発生1カ月を迎えた今も初動の遅れの影響は残ったままだ。(敬称略)
◇怒鳴る
「何でこんなことになるんだ」「説明してみろ」。原発事故発生翌日の3月12日未明。官邸の首相執務室に菅の大声が何度も響いた。
福島第1原発で冷却機能が失われるという深刻な事態に菅は動揺し、首相補佐官や秘書官らを怒鳴りつけていた。菅を落ち着かせるため、菅一人を残し、全員がいったん執務室から離れた。この後、菅は「現場を見に行きたい」と福島第1原発を自ら訪問することを決め、同日朝に自衛隊ヘリで現地に入った。
帰京後の同日午後、1号機で爆発が起きた。詳しい事情がなかなか伝わらないことに菅はじれていた。「多分、水素爆発だと思います」と話す原子力安全委員長の班目春樹に対し、菅は「何言っている。しっかり調べろ」と声を荒らげた
。
3月15日早朝には東電本社に乗り込んで「撤退などあり得ない。覚悟を決めてほしい」と発した。声は部屋の外に響き、閉め出された記者の耳にも入った。その後は、菅が周囲に怒鳴り散らす場面は減ったという。
「首相は官邸を離れるべきではなかった」。菅の福島原発訪問にはこんな批判がある。視察が東電の事故処理を遅らせたとの見方もある。だが、菅は同29日の参院予算委員会で、現地責任者を早く知ることができたとし、「その後の経緯を考えると、極めて有効だった」と反論した。第1原発所長の吉田昌郎に信頼感を抱いた菅は、官邸からしばしば吉田に直接電話して指示を出すようになった。
政府は東電側と緊密に連携を取ろうと、東電本社に事故対策統合連絡本部(本部長・菅)を設置し、首相補佐官細野豪志らが出入りしている。それでも菅は現場の声を聞かないと気が済まないようで、政府内には指示の混乱を懸念する声もある。
菅の早期原発視察は弊害も指摘され、官邸関係者は「首相が前面に立って動く印象を与え、官僚が指示待ちになった」と話す。菅の性格をめぐっては、かねて「関心がある話にどんどんはまり込む」(政府筋)との見方がある。二つの危機への同時対応が必要な今回の局面でもそれが表れ、被災者対応は後回しになったと言える。
◇会議は踊る
大震災後、対策本部や会議の設置が相次いだ。参院議長西岡武夫は復興計画をつくる「復興構想会議」に関し「幾つ会議をつくれば気が済むんだ。会議が踊っている」と自ら指導力を示さない菅を批判した。官房長官枝野幸男は「省庁間調整が必要で、本部や会議をつくることはむしろ効率を高める」としているが、政府内にも「整理は必要」との声がある。
当初は被災者支援の司令塔がはっきりしない状態が続き、各府省の縦割りもあって、食料や燃料など緊急物資の搬送は遅れた。このため、菅は震災発生6日後の17日、各府省に人脈を持つ仙谷を官房副長官として官邸に呼び戻し、被災者対策の調整を委ねた。
仙谷が官邸入りした段階で「被災者支援はゼロからやり直し」(仙谷周辺)の状態。対策を練るため、官邸に東北地方の大地図を取り寄せたのも仙谷だった。
仙谷主導で各府省の事務次官を集めた会議が22日から始まり、被災者支援の指揮系統はひとまず整った。しかし、初動の遅れは響き、政府関係者は「被災地の要望と実際に届く物資には、まだかなりずれがある」と指摘している。(2011/04/10-14:38時事通信)
2011年4月10日(日)自公堅調 民主は微増 みんな「改援隊」苦戦 さいたま市議選
初当選を果たし、万歳する公明新人の武山広道氏=10日午後11時30分、さいたま市北区宮原町の選挙事務所
60議席に90人が立候補したさいたま市議選は10日に投票が行われ、即日開票の結果、新たな顔触れが決まった。自民は堅実で、民主は逆風にもかかわらず議席を増やした。公明は11人全員が当選し、共産は議席を減らした。新加入のみんなの党が苦戦する一方、無所属が健闘した。一方、清水勇人市長率いる「埼玉改援隊」は推薦候補21人のうち、当選は12人と振るわなかった。投票率は43・6%で過去最低だった。
公認19人、推薦4人を立てた自民は、現職14人、新人4人、元職1人が当選した。
民主は公認18人、推薦1人を擁立。九つの区で候補者を2人ずつ擁立し、北区や見沼区、浦和区でダブル当選したものの、岩槻区では共倒れ。
公明は11人全員当選で現有勢力を維持。唯一、2人を擁立した見沼区でも順当に2人当選を果たした。 共産は11人を擁立し、前回失った三つの区の議席奪還を図ったが、逆に議席を1減らした。
新規参入のみんなの党は公認4人、推薦1人のうち、南区の冨田かおり氏のみが当選した。政治団体「さいたま未来」は現職・新人候補者3人のうち、現職の細沼武彦氏のみが当選した。
埼玉改援隊は、推薦候補者のうち12人と伸び悩んだ。
政党の支援を受けない無所属候補では、土井裕之氏や吉田一郎氏、添野ふみ子氏、北村隆幸氏がいずれも現職が当選した。
遅れた被災者支援・大震災1カ月!!
みんんな、遅れているって思っています・・・民意でしょ!!
民主大敗「首相、執行部退陣論」!!
SOS from Mayor of Minami Soma City, next to the crippled Fukushima nuclear power plant, Japan
評価の高いコメント
南相馬市長さん勇気を持って市民のためにこのようなフィルムを載 せた事に敬意を表します。
そして、地方の一市長にここまでさせた、日本の中央を動かす政府 の方々を
海外に住む日本人としてとても恥ずかしく思います。
こちらから被災地限定で国際配送料無料を利用してさっそくできる ものを送ります
coconu2shrimp 5 日前 89
福島県南相馬市・桜井市長のSOSメッセージが世界各国に届く!さらに「ニューヨークタイムズ」でも取り上げられる
【社会ニュース】 2011/04/08(金) サーチナ
福島県南相馬市・桜井勝延市長が、世界中の人たちにSOSメッセージを発信した。これは当編集部でも4/1付でお伝えしたが、この動画やその事実がニューヨークタイムズに紹介され話題となっている。
そもそもこの動画では、「マスコミが現地に入らず、ほとんどが電話取材、現地に直接来て実態を見てほしい」や「20km~30kmのため、屋内退避。物資もほとんど来ない」、「ガソリンがないため、自主避難もできない」、「スーパーマーケットだけではなく金融機関も閉まっている」「震災で家族を失い、家屋を破壊された職員が現在、市民を支えている」と南相馬市の現状を伝えたもの。
この動画は、既に20万人以上の人に視聴され、世界各国から「支援したい」という電話や問い合わせがあったといい救援物資や生活必需品も届いたようだ。そして、ニューヨークタイムズは現地時間6日に、この絶望的な呼び掛けに全世界が同情を見せたと報道し、その中で、南相馬市経済部門担当斉藤氏は「YouTubeの動画を見て、多くの人が支援をしてくれました。これは、驚くべきことです。」と、ニューヨークタイムズに対してコメントしている。
ちなみに、南相馬市では現在、南相馬市社会福祉協議会災害ボランティアセンターの受付を行うスタッフを急募している。地元の人限定でかつ、受付業務経験のある人、元気で明るい人が必要条件のようだ。
参照元:nytimes.com(英文)(情報提供:ロケットニュース24)
相馬市
そうまし
国 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
団体コード 07209-5
面積 197.67km²
総人口 37,738人
(推計人口、2011年2月1日)
知り合いの有名和食店の部長さんと、今日話した。
部長のとこ、どうだったの・・
なんとか大丈夫でした・・
社長のところが影響しちゃって・・・
あっちの方の店も何軒か・・影響しました・・
政府の対応も、相変わらず遅れているようです。
NHKで、釜石市の様子をテレビでやっていました。
がれきの片付けは、国でやるとの事、市長さんが言っていました。
しかし、決まっていないようです。
ほんとに、大変だと思います・・
釜石 来週から建物撤去を通知
4月9日 19時11分 NHK
岩手県釜石市は、津波の被害を受けた住宅や商店について、来週から所有者の意向を確認したうえで市の負担で撤去していくことを決め、9日から被災した人たちへの通知を始めました。
釜石市は、これまで道路などを中心にがれきの撤去を進めてきましたが、被害を受けた住宅や商店はほとんど手つかずの状態でした。このため、被害を受けた住宅や商店などについては、所有者の意向を確認したうえで、市の負担で来週14日から撤去を進める方針を決めました。撤去は3つの地区に分けて進められる予定で、9日から市の職員が避難所などをまわって被災した人たちへの通知を始めました。所有している貸店舗の1階が津波の被害を受けた男性は「店を改修する費用はとても負担できない。この際、建物を解体してもらってさら地にするか、もう一度この場所でやり直すのか悩んでいる」と話していました。また、住宅が半壊したという男性は、「家の中はがれきでいっぱいで、自分の力ではどうにもならない。新しい一歩を踏み出すためには市に撤去してもらうしかない」と話していました。釜石市は、今後、所有者に連絡がつかない場合への対応を検討するとともに、年内をめどに撤去を終えたいとしています。
釜石市
かまいしし
釜石市旗
国 日本
地方 東北地方
都道府県 岩手県
団体コード 03211-5
面積 441.42km²
※境界未定部分あり
総人口 39,119人
(推計人口、2011年3月1日)
NHKの同じ日の、違うコメント・・
釜石市長さんは、国からの連絡がないので、
自前で、市でやると言い出したのでしょうか??
やっと来た CBIRF 155人!遅れた理由は増子輝彦議員に聞いてみよう
米軍海兵隊の専門部隊「CBIRF」の第1陣が横田基地に到着
米軍放射能専門部隊の本隊、日本に到着
在日米軍 沖縄でも共感の輪広げた
2011.4.8 02:38 (産経)
米軍基地を抱えて反基地感情が強いとされる沖縄県で、米軍への共感の輪が広がり始めた。
東日本大震災で米軍が展開した大規模救援活動「トモダチ作戦」を通じて、在日米軍と自衛隊による日米安保体制が国の守りだけでなく、国民の安全そのものを支えていることを浮き彫りにしたからだ。
行方不明者の合同捜索やがれき除去に労苦を惜しまぬ米兵らの姿に、被災地住民から感謝と称賛の声が上がったのは当然だ。沖縄でも日米同盟の大切さを見直す重要な動きとして評価したい。
「天災対応を含めた新しい日米安保の必要性を感じた」(那覇市民)、「海兵隊が改めて頼りになると感じた」(名護市民)などの沖縄県民の声は本紙でも報じられた。とりわけ、在沖縄米海兵隊と自衛隊が協力して救援活動に汗を流す姿が頻繁に伝えられたことが大きいという。
第31海兵隊遠征部隊は大震災発生時、マレーシアで災害復旧訓練中だった。急遽(きゅうきょ)、強襲揚陸艦で被災地に向かい、宮城県気仙沼市の離島・大島に物資を運び込み、その後も電気の復旧やがれき除去を続けた。
海兵隊だけではない。嘉手納基地の米空軍第320特殊戦術飛行中隊は、がれきに埋め尽くされた仙台空港近くにパラシュート降下し、復旧の突破口を開いた。
震災前、嘉手納の地元では同中隊の降下訓練がアフガニスタン作戦などの訓練とみなされ、「日本の防衛と関係ない」と批判された。抗議決議を可決した町議会もある。訓練が災害支援に生かされた事実は在日米軍と基地の存在の大切さを改めて問いかけた。
にもかかわらず、沖縄の一部に「トモダチ作戦」の実情をきちんと伝えないばかりか、米軍普天間飛行場移設問題に「政治利用されかねず、不謹慎」などの見方があるのは首をかしげる対応だ。
災害対応は国家安全保障の有事対応とも重なる部分が多い。普天間問題の速やかな解決がいかに大事かを示したというべきだ。
「トモダチ作戦」に続き、放射性物質に関する米軍専門部隊「シーバーフ」の本隊も日本に到着した。深刻な放射能漏れなどの事態に対応する準備をしている。
菅直人政権は日米共同支援の成果を積み重ね、同盟の実効性を高めることに全力を注ぐべきだ。
友達に感謝!!
原発がどんなものか知ってほしい(全)
平井憲夫
私は原発反対運動家ではありません
私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
私は原発反対運動家ではありません。
二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。
私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。
「安全」は机上の話
去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。
この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。
世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。
なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。
素人が造る原発
原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。
原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。
日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。
仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。
ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。
現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。
また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。
また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。
皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。
ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。
名ばかりの検査・検査官
原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。
検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。
原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。
というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。
東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。
そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。
私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。
いいかげんな原発の耐震設計
阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。
定期点検工事も素人が
原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。
原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。
そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。
例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。
現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。
そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。
放射能垂れ流しの海
冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。
防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。
数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。
内部被爆が一番怖い
原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。
原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。
普通の職場環境とは全く違う
放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。
例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。
稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。
なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。
「絶対安全」だと五時間の洗脳教育
原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。
原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。
こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。
私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。
私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。
だれが助けるのか
また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。
一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。
びっくりした美浜原発細管破断事故!
皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。
そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。
チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。
この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。
原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。
この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。
もんじゅの大事故
去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。
ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。
図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。
これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。
どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。
どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。
しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。
それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。
普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。
日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。
そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。
しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。
日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。
日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。
世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。
いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。
日本には途中でやめる勇気がない
世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。
もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。
どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。
とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。
もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。
また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。
原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。
廃炉も解体も出来ない原発い
一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。
具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。
この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。
机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。
結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。
最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。
また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。
それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。
「閉鎖」して、監視・管理
なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。
先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。
放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。
今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。
しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。
これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
どうしようもない放射性廃棄物
それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。
日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。
しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。
現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。
もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。
原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。
私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。
住民の被曝と恐ろしい差別
日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。
原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。
ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。
この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。
私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。
その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。
話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。
「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。
「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。
「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。
「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。
私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。
担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。
これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。
原発がある限り、安心できない
みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。
チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。
でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。
みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。
それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。
だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。
ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。
原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。
優しい地球 残そう子どもたちに
筆者「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
平井憲夫さんは、今回の件を・・天国でどう思っているだろうか・・
コンクリポンプ車が4号機の原子炉建屋上部を撮影=福島第1原発
投稿者: JiJi | 作成日: 2011/04/01
骨組みだけになった建屋と、がれきの中立ち込める蒸気-。福島第1原発の事故で東京電力は1日、使用済み核燃料プールに放水作業を行うコンクリート用ポンプ車のクレーン先 端に付けたビデオカメラの映像を公開した。
映像は3月24日、原子炉建屋上部が大破した4号機建屋の南側から撮影された。建屋の壁面や屋根は崩壊し、鉄骨や崩れたコンクリートがむき出しの状態。緑色の燃料交換機の 下にあるとみられる使用済み核燃料プールからはもうもうとした湯気が上がっている
米軍貸与のバージ船が福島第1原発に接岸=日米共同の「真水作戦」
17日に初めて「トモダチ作戦」海兵隊に密着
福島県郡山市出身俳優、西田敏行さん俳優仲間と一緒に
ふるさと郡山市で
被災者の炊き出しを行っている。
その西田さんが今朝の朝日朝刊に、今度ばかりは怒りをあらわにした記事を掲載しているので紹介したい。
「今度だけは怒りを」 俳優 西田敏行(63)
中学を出るまでは福島県郡山市で育ちました。
僕の情操を育ててくれた故郷です。
仲良しの友達や恩師もいて、時折、わいわい酒も飲みます。
地震と津波があって、福島第1原発のことがあるから、いたたまれない気持ちでいっぱでね。
我慢強い人が多い福島ですけど、今度だけはね、東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声を張り上げたい。
あの原発がつくる電力は地元で使うものではなく、首都圏のものでした。なのに受け入れてきた。
安全と説かれてきましたが、今回のことはきちんと「想定」されてきたのでしょうか。
今、20キロ圏内の人は、行方の分からない家族を自ら捜しにいくこともできない。
放射性物質に「汚染」されていると言う人がいる。…
勿論、命をかけて現場で働いている方々には感謝しています。
こんなことをいったから事態が早くおさまるわけもない。
でも、故郷のことは今、ちょっと落ち着いて語れないんです。
枝野氏「よくやっている」「総理候補に浮上」と評価される理由なし
2011年4月5日(火)7時0分配信 NEWSポストセブン
> 菅内閣の「嘘」体質は常軌を逸している。
本誌は4月1日号で原子力安全・保安院の中村幸一郎・審議官の“更迭”をスクープした。
東大工学部出身の技術キャリアである中村審議官は、震災翌日の会見で、検出された放射性物質から、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」と炉心溶融の可能性に言及した。正しい認識だった。
ところが、菅首相と枝野幸男・官房長官は、「国民に不安を与えた」と問題視し、中村氏を会見の担当から外すように経産省に指示したのである。そして、枝野長官は会見で、炉心溶融情報について、「炉を直接見ることはできない」といってのけ、中村氏の正しい指摘を封印した。
あの段階でメルトダウンを認め、すぐに海水注入の措置を取っておけば、その後の水素爆発、放射性物質の拡散は防げた可能性が高いと専門家は指摘する。菅氏、枝野氏が国民を危機に陥れた責任は非常に重い。
その枝野氏は、今になってメルトダウンを認め、廃炉の可能性を言い始めたが、間違いを認めるなら、まず自分の嘘と失敗を詫びたらどうか。この男が「よくやっている」とか「総理候補に浮上した」などと評価される理由はどこにもない。
※週刊ポスト2011年4月15日号

保安院の中村幸一郎・審議官
菅首相、原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官を更迭 蓮舫節電大臣は計画停電に「初めての事なので」とパニック
地震発生から菅政権は混乱の度合いを深めていった。地震発生翌日の3月12日夜、原発より先に暴発したのは、菅直人首相だった。
その日、経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎・審議官が、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」と記者会見で明らかにした。ところが、菅首相は中村幸一郎審議官の“更迭”を命じた。
「菅首相と枝野官房長官は、中村審議官が国民に不安を与えたと問題視し、もう会見させるなといってきた」(経産省幹部)
さらに状況が悪化すると、菅政権は人事で目くらましを図った。
13日になって蓮舫・行政刷新相に「節電啓発担当大臣」を兼務させ、辻元清美・代議士を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命した。しかし、その前日に枝野長官は災害ボランティアについて、「二次被害や交通混雑で救援に遅れが生じる」として「今は不要」と表明している。おまけに仙谷由人・民主党代表代行を官房副長官として官邸に呼び戻すなど、行き当たりばったりは明らかだ。
にわか節電大臣の蓮舫氏は、東電の計画停電で大混乱を招くと、「初めてのことなので」と、阪神・淡路大震災の時の村山首相と同じセリフを吐いた。自分自身がパニックに陥り、“啓発力”を発揮することは一度もなかった。
こんなこともあった。東電に計画停電の説明を要求した仙谷氏は、「ご不明な点はカスタマー・センターまで」とFAXで回答が来ると、「俺を誰だと思っているんだ」と激怒。岡田克也・幹事長は、この危機を予算通過、統一地方選の延期、さらにはマニフェスト撤回に利用しようとした。
週刊ポスト2011年4月1日号より
福島・南相馬市長、原発の混迷「政府・東電の曖昧さが招いた」批判
2011.4.5 10:10
東京電力福島第1原発事故で、市域の大部分が避難指示(原発から半径20キロ圏内)か、屋内退避地域(半径20~30キロ圏内)に指定された福島県南相馬市。陣頭指揮をとる桜井勝延市長に現状や課題を聞いた。
--孤立状態は改善したか
「兵糧攻めのような状況が続いたが、3月下旬くらいから民間団体や企業が物資を届けてくれるようになった。(屋内退避地域外にある)相馬市に保管場所を設け、そこに搬入してもらってからピストン輸送で市内に運び込んでいる」
--復興には何が必要か
「南相馬市は大きな風評被害を受けた。まずは正常な経済活動ができるように、政府には市内での人や物の自由往来を保証するようお願いしている。大半の金融機関が休業し、民間企業が活動できず、市民も買い物に行けないので、営業再開をお願いしている。もちろん、原発問題の終息が前提だ」
--原発問題は混迷を深めているが
「政府、東京電力、原子力安全・保安院、いずれも問題解決の方向性が定まっていない。彼らのあいまいな態度が世間の不安を助長し、風評被害を招いている」
お人好しの浜ちゃんも・・怒っていますネーー
・・・・何て言ったらよいか・
今回の震災は・・とてつもない被害です・・
全国民が、結集し、この危機から立ち直るようにしないといけません・・
田辺聖子の古典まんだら 上・下 [著]田辺聖子
[評者]酒井順子(エッセイスト)
[掲載]2011年3月27日
著者:田辺 聖子 出版社:新潮社 価格:¥ 1,470
■過去という味方がいる豊かさ
苦難に出会った時、私たちは先輩の声を欲します。かつて同じことを経験したことがある人の意見を聞けば、安心すると同時に道が開けるのではないかと思うから。
「勉強しなくてはならないもの」だった学生時代は古典に食指が動かなくても、大人になると興味が出てくるのは、そのせいかもしれません。生きていると増えていくのは後輩ばかりだけれど、書物の中には先輩がいる、と。
日本には多くの古典作品が残っています。男も書けば、女も書く。歌、物語、随筆、戯曲と内容は様々。雅(みやび)な王朝文化、荒々しい武士の世、そして平和な町民の世界と、背景も様々。私たちのうしろには、かくもバラエティー豊かな先輩たちが控えているのだ、ということを私たちに教えてくれるのは、田辺聖子さんです。本書においては、古事記・万葉集から西鶴・芭蕉まで、日本の古典の粋とでも言うべき作品の数々が、古い作品から順に、わかりやすく解説されているのです。
時代ごとにどのような作品が書かれたかを知ることによって、日本という国が歩んできた道と、日本人が抱いた苦難の質の変化とが、自然と浮き上がってきます。恋の悩み、戦争、天変地異。それぞれの時代に、それぞれのつらさに人々は突き当たり、一方では書くことと読むことによって、つらさに耐えようとしてきたのでしょう。
人生の先輩である田辺さんは、恋の悩みも、戦争も地震も、実際にご存じです。そんな先達が案内して下さるからこそ、古典という森は、この本の中で豊かな実りを私たちに提示するのでした。そして、その実りを実際に手にするのは、決して難しくはないことも。
過去を振り返ることは、決して後ろ向きな姿勢ではないということ。そして、昔の人々も我々と同じ人間であり、古典の中には豊かな経験と情緒の蓄積があることを気づかせてくれるこの本。大変な現実がある時こそ、我々には過去という味方がいることを、忘れてはならないのだと思います。
◇
たなべ・せいこ 28年生まれ。作家。『苺をつぶしながら』など。
先日、ある市の収入役だった知り合いから
多摩地区が、神奈川県だった理由を聞いた・・・
水源が理由だったとのこと・・
偶然は・・必然という言葉があるけれど・・
過去の歴史は、十分、いろいろな事を教えてくれる・・
過去をゆがめず、しっかりと把握し・・
そして、前向きに生きて行きたいと思う・・
─いまの政治に求められていることは何だと思いますか?
痛んだ地域社会を立て直すことがわれわれの政治に求められているのだと思います。
カルロスゴーンがリストラをして企業を立て直していた頃、日本全体の景気が良くなったと言われることがありました。地域社会はまったく実感がなく、企業の経営者は土地を売ったお金で社員の給料を出していました。家族同士が顔見知りの地域社会ではいくら景気が悪くなろうと社員のクビを切るようなことはできませんでした。小泉元首相が「痛みをわかちあってくれ」という頃には、すでに地域企業に力はありませんでした。
今一度小さな地域社会にスポットをあてることが大切です。
衆院選がいつあるかもわかりません。私自身いつでもその心構えをし、こまめに歩きこまめに仕事をしていきたいです。
こんな時に防災担当大臣が「更迭」された理由
2011年04月03日(日) 週刊現代
永田町ディープスロート
「防災担当相」という肩書なのに、この非常時にまったく顔を見ない大臣がいる。松本龍大臣のことだ。
「官邸に引きこもって閣議後の定例会見すら開かない。取材対応も記者との立ち話程度で、原発のことを聞くと『私は担当じゃないから』と逃げる。何をやってるのかさっぱり分からない」(全国紙政治部記者)
松本氏は福岡1区選出で、祖父は「部落解放運動の父」と呼ばれた松本治一郎元参院副議長。祖父が興した福岡のゼネコン「松本組」の御曹司で、菅内閣の閣僚中ではダントツの、資産7億円を誇るリッチマンだ。
「ボンボン育ちで、修羅場をとても仕切れない。地震発生時にはパニックに陥り、以来、会見もできない。こんな人物を防災担当相に据えた菅首相の責任は大きい」(全国紙編集幹部)
震災が発生した3月11日から数日間、被災地救援や物資輸送が滞り、その後の活動に多大な悪影響を及ぼしたが、松本氏はその"元凶"と目されている。
「官邸の危機管理センターに詰めていた松本氏がまったくの役立たずで、自衛隊の初動が遅れたのです」(全国紙政治部デスク)
3月19日に菅首相が谷垣禎一自民党総裁に「副総理兼震災復興担当相」で入閣を求めた際、「松本防災相を辞めさせてから話を持ってくるのがスジだ」と"更迭"を要求したとされる。もっとも松本氏はすでにクビになったに等しい状態だ。
「松本氏がやるべき仕事は、ほとんど仙谷氏がやっている。被災者支援の業務で官僚を呼びつけ、指示を出しているのは仙谷氏。松本氏は単なるお飾りと化しました」(官邸スタッフ)
どうして菅政権は、こんな役に立たない人材ばかり揃っているのか。
左翼の松本龍 環境大臣・内閣府匿名担当大臣(防災)
やくたたずか・・・
この人だれ??
日本の防災担当大臣??
ぜんぜん・・しらなかったねーー・・










